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ヴァンパイア ラプソディ  作者: ムラサカ
21/50

21 毒キノコは母の味

 朝だ。

 気怠さが纏わりつくが悲しいことに室内は既に明るい。


「うっ!」


 俺はベッドから上半身を起こすと同時に酷い頭痛に見舞われた。

 窓の外から聞こえる生活音すらジンジンと頭に響く。

 そうだ、蛇に巻き付かれるようなカチルのハラスメントから逃れるために昨晩は早々にドロップアウトしたような……。


 よろよろと頭を押さえながら起き上がり、シャワーで眠気と頭痛を強引に抑え込んだ。


「おはよう! 清々しい朝じゃな」


 そろりそろりと階段を下りると昨晩の惨劇現場でうるさいのが待ち構えていた。

 二日酔いに最悪の組み合わせだ。

 蹴ってもいい。

 俺が許す。


「ういー」


 左手をヒラヒラさせながらぞんざいに挨拶を返し椅子にドカッと腰掛けた。


「あれ、クーリエはまだ降りてきていないのか? 二日酔い治してほしいのになぁ」

「何じゃ? 若いモンが情けないのう」


 いちばんに脱落した奴に小馬鹿にされても言い返す気力すら湧かない。

 後で気分が落ち着いたらゆっくりといじめるとしよう。


「ホレ、クーリエならあそこに居るのじゃ」


 朝っぱらから販促物の飴ちゃんを小動物のように頬張る魔王様。

 その指が示す先はカウンターの奥。

 カチルと並んで寸胴鍋を見つめているようだ。


「あいつら何やってんだ?」

「野宿に備えてクーリエにキノコスープを伝授しておるようじゃの」

「ふーん」


 テーブルの上に頭を寝かせながら2人の姿をぼんやりと眺める。

 俺の日常に溶け込んだスープの香りと普段見慣れぬ漆黒の翼の組み合わせが頭痛で纏まらない思考を更に混乱に導く。

 わぁい、部屋がぐるぐる回るぞぉ……。


「おーいクーリエや、サムが毒キノコ鍋の湯気にあてられてライフゲージが赤点滅じゃぞー」

「はわわわわ」


 スカーレットののんびりとした呼び掛けにクーリエが瞬間移動のような速度で俺の元へ一直線に寄って来ると背中をさすりながら解毒魔法を唱えてくれる。

 詠唱が終わると同時にスーッと軽くなる身体。

 俺の滑舌も完全回復だぜ!


「おいカチル! お前毒キノコは外すようにクーリエに言っとけよな!」

「あらまあ、お母様のレシピを勝手に書き換えるのかしら?」

「姫様の毒キノコスープなんて時代にそぐわないんだよ!」

「あーもう、うるさいわねえ」

「ふえーん、かーちん頭痛いよぉ……」


 挨拶もそこそこに髪の毛ボサボサコンビが階段を下りてきた。

 あの目の死に具合が二日酔いを物語っている。


「クーリエー、解毒おねがーい」

「あ、はい、畏まりました」

「お前、自分で治せるだろ」

「頭痛いからムーリー」


 セシルは駄々をこねるように椅子にドサッと腰掛け主治医の治療を待ち構える。

 妙齢の娘が両腕をだらしなく垂らしながら顔面をテーブルに押し付ける光景を目の当たりにして俺は何とも形容しがたい深い哀しみに包まれた。


 …


「ねえ、今日のキノコスープ、絶対に毒キノコ入ってるわよね」


 ふと解毒を施されたボサボサコンビの片割れが話し掛けてきた。

 室内が瘴気に満ちまくっているのに気付いたのだろう。


「よく分かったな、今日は当たりだぞ」

「あんなの提供してよく営業停止食らわないわね……」


 寸胴鍋を見ながら不安そうにセシルが呟く。


「あれな、レシピ作成者がカリスタ王の姉貴だからイセリアの総力を持ってしても止められなかったんだ……」


 寸胴鍋を見ながら他人事のように俺は呟く。


「そうなんだ。……ゴメン、昨日ルシオンからアンタの事聞いた……」

「お前が謝る事じゃねえよ」

「うん……」


 口ではそう言うが明らかに気が重く感じられる。

 実際、逆の立場だったら……、明るくは振舞えないわな。


 そこから俺達は言葉を交わすことなく毒キノコスープの完成を静かに見守った。



「はいできたわよ、クーリエちゃんの愛情たっぷり特製キノコスープ」

「毒劇物たっぷりの間違いじゃないのか?」


 ドンブリに豪快に盛られたキノコスープが丸テーブルを囲む俺達目掛けてやってくる。

 パッと見で2種類、いや3種類の毒キノコが顔を覗かせてやがる。

 どうして旅のクライマックスがこんな超序盤にやってくるのだろう……。

 フラグの順序がちょいと雑過ぎやしないかい?


「おいカチル、いくらレシピに無選別って書いてあっても今日のはちょっとヤバくないか!?」

「そうねえ、もしかしたら毒消し草貫通しちゃうかもしれないわね~」

「貫通って殺す気マンマンじゃねえか!!」

「仕方無いじゃない、キノコのひとつも見分けられない箱入りのお姫様がフィーリングで作ったレシピだもの。まあこのくらいなら食べ過ぎても解毒魔法でスッキリ治るから細かいことは気にしちゃダメよ」

「気にしないといつか死人が出るぞ……」


 ニヤニヤしながら実の母親をディスりつつも料理の正当性を主張する家主。

 そんなんだから毎日売れ残るのだろう。



 結局俺が何言おうが結論は変わらない訳で、容赦無く目の前に熱々のキノコスープ(毒)が置かれた。

 湯気が立ち上るそれ(毒)をまじまじと見る。


「ぐはっ!」


 選りすぐりのエリート毒キノコが早速俺の目を潰しにきやがった。

 涙が止まらない。


 俺は溢れる涙を拭うと薄くスライスされた毒キノコをフォークで突き刺した。

 そのままヒラヒラと揺らしてクーリエの方をチラリと見遣る。


「なあクーリエ、これお前が作ったんだってな。まさかこんなモン食わされるなんて俺達の関係もこんな感じにペラペラなのかもな……」

「!!!」


 途端にクーリエの顔面が青ざめる。

 随分と分かりやすい動揺だ。

 少々心が痛むが俺も命は惜しい。

 ここは上手く揺さぶりを掛けてこのキノコスープを毒耐性のあるルシオンの元へ……。


 ドスッ!!


「うおおおおっ!!」


 背後から俺の身体を掠めるように飛んできた包丁が丸テーブルの縁に突き刺さった。


「あらごめんなさい、手が滑ったわ」


 仰け反りながらも振り返ることなく瞬時に計算を始める我が頭脳。


 ……ピカーン!


 ウム、ここは何も言い返さず黙ってキノコスープを口にする方が身体的、精神的にダメージが少ないと思われる。

 俺は覚悟を決めて毒物と向き合った。


「本当に大丈夫なんだろうな……」

「アンタ、クーリエちゃんのこと好きなんでしょ?」

「嫌いじゃないけどそれとこれは別だろが」

「別じゃないわよ。本当に好きなら毒ぐらい愛の力でどうとでもなるわ。そして2人はより深い場所で繋がるの」

「……冥土でか?」


 恐ろしい程非科学的なアゼルネア式三段論法である。

 前言撤回。

 やはり何としても摂食は回避せねば……。


「ほほう、この舌先がビリビリと痺れる感覚が実に画期的であるな」


 あーだのこーだの愛だの毒だのと罵り合う俺達をよそに何の躊躇も無く毒物を口に運び感想を述べる魔王様。

 相変わらず褒めているのか貶しているのか判断に苦しむ感想である。


「あらぁ~、この猛毒が解るなんてさすがは魔王様ね。素敵だわぁ」


 何がどう素敵なのか小一時間程問い詰めたいところだ。


「じゃがサムにはちぃとばかし堪えるかもしれんのう」

「そうなのよ、この子温室育ちのボンボンだから毒抵抗値が低いのよね」

「悪かったな!」


 そして矛先が俺に向く。

 毒物を回避したと思いきやお次は毒舌が襲ってきやがった。

 今日ほど毒耐性が羨ましいと思った日は無い。


「ねえ、アンタの姉さん、今猛毒って言わなかった?」


 セシルが目を細めつつグーにした拳の筒先で口元を隠しながら訴えてきた。

 妙にオッサン臭漂う所作だがセシルが行うと何故かしっくりくる。


「気のせいだろ。お前、まだ昨日の酒が抜けきっていないんじゃないのか?」


 恐らくこの種のキノコなら昼まで強火で煮込めば大抵の毒素は揮発するだろう。

 となればここで素直に認めるのは得策ではない。

 俺はセシルの問いをテキトーに受け流して現実から目を遠ざけた。



「しかしカチルよ、いつまでも母親の姿を料理に重ねるのもどうかと思わぬか?」

「そうね、もうあれから10年経つものねぇ……」


 カチルは窓から通りの人混みを眺めながら噛み締めるように言葉を紡ぐ。

 頭では分かっているもののいざとなるとなかなかスパッとは切り替えられないのだろう。

 それは俺も同じだ。


「サム……、アンタはお母様の事、今でもまだ……」


 窓の外をぼんやりと眺めながらカチルが呟いた。

 その視線の先は母さんが日々の手入れを欠かすことが無かった小さな花壇。

 その花壇はカチルに受け継がれ、小さいながらも四季折々の花々が咲き誇っている。


「俺はこのメンバーで行動できるのはまたとない機会と思っている。多分これが本当のラストチャンスだろうな」

「同感ね、ルシオンまで連れ出したんだから次はないでしょうね」


 そう、成り行きではあるもののルシオンを駆り出したのだ。

 白黒つけずに中途半端にカーネリアに牙を剥いたところで後に厳しい制裁が科せられるだけであろう。

 誰が敵かすら判らないのに一発で勝負を決めなくてはならない。

 暗闇の中、岩の割れ目に手を差し込んで鍵穴を探るようなものだ。


「にーさん、それはちょっと違うよー」

「うるせえ! 人の心を読むな!」


 ルシオンの水を差すような横槍に思わずいつものノリで返す。

 ふと周りを見渡すとテーブルを囲う面々が心配そうに俺の方を見ていた。

 そうだ、まだ俺達に困難が降り注ぐかすらも分かっていないのに何を1人で考え込んでいたのだろう。

 問題が生じたらその都度対処すればいい。

 それが冒険ってもんじゃないか。


「あー、うん、すまない、何でもなかったわ」


 俺はグラスの水を1口、大きく口に含み喉に流しながら何となくあやふやな言葉で然も何もなかったような表情に戻した。


「でも実際こうして魔王様も加勢してくれるんだから心強いわよねぇ」


 カチルが出窓の床板に肘をついてこちらを見ながらしみじみとその思いを述べる。


「いや、済まぬが妾は神の領域の者故、助言程度しか支援はできんのじゃ」

「あら訳ありかしら? だったらルシオンもそうなの?」

「ルシオンはとうの昔に堕天しておるから存分にこき使っても構わぬぞい」

「あーん、すーちゃんの言い方が雑だよぉ」


 カッカッカと室内が笑い声で満たされる。

 スカーレットの力を頼れないのは残念だが彼女の智謀にあやかれるだけでも十分に価値があると言ってもいいだろう。


 それにしてもスカーレットの言葉を汲めば敵となる存在は神に相応する存在なのかもしれない。

 あいつが何処まで予見しているか知らないがいずれゆっくりと話を聞く必要がありそうだ。


「じゃがカチルよ、妾は居らなくとも心配は要らぬのじゃ」

「あら、根拠でもあるのかしら?」

「ウム、クーリエが命に代えてもサムを守るからのう」

「へぇ~、その理由が知りたいわね」


 カチルが妖しい目つきでクーリエを舐めるように見つめる。

 視線を浴びせられたクーリエは翼を小さく折り畳んで存在感を消すのに必死だ。


 そんな対照的な2人をよそにスカーレットは『その理由』を語り始めた。


「カチルよ、改めて訊くがクーリエが何者か存じておるかの?」

「私が知っているのは、魔王スカーレットの側近で種族はヴァンパイアロード。それとお父様が勝手にサムのお嫁さんにしたがっているってことね。他には200年前のダークエルフ紛争に巻き込まれたアルジェニア家の末裔ってことくらいかしら」

「ふむ、込み入った事情までは伝わっておらぬようじゃな」

「縁談ならクーリエちゃんもまんざらでもないって話じゃない。生憎、野暮な話に首を突っ込む趣味は持っていないのよね」


 カチルは出窓の縁にもたれ掛かり、丸テーブルに座る俺達を見下ろしながらスカーレットの言葉を切り返す。

 歯に衣着せぬ口調はさすがエルバード家次期当主といったところか。


「そう言ってしまえば身も蓋も無いのじゃが知っておいて損も無い話じゃ」

「そうね、理由が知りたいって言ったのはこっちだし可愛い弟のお嫁さんの話みたいだから有難く聞かせてもらうわ」


 カチルに可愛い弟と口に出されて背筋がゾクッとした。

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