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ヴァンパイア ラプソディ  作者: ムラサカ
24/50

24 母さんの追った夢

 徐々に日が昇り、通りが喧騒を取り戻す忙しないひと時。

 丸テーブルを囲む俺達はカチルが口を開くその瞬間をじっと待つ。


 プリンを抱える2人も何だか申し訳なさそうにスプーンを握る手を止めている。

 ほう、一応最低限の空気は読めるみたいだな。


「母は、イリス・エルバードは道往く誰もが目を奪われる恵まれた容姿により貴族階級から貧困層まで全てにおいて絶世の美女と称えられたそうです。この世に生を享けた瞬間から超一流で塗り固められた環境に何ひとつ不自由の無い暮らし、それは民に羨望の対象として崇められるべき王家のシンボルでもあったと聞き及んでおります」


 程なくしてカチルはクーリエの肩に両手を置いてしずしずと語り始めた。

 心なしかエルバード家次期当主としての威厳が込められているような淑女の品格が漂っている。


「母はそれを強く嫌いました。カーネリア王家が男系継承である以上、当時の母は己をいずれ売りに出される着飾った奴隷に過ぎない。本人がそのように口にするということは恐らくこの先の人生は決して明るいものではないと自覚していたのでしょう。ですが複雑に因果が絡まり合った結果、婚家として選ばれたのはエルバード家でした」


 この話は俺も母さんから笑いながら聞かされた記憶がある。

 因果も何も、カーネリア王国のブタ貴族連中の慰み者になるくらいなら城を綺麗さっぱり更地にすると禁書片手に脅したとか。

 となると、マジックポーション狙いの政略結婚なのか単に厄介払いなのか判別不可能なレベルに達してしまうのだがこの際どちらでもいい。

 与えてはならん奴に魔術学校で高等教育を施した顛末がこれだが、ともすれば親父が独身を貫いて俺がこの世に存在しない可能性もゼロではなかったから結果オーライということにしておこう。


「嫁ぎ先がエルバード家であることがモノクロの人生に鮮やかな彩りを与えてくれる。母はカーネリアとイセリアを比較する際、常々このように述べておりました。イリス・エルバードの娘として生まれた私には母がカーネリアでどのような悩みを抱えていたのかはあくまで想像に過ぎませんが、過去を語る際に時折垣間見せた憂いを滲ませた表情は話の内容が決して偽りではない。そう我が幼心に深く刻み込まれたものです」


 カチルの低く厚みのある声はテーブルを囲む俺達に何かを訴えかけるようにも聞こえるような、何となくそんな感じがあった。


「父がサムを連れて魔王城に伺っていた当時はまだエルバード家も爵位を賜っておりました。ですから跡目から外れたこの子にはまだ幼いにも関わらず縁談や養子縁組の話が数多く持ち上がっていたものです。……ここまで話せば勘の鋭い魔王様でしたら父と母の思惑を察せると思いますが」


 カチルがクーリエの肩に手を添えたままスカーレットに上目遣いの眼差しを向ける。

 背もたれに身体を預け、腕組みしながらカチルの話を聞いていたスカーレットは体勢をを変えることなく首だけを持ち上げてカチルよりその身に向けられた視線を受け入れた。


「こやつにはカーネリアと関りを持たぬ人生を歩んでほしいということであるか。ふむ、確かに願望であるな。それ以外に意図が感じられぬわ」


 スカーレットは身体を起こすとジュースの入ったグラスを口へあてがいながら俺の方をじろりと見つめてきた。


「お主を見ておればこの話に裏が無いことくらい容易に知れるのじゃ。じゃがクーリエを受け入れるという事はエルバード家の敷いたレールに乗ると解釈できるのではないかの?」

「下らない質問だな、俺は俺の意思でこの場に居る。それだけだ」

「そうじゃな、下らぬ質問であったわ」


 俺はスカーレットの問いに吐き捨てるように答えた。

 彼女自身、己の発言が戯言であると認識していたのだろう、ふふっと笑みを浮かべながらこちらに向けられた視線を外した。


 将来的に俺とクーリエが結ばれる。

 何だかんだで割とストレートにクーリエから寄せられる思慕の念とスカーレットの話とカチルの話、各々の意向を汲めばそれが誰にとってもいちばん望ましい選択肢であるのは明白だ。

 とはいえ望まれるままに首を縦に振るのはどうしても躊躇してしまう。

 こればかりは俺の性格的な理由であるから取り敢えずこの場での回答は避けておくとしよう。

 一息つこうとそっと辺りを見渡しながら目の前に置かれたグラスを手に取った。


「のう、サムよ」

「ん? どうかしたか?」

「お主の事じゃ、クーリエとの関係は冒険者の証を得るまでに結論を弾き出せばいいとでも考えておるのではないか?」

「コッノヤロー! 俺の胸の内を瞬時に見透かすとはいい度胸してるじゃねえか!」

「カッカッカ、相変わらず心の声が駄々洩れなのじゃ」

「あーんにーさん、今のは分かりやす過ぎだよぉ」

「そうね、あたしにも分かったわ」

「……」


 なんてことだ……、繊細さの欠片もないセシルにまで読まれるとは……。

 辛ぇ……、後で装備屋で鉄仮面買おうそうしよう……。


「ふーん、サム、貴方出会いに恵まれたじゃない。もしかしたらこの邂逅こそ運命を切り開くに相応しいかもしれないわね」


 俺の悲しみは何処へやら、クーリエを優しく抱きしめるカチルはテーブル越しに交わされた言葉から別の何かを感じ取ったようだ。


「そりゃまあAランクの俺が入ってもパーティーランクはSS(ダブル)だからなあ」

「ランクなんてこの際関係無いわ。言葉が無くとも連係が取れるパーティーこそ真に優れた強さを発揮するものよ」


 確かにごもっともな言い分である。

 リーダーは俺であるが能力においてはこいつらの方が格段に優れている。

 いちいち俺が指示を与える前に個人個人的確な判断が下せるならそれに越したことはない。

 いや待て、それを見越したうえでスカーレットは俺にリーダーの座を押し付けてきたのかも……。


「ねえ、それよりもこのメンバーでパーティーランクSSって本当なの?」


 俺がリーダーとしての存在意義を脳裏に巡らせているとカチルから疑問符の入った言葉が飛んできた。


「クーリエちゃん魔導水晶でランク測ってもらったでしょ。アレどうだったかしら?」

「はい、審査官よりSSS(トリプル)と診断されました」

「凄いじゃない! セシルちゃんは?」

「あたし(シングル)


 クーリエの平穏な返答に対し、セシルは未だ判定が腑に落ちないようで返す言葉に粗っぽさが混ざっている。

 サバサバしているようで案外根に持つ奴だな。


「あらそうなの? 冒険者の証を貰ったらガレオンでも測ってもらえるからその時また視てもらうといいわね」


 その言葉尻にカチルもフォローを入れているが当然四点結界に気付いているだろうし、親父から伝書鳩が届いたってことはダークエルフであることも伝わっている筈だ。

 セシルをじっくりと観察した後、俺に一瞥をくれたカチルはクーリエの後ろ髪を梳きながら切り出した。


「おかしいわね、貴方達の平均値だけどどう見てもSSSじゃないのよ。それともサム、アンタ見ない間に弱くなった?」

「なってねえよ!」


 カチルが怪訝な表情でパーティーランクが低い原因を俺にぶつけてきた。

 凄まじい言い掛かりである。


「そういえば支配人が実力はSSS相当だけど今回はSSで登録しておくって言ってたな」

「何ですって!? 本当にあのお方がそう仰ったの?」

「そうだけど何だよあのお方って」


 俺の言葉にカチルは無言で額に手をあてがった。


 そのまま数秒、何を脳裏に巡らせているのだろう。

 ただその顔つきは妙に険しい。


「やっぱりアンタ何も知らないのね……」


 額に手を当てたままカチルは溜息混じりに首を左右に振った。

 あのー、バカにされてる感が物凄いんですけど……。


「まあいいわ。アンタ、ペラペラとそこら中に喋るんじゃないわよ分かったわね!?」

「お、おう……」


 目の前の人物は人を小バカにするモーションから一転、睨みを利かせながら圧を掛けてきた。

 その凄みに思わずたじろいでしまう。


「あのお方こそ現イシャンテ君主、イセリア大公よ」

「……はっ、はぁぁあああ!?」

「声が大きい!」

「いやいやそんな事いきなり言われたら誰だって声上げるだろ。それよりオマエ、もう少しマシな嘘を……」


 カチルのこれでもかと見開かれた瞳がギロリと俺に向いた。

 コワイ。

 目で殺すとはこういう事を言うのだろう。

 多分。


「フム、妙な雰囲気の男であったが言われてみれば合点がいく話なのじゃ」


 スカーレットが肯定的な空気を漂わせて口を挟んできた。

 同じ権力者として共感する点でもあったのだろうか?


「何だ? もしかしてお前、あの短時間で支配人が大公だって気付いたとでも言うのか?」

「彼奴の役職なぞ知らぬわい。じゃがセシルの四点結界を指摘した本人が裁量で見逃したとあれば報告すべき相手が居らぬという裏付けになるのではないか?」

「そりゃまあ確かに……」


 そうだ、あの時支配人はその場の判断でセシルの四点結界を見逃した。

 四点結界を張ったままランク測定を行うということは指名手配中のネクロマンサーが魔力を隠して駆け出しの冒険者としてギルドに登録するようなものだ。

 いや、想定されるリスクを鑑みればそんな生易しいものではない。

 防犯上、個人の能力は厳正且つ的確に記録されるのが常識であるがそんな事は全部どーでもいいといった感じの対応だった。

 もしかしたらルシオンが同行していたから目溢しされたのかもしれないがそれでもやはり支配人がそれなりの決定権を持っている必要がある。

 ギルドでは別に気にも留めなかったが言われてみれば……、である。


 俺は頭の中を整理している間、無意識にスカーレットをじっと見つめていた。

 些細な事象より得られる情報から結論を弾き出すセンスは魔王としての優れた能力なのだろう。

 見た目チビッ子のくせに……。


「まあまあそんな難しい顔をするでない。お主も長年観察を続ければいずれは習得できる筈じゃ」

「そうかなぁ……、死ぬまでにできるようになると思う?」

「お主は洞察力だけは一人前じゃからのう、案外すんなりとその領域に達するかもしれぬぞ。それに」

「それに?」

「その才幹こそがリーダーに最も強く求められる素質なのじゃ」


 カッカッカとスカーレットの甲高い笑い声が室内に響く。

 今日も朝からハイテンションな奴である。


「しかしあの男、妖魔まで従わせるとはなかなかに底の知れない奴じゃな」

「あ? 何処かに妖魔なんて居たか?」


 品の無い笑いが収まったと思ったら魔王様はおもむろに腕を組み誰にともなく呟くと俺はその微妙に興味をそそる話に思わず乗ってしまった。


「ホレ、あの緑色のローブを羽織った女が居たであろうが」

「ああ、審査官だろ? たまにギルドで見かけるけど妖魔って……」


 緑のローブを頭からすっぽり被った審査官を思い浮かべる。

 面と向かって会話した記憶も薄いが、種族に対して疑問を感じた事は一度も無い。


 あれっ?

 改めて言われると確かに昔から見た目が変わっていないような気がする。

 支配人の正体で頭がこんがらがった直後だってのに追撃はやめてほしい。


「サム様、恐らくあの審査官はサキュバスではないかと思われます」

「ウム、サキュバスで間違い無いのじゃ」


 頭の中がハテナマークで埋め尽くされた俺の耳に右隣から囁くような声が届いた。

 それを肯定するようにもうひとつ右の席からも声が飛んできた。


「カチルよ、今まであの女について悪い噂を耳にしたことはあるか?」

「さあ、そんな話は一度も聞いた事は無いわね」

「そうであるか、ならば我等も敢えて干渉する必要は無いようじゃな」


 審査官の素性については特に興味も無いのだろう、この話はこれで終わりといった感じで片付いた。


 ランク審査官という立場上、どうしても相応の魔力を有している必要がある。

 そう考えれば用心棒の意味合いも込めて妖魔を雇うのはある種理に適っているのかもしれない。

 支配人とも長い間上手くやっているようだし、いちいち外野がとやかく言うことも無いというのがスカーレットの結論なのだろう。


「それよりお主、支配人が下したパーティーランクに異論を述べたそうに見えたのじゃが何か思い当たる節でもあるのではないか?」


 審査官の話が終わった矢先に別の議題が持ち上がった。

 しかしカチルはスカーレットの問いに難しい顔を見せるものの具体的な回答を示さない。

 メンバーでもないカチルにとって俺達のランクがSSSかSSかなんてどうでもいい筈だ。

 ここで何かを考え込むような仕草は何かしら不安を抱えているからに違いなかろう。


「フム、質問が悪かったようじゃな。では、お主はサムが何かしでかすとでも思っているのかの?」


 スカーレットもそう感じたのだろう、黙り込むカチルにその表情の意図を改めて尋ねた。

 その不安に俺が関わっているとまで推理するとは実に恐ろしい奴である。


「……そうね、お母様の所在を探る上で避けられない問題があるのよね」

「それは一筋縄ではいかぬ話であるか?」

「ええ、私の知りうる限りではこの子1人では到底力が及ばないわね」


 俺の名を出されて隠しきれないと感じたのか、それとも隠す必要も無いと判断したのかは分からないがカチルは抱えているであろう不安の切れ端を口に出した。

 母さんを探る上で避けられない問題?

 はて、きっとカチルだけが知りうる何かがあるのだろう。


 カチルの次の言葉を聞き逃さないよう、テーブルを囲う俺達はじっと耳を澄ませてその瞬間を待った。



 僅かな間を置いてカチルはクーリエの背後からそっと離れるとそのままゆっくりと俺達の後ろを回り、カーテンを閉めて出窓の脇に置かれた石を優しそうに手に取った。

 拳程の白い半透明の丸い石をカチルは神妙そうに見つめる。


「この石はご存知かしら?」

「珍しいのう、浮遊石であるな。その石がどうかしたかの?」

「世界的に見れば比較的希少な鉱石だけどここら辺一帯は浮遊石の一大産地なの。イセリア湖を潜ればそれこそタダで幾らでも手に入るわ」


 カチルは浮遊石を両手で包み込むとその手の中で僅かな魔力光が発せられた。

 半透明だった浮遊石が乳白色に変わったのを確認するとカチルは浮遊石からゆっくりと手を離した。


 浮遊石はほのかに淡い光を放ちながら宙に留まり続けている。


「浮遊石が外部から魔力を注入されると空中でもその場に固定される性質があるのはご存知の通りね」


 カチルは目の前に留まる浮遊石をコンコンとノックするように指先の緩く曲げた関節で叩く。

 しかし魔力が残留している浮遊石はピクリとも動かない。


「今込めた魔力だと持って1時間って所ね。それより少しだけ待っててもらえるかしら?」


 カチルは俺達に待機を促しそそくさと裏口から外に出て行くと、皆して開けられたままの裏口をぼんやりと見つめていた。


 程なくしてカチルはピクニックバスケットより一回り大きい木箱を担いで戻って来た。

 担ぐ姿を見た感じ随分と重そうだ。

 何が入っているんだ?


 如何にも重そうな木箱をカチルは俺達が囲んでいる隣のテーブルに投げ落とす。

 突然の衝撃にテーブルがミシッと大きく音を立てた。

 やはり実際に重いのだろう。


 木箱の中に手を伸ばすカチルを凝視する。

 少しご機嫌そうに箱から取り出した物は、半透明のブロック。

 カチルはブロックを両方の手に1つずつ持つとこちらに差し出すようにその謎の物体をホレホレと見せてきた。


「これは浮遊石を砕いてこねて形を整えて焼き固めたモノよ。つまり?」

「……レンガ?」

「正解!」


 いきなりカチルの熱量が上がった。

 これはアレだ、これから道具の説明を始める時のノリってやつだ。

 一見クールに見えてもやはり道具屋の娘である。

 あまり人の事は言えんが……。


「いい? アンタ達その目でよーく見ていなさいよ」


 言われなくても見ているが言うだけ野暮ってもんだ。

 俺は椅子に深く座り何を見せてくれるのかとじっと眺め入った。



 カチルは左手に持っていたレンガをテーブルに置くと、右手に持っていたレンガの端を両手で押さえつけた。

 両の手より注がれた魔力によってレンガは白く深く透明感を奪われていく。


 レンガの変わりゆく色を見て軽く頷きながらカチルはそーっと両手を離した。

 支えを失いながらもその場に佇む浮遊石のレンガ。

 恐らく俺が乗ってもビクともしないのだろう。


「じゃあお次はこのレンガを……、ねえ、魔王様?」

「ん? 何であるか?」

「魔力を込めずあのレンガにこのレンガを横から当ててもらえるかしら?」


 カチルは浮いているレンガと手元にある半透明のレンガを指差しながらスカーレットにお願いを入れる。


「ウム、お安い御用なのじゃ」


 速やかにその要望に応えるかのように椅子からピョーンと立ち上がる魔王様。

 いつもながらフットワークの軽いラスボスである。


 スカーレットはカチルから魔力の込められていないレンガを受け取り、何も無い空間に静止するレンガに横から押し当てた。


「おおお、やはりこうなるのであるか!」


 スカーレットが添えたレンガは隣から魔力を分け与えられてピタリとくっついた。

 結果が予想できてもその現象が面白かったのだろうか、彼女は木箱の中のレンガを勝手に取り出してその横へ、その横へとピタピタとくっつける。


「魔力が隣に伝播するとは実に興味深い代物なのじゃ」


 箱に入っていたレンガを全て横一列に浮かべてスカーレットは満足そうに頷いた。

 まあオマエがご満悦なのは別にいいとして……。


「なあカチル」

「なあに? どうかしたの?」

「いや、この浮遊石とさっき言ってた避けられない問題って何か関係があるのかって思ってな……」

「そうね……」


 俺の問いにカチルは小さく呟く。

 その表情は妙に物悲しい。


「それはお母様の夢……、いえ、悲願と言った方が近いかしら」

「母さんの悲願?」

「あっ、その話をする前に……」


 カチルは話を途中で切ると入口脇に置かれた本棚から1冊の小冊子を取り出した。


「この冊子は知ってるかしら?」

「ギルドで貰える地図の付録じゃねえか。そんなの誰だって知ってるだろ」


 表紙に見覚えがあるそれはセシルと出会った翌日、奴に無理矢理読ませたやつだ。

 何か忌まわしい記憶が蘇ったのか、表紙を見たセシルの顔が少しだけ曇ったかのように見えた。


 あれだけの高位魔法が使えるのだから魔術書もそれなりに目を通している筈なのにあんな薄っぺらい小冊子を読むのに一苦労とはどういう了見なのだろう。

 まあこいつの事だから興味の有無がいちばんの理由だろうな。

 説明文の後ろにご当地名産品をイラスト付きで解説してやればきっと穴が開く程熟読するに違いない。

 今度ギルドに行ったら提案しておこう。 

 

「ちょいと妾にも見せてくれんかのう」


 セシルのどんよりした顔を眺めていたら後方から声が聞こえてきた。


「はい、どうぞ」


 その言葉に応じるようにカチルは小冊子をスカーレットに手渡すと彼女は受け取ったそれをテーブルの上に置いてペラペラとめくり始めた。


 眺めるようにその所作を目で追う。

 あんな速さでめくって本当に理解できてるのか?

 そんな疑問が思わず湧いてきたが如何せん謎だらけで得体の知れない奴だ、心配したところで取り越し苦労に決まってる。

 それより横から覗き込むクーリエもその速さについて行っているように見えたのには正直驚いた。

 のんびりまったりぼんやりふにゃふにゃしているように見せて要所で高性能スペックを発揮するとは油断も隙もありゃしねえ。


 まあ俺に実害は無いからいいんだけど……、そう自分に言い聞かせて漂う敗北感を強引に霧散させる。

 対抗心を燃やしたところでどうせ残るのは虚しさだけ。


 消極的に己を戒めていると小冊子を読み終えたスカーレットが視線を持ち上げた。


「この生命の大樹というのは世界樹の事であるか?」

「そうね」

「神護の樹海と北遠の樹海が書かれておらぬではないか?」

「初心者向けだものねえ」

「ちとルクルネストに配慮し過ぎではあらぬか?」

「私に言われてもねえ」


 スカーレットの続けざまの質問に飄々と返す我が姉。

 腐っても魔王なんだからもう少し正面向いて対応してやれよ……。


「言いたいことがあるのは分かるけど今は待ってちょうだい。それよりなんだけど……」


 物言いたげなカチルは冊子の下部を摘まむように持ち上げると俺達に向かってヒラヒラと揺らした。

 だが行動に伴わない真面目な顔つきに何となく大事なことを話しそうな雰囲気を感じ取って俺達はカチルの言葉に耳を傾けた。


「ねえ魔王様、今ざっと目を通して生命の大樹以外の何処かに違和感を覚えたかしら?」

「違和感……、であるか? ルクルネストの詳細に生命の大樹ではなく生命の樹と書かれている所かのう」

「姑じゃないんだからそんなみみっちい誤植まで拾わないで下さらない?」


 銀髪の娘は派手なローズピンクの髪がいちいち目を引く姑をたしなめるように睨む。

 状況が状況なら嫌な意味で胸アツ展開待ったなしである。

 ふとカチルの刺すような視線がこちらに向いた。

 矛先まで向いたらたまらんからしょーもない妄想はここまでにしておこう。


 それよりもさっさと結論を知りたい。


「なあ、この浮遊石といい小冊子といい何が言いたいのか全く分からないんだけど。質問はいいから話を進めてくれよ」


 俺は空中で微動だにしないレンガを見上げてカチルに問い質した。


「あ、ごめんなさいね」


 カチルは軽い雰囲気で俺に謝ると、小冊子を丸テーブルの上に置いて親指の腹で器用にめくりだした。

 その軽快な謝罪とは裏腹に眼差しは今までになく鋭い。


 ぺらりぺらりと一定のテンポでめくられるページ。

 薄い小冊子は最後までめくられることなくある所で止まった。

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