22 君の寂しさを見せてよ
此処はエルバード商会アゼルネア支店。
まだ営業前の店内にてこれから語られるは、とあるヴァンパイアロードの生い立ちを辿る臥薪嘗胆の物語。
…
「時にサムよ。お主、ジルと共に毎年妾の元へ顔を見せに来ておったが、我が魔王城に初めて参じたのは何時の頃であったか覚えておるかの?」
どうせ速やかに本題に移らないだろうと思っていたが案の定俺への質問から始まった。
見方を変えればこれがスカーレット流の語り出しなのだろう。
「ああ覚えてるよ。士官学校の長期休暇中だったか、親父に初めて連行されたのが7歳の時だったのは記憶にあるな。それから交易禁止令の前の年までだから11の時までは毎年行ってたんだよな」
何故スタートラインが俺なのか謎だが取り敢えず普通に答えておいた。
「おお、そうであったか。済まんのじゃ、妾もお主がいくつの時に来たかまでは把握しておらなくてのう」
「謝る事でもないだろ。そもそも魔王がそんな細かい事いちいち覚えておく必要も無いしな」
「翌年じゃからお主が8つの時にジルが突然言ってきたのじゃ。クーリエが独り身なら将来サムを婿に出すと」
ブッ!!
セシルが棚から掠めてきたポーションを口から噴き出した。
大人の都合に幼い子供が巻き込まれる事案は権力者階級にとっては珍しい事ではない。
ただまあ森の中でのびのび育ってきた奴からすれば衝撃を受ける話だってのも分からんでもないわな。
俺は何も言わずセシルにタオルを投げ渡した。
「裏でそんな話が通じてたとか昨日初めて知ったんだけど、あんのクソ親父、そんな早くにクーリエに唾付けてたのかよ……」
「その件においては妾も同じなのじゃ。まあそれだけお主が条件を揃えていたという証じゃな」
「なんだそりゃ……」
「順に話を追っていけば分かるのじゃ」
スカーレットはそう言いながら目の前に置かれたティーカップに口を付けた。
…
「200年前のダークエルフ紛争にてアルジェニア家は事実上消滅した。クーリエ1人を残して。『アルジェニア家』という表現じゃが実際は広大な敷地に幾つもの眷属から成り立っておってじゃな、分かりやすく言えばヴァンパイアロードのみで構成された集落といった感じだったのじゃ。そしてそこをダークエルフが襲った。当時アルジェニア家の中で唯一の未成年がクーリエでな、転移魔方陣で飛ばされたこやつを一族と面識ある妾が一時的に保護したのじゃ」
「ちょっと待てよ、消滅って……。ヴァンパイアロードが何十何百といても全滅したって言うのか!?」
「そうじゃ。ヴァンパイアロードが進化の頂点の一角であろうが1対1では自我を失ったダークエルフに対して勝ち目は無い。ならば纏めて掛かれば勝算はあると踏んだのじゃろう。しかしながら暴走ダークエルフの切り札は残りの寿命の為に費やす膨大なる魔力を一瞬で散らす大爆発じゃ」
「逆にそこを狙われたのか……」
「推測じゃがな……」
スカーレットがもどかしい表情でカップの紅茶を啜った。
俺も口が乾く感じがして何となく紅茶を口に含んだ。
「そこからは先日話した通りじゃ。大陸中の至る所に混沌とした火の粉が降りかかる日々じゃったわい。秩序は乱れ、統率は崩れ、どこもかしこも荒れたい放題。思い出しただけでも溜息が出るわ。じゃが大陸が荒れる以上に心配事があってのう……」
スカーレットは微かに視線を落とし、ふうと息をついた。
過去の記憶を辿るだけでこの落ち込みようだ。
当時の苦労は到底言葉では言い表しきれないに違いないだろう。
「200年前はアルジェニア家が狙われた。ならばそこから100年後、いちばん狙われそうなのは何処じゃ?」
「……そうか!」
「そう、魔王城じゃな。アルジェニア家への襲撃理由を推測して、いずれキャスバル全体を沈めたい、ヴァンパイアロードを根絶やしたい、この2つのうちどちらかでも当てはまれば次のターゲットはほぼ確実に魔王城じゃ」
「でも結果はサザリア王家だった訳か」
「それは結果論に過ぎぬ。予断を許さぬ以上、内乱の鎮静は後回しにしてでも次のダークエルフ紛争に備える方が先決だったのじゃ」
「あら魔王様、さぞかし大変だったのは分かるけどクーリエちゃんのお話から随分と道が逸れてなくて?」
カチルが丸テーブルの中央に焼きたてのまん丸いパンが積みあがったバスケットとバターを置きながら話に割り込んできた。
確かに言われてみればクーリエの話から遠ざかったような……。
「おっと済まんのじゃ。どうにもこの頃の話になると辛い記憶が先に立ってしまうものでな」
スカーレットは熱々のパンを手に取って両手でコロコロしながら揉みほぐすと、香ばしいパンの香りに強張っていた表情もほぐされていくように見えた。
「結局帰る当ての無くなったクーリエは妾が引き取って側近として仕えさせたのじゃが、こやつも順調に成長してのう、伴侶が居ってもおかしくない年頃になったのじゃ」
パンを揉み揉みしながら話の流れを戻したスカーレットだがそれでも顔色は優れないようだ。
「アルジェニア家崩壊以降、生き残りのヴァンパイアロードが居らぬか敷地に立ち入ったのは……、サザリアの件の後であるから今から90年程前だったかのう。一縷の望みを抱きながら隅々まで探索したものの1人として生き残っておらなかったわい」
重い息を吐きながらパンを2つに割り、バターを乗せて一口で頬張る魔王様。
残った半分も口に放り込み紅茶で流し込む。
些か行儀の悪い食べ方だが此処は安らぎを提供する場だ、細かいことは触れないでおこう。
「カチルよ、何か甘い飲み物でも貰えぬかの?」
少々物足りないのかスカーレットは窓際で立ちながら話を聞いているカチルに注文を入れる。
「いいわよ。ちょっと待っててね」
カチルは棚からグラスを5つ取り出しカウンターの上に並べると樽に入ったパープルベリージュースをなみなみと注ぎ込んだ。
仕上げにパープルベリーの果実を散らして完成。
トレイに載せられテーブルへとやってくると全員の前にグラスが置かれた。
「おかわりは幾らでもあるから遠慮なく言って頂戴ね」
「かたじけないのじゃ」
スカーレットはカチルに一言礼を述べ、グイっとグラスを傾けた。
直後、空になったグラスがテーブルにそっと置かれる。
「美味いのう」
「あら、ありがと」
スカーレットの短い言葉にカチルがシンプルに返す。
飾らない言葉だからこその純粋な気持ちがそこにはあった。
さてさて、喉が潤った魔王様から話の続きが再開される。
「切っ掛けはジルの方からじゃがエルバード家と懇意になった恩恵を得ているのは間違いなく我等なのじゃ」
恩恵?
一体何のことだろう。
俺は脳裏に疑問符を浮かべながら耳を傾けた。
「ヴァンパイアロードとヒューマンでは寿命に天と地の差があるのは周知の事実。とはいえ成人に達するまでに要する時間は然程変わらぬ。じゃが、いざこざが長引いたせいでクーリエが本格的に婿を探せるようになったのは齢100を過ぎてからじゃったわ。城は別の者に任せ、クーリエと2人で大陸中の集落という集落をしらみつぶしに廻ったものじゃ。それなりに長い時を費やしたかのう……、キャスバルにはクーリエに見合う者が居らぬと薄々感づいた頃であったか、ジルがお主を連れて我が元へとはるばるやって来たのじゃ」
「ん? キャスバルを何十年探し回っても見つからなかったのに俺なら見合うというのか?」
「そう、じゃな……、クーリエさえ首を縦に振ればお主は非の付け所の無い相手じゃわい」
非の付け所が無いと言う割には言い淀んだような……。
いや、それよりもクーリエさえ首を縦に振ればとはどういう意味なんだ?
俺は右手に座るクーリエを横目で見た。
特におかしな様子は無さそうに見受けられる。
「ヴァンパイアロードという種は極めて特異な種であってな、男女ともにヴァンパイアロードでなければ子孫を繁栄させることができないのじゃよ」
どういうことだ?
それだと俺も不適格じゃないのか?
もう何が何やらさっぱりだ。
「クーリエよ、此処から先はお主の身体的な話になるが、その……、大丈夫であるか?」
スカーレットは独り言を漏らすように淡々と話を続けるとふとクーリエに顔を向けた。
「はい。私としても事実を共有した上で現状と照らし合わせて頂けたらと思う所存でございます」
至って平静に受け答えるクーリエに戸惑いの色は見当たらない。
それだけスカーレットの事を信用している。
その深紅の瞳が静かに物語っていた。
「ウム、確かにそうであるな」
本人より承諾を得るということは相応の事情があるのだろう。
そしてクーリエが淀むことなくスカーレットの問い掛けに答えられるということは、話は正常に進行しているという証明でもある。
少しだけ真面目な顔つきになったスカーレットを見て俺はゴクリと唾を飲み込んだ。
「キャスバルには古来より多種多様な魔族連中が在住しておってのう、それらが争い合ったり交配したり、様々な因果を経て今に至るのじゃ。妾は神の域の者故除外するとなると、やはりヴァンパイアロードとホワイトドラゴン、あとはワイヴァーンが頭ひとつ抜けた存在であったわ。しかし進化の最上位に達したヴァンパイアロードであるがそこに遺伝の落とし穴があってじゃな……」
スカーレットはおかわりが注がれたグラスをそっと口にあてがいゴクリと1度だけ喉を鳴らす。
ふーっと息を吐きグラスをテーブルに置いて腕組みをすると、肘をテーブルに押し付けて前のめりの体勢に持ち込んだ。
そのままグイッと近づいたぱっちりした瞳が俺達を順繰りに見つめてくる。
「いいか? しっかりと理解するのじゃぞ? まず例として、ヴァンパイアロードの男とヒューマンの女が互いに愛し合い子を授かったとしよう。この時、産まれてくるのはハーフヴァンパイアロードじゃ。ハーフヴァンパイアロードは寿命も比較的短く、翼も持たぬ。言ってみればヒューマンに近しい存在かのう。ではその逆、ヴァンパイアロードの女とヒューマンの男が子を授かったとしよう」
俺、セシル、ルシオン、カチル、4人でスカーレットをガン見していた。
クーリエは僅かに俯きながら微動だにせず話に耳を傾けているようだ。
「この組み合わせから生まれる子は純血のヴァンパイアロードの女のみ。しかも1度限りしか子を宿すことはできぬ」
ちょうど隣同士に座っていた俺とクーリエに視線が集まった。
仮に将来俺とクーリエが結婚して子供ができてもそれはヴァンパイアロードの娘で確定する?
しかも1人だけ?
いや、つまりはそれこそが遺伝の落とし穴なのだろう。
「ヴァンパイアロードは複雑な進化の道を越えて命脈を繋いできた種であってのう、常に相手の身体的優位を取り入れて強者の座に就いた特質的な存在なのじゃ。故にキャスバル大陸、いや、この世界中において最も強靭な遺伝子と言っても過言ではなかろう」
「つまり何ら特徴の無いヒューマンの男とヴァンパイアロードの女が結ばれても遺伝子レベルで得る物が無いからヴァンパイアロードが誕生するってことか?」
「そういうことじゃな。しかも種を蒔くだけの男に対して女側の負担は相当なものじゃろうかの、とにかくヒューマンの男とヴァンパイアロードの女が結ばれた結果はヴァンパイアロードの女が唯1人誕生するで結果が一致しておるのじゃ」
うーん、スカーレットの表情からして嘘は言っていないようだ。
だが仮に嘘が含まれていたとしても話が複雑過ぎて看破以前の問題だ。
まあクーリエの顔色が変わらないのだから信用してもいいのだろう。
「大筋の流れは分かったよ。それで、それに対して俺はどんな非の付け所の無い条件を揃えているっていうんだ?」
話がひと段落し、スカーレットが椅子の背もたれに身体を預けたのを見計らって俺は気になっていた彼女の言葉を訊ねた。
「ああ、それはじゃな……」
スカーレットはグラスに半分残ったジュースを口に流し込むと天井を見上げながらゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。
「まだキャスバル大陸しか調べはついておらぬが恐らく世界中において純粋なヴァンパイアロードと呼べる者はクーリエだけであろう。じゃが幸運なことにクーリエは女であるからヴァンパイアロードを産み落とすことが可能なのじゃ。可能なのじゃがヒューマンとまぐわったところで……」
「ところで?」
「コピーが生まれるのが関の山じゃ」
「話の流れからしてそうだろうな」
ふとスカーレットがこちらに視線を向けてきた。
「サムや、仮に1人息子がクーリエと結ばれた暁には子孫はどうなるのじゃ?」
「クーリエそっくりの激萌えヴァンパイアロードが全額遺産相続だな」
「確かにその通りであるが、傍から見ればその一族はヴァンパイアロードに乗っ取られた忌まわしき家系じゃ」
「そうか! だから家督を継がない俺は何かと都合がいいのか」
「分かってきたようじゃな。加えてエルバード家は今でこそ爵位を剥奪されてはおるが大衆への発言力は依然として衰えておらぬ。世迷言を鎮めるには社会に影響力を持った純粋なる力が必要じゃからのう」
スカーレットは俺に向けた視線を外し宙を彷徨わせる。
何も無い場所をぼんやりと見つめる双眸は何処となく力が抜けているように感じられた。
何となく理解できた。
ヴァンパイアロードといえど寿命は有限だ。
進化はできなくともヴァンパイアロードという遺伝子を繋いでいれば取り敢えず絶滅の危機からは逃れられる。
俺は家を継がないがエルバード家の長男としてそれなりの権限を持っている。
娘がヴァンパイアロードであろうがエルバード家には傷が付かないし、変な噂話を揉み消す力も多少ではあるが持ち得ている。
そう、言われてみれば俺は確かにクーリエと条件が合うような気もしないこともない。
「そして何より、これがお主でなければならぬいちばんの条件なのじゃが……」
魔王様は突然にんまりと不敵な笑みを浮かべだした。
「お主こそクーリエに初対面から友好的に接してきた初めての存在なのじゃ。のう、クーリエや」
「はわわわわ」
流れが分からない。
どうしてここでクーリエが顔を真っ赤にしてテンパるんだろう……。
「長いことキャスバルを巡ったのじゃが出くわしたのはろくでもない輩ばかりでのう、どいつもこいつもヴァンパイアロードに恐怖を抱くかその力を我が物にせんと企むかのどちらかであったわ。当然じゃがそのような卑しい者どもにクーリエを差し出すなぞ以ての外じゃ」
「そりゃそーだわな」
「そうじゃろうそうじゃろう」
俺の相槌にスカーレットがうんうんと感慨深げに頭を縦に振る。
よく見れば心なしか口元が緩んでいるような……。
「大陸内にはクーリエに相応しい相手が居らぬのであれば次なる手は他大陸への進出じゃ。とまあ言葉では簡単に言えることであるが実際には問題だらけじゃ」
「そりゃいきなり目の前にヴァンパイアロードが現れれば普通は萎縮するからなあ……」
「萎縮で済むならまだ救いはあるわい」
「だな……」
様々な種族が行き交うイセリアでさえもクーリエは目を引く存在だった。
いや、目を引くだけではない。
修道院のアーシャがいい例だ。
恐怖におののく、若しくは根拠もなく敵意を抱く、それが突然眼前にヴァンパイアロードが現れた際の咄嗟の心境だろう。
「あれ? 俺は……、クーリエと初対面の時どうだったかな」
「何じゃ忘れたのか? お主は挨拶が済んだ途端、瞳を輝かせてクーリエの背に飛びついたじゃろが」
「知らん、忘れた」
「都合のいいのーみそじゃな……。クーリエにお主の案内役を任せる際にジルが言っておったのじゃ、『産まれて間もない頃からいつも鳥娘と一緒に居るからヴァンパイアロードにも抵抗は無いだろう』とな」
確かに……、気付けばいっつも鳥娘と居たからな、初対面のクーリエに抵抗が無かった記憶はなんとなくある。
「ねぇねぇにーさん」
「何だ?」
「ウチに鳥娘なんて居たかなぁ」
「……」
「……」
スカーレットと俺はしれっとルシオンを指差した。
「……、えぇーーーっ!? 私鳥娘じゃないよぉ」
一瞬の間を置いてルシオンの叫び声が室内に響き渡った。
そうか、こいつは鳥娘という自覚が無かったのか……。
「今頃気付いたのか鳥頭め」
「ひーどーいぃー」
「まあ落ち着くのじゃ。さすがにジルも魔王たる妾を前に堕天使と契約しているとは言い出せなかったのであろうからな」
確かに。
魔王に元天使をチラつかせても地雷となる可能性が高い。
それなら鳥娘の方がその場は凌げるというものだ。
「それにしてもエルバード亭でルシオンを見た時には肝っ玉が飛び出るほど驚いたわい」
「ん? そうだったのか?」
「こちとら散々鳥娘と聞いておったからてっきりハルピュイアでも飼い慣らしていると思っていたものでな。あの時は確かルシオンがお主に罵られておっての、それで人畜無害であると判って胸を撫で下ろしたものじゃ」
「そんなことはないぞ。こいつは躊躇うことなくエルバード亭に寄生し続ける極めて悪質な害鳥だ」
「ひーどーすーぎーるー」
ルシオンが半ベソをかきながら何か言っているが何時もの事なので無視しておいた。
それはともかく簡単に話を纏めると、クーリエは俺が婿としての資質を持っているから命を賭してでも守り抜くということか。
「ねえ、クーリエちゃん?」
パープルベリージュースを手に取り口に含もうとした瞬間、窓際からクーリエを呼ぶ声が聞こえた。
「は、はい……」
おや、何故かクーリエさんはたじろいでおられるようだ。
「本当は魔王様のお話なんてどうでもいいのよね」
ルシオンの後方に立っていたカチルがゆっくりと丸テーブルを時計回りに忍び寄って来る。
カチルはルシオンとスカーレットを通過してクーリエの後ろに立つと両手をそっと彼女の首筋に回した。
「うふふ、クーリエちゃんの顔を見てるとお姉さんキュンキュンしちゃうの」
俺は極力関与しないように音を立てずにグラスの中身を啜った。




