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ヴァンパイア ラプソディ  作者: ムラサカ
20/49

20 にーさん

 じーーーーーっ……


 左隣に座るダークエルフを一心に見つめた。

 僅かにエルフの面影が残る端正な顔立ちは見る者に強い印象を与える。

 吸い込むようにキノコスープを貪る姿も実に快活だ。

 もしも生まれ育ちがカーネリア王国であったなら、腹の弛んだ貴族連中が財力に物を言わせて飼い慣らそうと群がって来るのは容易に想像がつく。


「ちょっとぉ、さっきから何アンタあたしの顔ジロジロと見てんのよ」

「ん? ああ、美人は何をしても様になると思ってな」

「ななな、何をいきなり言い出すのよ!」


 想定外の言葉だったのだろうか、セシルは思わず口へ運ぶスプーンの手を止めた。

 相変わらず褒められるのが苦手なようだ。

 世渡りがヘタクソというか何というか……。


「ほら、手が止まったぞ。その青いキノコもしっかり食えよ」

「うわっ、変な色のキノコね……」


 一瞬の躊躇を見せるも青色のキノコを難無く口に放り込む隣人。

 お前初見でよくそれ食えるな……。


「さあ、お次はそこの緑のキノコだ」


 青いキノコをモグモグしているセシルをまじまじと見つめながら深緑のキノコを指差す。


「んもー、そんなに見られたら食べづらいじゃないのよ」

「にーさんはしーちゃんにスープの毒見させてるからジロジロ見てるんだよー」


 ブフッ!!


 ルシオンの野次に反応したセシルの口から勢いよく噴き出されるキノコ。

 解き放たれたキノコは弾丸となり俺の顔面へ容赦無く襲い掛かる。

 あまりの超高速に避ける暇も無く全弾被弾してしまう。


「きったねぇなこの野郎!」

「この野郎はこっちの台詞よ! まさか本当に毒キノコなんか混ざってないでしょうね!?」

「悲しい奴だな、完璧な世界なんて息が詰まるだけじゃねえか……」


 俺は咄嗟に首を捻り窓に視線を移すと、大きく息をついて外に広がる夜空をぼんやりと眺めながら諭すように呟いた。


「キノコくらい完璧に選別しなさいよ!」


 セシルのツッコミを無視してタオルで念入りに顔を拭くと、皿に盛られた毒消し草の葉を1枚摘まんで口に含んだ。

 口の中を微かな甘味に続いて独特のほろ苦さが駆け巡る。


「お前も食うか?」

「それってどう見ても毒キノコが混ざる前提の毒消し草じゃないのよ!」


 文句をブリブリ噴きながらも毒消し草のサラダを食べ始めるセシル。

 皿に盛られた葉っぱがみるみるうちに彼女の胃袋に収まっていく。


「フフッ、安心なさい、今日は毒キノコは入ってないわよ」


 セシルがサラダを食べ終わると同時にカチルが奥のカウンターからワゴンを押してやってきた。

 ワゴンにはこんがりと焼けた山盛りのイノシシ肉と赤黒い液体が注がれたジョッキが6つ。

 ジョッキが1つ多い気がするが指摘するのは野暮ってもんだ。


「ねえ、今アンタのお姉さん「今日は」って言わなかった?」

「いや、気のせいだろ。それより肉が焼けたみたいだぞ」


 眉間にしわを寄せたセシルが口元を手で隠して小声で話し掛けてきた。

 だが今日は毒物混入もなかったことだし、都合の悪い話はさっさと流すに限る。

 俺は適当に話を逸らして会話を終わらせた。


「まさかぼっちだと思ってた弟がこんな可愛い女の子を連れて来るなんてねぇ。それともルーシーのお友達かしら?」

「違うよー、みんなにーさんの事が大好きだから一緒に冒険に行くんだよー」

「あらそうなの? だったらお腹いっぱい食べさせるのが姉の役目よね」


 カチルとルシオンが噛み合っているのかいないのか微妙な論議を交わしている。

 それでも喧嘩する姿は見たことが無いから絶妙に噛み合っているのだろう。

 それとぼっちではない、孤高だ、孤高。

 大事な事なので2回、心の中で呟いた。


 肉が盛られた大きな器をカチルが丸テーブルの中央に叩きつけるように置くと、エルバード亭で出てきた串焼き肉と同じ香りがほんわりと鼻をくすぐった。

 よかった、スパイスはまともだ。


「貴方達、昨日はエルバード亭で晩御飯を済ませたんでしょ? ごめんなさいね、此処は道具屋がメインだから専属のシェフがいなくてねえ。これくらいしか出せる物は無いけどゆっくりしていってちょうだい」

「あ、はい、ありがとうございます」

「かーちんありがとー」


 カチルが申し訳なさそうな顔をしているが、既にキノコスープを平らげたセシルとルシオンはひと言礼を告げて満面の笑みで大皿の肉に手を伸ばしていた。

 きっと食に対する拘りが希薄なのだろう。

 熱々の肉を前してセシルの数秒前までの怪訝そうな表情は何処かに消し飛んでいったようだ。

 思考回路の分岐が少なくて羨ましい限りである。


 2人からお礼の言葉を受けたカチルは俺達が囲む丸テーブルを周りながら全員の右側になみなみと液体の注がれたジョッキを置いて行った。

 パープルベリーの香りがするが何やら色がおかしい。


「俺、エールの方がいいんだけど」

「あんなの何時でも飲めるでしょ。それより今が旬のお酒を味わいなさい」


 種類の指定はできないらしい。

 そんなんだからイマイチ流行らないのだろう。


 酒が全員の手に渡るとカチルは俺とセシルの間に立ってジョッキを持ち上げた。


「弟がお世話になっているみたいで私からもお礼を言わせてもらうわ。口ばかり達者になって聞き分けの無い子だけど宜しくお願いします」

「ウム、よく分かっておる姉なのじゃ」


 キッと相槌の出どころを睨む。

 鬱陶しい口を塞ぐ為にもさっさと乾杯してしまおう。

 俺は右手でジョッキの取っ手を握り締め高らかに持ち上げるとそれに見倣い皆がジョッキを手にした。


「お前等がこの先俺の命令に黙って従うことを願って乾杯!」

「カッカッカ、酷い音頭じゃのう」


 何やら罵声が聞こえたが俺は気にせずスカーレットのジョッキにガコッと乾杯を打ち鳴らした。

 文句を言う割には楽しそうに乾杯に乗ってくる魔王様の姿を追うように卓の中央で皆のジョッキがぶつかり合う。


 さて、逞しく響く快音を受けてそのままの勢いでグイっと一気に飲み干してしまいたい、ところだがあからさまに色がヤヴァい。

 俺は視覚的に危険を察知して怪しい液体をチビリとすすると、口内を伝う液体に喉を焼き付けられる感覚に襲われた。


「待てやコラ、滅茶苦茶濃いじゃねえか!」

「あらそう? 普通よ、普通」


 左手を腰に当ててキューっと中身を一気に流し込む姉に苦言を呈するがまるで俺の方がおかしいとでも言いたげな反応である。


 濃さの指定もできないらしい。

 そんなんだから常連が生まれないのだろう。


「ほほう、この溶岩を喉奥に流し込む感覚が実に斬新であるな」


 褒めているのか貶しているのか判断が難しいコメントがテーブルの向こうから飛んできた。

 一瞬でジョッキを空にして抜群のスタートダッシュをぶちかましたスカーレットであるが、顔色も瞬く間に赤く染まっていくのが目に見えて分かった。


「あらぁ~、この良さが解るなんてさすがは魔王様ね。素敵だわぁ」

「あれ? カチル、お前あいつが魔王だって知ってたの?」

「当然よ、ギルドの人相書きとそっくりじゃないの。それに魔王スカーレットっていったら国家勢力図を語る上で絶対に外せないでしょ?」

「ああ、まあ確かにそうだけどな」

「ってのは半分嘘ね。お父様から伝書鳩が届いていたのよ。それが無かったらいきなりは信じられないわ」


 納得。

 どうりですんなりと迎え入れる訳だ。

 スカーレットだけならまだしもクーリエを素直に受け入れるにはいささか抵抗があるだろう。

 うーん、先の事を考えるとマントを親父の所に置いてきたのはまずかったかもしれない……。


「あーん、かーちん、すーちゃんの正体とっくに知ってたんだぁ。びっくりさせようと思ってたのになー」

「あはは、ごめんよルーシー。ほら、これも食べていいから許してよ」


 スカーレットに酒のおかわりを持ってきたカチルが謝りながら俺の前に置かれた巨大プリンをルシオンに差し出した。


「にーさん、これ食べちゃっていいの?」

「おう、たんと食いなさい」

「えへへー、にーさんありがとー」


 俺のプリンがルシオンに渡り、需要と供給のバランスが噛み合う。

 いつもの日常のいつもの光景だ。


「ねえ」

「ん? どうした?」


 何気ないやり取りにセシルが加わって来た。


「気になったんだけどさ、ルシオンってどうしてサムの事だけ名前で呼ばずににーさんって呼ぶの?」

「あ……」


 ルシオンの表情が曇った。


 瞬時に異変に気付いたのかセシルも何やら困惑したような表情を浮かべている。

 カチルは後ろから静かに様子を窺っているようだ。


 勿論セシルに悪意は無いし罪も無い。

 しかしいつもの日常のいつもの光景は何気ない一言で甦る過去の記憶に即座に塗り替えられてしまった。


 静寂に包まれる場内。

 それはまるで時間の流れから取り残されたかのように。

 そう、10年前のあの日から。


「ちょっと外の空気でも吸って来るわ」


 俺はいたたまれない気持ちになりその場から逃げ出すように席を立った。


「あ、にーさん……」

「何でもねえよ。それより悪いけどお前、みんなに詳しく説明しといてよ」


 振り返ることなく入口のドアノブに手を掛けると鈍色のベルがチリンと1度だけ寂しそうな音色を響かせた。



 表に出ると通りを歩く通行人の姿は既にまばら。

 もう随分と遅い時間なのだろう、喧噪から解放された街並みは静かに眠りに就こうとしている。


 ハーっと大きく息を吐いてもやもやした熱をありったけ放出する。

 夜更けのひんやりとした空気は深く透き通っていて、吸い込むと少しだけ冷静さを取り戻せた気がした。


 ただ意味も無く空を見上げた。

 青白い満月がやけに眩しい。

 ルシオンに説明を頼んだ手前、このまますぐに戻るのも何だか気恥ずかしい。

 俺は月に導かれるままに建物の裏手に回った。


 カチルに手入れされた裏庭には色とりどりのハーブが植えられており、所どころに季節の花が咲き誇っている。

 鉄拳制裁を回避すべく俺は決して踏んではならないポイントを上手に避けて花壇の奥に置かれたベンチに腰掛けた。


「だっせぇなぁ……」


 吐息に混ざる心の声。

 嫌なことがあるとその場から逃げ出す癖は今も変わらない。

 今だって居心地の悪さを感じた途端に外に飛び出してしまった。


 本当に俺みたいな奴がリーダーでいいのかなぁ……。

 だが、見上げた月は淡い光で優しく世界を見下ろすだけ。


 チリン――


 入口のドアにぶら下がるベルの音が、閑寂な闇夜に小さな穴を穿ち俺の耳まで辿り着いた。

 誰か出てきたのだろうか?


 感覚を研ぎ澄まし、暫く振り返ることなく様子を見たが声のひとつも上がらなければ誰かが近付いて来ている気配すらない。

 ならばそれはそれで選択肢がある。


「クーリエか?」

「……はい」


 頃合いを見計らって最有力候補の名前を呼ぶと案の定、今にも消え入りそうな声が返って来た。


「お前1人?」

「左様でございます」

「そうか。まあ、横座れよ」


 俺はベンチの空いている部分をペシペシと叩くとクーリエが少しだけ申し訳なさそうにそっと腰掛けた。

 横に誰かが居るというだけで妙に安心する。

 これが独りじゃないって事なんだよな。


「どうした? ルシオンの話はもう終わったのか?」

「……いえ、その……」


 否定はしたものの歯切れが悪く、ただ腹の前で重ねたお辞儀手をもじもじさせるクーリエ。

 何か言葉を掛けたい、でも今伝えたい感情が逆に相手を傷付けてしまうかもしれない。

 まあ、こやつの内心はそんなところだろう。

 お蔭で時間が止まる。


「ルシオンが俺の名前を呼ばない事なんてそんな大層な理由じゃねえよ。知りたきゃ教えてやるけど、聞く、聞かない、どっちだ? 今すぐ答えろ」

「えっ、あ、しっ、知りたいです」


 ぼんやりと2人で月を眺めていてもよかったのだが今宵のお供は長生きが売りのヴァンパイアロードだ、下手すればボーっとしたまま朝を迎えかねん。

 そんな非生産的な行動は1人でいる時にするものである。

 俺は俯いたままのクーリエを煽り、半ば強引に承諾の言質を引き出した。

 今にも止まりそうな時計の砂が再び流れ出す。


「クーリエはサムライって知ってるか?」

「はい、ヤマトに居を構える剣士と聞き及んでおります」

「俺さ、そのサムライってのを目指してたんだよ」


 月は無機質に俺達を照らし出す。

 その神々しい光は精神を昂らせ、俺を饒舌な語り部へと変貌させる。

 傍らに座る、たった1人の聴衆の為に。


「修道院でシスターが話した通り、エルバード家は10年前の王国制度刷新で爵位を剥奪されたんだ。あー、その前に爵位を授かった理由が先か……。ってのも俺の母親が王族だったからなんだけど、多分あれは政略結婚だったんだと思うんだわ。そうじゃなきゃ王の血を受け継ぐ娘が高々イセリアの道具屋風情如きに嫁ぐ訳が無いからな」

「となりますと、政略結婚でしたらカーネリア王家はエルバード家から対価として得る物があったということでしょうか?」

「ああ、エルバード商会には魔術師用マジックポーションという強い武器があるんだ。セシルが水代わりに飲んでるアレなんだけどな。多分カーネリアはポーションが欲しくて親父に母さんを仕向けたんだと思うんだけど、確たる証拠は無いからまあ、あくまでも推測に過ぎないかな……」

「あの……、サム様のお母様は今はどのように……」

「母さんなら10年前にカーネリアに連れ戻されちまったよ」


 今でもあの時の無力で情けない自分を思い出してしまう。

 あの時、俺にもっと力があれば……。

 ベンチの上にだらしなく置いた両手にギュッと力が籠る。


 いつの間にか握り拳を作っていた左手を、あの日の記憶を優しく解きほぐすようにクーリエの手がそっと重なった。

 無意識に力んでいたことに気付いて両手を弛緩させる。

 クーリエは力の抜けた手を自分の元へ手繰り寄せると両手でむにむにと揉み始めた。

 為すがままにむにむにされる俺の左手。

 何がしたいのか理解できなかったが彼女の翼がゆらゆらと揺れているのを見て、俺は心に安らぎを感じながら話を続けた。


「知ってるとは思うが今、カーネリア王国を治めているのがカリスタ王だな。カーネリアは代々王位を男系継承しているからあまり表には出ない話なんだが、実はカリスタ王には3人の姉がいるんだ。いや、実際に3人いるのかすら定かじゃないけど1人は確実に存在するんだ」

「その方がサム様の……」

「そう、カチルと俺の母親に当たるイリス・エルバード。何て言うのかな? とにかく変な人だったんだよ。息子の俺から見てもとてもじゃないけど王家から嫁いできたとは思えないような性格でさ」


 クーリエは俺の左手を揉んだりさすったりしながらも静かに耳を傾ける。

 あまり合いの手を挟んでこない分、どうしても一方的に喋ってしまうがそれは聞き手がクーリエだからなのかもしれない。


 久しぶりに再会して改めて解った。

 この互いの空気感、やっぱり俺はクーリエのことが好きなんだと思う。


 それはさておき、俺は話を先へ進めた。


「そもそも母さんはカーネリア王家の男系継承ルールが気に入らなかったみたいでさ、カチルを腹に宿した時も産まれた子が男だろうが女だろうが第1子をエルバード家の次期当主とするなんて話を親父に無理矢理押し通したって言ってたのよ。で、ここからやっと本題に入るんだけど、じゃあ次に妊娠したら産まれる子をどう育てようかってなるのな。まあ俺の事なんだけど……」


 話の内容に気を取られたのだろう、クーリエの俺の手を揉む動きが止まり、垂れた前髪の隙間から切れ長の瞳をこちらに覗かせた。


「カチルを当主にすると決めた以上、後に産まれた俺は必然的に支援する側を望まれる訳よ。となりゃ男だし剣士が妥当なんだろうけど、そこがまあ一筋縄ではいかないのがウチの家系でな……。矜持を持って貴人に仕える剣士をサムライと称する、みたいな出所の怪しい情報を何処からともなく聞きつけた挙句息子にノリで押し付けるという悪行を夫婦揃ってだな……」

「はわわわ……」


 思い出すと無性に腹が立ってきて思わずクーリエの手を強く握り返してしまったが彼女の慌てふためく声を聞いて握る力を弱める。

 再びむにむにと揉まれる我が左手。


「ですが我が子に願いを託す事自体は決して悪ではないかと思われますが……」

「願うだけならいいっての。サムライを目指してほしいから名前も『サム』にしましたとか重すぎるだろが!」

「そ、それは確かに……」

「いやすまない、お前に当たるつもりはなかったんだけどな」


 平静を取り戻そうと天を仰ぎフーッと深く息を吐いた。

 心地よい夜風が俺から余分な熱をそっと拭ってくれる。


 下らない身の上話だというのに熱心に聞き澄ます隣人の翼がゆらゆらと揺れている。

 その姿勢に愛おしさを感じながら俺は続きを語りだした。


「幼い頃はまだエルバード家も爵位を賜っていたこともあって、俺もカーネリア国立士官学校の附属校まで足繁く通っていたんだ。まあこれでも成績はそこそこいい方で宮廷騎士団からも将来を期待された程だったんだわ。いずれは宮廷騎士を目指すか、それともエルバード家の発展の為に尽力するかなんて話も出た頃に例の王国制度の何とやらが起こってな……」


 瞳を閉じてあの日の光景を瞼に思い描く。

 遠くから吠えるだけの情けない姿を……。


「結論を言うと、さっきも言った通り母さんはカーネリアに連れ戻されてエルバード家は爵位を剥奪された。親父でも何もできなかったってのに、たかが齢12の小僧に立ち向かえる術は何ひとつとして無かったってことよ」

「サム様……」

「そんな顔するなよ。今思い返せばケツの青いガキがはしたなく喚いてたってだけの話さ。それでも母親を失ったという事実は簡単には受け入れられなくてな、人ひとり守れず何がサムライだってルシオンにきつく当たっちまったんだよ」

「それでルシオン様は……」

「まあそーゆーこった。あいつは無神経だけど根は優しいからな。親父にこの件には関わるなって制されていて、何もできずに母さんが連れていかれるのを黙って見ていたあの時の顔が今でも忘れられないんだ」


 隣にクーリエが居て本当によかった。

 話を聴いてくれる奴が居るからこそ、俺は声に出してこの感情を発散できる。

 そして共有もできる。

 もし隣に誰も居なかったら……、涙が零れ落ちないように天を仰ぎながらまたひとりで重圧を抱え込んでしまっただろう。


「クーリエ」

「はい」

「ありがとな」

「いっ、いえ、私はただお傍に居ただけでありまして……」


 クーリエの滑らかな黒髪が月の光に照らされて色艶を醸し出す。

 本来、闇に溶け込むべきその肢体は俺の手を握り締める熱を以てそこに確かに存在している。


 俺は握られた左手をそっと離すと彼女の腰に回して強く引き寄せた。

 身体と身体が触れ合い、お互いの鼓動が高まり合うすれすれの距離。


「さっ、サム様?」

「もしさ、この先もずっと一緒に居てほしいって言われたらお前どうする?」

「私は……、サム様のお導きに付き従うだけでございます」


 俺は何も言わず更に強く引き寄せるとクーリエはこちらにそっと肩を寄せながら首を預けてきた。

 顔と顔の距離がぐっと縮まり、仄かに伝う甘い香りが鼓動を更に昂らせる。


 彼女の色香に緊張しているのか、それとも欲情しているのだろうか。

 説明しがたい高揚感の海を漂いながら、水面に顔を出して息継ぎするように俺は真上に顔を向けた。


「俺、ずっと母さんの事が気になっていて、王国領に潜り込んでは何かしら手掛かりはないか調べてたんだ。その帰りにたまたま偶然セシルと出会って、そこからとんとん拍子でパーティー組んで、もしかしたらこれならイケるかもなんて考えちまってさ。グルメツアーなんて言っておきながら実は最初から母さんの事で頭がいっぱいだったんだ。勿論カチルはカチルでアゼルネアを拠点に情報を探っているし、親父も何も言わないけど秘密裏に動いてるからこの件の究明はエルバード家の総意なんだわ。いや、ここまで来ると総意というより使命に近いのかもな……。でも何も得られないままあれからもう10年経っちまった。その間に考えも変わってきて、今はただ円満な結果でなくとも現状を知りたいんだ」


 俺はボソボソと、しかし確かに聞き取れるような呟きを終えた後、クーリエの瞳をじっと見つめた。


「お前がカーネリア大陸に来た理由はダークエルフ紛争絡みだって事は重々承知している。だからついででも構わない。俺にほんの少しだけ力を貸してほしいんだ。それで母さんの件が落ち着いたら後は好きなだけ一緒にいられるから。頼む!」


 不意に月明りに照らされた深紅の瞳がぱちりと開かれた。

 しかしその一瞬の瞠目は乙女の恥じらいと共にいつもの柔和な微笑みに戻りゆく。


 俺か、はたまたクーリエか、どちらかが意識すればその唇と唇が触れてしまうような壁が崩れかけた距離。

 体温と呼吸が入り混じり、理性すらもその壁を崩そうとする限界状態で俺の中の黒い何かが2択を突き付けた。

 

 1:据え膳食わぬは何とやら

 2:やっちまえ


 極めてストレートでありながらデリカシーの欠片も無い選択肢である。

 しかし突如として湧き上がった悪魔的2択に対して良心の呵責という名の最後の砦が立ち塞がった。


 落ち着け、落ち着くんだ!

 そう、今はまだその壁を崩す時ではない。

 無理に行動に移さなくても十分に心は通じ合っているじゃないか。

 俺は冷静に心境を整理してこのまま押し倒してしまいたいというドロドロの欲求に強引に蓋をした。

 

 それにしても驚いた。

 いくらクーリエが無防備に俺に身を委ねてきたとはいえあそこまでむき出しの感情に侵されそうになるとは……。

 いや、そもそもこんな暗がりで男女が2人っきりというのが問題なのだ。


「あいつらにももう説明は済んでるだろ。カチルも母さんに対する気持ちは俺と変わらないから戻ったら話がある筈だ」


 俺は腰に回した手を緩めて立ち上がろうとした。


「あっ、あのっ」

「ん? どした?」


 尻を持ち上げようと力を込めた腕にクーリエの両手が弱々しく絡みつく。


「もう少しだけ……、その……」


 名残惜しそうな言葉を遮るように力ずくでギュッと抱き寄せた。

 俺の胸元に埋まる頭を優しく撫でるとそれに呼応するように翼がゆらゆらと揺れる。


 …


 腰に回された両腕に俺の身体をはガッチリと固められたまま刻一刻と時は流れる。

 ウム、いい加減アクションを起こさねば朝チュン待ったなしである。


「ほらクーリエ、俺でよければこれから毎晩ギューギューしてやるからそろそろ戻るぞ」

「はうー」

「了解。毎晩ギューギューは無し、と。忘れないようにメモしておくか」

「はわわわわ」

「あはは、そんなに慌てるなよ」


 慌てて姿勢を正すクーリエを見て思わず笑みがこぼれてしまう。

 ベンチに腰掛けた時のどんよりとした気持ちは跡形も無く消え去っていた。



 束の間の蜜月なる時を過ごし、俺達は再び鈍色のベルを鳴らした。


「あはははー、にーさんとくーちゃんらー」

「……」

「……」

「ザムーゔゔゔ、あんだぼだいえんだっだんだでぇ」

「……」

「……」


 阿鼻叫喚の世界がそこにはあった。

 へらへらしながら視線を宙に泳がせるルシオンと涙と鼻水と涎を垂らしながらテーブルに突っ伏すセシル。

 酒の臭いと惨憺たる光景にめまいが襲ってくる。

 てゆーかスカーレットは何処行きやがったんだ?


 室内を見渡す。

 いた、丸テーブルの下でうつ伏せで倒れてやがる。


「これ、クーリエさんや」

「はい」

「魔王様が何者かの手によって討伐されておられますよ?」

「申し訳ございません。スカーレット様は日頃からお酒を嗜まれるのですが如何せん弱いものでして……」

「酔い潰れてるだけかよ!」


 魔王が酒に弱いとかどうなんだよ……。


「ねえ、貴方達」


 唐突に何処からともなく声が聞こえた。

 いやあそこだ、カーテンに半身を隠す姿を捉えた。


「もしかして、今のはおままごとかしら?」

「はわわわわ……」


 振り向きざまに瞳から鋭い残光を散らせながら人を小馬鹿にしたような質問を飛ばしてくる家主。

 威圧感もモリモリ盛りまくりだ。

 でもって漏れなくたじろぐ魔王の側近。

 何でお前がヒューマンの凄味に揺さぶられてるんだよ……。


「サム! アンタもだらしないわねえ、せっかく援護射撃してあげたってのにさぁ」

「援護射撃?」

「うふふ、前に進めるように操心魔法で選択肢出してあげたじゃない」

「あーーーっ! 何かおかしいと思ったらお前の仕業か!」

「しょうがないじゃない、みーんな酔い潰れて暇だったんだもの。それよりクーリエちゃんはお酒強いのかしら?」

「ひぃぃぃぃ」


 カチルに満面の笑みを浴びせられたクーリエから言葉にならない悲鳴が聞こえた。

 巻き込まれたくない俺は一直線に席に戻ると濃厚パープルベリー酒を一気に呷った。


 そこから先はあまりよく覚えていない。

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