28 汝、禁忌に触れるべからず
とまあやっとこさフィールドに出ました。
長かった……。
とゆー訳で本日のメニューは日が暮れるまで徒歩移動でありまする。
「ねえサムー、これからどうするの?」
「ひたすら歩け」
狙いすましたかのように前衛から質問が飛んできたのでリーダーとして簡潔明瞭に答えてやる。
「ええーーっ!?」
「うるせえ! ガタガタ言うな! 冒険の基本は移動だろが!」
嘆き声が漏れ出したのでリーダーとして威圧的に答えてやる。
「あんたはいいわよ。後ろでクーリエとイチャイチャしてればいいんだもの」
こんのゴミクズダークエルフめ、隙あらば文句ばかり吐きやがる……。
そもそも寝言をぬかすのがあまりにも早過ぎる。
今さっきフィールドに出たばかりでアゼルネアの南門が微かに見える位置なんだからもう少し前向きな気持ちで挑めっての。
「あははー、それなら皆で飛んで行けばいいんだよぉ」
突然俺の前に居たルシオンが純白の翼をぱっさぱっさと羽ばたかせてぎこちなく浮かび上がった。
ブワーっと砂埃を巻き込んだ風が顔面に容赦無く殴り付けてくる。
嗚呼、悲しきかな最早存在そのものが御近所迷惑以外の何物でもない。
後で説教。
「あははははー」
何が楽しいのか1ミリも理解できないが当の本人は笑い声を撒き散らしながらじわじわと高度を上げて遠ざかっていった。
それにしても相変わらず上下に身体がブレまくって見ているこっちが何時落ちないかと不安になってくる。
「サムよ、あれは何なのじゃ? 堕天使の分際でまともに飛べやしないではないか」
スカーレットがトリッキーな動きを繰り広げる飛行物体を指差しながら訴えかけてきた。
「俺だって保護者じゃないから知らねえよ。そもそも堕天使なんてあいつ以外見たこと無いから他と比較のしようもないんじゃないか?」
「ウ、ウム、確かにそうであるが……」
同意しつつも何処か腑に落ちないような返答を示す魔王様。
というか、ルシオンが飛び立ってからスカーレットの顔色がどうにもパッとしない。
必然的に彼女から続く言葉は真っ向からルシオンの在り方を否定するような内容だった。
「妾の知り得る限り、天使を名乗る者は魔力そのものが具現化したような形態であったものでな……」
「魔力そのもの?」
「そうじゃ。天使とは本来、無限の魔力を秘めた、天界より召されし存在なのじゃ」
「でもアイツが魔法を使ったことなんて俺の知る限りじゃ今まで1度も無いぞ?」
「そうであろうな。今の彼奴からは微塵も魔力波動を感じ取れんわい」
いや、『天使』ではないと言っているだけで『堕天使』であることまで否定している訳ではない。
それにルシオン本人も自身を堕天使と明言しているのだからスカーレットの言い分に別段矛盾点は無いように思える。
「つまり天使から魔力を搾り取った残りがアレになるのか」
俺は空中で楽しそうにもがくアレを指差した。
「断言はできぬが天使と堕天使が全くの無関係とも思えんからのう、妾もルシオンは天使から魔力が取り払われた残滓ではないかと考えていたのじゃ」
「ほほう、意見が合ったな。飼い主と魔王が認めるんだからあいつはもう搾りカスで決まりだな」
本人の居ない所で酷い論議を交わしあう。
それでも目の前で今にも力尽きそうな蝉のようにバタバタ羽ばたかれると前向きな意見も埋もれてしまうのは致し方無しであろう。
「なあ、そういえばクーリエは普通に飛べるのか?」
よくよく考えたら翼持ちがもう1人いる訳で、ふと思い出したかのように隣に立つ黒い翼の方に話を振ってみた。
「え……、あ、はい」
「だよな。なあ、ちょっと見せてくれよ」
相変わらずなのんびりとした返事が返って来た。
とはいえいくら言い方が間抜けでもイエスはイエス。
俺はクーリエの方に身体を向け、飛ぶ姿を披露してもらうように頼んだ。
ほわり。
表現としてはこんな感じだろうか。
翼を羽ばたかせることなくクーリエは地面からゆっくりと浮かび上がると、普段俺より低い位置にある目線が同じ高さに並んだ。
「なにぃっ……!? これは一体どういう事なんだ!?」
某堕天使からこんなスムーズに浮遊する姿を未だかつて目撃したことがない俺は正面からガン見されて恥ずかしそうに頬を赤らめるクーリエの翼を両手で掴んだ。
そうだな、取り敢えず翼を振ってみようそうしよう。
バサバサバサバサバサバサバサバサ……。
コンパクトに折り畳まれた翼を無理矢理引っ張ると艶のある漆黒が眼前に広がった。
「はわわわわ」
クーリエからお決まりの声が漏れるが身体は宙に固定されたまま動かない。
つまりそれは浮遊という行為が彼女にとって実に容易なのであろうと思われる。
それにしても何故浮いていられるのだろう……。
「翼を掴まれても浮いてるってことは他に何かしらの力が働いているのか?」
「そうじゃ。強大な魔力を持つ有翼種は浮力と推力を自身の魔力で賄っておるのじゃよ」
俺とクーリエがじゃれ合う姿を楽しそうに眺めていた魔王様が腕を組んで自慢げに解説を始めた。
「ふーん、魔力で飛ぶのか……。でもそれなら翼は要らない気がするけど……」
「ブレーキであったり体勢の維持であったりと翼にもそれなりに役割はあるのじゃよ。のう、クーリエよ」
「はい、細かな調整は自身の翼で管理しております」
クーリエはそう答えると俺から解放された翼をそよそよとはためかせた。
身体が空中に固定されたままその場で右回転を始める。
「おおおおおお!!!」
なんてこった、嬉しい時に揺らす以外に使い道があったのか……。
俺はてっきり感情表現補助器官だとばかり……。
「ねーねーまおー」
クーリエに羨望の眼差しを向ける俺を横目にセシルがスカーレットに話し掛けた。
「ん? 何であるか?」
「あたしも魔力で飛べないの?」
確かに。
ヴァンパイアロードが浮力と推力を魔力で賄っているなら理屈としてダークエルフが飛べてもおかしくはない。
「それは無理なのじゃ」
「やっぱそうなの?」
「白魔術師が黒魔術を扱う事は不可能ではない。新たに習得すれば良いだけの話じゃ」
「そうね」
「じゃが浮遊は種族に由来する潜在能力であってな、いくら浮力の源泉が魔力であると頭で理解していようがヒューマンやエルフのような翼を持たぬ者には体内で魔力を浮力に変換することは不可能なのじゃよ」
スカーレットの言っていることは多分合っている。
イセリアだけを見てもメイジ、ウィザード、ヒーラー、ソーサラー、他にもビショップ、アルケミスト、ハーミット等々、様々な自称魔法の使い手を見掛ける。
正直どの職業がどんな魔法を使うのかなんて知らないけど共通しているのは己の肉体のみでは空を飛ばないという事だ。
大体どいつもこいつも特別仕様の箒に跨ってフワフワしてやがる。
でもダークエルフの内に秘める魔力を一斉解放すれば?
もしかしたら不可能だとは言い切れない気もするが……。
「まおーが言ってる事は分かるけどなーんかモヤモヤするのよね」
セシルが難しい顔をしながら胸の内を吐露する。
きっとそのモヤモヤが解決できた時、種族の壁を越えてダークエルフも空を舞えるに違いない。
無理だと思うが努力するのは自由だ。
俺を巻き込まない程度にテキトーに頑張っておくれ。
「のう、セシルよ」
「ん、なあに?」
「遠い過去より持たざる者はその胸に思想を抱き、数多の研究を重ねてきたのじゃ。錬金然り、未来予知然り、不老不死然り。当然それらの中に浮遊術も入っておったわ。様々な分野の研究が進み、職業が細分化され、今もなお真理の追究は続いておる。中には不可能と言われ続けた術式が確立された例もあるからのう、今は道半ばじゃがいずれは浮遊術も現実となる日が来るかもしれんわい」
釈然としないセシルに対し、スカーレットが心なしか真面目そうに語り掛けた。
どこか憂いの残る魔王の眼差し。
その瞳は彼女が直接見届けたいつかの記憶を思い巡らせているようで、耳に届く声色も不思議と心に染み入るように感じられた。
「そっか……、そういえばエルフの中で飛べる人なんて何処にも居ないもんね。あーあ、あたしも空を飛べればもっと速く移動できるのになぁ」
セシルはスカーレットの言葉を受け入れると、空を見上げ少しだけ残念そうに呟いた。
確かにダークエルフの有り余る魔力を以てしてもその身体ひとつ浮かせられないのは本人にとってもさぞかしもどかしいのだろう。
でもそれ以前に基底に関わる問題がある。
従って穏やかな雰囲気がブチ壊れようがそこはきっちり指摘せねばならんのだ。
それではレッツゴー!
「お前が自力で空を飛びたい気持ちは分かった。でも飛ぶのはダメなんだわ」
「はあ!? アンタいきなり何言い出すのよ」
「秩序ってのは敷かれたレールからはみ出す奴には無慈悲ってことなんだよ……」
俺はセシルの横に並ぶと寂しげな表情を浮かべて肩をポンと叩いた。
自分で言うのも何だが、こいつにこんな抽象的なこと言っても意味が無いと内心感じている。
「そんな顔されても意味解んないし……」
という訳で予想通りセシルさんには何ひとつ伝わっていませんでした。
ぐはぁ!
「それよりルシオンはどうなのよ」
セシルは空中を漂う例の搾りカスを指差して俺に説明を求めてきた。
フム、伝わってはいなかったが話の流れは途切れていなかった模様。
俺氏、心の中でうっすらと悦びの舞。
「後で説明するけどとにかく飛ぶのはダメなんだ」
「後でって、今すぐ説明しなさいよ!」
「落ち着け。慌てるエルフは貰いが少ないって言うだろ?」
「初耳ね」
「まあいいから取り敢えずそこに立ってろ」
いちいち噛みついてくるセシルから少し距離を取ると、俺はおもむろに道具袋に手を突っ込んだ。
あった。
即座に求めていた感触が指先に走る。
俺はそれをグッと掴むと勢いよく袋から引っ張り出した。
「でかっ!!」
「でかっ!!」
思わず口に出てしまったのだろう。
セシルとスカーレットは目を丸くして俺が右手に持つ物を凝視した。
取り出したるは巨大な木製のブーメラン。
スカーレットの背丈と幾分も変わらぬ代物だ。
「ね、ねえ、どうしてそれがそんな小さな袋に入ってるのよ……」
セシルから想定通りの言葉をぶつけられた。
「よく聞け。世の中には2つの事象がある。触れてもいい事象と決して触れちゃならねえ事象だ。選択を誤ると晩メシが悲惨な目に遭うがそれでも関わる覚悟はできてるんだろうな」
脅し文句を浴びせながらギロリとセシルを睨みつけた。
「なっ、何よ! 秘密にしたいからってご飯を盾にするなんて男のくせに卑怯と思わないの!?」
「卑怯とか知るかよ! とにかく大きさなんて関係無く同名のアイテムなら99個まで入る。ただそれだけだ。深く考えるな納得だけしろ。分かったな!?」
「いきなりそんな事言われても……」
四の五の言わずに首を縦に振ればいいものを……、根本的に世渡り下手なのがバレバレである。
取り敢えずセシルは後回しにして、俺はじっとりと舐めるようにスカーレットに向かって目線をスライドさせた。
「わ、妾は何も見ておらぬのじゃ」
待ってましたと言わんばかりに秒で折れやがった。
なかなかに従順で物分かりのいい奴だ。
ただ魔王として捉えるとこの素直さは如何なものかと感じてしまう気もするがまあいいだろう。
となると後はこいつだけ。
俺は道端に生えていた雑草の葉を1枚指先で摘み取った。
「おいセシル、お前この草知ってるか?」
俺は腕を伸ばして親指と人差し指でつまんだ葉っぱをクルクル回しながらグイグイと見せつけた。
「え? そんなのそこら中に生えてる草じゃない」
「だな。カーネリア大陸なら何処にでも生えてる雑草だ」
「それがどうかしたの?」
その問いに答えるかのように俺は葉っぱを口に放り込んだ。
もぐもぐもぐ。
正直美味いもんじゃないが不味くて吐き出すものでもない。
言ってみれば味もそっけもない葉っぱをゴクリと飲み込みセシルに満面の笑みを向けた。
「この葉っぱ食えるんだわ」
「……えっと、それってあたしのご飯に関係しないわよね?」
不穏な流れを察したのか、途端に弱気な表情でセシルがこちらを見つめてくる。
しかーし、そんな顔には騙されないっての。
「よく聞け。この葉っぱさ、前にギルドに居た奴から聞いたんだけど栄養価は高いらしいんだわ。多分そのビスケットよりも健康にいいんじゃないか?」
質問には直接答えずじわりじわりと追い込む。
「いっ、嫌っ! そんなの絶対嫌よっ!!」
セシルは闇雲に拒否の姿勢を剥き出すが肝心の言葉が続かない。
その顔は弱気を通り越して今にも泣きだしそうだ。
「オイオイ、まだ何も言ってないだろが」
「だって、アンタについて行けば毎日宿に泊まれて毎日美味しいものが食べられると思ってたのに……」
「心の声が外に駄々漏れじゃねぇか……」
こいつには少し厳しく接した方がいいかと思ったのだがそんな顔をされると言いたいことも躊躇してしまう。
でも放っておけば悪態ばかりつきやがるし、やはりここはひとつ印象が悪くなろうが強気の姿勢で挑むとしよう。
「ふぅ……、やれやれじゃわい」
脇から何やら鬱陶しい声が聞こえてきた。
「何だよそのあからさまな溜息は」
「あからさまなのはお主の顔つきなのじゃ。大方、食い物でもちらつかせてセシルに圧力を掛けようと目論んでおるのじゃろ?」
「知らん」
「図星のようじゃな」
勝手に決め打ちされて俺は実に悲しい。
が、悲しむ暇も無く仮定を基にスカーレットが話を進める。
「お主は己自身が恵まれた環境で過ごしてきたという自覚はあるかの?」
「恵まれた環境ねえ。まあそれなりにだな」
「ならばセシルにもう少し寛容にもなれるであろう」
チラリ。
スカーレットと俺は同じタイミングでそっとセシルに首を向けた。
「な、なによ……」
(ホレ、如何にも厳しい環境を乗り越えてきた強情っぱりに見えてそのくせ内面は巧みな話術にコロッと騙される田舎娘の典型なのじゃ)
(そうそうそれ。気だけはやたら強いくせに案外荒波に揉まれていないのが丸わかりなんだよな)
「アンタ達こっち見ながら何ボソボソ呟き合ってんのよ!!」
俺達は慌てて視線を逸らした。
会話が途中で遮断されたが要するにスカーレットが言いたいのは絞めつけ過ぎず緩過ぎず、程よい塩梅で手のひらで転がせということなのだろう。
うーん何だろう、途端に保護者になった気分だ……。
悲しくなるからこれ以上深く考えるのは止めるとしよう。
心を落ち着かせて辺りを見渡す。
何かが足りない。
あっ、そういえばいつの間にかルシオンの存在を忘れ去っていた。
あのアホ堕天使は……、あんな所に居やがった。
何がどうしてこんな事で揉めてるのか正直思い出せないが、とにかく今は悠長に話し合ってる場合じゃない。
一刻も早くあの飛行物体を沈めなくては。
俺はブーメランを持ち替え右手を道具袋に差し込んで中身をまさぐった。
指先に掛かるポーションの感触。
それをグッと掴み出しセシルにペッと放り投げる。
パシッ!
大きく円を描くように右手を振りながら小気味よい音を立ててセシルはポーションをキャッチ。
1秒後には鼻先を天に向け足を半歩開き左手を腰にあてがいながらグビグビと喉を鳴らしている。
ホント、こういう時だけは動きに無駄が無いとゆーか無駄に洗練されているとゆーか……。
セシルがポーションを飲み干すのを見計らって俺は口を開いた。
「本当の事を言うとな、便利だから使ってるだけでこいつの構造なんて誰も知らないんだわ」
「道具屋なのに?」
ポーションで頭が冷えたのか、セシルの語気が落ち着いたようだ。
今日も実にちょろい。
「こんなレアな魔道具、作った奴でもレシピ知らないと思うぞ」
「えっ、そうなの!?」
「ああ、使い勝手の良い一点物は偶然の産物ってパターンが多いからな。これなら普通に売れそうだからレシピ確立されてりゃ間違いなく量産されてるだろ?」
「……そうね、確かにそれがあれば荷物持ち雇わなくて済むから便利よね」
「だからって複製を試みて分解しても術式が解けちまったら元も子もないしな。結果的にこんなレアアイテムを目の当たりにしても復元に自信が無ければ必要以上に構造について触れないってのが道具屋界隈での暗黙の了解になってるって訳なのよ」
「何よそれ。あたし道具屋の事情なんて知らないし、そういうのは先に言ってよね!」
俺は道具袋を掴んでホレホレと見せつけるとムッとした表情で反論してきた。
可哀想に、ここまで気が強いと人生損しまくりなんだろうな。
うーん、それにしても難しい。
その残念な性格を指摘しないのも酷だがすれば烈火の如く燃え盛る。
はてさてどうしたものかと思考を巡らせていたらふとスカーレットのニタニタした笑顔が視界に入ってきた。
あいつの事だからセシルの性格なんて疾うに把握している筈なのに何て悪い奴だ。
まあいいや、魔王が静観を決めたのなら俺もそれに倣うとしよう。
それよりもアレだアレ!
俺はブーメランを強く握り締めると南へと向かう街道をじっと見据えた。




