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ヴァンパイア ラプソディ  作者: ムラサカ
34/50

34 湖と林とイモムシと

「うわぁー、見て見てっ! 湖よっ!」


 小高い丘のてっぺんに差し掛かった所でセシルがタタッと軽やかに駆け出した。

 眼下に広がるエメラルドグリーンに引き込まれるかのように彼女は一直線に坂を下っていく。

 それを些か冷ややかな目で見守るその他。


「ちょっとぉ、アンタ達も早く来なさいよ!」


 坂の途中、突如ブレーキをかけてピタリと止まったかと思いきや勢いよく振り向いて煽ってきやがった。

 オマエ、朝から晩までよくそのテンションでいられるな……。


「うるせえなぁ、あんなのただのでっかい水溜まりじゃねえかよ。なあ、スカーレット」

「否定はできぬがその連帯責任に巻き込もうという精神は如何なものかと思うのじゃ」

「仲間内でそういうのやめろよな、単なる同調圧力だし」

「尚更タチが悪いわ!」

「何そこでギャーギャー喚いてんのよ!」


 先走りの姫が御立腹である。

 相変わらず沸点が低いことで……。


 とはいえプリプリと怒りの表情を示しながらもその場で待機するセシル。

 さすがに他に誰も駆け出さないとなるとそのまま1人きりで猛ダッシュはしないようだ。


「んもー、何かあたし1人だけ子供みたいじゃないのよ!」


 おお、そこは腐っても二十歳、ギリ一般人ラインの羞恥心は持ち合わせているようで少しだけホッとしたわ。


「大体湖如きで興奮する方がおかしいんだよ。なあ、スカーレット」

「だから妾を巻き込むでない。まあこの程度の湖で興奮するのはちと同意しかねるであるがな」


 つい先程、グルメツアーの為なら全身全霊を捧げちゃう宣言をブチかました奴とは思えない冷めたコメントである。


「何よ、まおーだっていっつもいちばんに走り出しちゃうじゃない」


 まるで俺の心を見透かしたかのような発声がセシルから繰り出された。


「カッカッカ、妾が駆け出したくなる程に興味を惹かれるのは人為的に造り出された物だけじゃ。大自然が織り成す景観には身を委ねるように接するというのが淑女の礼儀であるぞ」


 あー、言われてみれば……。

 淑女であるかはさておき、街とフィールドでは明らかに温度差が違う。

 都市部でなければグルメにありつけないのもあるかもしれないけど、それ以上にカーネリアの技術に身体が反応してしまうのだろうか。

 魔王スカーレット、単純で浅慮で食い意地ばかり張りながらも鋭い洞察力を併せ持つなかなかに不思議な存在だ。

 やはり侮れぬ……。


 チラリ。

 前方の自称淑女がこちらに一瞬目配せしてきた。


 今のは何だろう、直感に任せて耳に意識を集中させる。


「のう、ルシオンよ」

「なぁに?」

「もしかすると妾は今サムに無言で貶されてはおらぬか?」

「すーちゃんすごーい! どうして分かったのぉ!?」


 ジト目のスカーレットとは対照的にルシオンが目を大きく開いて驚いている。


「どうしてもこうしても無いわ! 顔に書いてあるじゃろが!!」


 こいつら……。

 5歩離れた位置で変なのと変なのが変な討論を交わしていた。

 ウム、後で説教。


 チラリ。

 今度は淑女の隣を歩く我が家のタダ飯食らいが目配せしてきた。


 ギロリ。


「あ? どうした、俺の顔に何か書いてあるか?」


 飼い主の義務として軽く睨み返しながら一言付け加えておく。


「あーん、すーちゃんのせいで私まで悪者にされてるよぉ……」


 聞き慣れた呟きが耳元に届いた。

 が、何時もの事なので気に留める理由も無い。


 俺は漂う嘆声を無視して、稜線に差し掛かった斜陽から背中を押されるかのように湖へと繋がる坂道を足早に下った。



 ……



 丘を下りきった先にはイセリア湖の南岸を沿うように東西を貫く街道が海岸まで続く。

 前にここを通ったのは何時だったか、どうでもいい事を考えながら平坦な道を俺はぼんやりと湖を眺めながら歩いている。


 ふと隣を歩くクーリエに目を向けた。

 俺の視線に気付いたのだろう、はにかんで頬を赤らめておられる。

 恥ずかしがり屋さん克服の道はまだ始まったばかり。

 これについては長い目で見るとして、ひとまず今夜は野宿だから話を振ろうそうしよう。


「クーリエさんや」

「はっ、はい」


 俺の呼び掛けに隣人がバッと顔を見上げて応じる。

 相変わらず隙があるのか無いのかイマイチ判りづらい奴だ。

 まあそれは置いといて……。


「すまないけど冒険者の証を貰う旅の間は転移魔方陣の使用が制限されるからどうしても野宿が多くなっちまうんだけど、その、大丈夫か?」

「はい。私でしたら問題ありません」

「そっかそっか、そらすまんねえ」


 クーリエから快諾の言葉を得ると俺はおもむろに辺りを見渡した。

 野宿なんてムリーとか言われたら蹴り飛ばしたくなっちゃうから前の3人に訊くのは止めておくとしよう。

 さて、どこか良さげな場所は無いかな?


 おっとあれは!

 俺は少し先の木の下にとあるモノを見つけ、そそくさと近寄る。

 キョロキョロ。

 うん、やはり見た感じロケーションは悪くない。


 決まり!

 今日は此処で野宿としよう。


「という訳で今日はこの木の下で朝まで過ごします」

「何がという訳よ、理由があるならもっとハッキリ言いなさいよね!」


 先行きを危ぶむかのように矢のようなイチャモンが飛んできた。

 ったくいちいちめんどくさい奴だ。


「うるせえなあ、コレ見りゃ解るだろ?」

「……焚火の跡?」

「そうだ。ほら、そことあそこにも。これだけ跡があるってことは、この場所は野宿に適した場所である可能性が高いってことなんだわ」

「ふーん、ぬるま湯に首まで浸かったお坊ちゃんにしてはなかなか鋭い着眼点ね」

「野宿の神髄であるか。やはり肉親から放蕩息子と揶揄されるだけのことはあるようじゃの」

「あはははー、にーさんは滅多に役に立たないことばかり詳しいんだよー」

「キミタチ、後で個別にお話があります」


 前衛共の軽口に牽制を挟みながら俺は木の幹に携えていた剣をそっと立て掛けた。

 ここら辺は魔物らしい魔物も出ないから四六時中警戒する必要も無いし気楽なものだ。

 何はともあれ野営の拠点も決まった訳だし先ずは焚火の枝でも拾い集めるとしよう。


「クーリエ、今から薪集めるの手伝ってもらえるか?」

「あ、はい」

「ルシオンはカチルの所から食い物頼めるか?」

「うん。いーよー」

「お前らは……」

「……」

「……」


 じっとセシルとスカーレットに真剣な眼差しを向ける。



 暫しの静寂。



「暗くなるからあまり此処から離れるんじゃねえぞ」

「えっ!? ちょっ、ちょっとアンタ、あたしのことバカにしてない!?」

「そうなのじゃ! 妾は魔王であるぞ!? 全幅の信頼を置かぬとは何事であるか!」

「っても特に仕事も無いしなぁ……」


 うーん……、頼むことねぇ……。

 無いと口にしたものの今一度考える。

 ……やっぱり無い。


「ねえ、それより日が沈む前に狩りはしなくてもいいの?」

「そうなのじゃ、それは妾も気になっていたのじゃ」


 意地でも頼りになる姿を見せたいのだろうか、目の前の2人が沈みかけた太陽に視線を注ぎながら晩メシの調達の有無を訊いてきた。


「あー、此処ならまだアゼルネアのすぐ傍だからルシオンが家までひとっ飛びで何か持ってくるわ。お前さっき拷問魔法使い切ったからそれでいいよな?」


 俺は林の方を指差しながら2人に狩りが不要であることを伝える。

 が、食い付いてきたのはそこではなかった。


「えっ!? あんだけ歩いてアゼルネアからあの林を回り込んだだけなの!?」

「おっ、おう、まあそんなとこだな……」


 セシルの威圧的な口調に圧されて俺は引き気味に答える。


「それならあの林を抜けて来ればいいじゃないのよ!」


 そういう事か。

 いるよな、地形も考えずに最短距離で突っ込もうとする奴。


「にーさんただいまー」

「おう、早かったな」


 凄みを利かせるセシルとは対照的に、大きなピクニックバスケットを両手で提げるルシオンがにっかりと笑みを溢しながら俺達の前に降り立った。

 それにしてもマジで早いな。


「ちょっとルシオン!」

「んー、しーちゃんどうしたのー?」


 セシルの発する圧迫に1ミリも動じる事無く能天気な返事を返すのーみそスカスカ堕天使。

 さすが、自然体で人をイラつかせるスキルを限界突破で会得しているだけのことはある。


「あんた今何処行ってたのよ」

「え? かーちんのとこだよ?」


 ルシオンはそう言うと両手をグイっと前に出して持っていたバスケットをセシルに差し出した。


「それは分かってるわよ。でもそれならあの林の上から来ればもっと早く来れるでしょ? どうして街道沿いに来るのよ」

「えっ、ええーーっ!?」


 その言葉に瞬く間にルシオンの顔から微笑みが失われた。

 そして俯く彼女から助けを求めるかのようにチラリと視線が投げ掛けられる。

 まあルシオンに頼んだのは俺だしここはひとつ助け舟を出すとするか。


「なあセシル」

「何よ」

「一応聞いとくけどお前、救援要請排斥地帯って知ってるよな?」

「当然よ。 あたしが何処出身か知ってるでしょ?」

「そっか、そういえば神護の樹海もそうだったな」


 救援要請排斥地帯――

 その名の通り、軍やギルドからの救援を見込めない土地である。

 理由は様々だが神護の樹海においては罪人の流刑地であることに他ならない。


「で? それがどうしたのよ」

「いやな、あの林、救援要請排斥地帯なんだわ」

「えっ?」


 セシルは小さく驚きの声を上げて林の方へ振り向く。


「……あんな小さな林なのに?」


 暫くの間固まっていた口からボソッと言葉が発せられた。

 その発言内容から何故排斥地帯に指定されたのか理解できない様が窺える。


「出るんだよ」

「でっ、出るって何よ……。ねっ、ねえまおー、アンタそういうの詳しいんじゃないの!?」

「フム、あの林からゴーストの気配は感じられんがのう」

「そっ、そうよね、ほら聞いたでしょ? そんなの居る訳無いじゃないのよ!」


 出るとしか言ってないのに勝手に挙動不審に陥るセシルは堪らずスカーレットに真相を乞う。

 スカーレットも思い込みが先行してゴーストなんて言ってるし……。


「ちょっと待て、俺今、出るんだよとしか言ってねえだろ」

「何言ってんのよ、出るって言ったらオバケに決まってるでしょ!?」


 うーん、さすがは猪突猛進を地で行くだけのことはあるな。

 妙な感心を抱いているともう1人、現状を知る奴が口を開いた。


「しーちゃん、オバケじゃないよぉ。あそこはすっごくおっきなイモムシがたくさんいるんだよぉ……」


 ルシオンが弱々しく話す。

 その様から想像するだけでおぞましいという心理が強く窺える。


「へっ、へえ、大きなイモムシねえ……」

「どうした? お前みたいなのでも虫はダメなのか?」

「バッ、バカなこと言わないでよ! 虫が怖くて森の中で暮らせる訳無いでしょ!?」


 ごもっともな意見がセシルから返ってきた。

 と、納得したいところではあるが完全に声が裏返っている。

 ついでについ先程までの覇気は完全に消え失せている。

 イモムシが苦手だなんて何だかんだで年頃の女の子って感じだな。


 ふと静かに佇む魔王に目を向けた。

 あからさまに顔色が悪い。

 何でお前まで一緒になってビビってるんだよ……。


 まあいいや、取り敢えずあの林の構成を説明すれば嫌でも納得するに違いない。

 俺は薪を拾い集める前にルシオンが上空すら通過したくない理由を述べることにした。


「あの林ってさ、昔から色々と言われてるんだわ」

「……よくない話?」

「本当のことは誰も知らないから話というより噂だな。大魔導士の死後の呪いが掛かってるとか、異界の門が隠されてるとか、動物実験の残骸が生きたまま棄てられているとか……」

「思った以上に怖い噂ね……」


 セシルの相槌のトーンが低い。

 まあ正直、耳触りの良い内容じゃないから仕方無いといえば仕方無い。


「見りゃ分かるけど別にそんなに大きな林でもないんだ。でも1歩足を踏み入れりゃ地面は深くぬかるんで思うように進めないし、そこら中にトゲだらけの蔦が生い茂ってるし、ネバネバした茶色くて臭い液体を飛ばしてくる真っ黒な巨大イモムシが取り囲んでくるし……」

「巨大って……、そんなに大きいの?」


 その質問に俺は黙って拳を握り、腕を前に突き出した。


「いやぁぁぁぁぁ」

「ちょ、ちょっと、どうしたのよルシオン!」


 俺のポーズにルシオンが悲鳴で反応。

 それを見てセシルが狼狽える。


 その様を見ながら俺は握った拳からピッと人差し指を伸ばしてクルクルと指先で円を描いた。


「いやいやいや~~~」

「あー、もう何なのよ!」


 俺の腕の動きを見て駄々をこねる子供のように拒絶するルシオンと理解が追い付かないまま徐々に苛立ちを募らせるセシル。

 他人事だから見ていて面白いわ。


「ちょっとサム! これどういう事か説明しなさいよ!」


 イカン、怒りの矛先がこっちに向いてきたぞ……。

 膝蹴りが飛んでくる前に説明せねば。


「イモムシがな……」

「イモムシがどうしたのよ」

「デカいんだよ」

「それはさっき聞いたわよ。他に何か理由があるんでしょ?」

「だからコレだってば」

「コレって何よ」

「イモムシ」

「……」


 俺は左手で右肘の関節を掴みながら握った右手を突き出す。


「いやぁぁぁぁぁ」

「いやいや冗談よね……」


 ルシオンの今にも泣きだしそうな声にかき消されそうなセシルの呟き。

 あの林の恐ろしさをやっと理解したようである。


「そこの林はな、ルシオンが絶対に入るのを拒むから救援要請排斥地帯に指定されてるんだわ。まあ俺の腕くらいあるイモムシがツノ尖らせて一斉に迫ってくりゃ誰だって近寄りたくはないわな」


 俺は再び人差し指を伸ばしてクルクルと円を描いた。


「にーさんそれヤダよぉ……」


 この威嚇体勢に入った時のイモムシのツノの動きをルシオンは極端に毛嫌いする。

 本当に連想するのも嫌なんだろうな。


 それにしても謎だ。

 イシャンテで唯一、あの林だけが火の精霊と風の精霊の加護から外れている。

 その影響か、焼き討ちもできなければ上空を通過することもできない。

 でもって踏み込んだ途端、底なしのぬかるみとトゲだらけの蔦とねばねば巨大イモムシのデスコンボ。

 余りにも都合よく堅牢性が過ぎるせいか、意図的に何かしらの力が働いているのではないか疑念を抱くのは当然の流れだ。


 そもそもあそこには何があるっていうんだ?

 必然か偶然か、考えても考えてもその答えは見えない。


「ホレ、サムよ」

「……あっ!? ああ、どうした?」

「どうもこうもないわ。 ボーっとしとらんで冷めぬうちにさっさと食事にするのじゃ」


 ハッと声の方へ顔を向ける。

 そこには両手で木の枝を抱えたスカーレットとクーリエが立っていた。


「お主達が薄気味悪い会話で弾んでおる間に頼りになる妾が薪を集めてきたわい」


 彼女はそう言いながら足元に薪を置くとおもむろに腕を組んだ。

 あー、こいつ俺に能無し扱いされたのがよほど悔しかったんだ……。

 魔王のくせに案外ちょろいな。


「フム、1日煮込まれた毒キノコから角が取れて芳醇な香りを醸し出しておるのじゃ。なかなかどうして王女のレシピも捨てたものではないよのう」

「いや、たまたまだろ……」


 腕組みして偉そうにふんぞり返るも束の間、魔王様は早く支度しろと言わんばかりにルシオンの持つバスケットに吸い寄せられていく。

 こいつもこいつで朝から晩までせわしねえな。


「じゃあせっかくだから魔王様が拾い集めてきた薪を使わせて頂きますかね。クーリエもありがとな」

「あ、い、いえ、私はスカーレット様に随従しただけでございまして……」


 何とも腰の低い側近が俺の唐突な感謝の言葉に慌てふためく。

 お前ら足して2で割るとちょうどいいんだけどな。


 そんな絵空事を考えながら俺は思ったより大量に集まった薪を手際よく組んだ。

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