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ヴァンパイア ラプソディ  作者: ムラサカ
29/50

29 汝、無暗に空を舞うべからず

 ターゲットロックオン!

 直ちに撃墜体制へと移る。


 俺はすーっと大きく息を吸い込むとブーメランの先っぽを掴んで一直線に駆け出した。

 狙うは勿論、街道の上に浮かぶ不審人物。


 1歩毎にストライドを広げながらぐんぐんとスピードを上げ、やがて俺は風と一体化を遂げる。

 より速く、そしてより強く蹴り上げられる大地。

 心臓はドクドクとその動きを加速させ、筋肉はミシミシと悲鳴を上げる。


「しねぇぇっ!!」


 これ以上は身体が持たない!!

 全身に限界を感じた瞬間、ありったけの力を振り絞って右手に握られたブーメランをぶん投げた。


 ギュィィィィィン……。


 手から離れると同時に手首から強烈な回転を加えられたブーメランが大気を切り裂きながら大空へと解き放たれる。


 はぁっ、はぁっ、はぁっ……。

 俺は息を荒く吐き出しながら、両手を地面につきたいのを我慢してその軌道をじっと目で追った。

 初速度よし!

 角度よし!

 回転よし!

 我ながら惚れ惚れする素晴らしい投擲だ。


「カッカッカ、お主は何処へ放り投げておるのじゃ? それではルシオンに気付いてもらえぬではないか」


 全力で駆けた筈なのにすぐ後ろからちっこい奴の声がした。

 何故いるのかはもう考えない。

 故に振り向きもしない。


 ん、それより何だ!?

 こいつはブーメランを知らないのか?

 と思ったがこんなのでも魔王の端くれだもんな、見た感じ真正面から待ち構えそうなタイプだし死角から狙うような武器なんか興味も無いのだろう。

 まあ後学のために今度暇な時にでも脳天にぶつけてやるとするか。

 身体に直接沁み込ませるオレ流の教育方針をとくと味わうがいい。


 俺はスカーレットの声を聞き流しつつ目を細めながらブーメランの行方を追う。

 高速で飛び去るブーメランがルシオンの遥か上空を通過するかと思われた刹那、突如軌道が直角に折れ曲がり目標に急接近をはじめた。


 ぱっさぱっさ。

 ゴスッ!!!


 空を舞うことに気を取られて周りが全く見えていないルシオンに斜め上方からブーメランがクリティカルヒット!

 無事ターゲットはべちゃりといい音を立てながら顔面から地面に墜落した。

 これにて任務完了。


 いつの間にか俺の隣に立っていたスカーレットが目を大きく開いてこちらを見上げていた。

 口もあんぐりと開けたその顔は然も『こいつ何ちゅう事しやがる』とでも言いたげな表情だ。

 ついでに後ろの方から「あわわわわわ」との悲鳴に近い声が飛んできた。

 なあ君達よ、俺はやると言ったらやる男なんだぜ。


 だがそんな視線も悲鳴もものともせず俺は腕を組んで無言でルシオンを見つめる。

 恐らく仁王立ちする俺から何かを察したのだろう、視線の先の彼女はムクリと起き上がるとこちらをチラリと確認してトボトボと戻って来た。


「にーさん、ひーどーいーよぉー」


 ずりずりとブーメランの先っぽを地面に引き摺りながら俺の前に現れたルシオンが開口一番嘆き声を漏らした。

 相変わらず俺の顔を見ればヒドイヒドイと連呼しやがる。

 何てこった、これでは本当に俺が酷い奴と誤解されてしまうではないか。

 めんどくさいがちょいと弁明でもしておくとしよう。


「いやー悪い悪い、まさか本当に当たるなんて思わなくてな」

「嘘っ! アンタそれ投げる時「死ね」って叫んでたのあたし聞いてたもん」

「あー、それは気合いを込める時の掛け声みたいなモンだから細かい事は気にすんなよ」


 いきなり割って入って来た雑音にも丁寧に応じてやる。

 優しいな、俺。


「そんな物騒な掛け声やめてよぉ……」


 さすがに掛け声が露骨過ぎたのか、ルシオンが悲壮感を漂わせながら弱々しく懇願してきた。

 ぬう……、そんな顔をされると弁明に走っても俺が酷い奴で話が進みそうな予感がする。

 ここはひとつルシオンにも非がある方向に流れを持っていくことにするか。


「うるせーなぁ、大体避けないお前も悪いんじゃないのか?」

「えーっ!? 私がゆっくり飛ぶと前しか見えなくなるのはにーさんだって知ってる筈だよぉ?」

「だったらお得意の超音速ですっ飛んで行けばいいだけの事じゃねえか。それじゃあ達者でな。生水には気を付けろよ」

「あーん、にーさんが冷たいよぉ」


 こうして幼い頃からルシオンと散々繰り返してきた三文芝居は俺の圧勝にて幕を下ろした。

 何やら不服そうな顔をしているが気にしないでおこう。


「のう、サムよ」

「ん、何だ?」


 ルシオンとのやり取りが終わったのを見計らってスカーレットが声を掛けてきた。


「お主先程飛ぶのはダメと言っておらなかったか?」

「言ったけど……。あー、そういえば何も説明してなかったな」


 たしかにこのままではルシオンにブーメランをぶつけて墜落させただけという平凡に毛が生えた程度の日常で片付いてしまう。

 が、それでは目の前のちびっこが納得しないだろう。

 俺は道具袋から小冊子を取り出してちびっこに渡した。


「ほう、冒険者の証出発ガイドブックであるか」

「まあ一応そんな物も出回ってるもんでな。エルバード亭で大まかな計画を立てた時に見せられたら良かったんだけどあの時は手元に無かったからギルドで貰ってきたのよ。っても大したことは書いてないけどな」


 俺の言葉を半分聞き流しながらスカーレットは小冊子をパラパラとめくる。

 これで内容の大半が頭に残っているところが魔王の知的なスペックなんだなと少しだけ感心。


「確かに有益な情報は殆ど書かれておらぬようじゃのう」

「ギルドでタダで貰えるやつだからしょうがないよ。それより最初の方に約束事が書いてあったろ?」

「このページじゃな?」


 スカーレットは巻頭からペラペラとページをめくるとそれらしき箇所で指を止めた。


「正直この冊子で目を通すべき箇所はココくらいなもんだな」


 俺の言葉を受けてスカーレットが小冊子を真上に向けるとそれを中心に5人の輪が出来上がった。

 全員で記された内容をガン見する。


「フム、約束事よりも注意書きに近いようじゃな。カーネリア王国領土への入場の禁止、パーティー登録時からのメンバー変更の禁止、ギルド指定以外の移動手段使用の禁止、空中・水中・地中での移動の禁止、移動魔方陣利用の禁止、生死を問わぬ指名手配犯を除く殺人の禁止、刑法に沿う身柄拘束相当以上の犯罪の禁止……」

「それが主な共通禁止事項。後は各国の統治者に委ねるって感じで受け止めておけば問題無いだろ。まあ見ての通り約束事って言っても禁止事項が羅列されてるだけで、逆に必須事項も各国の首都ギルドに顔出すだけ。だからそれだけしっかり守っときゃ後は特にあーせいこーせいと縛られることも無いから気楽なモンだわ」


 俺はいちばんに首を上げて4人に目配せする。

 そしてそのまま小さく頷くと全員が俺の目を見て流されるように小さく頷いた。


「でもな、ガレオンへ行くまでに遂行すべき条件なんてものが無いからこそ逆に禁止事項が重く圧し掛かってくるんだ」

「それってルシオンが空を飛んだのと関係あるの?」

「そりゃあるだろ」


 上目遣いで問い掛けてくるセシルに応じる。


「今でこそCランク以上のパーティーじゃないと冒険者の証の取得許可も下りないんだけど昔はそれこそ誰にでも許可が下りたのよ。でも経験の浅いEランクパーティーが正面から挑んでも到達できないのはまず間違い無いんだわ。地上から攻めてもガレオンまで辿り着けない。じゃあお前だったらどうしようって考える?」


 応じるついでに俺からも問いを投げてやる。


「あそっか、空……」

「理解したようだな。つまり地上が駄目なら空中を移動すればいい。ただどの世界にも悪知恵が働く奴がいるらしくてな、冒険者の証が簡単に貰えるように飼い慣らしたハルピュイアを貸し出す商人が現れたみたいで、まあなんつーか結果的に身の丈に合わない達成者がそこら中に湧いたのよ」

「でもそれって何かマズいことでもあるの?」

「冒険者の証を持ってるとカーネリア王国騎士団の入団審査で大きなプラスになるんだわ」

「あー、嫌な予感しかしないわね……」

「後は察しの通りだな。まともに剣も振れない、魔法も扱えない連中が証を片手に騎士団入りして酷い有り様だったって聞いたことがあるわ」


 俺は両肩をぐりぐりと回しながら前かがみの体勢から身体を解き放った。

 それに倣い小冊子を中心とした輪がほぐれていく。


「俺も詳しくは知らないけど王国騎士団から強い要望があったみたいでな、結局それが元でCランク以上での申請許可と細かい移動制限が設けられたらしいんだわ」

「フム、要するにガレオンまで気合いで歩いて来いという事であるな?」

「そゆこと」

「カッカッカ、王国の命令であれば素直に従うしかないのう。不本意じゃがゆっくりとカーネリア大陸を見て回るのじゃ。のう、クーリエよ」

「はい」


 魔王が声を上げて笑うと側近は首をちょこんと横に傾けながらはにかむように微笑んだ。


 アゼルネアで散々旅の目的について話し合ったのだがあくまでグルメツアー中心。

 高らかに響く笑い声からそこは絶対に譲らないという空気をひしひしと感じ取りながら俺達は南へと向かう街道を踏み出した。




 …



 ……



 ………




「ちょっ、ちょっとにーさん待ってよぉ」


 はて、綺麗に締めくくったというのに待ったを掛ける奴がいやがる。

 とんでもねえ野郎だ。


 ったくうるせえなあ……、などと心の中でぼやいていると声の主であるルシオンが妙に深刻そうな顔つきで俺の所に詰め寄って来た。

 こいつがこんな表情を見せる時は大抵不満がある時だ。


「あ? どうした、何かあったか?」


 どうせ大した事じゃないだろと思いながらも一応聞いてみる。


「何かあったじゃないよぉ。私、にーさんにブーメランぶつけられたのに戻って来たら叱られるし……」

「そりゃお前が勝手に飛んでったからだろ?」


 本当に大した事言ってこないのな。

 まあウダウダ言い合っても仕方ないから簡潔明瞭に理由を伝えてやった。


「そんなの知らないよぉ。それに……」

「それに、何だ?」

「ブーメランの投げ方は私が教えてあげたんだから」

「だから?」

「先生に暴力を振るうのはダメなんだよ!」

「知らん」

「あーーーっ!! すぐに知らん知らんって逃げるのはにーさんの悪い癖なんだからね!」


 ヤバい、教師ヅラする堕天使が超ウザいんですけど……。


「あーん、今にーさんが鬱陶しそうな顔したよぉ」


 イカン、本格的に置き去りにしたくなってきたぞ……。



 ふう……。


 一呼吸置く。


 うん、大丈夫。

 こいつは絶対についてくる。


 俺は確信を持って結論付けると黙って南に向かって街道を歩き出した。

 セシルがこちらを見ながら横に付き添うように共に歩き出す。


「ねえ、今のナニ?」


 隣人は無表情で俺の顔を斜め下から覗き込むように訊ねてきた。

 どうでもいいけど何となく訊いてみました感がスゴイ。


「ああ、あいつ寄生してるのを無理矢理正当化させようとしてたまに上に立とうとするんだわ」

「そうなんだ、堕天使も楽じゃないのね」


 彼女の問い掛けにテキトーに答えたら何故か納得された。

 こいつはこいつで偏屈なのか素直なのかイマイチ分からない奴だ。


「おい、おまえらもさっさと行くぞ」


 様子を窺っていたスカーレットとクーリエに歩きながら声を掛ける。


「そうじゃのう、こんな所に突っ立っておっても美味いものにはお目に掛かれそうにもないのじゃ」


 的確に状況を判断し、魔王は俺と足並みを揃える。


「あーん、すーちゃーん……」


 側近は俺とルシオンをわたわたと交互に見ながらも程なくしてルシオンにペコリと頭を下げると回れ右をしてこちらへやって来た。


「くーちゃんまで行っちゃうよぉ……」


 さて、こうなりゃ最早こっちのモン。

 最後に取り残されて物憂げな表情の堕天使に軽く優しい言葉を掛けてやれば「あーん、置いてかないでよぉ」とか言いながら寄って来るのは筋書き通りと言っても過言ではない。

 俺は足を止めると仕上げと言わんばかりにルシオンに振り向いた。


「お前さあ、駄々こねて帰るのは自由だけどミシェルに追い出されたの忘れてないよな?」

「あっ……」


 ルシオンの顔が瞬時にこわばった。

 そう、ミシェルは男のことを動く有機物程度にしか見ていないがその気丈な性格通り弱音や泣き言を吐く奴には例え女であろうとすこぶる厳しい。

 それはルシオンも例外ではない。


 拒否権が無いとはいえ、パーティーを組んでしまった今の状況からして言い訳しながら戻ったところでミシェルにきつくお説教をされるのは間違いないだろう。

 逆を言えばこの歳になってもこいつがついてくるのは何だかんだで俺が甘いからなのであるが……。


「あーん、にーさんどうしよう。帰ったらみーちゃんに怒られちゃうよぉ」

「……オマエさあ、このまま俺と同行するって選択肢は何処に消えたんだよ」

「……」

「……」

「あははははー」

「笑って誤魔化そうとするんじゃねえよ!」


 どうせこいつの事だ、何も考えてない所にミシェルに叱られるビジョンが入り込んできて現実を見失ったってオチに違いない。

 相変わらずのーみそのキャパシティに余裕の無い奴だ。


「で? 行くの? 帰るの? 帰るの? じゃあな」


 俺はわざとらしくルシオンに背を向けてそそくさと足を踏み出す。


「あーん、置いてかないでよぉ」


 背中越しに届く地を蹴る音に俺は小さく安堵の息を吐きながらこちらを窺う3人に苦笑いを浮かべた。


「えへへへへー」


 俺に追いつくと同時にリラックスした表情でだらしなく笑うルシオン。

 その顔を見ながらお約束のように彼女の頭の上に手を置いて髪の毛をわしゃわしゃとかき乱した。

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