26 メインテーマをおさらいしましょう
スカーレットとクーリエがパーティーに加わるもう1つの理由ねぇ……、まあ普通に考えればセシル絡みで間違い無いだろう。
そこは確定として大事なのはこいつが他に何を喋るかだ。
そういえばカーネリア王国については独自に調査していたようだから母さんを探す有益な話が聞けるかもしれない。
さあ魔王よ、干からびるまで洗い浚い情報を吐き出すのだ!
スカーレットは1度立ち上がるとぴょんと後ろに跳ねるように椅子に座り直し、腕組みしながらじっと正面を見据えた。
「なぁに、妾がこのテーブルを囲む理由は他でもない、セシルを見守る為じゃ」
二カッと笑いながらスカーレットはセシルに視線を注ぐ。
対するセシルは「ふーん」といった感じのぼんやりな表情を保っている。
如何にもお構いなくと言いたげだ。
ザ・予想通り。
”見守る”ってのが控えめな言葉を選んだような気がするが違和感を抱くようなものでもない。
まあスカーレット自身カーネリアとは一方的に告げられたとはいえ絶賛断交中であるキャスバル大陸の王だ、此処が敵陣である以上できれば波風は立てず慎ましく行動したいというのが本音と思われる。
「それってアレでしょ? その……」
「であるな」
カチルの言うアレとはダークエルフ紛争の事であろう。
セシルが目の前に居る手前、その単語の発声を差し控えていることにスカーレットも察したようで彼女も事実を避けるように肯定するだけに留めた。
しんと静まり返る室内。
ダークエルフと卓を囲みながらダークエルフ紛争の話を進めてもよいものか暫しの間俺達は無言で見つめ合った。
ポフッ!
間の抜けた音が静寂を切り裂く。
ハッと振り向くとセシルが何時の間にやら掠めてきたポーションの蓋を勢いよく抜いていた。
セシルは勢いそのままに中身を一気に飲み干すとテーブルにタンッと容器を叩きつけるように置いて何故か俺を睨みつけてきた。
「あのさあ、変に気を遣うのやめてくれない? あたしそんなの全然気にしてないんだけど!」
うおおぉぉ……。
この淀んだ空気を逆ギレで打開しようとするとは何て末恐ろしい奴なんだ……。
そもそもオマエを気にして腫れ物に触れないようにしてるんだろが。
とはいえ本人も気を遣うなと言っているんだ、ならばここはひとつその言葉に甘えて攻めに転じるとしますか。
「……つーかオマエ、本当にエルフ? 繊細さの欠片も見当たらないんだけどさぁ。下手すりゃそこらのヒューマンよりガサツなんじゃねえの!?」
「ふむ、確かに怪しさ満点じゃわい。何処かしら遺伝子が欠損しておるのかもしれんのう」
すかさずスカーレットが乗って来た。
悪い奴だ。
「ちょっ、ちょっと、アンタ達何言ってんの!? あたしのドコを見てそんな事言い出すのよ!」
「緑色の服着てるだけじゃねえか。それだけでエルフ名乗ってんじゃねえよ」
「肉体はヒューマンそのものであるからな、エルフである確証は何処にも無いのじゃ」
「そんなのクォーターエルフなんだから仕方ないじゃないの! アンタ達少しは気遣いとかできないの!?」
気を遣うなと言って1分も経たないうちにコレだ。
アンタスゲーよ。
その手のひら返し、最早芸術の域だよ。
「ぷっ、ぷはははは」
「くははははは」
俺はスカーレットと目を合わせると申し合わせたように吹き出した。
「何2人して笑ってんのよ!」
セシル1人がぷりぷりと頭に湯気を立てる中、同卓するクーリエとルシオン、後方から見守るカチルは静かに微笑んでいた。
…
「いやぁ済まぬ済まぬ」
呼吸を整えたスカーレットは涙を拭いながら申し訳なさのカケラも無い謝罪を口にした。
「まあお主が細かい事は気にせぬのであれば妾も話を進め易いのじゃ」
「だって何時かは知ることになるんでしょ? だったら早い方がいいじゃない」
「そうじゃな、もっともな意見なのじゃ」
スカーレットはフッと苦笑交じりの表情を見せ再び腕組みをした。
「時にカチルよ、お主カーネリア王国に好感は持っておるかの?」
「お母様を取り上げた所よ!? そんなの微塵もある訳無いに決まってるでしょ」
「やはりそうであるか。ならばお主にも隠すことはあるまい」
スカーレットは真っすぐにカチルを見据えると、その圧から逃れようとしたのかカチルは突然そわそわと歩き出した。
幾らカチルが気丈であろうが俺の姉だ、魔王の眼光に委縮するのは本能に近いものがあるのだろう。
カチルのぎこちない動きで気が付いたのか、スカーレットは視線を下げてやがて語り始めた。
「断言はできぬがダークエルフ紛争の濫觴はカーネリア王国にあると睨んでおる」
「えっ!?」
カチルから小さく驚嘆の声が漏れたがスカーレットは気に留める事無く話を続けた。
「ところでサムよ、ダークエルフ紛争と呼ばれる禍が過去に6度発生しておるが共通点は覚えておるかの?」
「何だったっけ……。100年周期で起こるのと重鎮が狙われるのと、あとは……」
「暴走したダークエルフは紛争現場の付近を住処としておらぬ、じゃな」
「あー、そうだったな。それでその共通点からカーネリア王国元凶説がどうやって浮上するんだ?」
その3点からカーネリアを特定するとなるとダークエルフがカーネリアの差し金であると考えるのがいちばんしっくりくる。
同時にスカーレットは俺が考え込んでいる傍らでニヤニヤと笑みを浮かべていた。
「実を言えばあの時はまだお主の事も半信半疑であってだな、意図的に誤解が生じるような言い回しをしていたのじゃ」
「誤解?」
「ウム、正確には『カーネリアの重鎮が亡くなる』なのじゃ」
スカーレットはうんうんと頷きながら先日の発言を追加修正した。
何だろ、一気に話が変わってきたような……。
「あれ? お前、重鎮が狙われるとか言ってなかった?」
「言っとらんわ。間違い無く重鎮が亡くなったと言った筈じゃ。あの時はその流れでサザリア国王の行方に話を繋げたからお主の解釈が変わったのであろう」
「あーそうかも。ったく、紛らわしい言い方するなよな」
チクリと嫌味を挟んだものの当の本人は意に介すことは無いようだ。
そのまま話が先に進む。
「暴走ダークエルフが行動を起こした数日後にカーネリア王国の重要人物が必ず落命しておる。王そのものであったりその血縁の者であったり、はたまた大臣であったり」
「偶然の可能性は?」
「ほぼ無いと言っても過言ではなかろう。じゃがそれが生贄の類なのか単に証拠隠滅なのか、根拠は不明じゃ」
「不明って、それじゃあ王国とダークエルフ紛争の関係も定かじゃないんじゃないのか?」
「確かに。じゃがその6つの亡骸に共通する特異点があってのう、そこから偶然の可能性とやらは限りなくゼロに近づくのじゃよ」
「……特異点?」
スカーレットの回答がカーネリア王国とダークエルフ紛争を結び付けると感じ取り、俺は怯むように問い掛けた。
「全員が到底死んでいるとは思えぬ状態だったのじゃ」
「……えーと、意味がよく分からないんだけど」
死んではいるけど死んでいるようには見えない?
サラッと説明されても今ひとつ想像できない。
さすがは魔王の口から”特異点”と出るだけのことはある。
「死因が見当たらなかったのじゃよ」
「それでも死んでいたっていうのか?」
「そうじゃ。魔力と魂だけが綺麗に抜かれてさながら蠟人形のようであったという話なのじゃ」
スカーレットは目の前のグラスに注がれたジュースを1口啜ると再び椅子に深々と身体を預けた。
「6度起こったダークエルフ紛争直後にカーネリアの重鎮がそれぞれ1人ずつ亡くなっておる。目立った外傷も無いままに、じゃ」
「もしかして毒殺の線は?」
「毒殺であれば容易く検視できるじゃろが」
俺の問いに魔王様は首を横に振りながら答えた。
誰もがその所作に次なる意見を唱えられないのか、室内が静寂に包まれる。
ただただ彼女の次の言葉を待つばかりだ。
「身体から魂だけを抜き去るというのは神の領域にある者でしか行えぬ。もし仮に同様の行為が魔術で行えるのであればそれは特別禁忌魔法として世界中から秘匿すべき存在にすらなりかねん」
「つまりそれって、ダークエルフ紛争は神様が企てているという認識でいいのか?」
「誰も神とは言っておらぬ。じゃが神に近しき者の凶行である可能性は大いにあり得るのじゃ。ギルドで妾の蛇がお主の身体を掠めた時、死を肌で感じたであろう? 妾は神の領域の者故、魂だけを抜くことができるが他に誰が似たような術を使えるかまでは把握しておらん」
「だから俺達とパーティーを組んで王国が白か黒か確かめようとしているんだな?」
「そうじゃ。千里眼越しではなく直にこの目で確かめたいのじゃ」
スカーレットが淀みのない瞳で見つめてきた。
魔王はこの旅でその双眸に何を映し何を思うのだろう。
「そうだな、現場まで行かなきゃ手を差し伸べることもできないもんな」
「いや、何度も言うが妾が直接干渉することはできぬ。それに今日明日に起こる事でも無いわ」
スカーレットは突然立ち上がると両手をテーブルの縁に押し付けてグイっと身体を寄せてきた。
圧がウザい。
「ところでサムよ、この旅の主旨は何であったかのう?」
「今更何を言ってるんだよ、みんなで冒険者の証貰いに行くんだろ!?」
「はぁ……」
「なっ……」
何故に溜息!?
いや待てよ、よくよく考えてみればそんな何時でも貰える者に執着する必要なんてこれっぽちも無いじゃないか。
溜息に妙な違和感を覚えながらも俺はスカーレットに差し出す言葉を改めた。
「そうだよな、確かにこんな話聞いたら冒険者の証どころじゃないもんな。それよりも一刻も早く奈落渓谷を探索するルートを……」
「ふぅ……」
「オマッ!」
俺は咄嗟に左を向いた。
スカーレットの溜息にセシルとルシオンの溜息が混ざっていたのがはっきりと耳に届いた。
「はあ!? だったらお前等他に目的でもあるのかよ!!」
気遣いさえも否定された俺は声を荒げて不満そうな3人を問い詰めた。
しかしスカーレットは俺に微塵にも気圧される様子もなく人差し指をビシッとこちらに突き立ててきやがった。
「冒険者の証とは言わば弱き者が己の功績を誇示する為の勲章なのじゃ。じゃが真に気高き者は精神そのものこそが勲章と言っても過言ではなかろう。我等はいちいちそのような証を示さねば世に認められぬ弱き者ではない。そうではないか?」
「あ、ああ、そうだな……」
よく分からん精神論が炸裂してきた。
「ダークエルフ紛争も至急対策を立てねばならんといった状況ではあらぬ。少なくともセシル以外からダークエルフ覚醒反応が検出されるまでは下手に動くべきではなかろう。お主もそう思わぬか?」
「あ、ああ、確かに……」
よく分からん行動制限が炸裂してきた。
「ならばもう1つ、我等の大事な目的があるじゃろ? ホレ、言うてみい」
「……もしかしてグルメツアーの事か?」
「ほう、忘れている訳ではなさそうじゃな。それ以外に何があるというのであるか?」
「いや、忘れちゃいないけどあくまでオマケ……」
「オマケではない!! 寧ろ最も重要な目的であろうがっ!!」
再びスカーレットの人差し指がビシィィィッと俺の鼻先を向いた。
左手を腰に添えて指先を向ける様からは一切の異論を認めないといった姿勢がこれでもかと伝わって来る。
「例え世界が滅びの道を選ぼうともグルメツアーだけは遂行せねばならんのじゃ!」
「ちょっ……」
清々しいまでに突き抜けた爆弾発言だ。
とても一大陸を治める支配者の言葉とは思えない。
魔王はこの旅でその双眸にご当地グルメを映し、食い倒れを夢見ているのだろう。
なんてこったい。
だが俺の心の嘆きとは裏腹にこちらを指差していた彼女の右手は胸元で握り拳に形を変えていた。
そして魔王の意思に呼応するかのように差し出される2つの握り拳。
ゴツンゴツンと拳がぶつかり合うとスカーレットとセシルとルシオンが同時に頷いた。
何だよその暗黙の意思表示は……。




