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ヴァンパイア ラプソディ  作者: ムラサカ
27/50

27 ありきたりな旅の幕開け

 昨晩からあーでもないこーでもないと議題が進行しているのか怪しい話し合いの結果、たった1つではあるが決まったことがあった。


『本線はグルメツアー』


 なんだそりゃ、あれだけ時間費やしてそれかよ……。

 そもそもグルメツアーなんて俺からすればオマケのオマケに過ぎないのだが、この3人にとっては世界の安寧なんかより格段に重要なようである。

 いや、下手すりゃ比較対象にすらなっていないかもしれん。

 食欲恐るべし。


 ったくめんどくせえな……、まあ道中テキトーに地場産のエサでも与えときゃ満足するだろ。


「あーっ、なんかにーさんがめんどくさそーな顔してるー」

「おうよ! 貴様が反抗的で後々面倒な事になりそうだから此処に置いて行こうかと思ってたんだ。じゃあな、雨水でも啜りながら逞しく生きろよ」

「あーん、そんなのダメだよぉ」


 イカンイカン、無意識に顔に出ていたようだ。

 俺は咄嗟に寝言の発生源に圧力を掛けて黙らせた。



「後は……、今のうちに何か訊いておきたい事はあるか?」


 見渡すが特にそれっぽい反応は無い。


「よーし、それならそろそろ行くとするか。じゃあ悪いけど留守の間頼むわ」

「はいよ。お母様の手掛かりが見つかっても絶対に無茶しちゃダメよ」


 俺は椅子から立ち上がると同時にカチルに声を掛けると想定内の返事が返ってきた。


「分かってるって」


 今度の外出はいつもとは違う。

 下手すれば俺の命に係わる旅だ。

 それでも普段と変わらない言葉を掛けてくる姉の声に少しだけ心が落ち着く気がした。


 そんな姉弟の会話の合間に運命を共にする4人が椅子から立ち上がっていた。

 全員の視線がテーブルの真ん中で結ばれる。

 出発の準備は万端だ。


 俺はくるっと振り向いて玄関に向かうと1人を除いてぞろぞろとついてきた。


「カチルさんお世話になりましたー」

「お主も達者でな。帰って来たらまた酌み交わそうぞよ」


 セシルとスカーレットはそれぞれの思いを言葉にして外へ出て行く。

 その後ろにクーリエが深々と頭を下げて2人に続いた。


「あーん、かーちんと別れるの寂しいよぉ」

「分かるわよぉ、あの子と一緒に居ても虐められるだけだもんねえ」

「かぁちぃーーん」

「ルーシーーーッ」


 カチルとルシオンがわざとらしく抱き締め合う。

 あまりに酷い三文芝居だ。

 そういうのは是非とも他所でやって頂きたい。


「ホレ、いいからさっさと行くぞ」


 どうやら感動の場面らしいが心底どーでもよかったので2人を引き剥がして片方を店の外に投げ捨てた。


 玄関先で俺を待つ4人。

 その許へ向かおうとした俺をカチルが後ろから呼び止めた。


「ねえサム、少しいいかしら?」

「どうした? まだ何かあるのか?」

「ちょっとだけね、2人きりで話がしたいのよ」


 カチルはそう言いながらルシオンに中身がぎっしり詰まった大きな紙袋を手渡した。


「うわぁ、イザベラおばさんのビスケットがいっぱいだよぉ」

「これ皆で食べながら待っててもらえるかしら?」

「はーい」


 ルシオンは満面の笑みで紙袋からビスケットを取り出して手を掲げるとすかさずセシルとスカーレットが寄って来た。

 紙袋に一心不乱に手を突っ込む様はまるで死肉に群がるハイエナを彷彿とさせる。

 予想を裏切らない行動が実に微笑ましい。


「いいか? すぐ戻るからそこから離れるなよ」

「はーい」

「紙袋も残さず食うんだぞ」

「はーい」


 コイツ絶対俺の言ったこと聞いてねえだろ……。


 俺は再び屋内に戻り、入口の扉を静かに閉めた。


「で、2人っきりの話って何だよ」

「別に大したことじゃないんだけどね」


 カチルは俺達が囲んでいたテーブルに置かれた食器を重ねながら呟くように言う。

 深刻な話だったらどうしようかと思っていたのでその言葉に俺はふと安堵の息をついた。


「アンタが誰を選ぶのか知らないけど、もしクーリエちゃんとくっついたら子供は1人だけなのよね……」

「スカーレットの言ってたことが正しいならそうなるわな」

「そうよねえ。それよりアンタ、セシルちゃんはどうなのよ」

「はあ!?」


 怪訝そうにカチルに目を向ける。

 とは言え何の冗談かと思いきやカチルの表情は真剣そのものだ。


「どうしてそこでセシルが出てくるんだ?」

「やっぱり将来的にも種族は近い方がいいかなって……」

「俺だってそんなのどうなるか分からねえよ。それより表で待たせてるからもう行くぞ」


 カチルの何とも歯切れの悪い口調に一抹の不安を感じた。

 しかしその不安の根拠が分からない。


 どうせ肝心な所ははぐらかすのが目に見えていたから俺はそれ以上追及するのを止めた。


「そういえばイザベラおばさまからビスケットと一緒にジャムも届いたわよ」

「あっ、それそれ! 待ってたんだよ」


 足を出口に進める俺に流し台の前に立っていたカチルから声が向けられた。

 その言葉を聞き俺は勝手口に向かうと、床に乱雑に置かれた木箱の中からジャムの詰め込まれた丸い小瓶を手に取った。


「店にも置くんだから全部持って行っちゃ駄目よ」

「分かってるって」


 そう言いながらも俺は10個程手早く道具袋に押し込んだ。

 これだけあれば最低限どうにかなるだろう。


「じゃあ俺もう行くから」

「はいはい」


 カチルはパタパタと早足で寄って来て入口の扉を開ける俺の後に続いた。


「わりいわりい、さっ行こうぜ」

「何じゃ? 惜別の言葉にしてはやけに出て来るのが早いではないか」

「別にそんなんじゃないっての。それより口いっぱいに頬張りながら話し掛けてくるんじゃねえよ」


 頬がパンパンに膨れるまで口にビスケットを詰め込んだ魔王様が器用に喋る。

 王とは何であろうかと改めて考えさせられる行儀の悪さだ。


 ジー……


 軽口をたたきながら入口の脇で待っていた4人と合流する俺。

 その様を段差の上に立つカチルにガン見されていた。


「うーん、……よねえ」


 しかもブツブツと独り言付き。

 何なんだあいつは。

 間違いなく無垢な子供が見ちゃイケナイ人ベスト3に入るやつだ。


「ねえセシルちゃん?」

「え、あたし……、ですか?」

「念の為これ着けていきなさい」


 カチルは考え事をするような悩ましい顔つきでセシルに銀の装飾が施された小箱を渡した。


「あ、はい。 ありがとうございます」


 軽い返事で訳も分からぬままセシルは小箱を受け取るとその場で蓋を開けた。

 出てきたのは淡く透き通った緑色の指輪。

 あれって……。


「時断石?」

「あらアンタ、超レアアイテムなのによく知ってたじゃない」

「知ってたじゃねえだろ!? あんなモンどうして此処にあるんだよ!」

「そんなの買い取ったからに決まってるでしょ」


 それ以外に無いだろというオーラを発しながらカチルは嫌そうに俺の質問に応じる。

 まあ買い取るか盗み取る以外に考えられないからいちいち聞く必要も無かったんだけど、その人を蔑むような目で見るのはどうかと思うんですよ……。


「そもそもアンタ、時断石の効果知ってるの?」

「あー、アレだろ? 時間を止めるみたいな」

「はっきりしない答え方ねえ。知らないなら知らないって素直に言いなさいよ」


 カチルは俺の曖昧な回答にやれやれといった顔色を浮かべた。

 直後、セシルに向き直ると小箱を持つ手を両手でそっと包み込んだ。


「セシルちゃん、これは時断石と言ってね、装備者が本能的に身の危険を感じた時に危害を加えようとする相手もろとも動きを止めてしまう効果があるの」

「もろともって、敵と……、あたしも止まっちゃうんですか?」


 思わず、といった感じでセシルが指輪の効果をカチルに聞き返した。

 問い返したくなる気持ちも分からんでもない。

 何て言うか使い勝手が謎過ぎる。


「そうね、確かにこれよりも便利な道具は山のようにあるわ。でもこのリングだって状況次第では凄く頼りになったりもするのよ」

「仲間かっ!!」


 カチルの謎かけにきょとんとするセシルを横目に俺は思わず声を上げた。


「気付いたみたいね。そう、魔王様とルーシーが同行するならこのリングは最高の御守りになるわ」

「確かに。でもセシルが苦戦しそうなモンスターなんてアカウ火山のレッドドラゴンくらいだと思うけどな」

「地上だけなら、ね」


 その一言にピンときた。

 カチルは俺達がいずれ奈落渓谷にアタックすると想定しているのだ。

 つまりはカチルも奈落渓谷の先が怪しいと感じているんだな。


 セシルは受け取った時断石の指輪を左手の人差し指にはめた。

 新たな宿主に挨拶するかのように指輪は仄かな光を一瞬だけ放つ。


「へー、案外悪くないわね」

「そりゃコレに比べりゃよっぽどマシだろ」


 指を広げて色合いを確かめる彼女に俺は小指にはめられた禍々しさ全開の指輪を見せつけた。

 俺と出会うまでセシルが身に着けていたやつだ。

 赤黒いまだら模様のそれは凄まじい効果を秘めているようだが如何せん見た目が悪い。

 装飾品は見た目が9割とはよく言ったものである。


「うるさいわねえ、嫌なら返しなさいよ」

「呪われてるから外せねえだろが!!」

「だったら潔く諦めることね。まあ、あたしかアンタが死んだら解呪されるからいつかは外れるわよ」

「お前って絶対長生きするタイプだよな……」

「まっ、暫くはパーティー仲間同士仲良くしましょ」


 セシルは俺の肩をパシッと叩くと、少し浮かれ気味にルシオンの持つ紙袋に手を突っ込んでビスケットを取り出した。

 まあ時断石と言っても宝石の一種だからこんなどす黒い呪いの指輪なんかよりは幾分着け心地がいいのだろう。


 ふとカチルと目が合った。

 セシルはゴキゲンだが実は難所攻略の備えだったりする。

 そんな互いの思考が交錯したような気がして、どちらともなく苦笑いをしながら重なった視線から逃れるように首を振った。


 そしてそのまま振り返る事無く通りへと歩みを進める。


「行ってらっしゃい。気を付けてね」

「ああ」


 背後から届くいつもの声にいつもの返事。

 4人が俺の後ろについてくる。

 後は野となれ山となれ。


「かーちんも元気でね! 絶対だよー」


 1人だけ名残惜しそうにいつまでも手を振っていたがそれでも俺についていくと決めたのだろう、その足取りは確かに俺達と同じ方向を向いていた。



 ……



 朝の忙しない空気から解放された大通りの真ん中を少しだけ南に歩くと、遠く向こうに衛兵すら立たない質素な門が見えてきた。

 取って付けたような境界は視点を変えれば平穏を象徴していると言えなくもない。


「一応言っておくけどあそこを出たらフィールドな」

「あの防壁の薄さを見るに手強い魔物とは無縁そうじゃな」

「まあ外に出たところでイシャンテだからな。それでもいざという時の為にフォーメーション決めておこうぜ」


 俺は鞘から剣を抜くと胸の前でビシッと構えた。

 ヤマトで手に入れた反りの付いた剣は新しい血の味を求めるかのように刃をぎらつかせる。


「前衛は俺が行くわ。後ろなんかにいたら剣が錆びついちまうからな」

「ほぉー、それはそれは実に頼もしいものよ。そうじゃのう、ならばその自慢の剣であそこの岩を割ってみせるのじゃ」


 スカーレットはにこやかにある場所を指差した。

 その先には俺の背丈を優に超えるでっかい岩。


「何言ってんだ、あんな岩くらい……」


 割れる訳ねーだろクソがっ!!

 常識で物を言え!!


 心の中で激しく叫んだ。

 勿論顔には出さない。


「カッカッカ、さすがに容易かったかのう。あの程度、お主の実力ならば朝飯前であったな」


 スカーレットは俺の横に立つと埃を払うようにヒョイっと手首をしならせた。

 その手から生まれた目には見えない衝撃波が大気を揺らすのだろうか、彼女が纏う深紅のマントがほわりと浮かび上がった。


 ガキィィン!


 その直後、大きな岩は屈強な戦士が振るう大剣に叩き斬られるかのように真っ二つに裂けた。


 バキィィィン!!


 更にその直線状に置かれた二階家程もある巨大な岩までもが真っ二つに裂けた。


 ズギャァァァァン!!!


 以下略。


「なっ……」


 ポカンと口を開いて唖然とする俺を横目に隣人はニタリと笑みを浮かべながら大きな牙を剥き出した。


「はて、加減したつもりだったのじゃがちいとばかし貫通してしまったようじゃのう」


 これは俺が前衛を担うことに対する不満の意思表示だろうか?

 てゆーかあんなモン後ろから飛ばされたらたまったもんじゃないわ。


「お、おう、そうだな。それより何だか知らんがフォーメーションはお前に任せたくなってきたな……」


 フォーメーションひとつとっても魔王として何かしら思うところがあるのかもしれない。

 ついでに俺の安全の為にもこいつに決めさせるのはあながち間違いではないだろう。


「ムム!? リーダー殿直々の指名であるか? ならば仕方あるまい。魔王スカーレット、ふつつかながら必ずやその大任を成し遂げてみせるのじゃ」


 口だけはやけに低姿勢だがその顔はあからさまに挑発的だ。


「まず誰を中央に配置するのかであるがこの旅路、最も狙われる可能性が高いのは言うまでも無くセシルなのじゃ」

「ん? ギルドの支配人が真っ先に狙われるのは俺って言ってなかったか?」

「それはセシルがギルドにヒューマンで登録したからであろう。こやつの正体が判れば話が一転するのじゃ」

「伊達にダークエルフ紛争について調べてるって訳じゃないみたいだな」

「ウム。まあお主を狙う輩が現れる可能性もあり得るかと言えば十分にあり得る。じゃがセシルが狙われた時の方が状況は遥かに深刻じゃ」


 スカーレットは相槌を打ちながら拾ってきた棒切れで地面に丸を描いた。


「であるからにしてセシルの脇は妾とルシオンが固めるとするかのう」


 丸が横に3つ並んだ。

 もう既に嫌な予感がしている。


「3人で前衛を担う故、後ろはサムとクーリエに任せるのじゃ」


 3つの丸の下に2つの円が描かれた。

 嗚呼、何故剣士である俺が後ろに下がらねばならんのか、遺憾千万である。


「ん? 何じゃその顔は、やけに不満そうであるな」

「ったりまえだろが! 何処の世界に後衛に立つ剣士がいるってんだ!」


 確かに俺の剣は岩なんか斬れない。

 それでも俺にだって僅かながらも男としてのプライドってもんがあるんだよ! 


「サムよ、確かにお主は紛うことなき剣士であろう。しかしながら同時にリーダーでもあり司令塔でもあることを忘れてはおらぬか?」


 声の主は腕を組みながら軽く首を傾げてニヤリと笑う。


「いや、ここはひとつ寝食を共にする間柄として正直に言わせてもらうのじゃ。サムよ、今のお主ではセシルの護衛はちと厳しいのじゃよ」


 上辺では笑っているがその言葉はなかなかに手厳しい。


 スカーレットの言葉はともかくこの前衛3人は間違いなく俺より能力が高い。

 ついでに言えばクーリエも俺なんかとは比較にならない。

 俺がどんなに優れた武器を携えようが全ては現実の範囲内だ。


 恐らくその全てを理解した上での魔王としての発言なのだろう。

 事実、俺には返す言葉も無い。


「そうだな、俺はお前達を顎で使う司令官に徹するとするかな。覚悟しておけよ」


 俺は右手で力なく握っていた剣を鞘に納めクーリエの横に並んだ。

 この世界では強さもまたひとつの正義である。

 悔しいけど今の俺はその正義に素直に従うまで。


「カッカッカ、お手柔らかに頼むぞよ」


 こうして俺達のフォーメーションが組まれた。



 改めてクーリエの左側に立つと慎ましさを滲ませつつも堪え切れない微笑みが俺を迎えてくれた。

 ゆらゆらと翼を揺らす隣人はどうやら髪の赤い上司の話によれば如何なるバックアタックも通さないらしい。


 正面と両サイドは前衛に丸投げ。

 後方からの奇襲もクーリエが即座に感知。


 此処にソロプレイヤーの時には無かった圧倒的安心感を見た気がする。

 弱い奴に限って高ランクのパーティーに入りたがる気持ちが何となく解った今日この頃。

 うーん、ぬるま湯が最高に心地いいぜ。


「ねーねーまおー、あたし思ったんだけどさあ」

「ん? 何であるか?」

「道知ってるのサムだけなんだからアイツが前に居た方がいいんじゃないの?」


 後衛マッタリツアーも悪くないと思った矢先、突如前衛待望論が降って湧いてきた。

 頼られては仕方が無い、やはり俺が前衛に……。


「馬鹿言うでない! 道なんぞ妾の千里眼でどうとでもなるのじゃ。それよりもサムを前に置くと」

「置くと?」

「横にクーリエが来るじゃろ?」

「あ、そっか。クーリエが前衛になっちゃうわね」

「そんな事はどうでもよいわ。それより旅の道中ずっと目の前でラブラブチュッチュされるのが死ぬほど鬱陶しいのじゃ」


 魔王の本音が漏れてきた。

 ラブラブチュッチュって何だよ……。


「あー、確かに。そんなの見せつけられたらせっかくのグルメツアーが台無しね」

「じゃろう?」


 ダークエルフが同意しやがった。

 否定する素振りすら見せない清々しさだ。


「オイ、何が台無しだって!?」

「「!!!」」

 

 眉をひそめながら密談に興じる前方の2人がハッと驚くように同時にこちらを振り向いた。

 そして俺と目が合うとすぐさま体勢を戻した。


「ホレ、門が見えてきたのじゃ」

「あーっ! もう待ちなさいよ!」

「待てやコラ!!」


 俺の言葉から逃れるように2人が駆け出す。

 ったく、フォーメーションも何もあったもんじゃないわ……。


 ふと横に視線を移すとそこには頬を赤らめる隣人の姿が。


「はっ、はわわわわ」


 彼女は俺に見られていることに気付くと咄嗟に両の頬を手のひらで包み隠した。


「なあ、お前今何想像してたんだ?」

「えっ!? はっ!? そっそそ、想像なんて滅相もございません!」


 凄まじい慌てっぷりだ。

 いや、それより鉄壁フォーメーションがガタガタじゃねえかよ……。

 イカン、無性に不安が込み上げてきたぞ。


 それでもその慌てる様が妙に楽しくて引き続きクーリエをガン見していると、前を歩くルシオンがくるっと振り返って俺達に謎の笑みを向けてきた。


「にーさんとくーちゃんはとってもお似合いなんだからずーっと一緒じゃなきゃいけないんだよ」

「オマエもいきなり何言い出すんだよ……」

「えへへへへー」


 唐突に意味不明な発言をぶちかます堕天使はやはり意味不明なまでににこやかだ。

 きっと朝の毒キノコが時間差で効いてきたのだろう、可哀想に……。



 クーリエとルシオンに挟まれて門に向かうと既に到着していた2人が1点を指差していた。

 俺は無意識に指差す先へ視線を移すとそこには丘の向こうから覗かせる尖塔の鐘があった。


 思わずポケットをまさぐると指先には確かに御守りの感触。

 大丈夫、シスターの加護がこの凶悪マイナス祝福値軍団を人並みの生活に導いてくれる筈だ。

 多分、いや、きっと。


 皆が申し合わせたようにたった今辿ってきた道を振り返った。

 アゼルネアの南門から見渡すイセリアはその存在感を留まる事無く示している。

 何時見ても此処から眺めるイセリアは雄大だ。

 でも俺達は景色に心を奪われる暇なんてこれっぽちも無い。


 なぜなら……。


「さっ、さっさと冒険者の証を貰って食べ放題ツアーの続きをしましょ」


 セシルはくるりと振り向くとフィールドに向かって歩みを進めた。

 そもそもそんなツアーを組んだ記憶は何処にも無い。


「そうじゃそうじゃ、美味そうな店がそこかしこにあったから急いで戻って来るのじゃ」


 スカーレットがそれを追随するように後に続く。

 貴様の千里眼は何の為にあるのか小一時間程問い詰めたくなってきた。


「あーん、専門店のパンケーキが楽しみだよぉ」


 ルシオンは俺に懇願するような顔で独り言を述べると先を往く2人に向かっていった。

 この野郎、冒険に対する心構えを述べてみろや。


 やはりこいつらは断然花より団子。

 風情もへったくれもありゃしねえ。

 まあ分かってたけど。


「なあクーリエ」

「何でございましょう?」

「花は好きか?」

「はい、大好きです」


 俺の突拍子もない問いに傍に居たクーリエがにっこりと答えた。


「はぁ、俺の味方はお前だけだよ……」


 ぼやきながら前衛共の後を追うように門をくぐると、俺の歩幅に合わせてクーリエが横にぴったりとついてきた。

 ゆらゆらと漆黒の翼が揺れる。



 雲ひとつない晴天の下、俺達の冒険は幕を開けた。





 ----------





 場所は変わって此処はルクセンオールの首都ガレオン。


 ガレオンギルドと隣り合わせに並んだシックな建物に駆け込む1人の兵士。

 上から下まで洗練された彫刻の施された柱が立ち並ぶ廊下のいちばん奥、一際重厚な扉まで兵士は脇目も振らず駆けるとその扉を勢いよく開け放った。


「おっ、王子っ!!」

「無礼者め、ノックぐらいせぬか!」


 王子と呼ばれるブロンズの髪の青年は書類に判を押す手を止め、駆け付けてきた兵士を怒鳴りつけた。


「もっ、申し訳ありません」

「謝罪は後で聞く。それより何があったんだ?」

「はっ! つい先程イセリアギルドより報告が入りまして、昨日キャスバル大陸の魔王スカーレットが来訪したとのことです」

「何だと!? 被害状況の注進は上がっているのか!?」

「いえ、特にそのような内容では……」

「そうか、ならばわざわざ飛び込んでくる程の話ではなかろう」


 王子は椅子から立ち上がると息を切らす兵士をたしなめた。

 背筋をピンと伸ばした細身の身体はそのシルエットからでも教養の高さを窺える程である。


「魔王スカーレットか……、直接来ればよいものを何故イセリアギルドに?」

「あ、あのー……」


 腰に手をあてがい考え込む王子に兵士が申し訳なさそうに声を掛ける。


「こちらが報告書です」

「ん? ああ、すまんが読み上げてもらえないか?」

「畏まりました」


 兵士は封筒の中身を取り出すといちばん上には魔王スカーレットがギルドに仮登録されたことを示す書類が。


「魔王スカーレットがギルドに本登録可能か問い合わせの内容ですね」

「つい先日まで手配書が貼られていたというのに夜が明ければ平然と登録か。イセリアは少々自由が過ぎるんじゃないのか?」


 王子は渋い顔をしながら嘆きの声を上げる。


「どうやらパーティーを組んだみたいですね。魔王スカーレット、側近クーリエ・アルジェニア。あっ、堕天使ルシオンも加わっています。他にヒューマンの男女が1名ずつの5人パーティーのようです」

「側近まで連れてくるとは相応の理由がありそうだな。目的欄には何と書かれている?」

「えーとですね、冒険者の証取得と記されております。書面にパーティーランクはSSダブルとあるのでこの目的はちょっと何か引っ掛かりますね」

「確かに。抜群のタイミングといい如何にも裏事情がありますと言っているようなものだ」


 王子は顔色ひとつ変えることなく兵士の読み上げに推理を重ねていく。


「となるとヒューマンの2人はガイドと荷物持ちと見て間違い無いだろう」

「ですがリストを見るとパーティーリーダーはヒューマンの男で登録されていますね。あっ!!」

「何だ! どうした!」


 兵士の突然の吃驚に王子が当然ともいえる反応を見せる。


「え、えーとですね……」

「何を黙っている! 貴様は己が声を上げた理由すらも述べられないのか!?」


 回答を渋る兵士に王子は高圧的に迫る。

 だが回避する術は無いと観念したのか兵士は恐る恐るその理由を口にした。


「リーダーの名前がサム・エルバードになっています……」

「なにぃぃぃぃいいいいい!!!?」

「ヒィッ!」


 王子は怯む兵士に一直線に近寄ると右手に持っていた報告書を乱暴に奪い取った。

 すかさず報告書に目を通す王子の双眸に力が籠る。


「そ、それでは失礼します」


 極力刺激を与えないように兵士はそーっと扉へと向かった。

 しかし報告書を手に何やら思考を巡らせているのか王子は微動だにせず視線を宙に彷徨わせる。


「サムの奴め、やはり魔王スカーレットと繋がっていたか……」


 コソコソと兵士が退出し、1人佇む室内で王子は消え入りそうな声で呟いた。

 その険しい顔色から冷静を装う裏に隠しきれない苛立ちが垣間見える。


「よお、お疲れさん」

「はぁー、とんだ災難だったわ」


 奥底に抱え込む歯がゆさを顔に滲ませながら報告書をめくると、ふと廊下から緩い話し声が彼の耳元に届いた。

 たった今報告書を届けに来た兵士と執務室の前に立つ近衛兵であろうか、王子に聞かれていると知る由も無く2人は会話を続ける。


「あははは、バッカだなぁ、王子の前でサム・エルバードは禁句じゃんかよ」

「俺だって分かっていたらこんな雑用引き受けないっての! それよりどうしてあの人、その名前を聞くだけであんなに怒りだすのかな……」

「オイオイ、お前そんなことも知らないのか?」

「知らないよ。それよりお前こそ何処で聞いたんだよ!」

「一応近衛兵だからな。王子の噂話は嫌でも耳にするのさ」

「へー、噂で聞くのね。だったら俺にもその噂ってのを聞かせてくれよ」

「いいけど俺から聞いたなんて誰にも言うなよ?」

「了解了解」


 廊下から聞こえるは場に相応しくないトーンの会話。

 王子は兵士の掛け合いに耳を傾けながら先程まで書類に押印していた机に向かって歩き出した。

 机の先の壁には二振のレイピア。


「じゃあここだけの話ってことで……」


 一方廊下では近衛兵がキョロキョロと左右を見渡しながら一呼吸置いてそっと語り始めた。

 最もケアせねばならぬ相手が扉の向こうにいることを完全に失念したまま。


「もう25年も前になるのかな? カリスタ王の姉であるイリス様がエルバード家に嫁いだのは知ってるよな?」

「ああ。聞いた話だと王国の兵力がガタ落ちしたらしいな」

「そうそう、イリス様を慕う連中が次々と辞めていったみたいだな。まあそれは置いといて、要するにカリスタ王の息子であるグレイス王子とイリス様の息子のサムは従兄弟関係に当たるんだけど、どうやらこの2人って国立士官学校の初等部でクラスメイトだったみたいなんだわ」

「へぇ、そりゃ初耳だねえ」

「王子は見ての通り昔っからあんな感じだろ? 逆にサムの方は飄々として掴みどころのない性格みたいでさ」

「あー、性格が合わないってやつね」

「根本はそこなんだろうけどそれ以上の問題があったみたいでな……」

「おっ、おう……」


 近衛兵が突如として糸を張り詰めたような表情で正面に見据える兵士を睨むと2人は同時に唾をゴクリと飲み込んだ。


「……あちらさんの方が王子より全体的に成績優秀だったらしいのよ」

「うわぁ……」


 使いの兵士が総てを察したかのように神妙な顔で吐息を漏らした。


「そんなの勝手な逆恨みじゃないか……」

「仕方ないよ、王子の半分はプライドでできてるし」


 興味本位からしょうもない真実を知ってしまい溜息をつく雑兵と知っている事を口に出しては溜息をつく近衛兵。


 同じタイミングで吐き出す深い吐息に2人の兵士はフフッと小さな嘲笑を漏らした。

 そのささやかな笑い声に重く淀んだ空気が少しずつ解きほぐされていく。


 同じ頃、緩やかな空気が流れる執務室の外とは対照的に室内では王子が両手にレイピアを握り扉の前に立っていた。

 彼は直立したまま扉の向こうに存在する気配を探り出しレイピアを逆手に握り替えると、目線の高さまで水平に持ち上げ表情ひとつ変えることなくその先端を突き刺した。


 その両手から繰り出された刺突は扉を貫き、廊下で談笑する兵士の眼前を横切る。

 

「ヒッ!!」


 刹那、王子の耳に声にならない悲鳴が届いた。

 緩やかな場の空気は一瞬にして冷たく閉ざされる。


「誰の半分がプライドでできているか詳しく聞かせてもらおうか?」

「しし、失礼しました!!」


 王子は低くずっしりした口調で語り掛けると廊下の兵士は足早にその場から去って行った。


「フンッ!」


 鼻を鳴らしながら扉に刺さったレイピアを引き抜くと、彼は執務の続きに取り掛かるべく部屋の最奥にある机へと向かった。

 机上には上申の兵士が持ってきた報告書の束。

 その中に目にしたくない名前があるものの、それでも手に取ってしまうのはやはり気に掛かる存在であるからなのであろう。

 王子は何気なく目を通していると、とある名前で目が留まった。



 セシル・セリシア。



「セシル・セシリア、……セリシア? セリシアだと!?」


 室内の隅々まで届く声の主はその刻まれた名に仰け反るような反応を見せる。


「やはり出身は神護の樹海か。しかし登記上はヒューマン……。これは早急に調べておく必要がありそうだな」


 冒険者名簿を見つめながら徐々に落ち着きを取り戻した王子が誰にともなく小さく呟いた。

 この先に起こる出来事を予知するかのように不安を抱えた表情を残しながら。

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