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ヴァンパイア ラプソディ  作者: ムラサカ
36/50

36 真実への誘い

 ん?

 もう朝か……。


 不意に訪れた目覚め。

 焦点の合わない瞳で周囲を見渡す。

 東の空はうっすらと明るくなりかけて、気の早い鳥達が僅かな光を頼りに思い思いの場所へと飛び立っていく。

 

「んっ……」


 ぐっと背を伸ばすが若干の肌寒さは纏わりついたまま。

 いくら焚火の前とはいえ野宿ではぐっすりと睡眠を取ることはできない。

 できれば毎日宿屋に泊まれたらいいんだけどなぁ……。

 うーん、これからのことを考えると少しばかり気が重い。


 俺の横には翼で身体を包み込むようにして眠るクーリエの姿。

 そういえば世間体があるから昼夜逆転のライフスタイルはとうの昔に廃止されたって言ってたのを思い出した。

 まあ本人がそれでいいなら外野がとやかく言うこともなかろう。


 でもって焚火の向こうにはセシルとルシオンが爆睡中。

 目を覚ます気配は微塵も感じられない。

 地べたで熟睡とかその神経が羨ましいような羨ましくないような。

 何て言うか俺とは違う世界の住人なんだろうな……。



 ……あれ?

 スカーレットがいない。

 首を大きく振ってもう1度見渡す。

 やっぱりいない。

 もしかして寝てる間に誘拐でもされたか?


 魔王が拐われるなんて1周回って面白い気もするがそれでもなぁ……。

 何も無いとは思うけど軽く辺りは見ておくか。

 俺は3人が目を覚まさないように剣だけ持ち出してそっとその場から離れた。



 …



 ったく、1人で何処行きやがったんだよ。

 明け方が近いとはいえまだ遥か頭上では星々が煌々と光り輝いている。

 俺は明かりになるものも持たずにキャンプから離れたことに後悔を感じてきた時だった。


 あれは?


 湖の方でほわほわと青白く光る何かが見える。

 でも何故だろう、視界に入ると同時に見てはならない物を見てしまった感覚に襲われた。


 何だろうか、この不可思議な感覚は。

 炎のようであり、光のようでもあり、それでいて視覚では確かに感じられるのにまるでそこには実在していないような不確かさも並行して見受けられる。


 俺はそれが何であるか想像もつかないまま導かれるように歩みを進めた。



「おおサムよ、ちと暗いが清々しい朝じゃな」

「ああ、おはよう。つかお前こんなところにいたんだ。なあ、それよりこれって……」


 青白い何かの傍らにスカーレットが立っていた。

 何故俺は直前までこいつに気が付かなかったのだろう。


「あっ……」


 違和感に気付いて思わず声を漏らしてしまった。

 スカーレットがこの炎に照らされていない。

 だから存在に気付かなかったのか……。


 あれ?

 俺も照らされていない。

 よく見れば地面も。


「魂じゃよ」


 きょろきょろと辺りを挙動不審に見渡す俺に魔王がひと言だけ告げる。


「……魂? 魂って、これが?」

「そうじゃ」


 スカーレットの手の上でぷるぷると小刻みに震えながら明滅を繰り返す4つの光。

 小さな松明の炎のようではあるが周囲に熱も明るみも及ぼさない得体の知れない何か。

 確かに彼女はこれを魂と呼んだ。


 魂か……。

 そう聞いて思い浮かぶのはルーンキャストで作られていると噂される賢者の石。

 実際に見たことは無いし授業で聞いたことも無い。

 それなのに賢者の石を連想してしまうのはやはり魂を錬成して作られるといった穏やかではない話が終始付き纏うからであろう。

 俺はうろ覚えの噂話を思い出すと寒気のような感覚が背筋をゾワッと駆け抜けた。


 いや、そんなことより……。


「どっ、どうしてそんなもんお前が持ってるんだよ!」


 俺は身体を駆け抜ける恐怖感を払うようにスカーレットに問いを投げた。


 此処がカーネリアであるとか魔王のくせに理解が深いだとか餌さえ与えときゃ歯向かわないとか、様々な思惑を総括してこいつが危険ではないと勝手に思い込んでいた。

 でもそんな安直な考えはその手に捕らわれた魂を前にいとも容易く瓦解してしまう。

 そうだ、俺だっていつああなるか分かったもんじゃない。

 それにあいつにその力があるのはイセリアギルドで確認している。


 俺は半ば動転しながらも強張る身体に鞭を打つように1歩後ろに引き下がった。


「フム、お主は何か勘違いをしておるようじゃな」

「何がだよ! まさかそんなもの見せられても勘違いで済まそうって言うのか!?」

「はあ、やれやれじゃわい。お主ならば見た目に惑わされず冷静に判断できると踏んだのじゃが見当違いであったかのう」


 俺なら冷静に判断できる?


 ……そうか?

 ……いや、そうだな。

 この状況下だ、むしろそれしか道は無い。


 落ち着け、とにかく落ち着け。

 見たところいきなり仕掛けてくる気配もないし、ここはひとまず言われた通り冷静になろう。


 極力気付かれないようにゆっくりと深呼吸をする。

 それだけのことであるが少しだけ気持ちに余裕ができた気がした。


 考えろ、そもそもこれは巡らされた罠なのか?

 それとも単なる偶然なのか?

 

 静かに辺りを伺う。

 此処にいるのは俺とスカーレットだけ。


 キッと睨むように前を見つめてみる。

 だが俺の威勢に圧されるどころか目の前の魔王は心なしかがっかりしているようだ。

 ダメだ、これじゃ手掛かりにすらならねえ。


「分からねえ」

「何がであるか?」

「お前、一応魔王だよな」

「一応……、そうであるな」

「お前が神の力を持っているのは分かった。何を企んでいるのか知らないけど俺には危害を加えてこないことも分かった。でもこんな暗闇でそんな魂なんか持ってる姿見ちまったらやっぱりヤバい奴だって思うしかないじゃんかよ」

「であるからそこを冷静に見極めよと言っておるではないか」

「無茶言うなよ……」

「変に案ずるでない。己を信じるのじゃ。さすれば妾のことも信じられるであろう」


 何か気が付けばスカーレットに窘められているような……。

 こうして会話を交わしていると魔王とは名ばかりで全くと言っていいほど危ない感じはしないのだが。

 うーん、マジで中身が計り知れない奴だ。


「本心を述べるとじゃな、お主に不信感を抱かれると妾としては何かと不都合なのじゃよ」

「知らねえよ! 大体お前がそんな物騒なモン持ってるのが不信感の原因だろが!」


 おっとイカン、こいつのぶっちゃけトークに思わず荒々しく反応しちまったわ。

 とにかく今は冷静に構えねば。


「まあそう構えるでない。我等がいがみ合ったところでクーリエが辛い思いをするだけじゃ」

「そりゃそうだけどよ、ここでクーリエの名を出すのは反則だと思わないか?」

「何を言うておるか、すぐ傍に居るのに反則も何もないじゃろが」

「はあ!? クーリエが何処に居るってんだよ」

「……」


 いや待て、背後から人影らしきものを感じるぞ。

 スカーレットの言っている内容、わざとらしく殺しきれていない気配、俺のすぐ後ろにクーリエがいるのは恐らく間違い無いだろう。


 俺は胸元で組んでいた腕をほどいて右手を後方へ差し出した。


 ふに。

 釣れた。

 実にチョロい。


 本来、魔王に従う立場にあるクーリエが俺の手を握っている。

 同時にクーリエがこちら側に立っている意味を考えた。

 純粋な彼女の俺に向けた好意、そこにはスカーレットが敵対する存在ではないという意思表示も含まれているだろう。

 何故だ?


「クーリエよ」

「はい」

「見ての通りサムが妾に対して警戒しておるものでな、すまぬが話が済むまで傍についてやってくれぬかのう」

「畏まりました」


 上司の言葉を聞いてクーリエが俺のすぐ右隣にピタリと収まる。

 ふにふに。

 どうやら俺の剣は側近のふにふに攻撃によって完全に封じられたようだ。

 ポンコツと思いきややるじゃねえか……。


「そういえばクーリエ、お前さっき普通に寝てなかったか?」

「あ、はい、それは……」

「お主は何寝ぼけたことを言っておるのじゃ。クーリエ程の手練れが悠長に朝まで寝静まっておる訳がなかろう」


 俺の問いにクーリエが言葉を濁したと思った矢先、正面から想定外のフォローが投げ込まれた。

 やだなぁ、そんなの聞いたら圧掛けたくなっちまうじゃないですか。


「へぇー、そっかそっか起きてたんだ。ではクーリエさんには後でゆっくり話を聞かせて貰うとしますかねー」

「え、あっ、あの、あわわわわ……」


 にっこりと微笑んでクーリエの手をぎゅーっと握り返すと想定通りの声が漏れてきた。

 案の定、このテンパり具合である。

 つまるところそこに意図的な悪意は無いのだろう。


 だがしかし、それだけではスカーレットが持っている魂の説明がつかない。

 怖いけどやっぱり直接問い質すしかないか……。


 俺は覚悟を決めてスカーレットの正面に据えるように身体の向きを変えた。


「なあ、それ、……食うんだろ?」

「何をじゃ?」


 俺はふわふわと浮いている魂を指さした。


「……」

「……」


 お?

 どうした、2人して黙ったぞ?


「のう、クーリエ」

「はい」

「無性に悲しくなってきたのじゃ」

「はうぅ……」


 天を仰ぐ王と俯く側近。

 よく分からんが仲良く悲壮感を漂わせ始めたぞ?

 もしかして俺何かしたか?


「……サムよ」

「お、おう、どうした?」

「妾が! こんなもん!! 食うわけないじゃろが!!!」


 悲しそうにしてたと思ったら突如えらい剣幕でテンポよく怒鳴ってきた。

 怒っているのか悲しんでいるのかいまいち判断が難しい微妙な面持ちを露わにしながらも、その口調には確実に怒りの気配が満ちている。


「やはりお主には真実を伝えねばならぬようじゃな」

「……真実?」

「そうじゃ。決して他人に漏らしてはならぬが聞く覚悟はあるかの?」


 正面に立つちびっ子が『真実』とやらを語ろうとしている。

 他言無用で。


 こんな状況で何を話すかなんて想像もつかない。

 それでも魔王の話に耳を傾けなけらばならない気がする。


「分かった。聞かせてくれ」


 直感に従い俺は今一度スカーレットから話を聞くことにした。

 その内容が彼女が魂を抱えるに値する理由を含んでいることを願って。


「コホン。我が名はスカーレット。魔大陸キャスバルを治める王である」


 わざとらしい咳払いをひとつ置いて突如魔王の演説が始まった。

 いやいや、そこはもう少し溜めてもいんじゃね?


「そして同時に生命を司る神でもあるのじゃ」

「……生命を司る神?」


 何言ってんだ!?

 魔王なのに命の鍵を握る存在だってのか?

 のっけから俺の理解の先を行くのは止めてくれないかな……。


 『真実』が何やら複雑な話になりそうな気がして思わずクーリエに視線を移した。

 彼女はそれに気付いて俺の手をきゅっと握り返す。


「クーリエ」

「はい」

「難しい話だったら後で解説頼むな」

「えっ!? あ、はい、私が聞き及んでいる内容で御座いましたら……」


 スカーレットが何やら難しそうなことを話してくる予感がして俺はクーリエにフォローを頼んだ。


「安心せい。これから話す事はクーリエも全て知っておる内容じゃ。いや、もしかしたらクーリエには理解できてもお主にはちと難儀であるかもしれぬかのう」


 まだ見通しのきかない払暁の空の下で魔王は意地悪そうにニタリと笑う。

 この地獄耳め、今の会話聞いてやがったな。


「人が下手に出りゃナメやがって……」

「カッカッカ、妾にナメられぬようにしっかりと話についてくるのじゃぞ」


 魔王は高笑いをひとつ挟むと俺の目をジーっと見つめてきた。

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