表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヴァンパイア ラプソディ  作者: ムラサカ
2/48

2 刺客も突然に

 セシルとの出会いから一夜が明けた。

 一睡もしていないのに新しい朝が来た。

 別段希望の朝という訳ではない。

 それを示すかのようにお互い疲れの色が出ている。

 急ぐことはない、まずは近隣の都市に赴き宿の確保、それから消耗品の補充と冒険者ギルドのパーティー登録である。 

 

「セシルの出身はどこになるんだ?」

「ルクルネストよ。サムは?」

「俺はイシャンテ」

「あそっか、エルバード商会の本部もイシャンテだものね」

「ああ」

 

 俺達は大樹から街道沿いに東に向かっている。

 俺が歩きながら地図を両手に広げ、セシルが横から覗き込む。

 

「ここって地図だとどこら辺になるの?」

「イシャンテ北西区だな。……ここだ」


 俺は地図上の一点を指差す。

 そしてそのまま指を右へなぞり顔を上げ太陽の位置を確認する。 


「ここから最寄りの都市だとアゼルネアだから……、まあ何事もなければ昼前には着くだろうな。そこで一旦休憩でいいか?」

「やだぁ、サムったらせっかちさんね」

「コイツ……」


 睡魔が隣人の前頭葉を錯乱させているようなので足早に宿屋を目指すことにする。

 と、不意に彼女は来た道に向き直り一点を凝視した。

 視線の先には昨日俺が寝ていた大木。


「こうして見るとホント立派な大木ね」

「ああ、ここら辺じゃいちばん大きな木だからな」

「私が死んだらあの木の下にお墓作ってね」

「お、おう。だが安心しろ、お前は俺よりいろんな意味で長生きする。ほらさっさと行くぞ」


 パーティー結成早々終活である。

 縁起が悪いからご遠慮願いたい。

 

 そんなことよりパーティー登録は迅速に行わなくてはならない。

 入出国手続きが簡略化され、ギルドクエストの斡旋も条件がよくなる。

 あとは登録時に供託金の他に保険金を払っておけば誘拐されても奴隷商から無条件で開放されたり、大怪我の際に入院見舞金が出たりとまあ何かとありがたい存在だ。

 因みに単独でのギルド申請は基本的には認めていない。

 常に死と隣り合わせとなる外界において、単独行動イコール自殺志願者と見なされる。

 そのような愚か者にまで救いの手は差し伸べられないという理念が念頭にあるようである。

 俺もセシルもこの世界に対して斜に構えるところがあるからギルド申請を一考したが特にデメリットが思い浮かばなかったので登録の方向で落ち着いた。


 まあそんな事は街に着いてからでいいとして、問題は相方のスペックだ。

 攻撃特化、防御がイマイチなのはまあよい、不足分は可能な限り俺が補う。

 それよりもなんだろうか、彼女を見ていると冒険者としての心得が希薄に感じられて仕方がない。

 そのような懸念もパーティー申請の後押しとなっているのだが、何はともあれこのなんとかなるさ精神を早急に改善させねばならぬ。

 命が幾つあっても足りないとか以前に心労で俺が泣く。

 さあ、アゼルネアまでしばし学習のお時間だ。

  

「一応訊いておくがカーネリア大陸の地理気候領土魔物分布その他諸々くらい頭に入ってるよな!?」

「え、と、まあ、そこはかとなく程々に……」

「濁すな」


 やはりだ、どうにもセシルは気分と惰性で行動する傾向にある。

 たった1日で見抜けてしまう程、この女からはテキトーオーラが立ち込めてくる。

 それでもどうにかなるのは彼女の強さの裏付けなのだがそんな事は関係ない。

 行動を共にする以上、最低限の気概を抱いてもらう必要がある。

 でなければ俺の胃が穴だらけになりかねん。


「ほら、これでも読みながらついて来い」


 俺は道具袋から小冊子を取り出しセシルに手渡した。


「カーネリア大陸地図付録? へー、こんなのあったんだ」

「別大陸出身の奴がギルドに登録すると貰えるんだ。といっても頼めば誰でも貰えるぞ」

「ふーん、初耳ね」


 セシルはおもむろに表紙をめくる。


 ----------


 カーネリア大陸へようこそ。

 

 気候安定度5大陸ナンバーワン!

 就業率5大陸ナンバーワン!

 平均寿命5大陸ナンバーワン!


 10の国家がおもてなし。

 ごゆっくりとご堪能下さいませ。


「だってさー」

「そこどうでもいいから」


 要らん所に反応する相方をピシッと一蹴。

 教養の時間だというのに実に幸先が悪い。


○カーネリア大陸○

 世界5大陸の一つとして挙げられ、治安は良いが魔物が比較的強いことで知られる。

 気候は一年を通じて穏やかであり、水資源、森林資源共に安定供給。

 国家間和平条約が堅く締結されており盗賊の類も少ない為か戦死者は少ないが、魔物ランクが魔王領キャスバル大陸に次いで高い。

 街は要塞化し必然的に入場審査は厳しくなるが領土間の通過は大半が無審査。

 通貨はカーネリア王国発行の魔石貨・金貨・銀貨・銅貨・小銅貨等。

 各国より独自通貨が発行された時代があったがカーネリア貨幣自体流通数が多く通貨価値が安定している為、今では大陸全体にまで普及している。

 主たる国家は10。

 中央から南部にかけて大陸最大規模を持つカーネリア王国を構え、その周囲に6の属国。

 また大陸北部にはエルフの集落を抱えるルクルネスト、ドワーフの集落を抱えるバルクナスト、ホムンクルスの聖地と呼ばれるルーンキャストが独立国として連合政府に登録されている。

 

 以下、登録国家の概要。


・カーネリア王国・

 大陸中南部に位置する大陸最大国家。

 その名の通りカーネリア大陸第一国を名乗る列強国。

 経済力が抜きん出ているものの当代国王が平和至上主義であるため、軍隊は防衛を目的とするに留まっている。

 地底にハイテホーテ大空洞(詳細後述)を構えており、洞穴入口近辺より高純度の魔石が産出される。

 言わずもながらその魔石こそがカーネリア王国の経済の要である為、魔石産出地の周囲一帯は王国領となっており大神官クラス以上の権力者にしか足を踏み入れる事の適わぬ聖域に指定されている。

 また魔石産出地上空は旅客鳥通行禁止区域となっており禁を犯した者には平和至上主義の裏の顔を拝まされることになろう。


・イシャンテ・

 カーネリア王国第一属国としてカーネリア王国北部に位置する。

 カーネリア王国を源流とするシバ川を流域に抱えており流通に優れている為、6属国の中で最も商業が盛んである。

 魔物ランクが大陸随一の低さを誇る為か冒険初心者の聖地として崇めらている。

 そのような背景も踏まえ、カーネリア王国を凌ぐ程の商業国家へと成長が著しい。

 ルクセンオールとの間にカーネリア奈落渓谷(詳細後述)が存在し事実上国交不可。


・リペイコ・

 カーネリア王国第二属国としてカーネリア王国北東部に位置する。

 延々と続く穀倉地帯はカーネリア大陸の実に60%の供給率を占める。

 魔物は大型草食獣が散見されるがこちらから近寄らなければ攻撃してこないので危険度は低い。

 年中湿った東風が吹き込む為か雨量が多いので大半の魔物が水耐性も持っている。

 また湾岸都市コバルクからカラフレア大陸へ毎日定期便が運行しており世界中の様々な食材が集う事で知られる。


・サンチャーフォ・

 カーネリア王国第三属国としてカーネリア王国南東部に位置する。

 国土の大半を汽水域の湖と大小様々な島で形成し長らく未開の僻地であったが近年ハイテホーテ大空洞に繋がる洞窟がいくつも発見され、新興の宿場町が賑わいを見せている。

 地上においては魔物が群れて出現する事が多く連携攻撃も多彩に仕掛けてくる。

 まずはイシャンテやリペイコで十分に経験を積んでから訪れることを強く勧めたい。


・スーカント・

 カーネリア王国第四属国としてカーネリア王国南部に位置する。

 首都サラトナを除く、国内に存在する集落の大半が樹上にて営まれており、聖獣スカンツを神の憤怒として国を挙げて奉っている。

 その神の憤怒たるや伝説の勇者ですらも一撃にて屠ると語られるものの、聖獣スカンツ自体極めて個体が少ない故、今となっては存在こそが伝説となっている面もある。

 尚、散策の際には地上攻撃、樹上攻撃両方の対策を立てる必要がある。

 近距離、遠距離、回復係とバランス良くパーティーを組まなければサラトナに辿り着く事すらも適わないであろう。


・アカウ・

 カーネリア王国第五属国としてカーネリア王国南西部に位置する。

 領土の中央部に世界最高峰アカウ火山(詳細後述)を擁し、またアカウ火山周辺には大規模火山帯が分布し赤竜の繁殖地となっている。

 国境付近は比較的安全で温泉街が各所に形成されている。

 余談ではあるがアカウ火山山嶺には高純度の火鉱石が採掘される。

 しかし火山一帯はギルド援助管轄地域外に指定されているのでそれなりの覚悟が必要。


・ルクセンオール・

 カーネリア王国第六属国としてカーネリア王国北西部に位置する。

 イシャンテとの国境がカーネリア奈落渓谷にて区切られており実質的に国交不可。

 冒険者の終着点とも呼ばれ、6名以下のパーティーでカーネリア王国領土に立ち入る事無く首都ガレオンの冒険者ギルドの門を叩いた者には冒険者の証(詳細後述)が授与される。


・ルクルネスト・

 カーネリア北三国の一。

 首都ルクミナにそびえる生命の樹(詳細後述)より発するマナの恩恵を授かりし種族、エルフ。

 とはいえ近年はグローバル化を表明し多種族交流が盛んになりつつある。

 ピュアエルフ以外でも生命の樹の参拝が可能になり閉鎖的と言われ続けてきた他国の声は色を薄めている。

 しかし未だ開放化に反対する声も多い為、ルクミナ以外の散策は相応の危険が伴う。


・バルクナスト・

 カーネリア北三国の一。

 ドワーフ王ガラゼフにより建国されたとする大陸北端の独立国家。

 元々絶壁の地として見向きされなかったが、岩を直に削り居住区を確保するドワーフ建築は装飾の美しさから今では彫刻の都として世界に名を馳せる。

 陸路はルクルネスト、もしくはルーンキャストを通過する必要があるためシバ川の定期船か旅客鳥での訪問が一般的。


・ルーンキャスト・

 カーネリア北三国の一。

 叡智の融合を礎とするカーネリア大陸随一の学術都市ミライネを擁する。

 サザリア大陸との定期便貨物の半数は学術書であるとまで言わしめるその貪欲さは止まる事を知らず今尚も新しい魔術の構築研究が盛んである。

 また、人智・叡智の結晶とも称される賢者の石(詳細後述)の具現化を成功させホムンクルスの研究も盛んに行われている。


※ハイテホーテ大空洞

 カーネリア大陸地底部を走る超巨大空洞。

 現在確認されている入口は、カーネリア王国聖域区・サンチャーフォ中央部・アカウ火山近郊・カーネリア奈落渓谷最深部・ルークキャスト魔石採掘所、以上5箇所となる。

 入口付近は魔石が採掘されるがカーネリア王国聖域区以外は洞窟より発する瘴気濃度が比較的に低い為魔石の輝度、純度共にランクが低い。

 探索には特に許可は必要ではないがルクセンオールより発行される冒険者の証を所持しない者にはギルド援助管轄対象外と判定されるので注意が必要。

 未だ最深部が特定されていないが地下15階層にベースキャンプが張られておりサンチャーフォ中央洞窟から探索ガイドが有料で案内しておりそこからの探索が最も一般的。

 因みにカーネリア奈落渓谷最深部からも探索可能だがパーティーに飛翔魔法所有者を携え、かつ全員が上級呪言耐性を持つ事が最低条件。

 以上の条件を満たし、冒険者ギルド認定A級以上のパーティーはカーネリア王国より支度金が支給される。


※カーネリア奈落渓谷

 かつては夜な夜な発する青白い光を鎮めるべく古代より家畜や食料が投下されていたがカーネリア国王軍探索隊によって発光苔であることが判明。

 最深部は発光苔により終日明るく照らされ奈落茸と呼ばれる栄養価の豊富なキノコが自生している為実質的に居住可能。

 事実そこそこ質の良い魔石が発掘される事もあり拠点を構える者が少なからず存在する。

 しかしハイテホーテ大空洞よりダークゴーストが発生する為上級呪言耐性が必須となる。

 尚カーネリア奈落渓谷からもハイテホーテ大空洞の探索が可能であるが進入先に断崖が多く敷居が高い。


 ☆カーネリア奈落渓谷よりハイテホーテ大空洞探索希望者は冒険者ギルド窓口へお越し下さい。


※アカウ火山

 カーネリア大陸唯一の活火山。

 火口付近のハイテホーテ大空洞洞穴より発する瘴気が噴煙と共に拡散する為、赤竜を始めとする魔物の巣窟と化している。

 その為基本的に迂回が推奨される。

 パーティーランクがD以下ならば遠回りだが西ルートが魔物が比較的弱くお勧め。

 東ルートは海風の影響からか瘴気が流れ込みやすく平地であっても炎耐性を持った魔物が現れる。

 しかし東ルートも街道沿いはここ数年の間に整備が進み、滅多な事ではBランク以上の魔物との遭遇も発生しないようである。


 ☆アカウ火山攻略希望者は冒険者ギルド窓口へお越し下さい。


※冒険者の証

 イシャンテを起点とし、カーネリア王国領土を経由する事無くルクセンオール首都ガレオンの冒険者ギルドに到達した勇敢な者に与えられる証書。

 6名以下のパーティーである事が条件であるが、連合パーティーによる大所帯でガレオンまで赴く事も許可されている。

 しかしながらパーティーランクが低い場合は追加試練として模擬戦をクリアしなければならない。

 所有者はハイテホーテ大空洞の自由探索許可、Aランクギルドクエストの登録、カーネリア大陸内での道場開設認可、他様々な特典が与えられる。


※生命の大樹

 ルクルネスト訪問の際には是非とも立ち寄りたいパワースポット。

 大樹より広範囲に発せられるマナは解呪作用を持つ。

 裏を返せばルクルネストに長く居を構え続けた者は呪言耐性が著しく低く、結果として付近に居を構える原住民エルフが閉鎖的となる要因ともいわれる。

 

※賢者の石

 魔石に特殊加工を施す事で生成されるといわれているが具体的な作成レシピはルーンキャスト国家機密により門外不出。

 その為か黒い噂が後を絶たない。

 謎多きアイテムであるがルーンキャスト国内においてはクラスAの魔石よりも質量単価が低い。

 故に禁忌と引き換えに生み出されると言われても非懐疑的になるのも事実である。



★その他詳細はカーネリア冒険ガイド中級編をご覧下さい★


----------


「……これで終わり?」

「ん? ああ、ご苦労さん」


 小冊子ひとつ目を通すだけで疲労の表情を浮かべる隣人に上辺だけの労いの言葉を掛ける。

 

「ていうかこの冊子、ガイドのくせに妙に論述的なんだけど私が読む必要あるの?」

「気にするな、必須項目だ。まだ物語が始まったばかりなものでな」

「ものがたり?」

「……いや、なんでもない」


 セシルが怪訝の表情を浮かべるが気にせず歩く。

 スタスタ歩く。


 …


 ……


 ………


「はあー、ところで随分歩いたけどアゼルネアってまだなの?」


 変わらぬ景色に嫌気がさしたのかセシルが怠そうに声を上げる。


「ほら、あそこに立て札がある分かれ道があるだろ? あれをさらに東に進め」


 瞬きすらも止まって見えるようなほんとうに僅かな一瞬の事だった。

 必然なのか、はたまた偶然なのか俺が何気なく指さした立て札の脇に突如として現れる人影。

 右手をこちらに向けながら現れた人影は一分の隙もなく呪文を発動させる。

 気の抜けた会話の最中の俺達に呪文を回避する手立てはあるわけもなく何の魔法をくらったのかすら分からず視界が歪み俺は膝から崩れ落ちる。

 ただ霞む視界の中、セシルが突発的に人影に向かって駆け出したのははっきりと分かった。


 セシルは緩やかな傾斜の先に見える人影に一直線に距離を詰める。

 淡く光を放つマジックワンド。

 反射的に人影は眼前にアンチマジックの魔方陣を解く。

 だがマジックワンドはぼんやりと光るだけでなにも効果を及ぼさない。


「!?」


 人影がフェイクに気付くと同時にセシルは肩から強烈な体当たりをぶちかました。

 不意を突かれた人影はあまりの衝撃に抗うことなく遥か後方に吹き飛ぶ。

 この一連の出来事もほんの僅かな時間での事象であった。


「サムっ!!」


 セシルはタックルの感触を得ると同時に俺の方に向き直り叫ぶ。

 彼女の緊迫した表情をよそに何事もなかったかのようにスッと立ち上がる俺。

 いやスマン、空気が読めていないのは重々承知なのだが如何せんダメージが無くてだな……。

 軽い足取りでセシルの元に向かう。


「よく分からないけど助かったわ。ありがとな」


 事態を受け止めきれずきょとんとするセシルの肩をポンと叩く。

 

「それよりあいつだ」


 軽い足取りをそのままに地面に横たわる人影に向かった。


「これは……」


 人影が視界に入り咄嗟の光景に言葉を失う。

 

 翼。


 いきなり現れた人影が纏っていた漆黒のマントの隙間からから翼が飛び出していたのである。

 広げれば俺の伸ばした両腕よりも遥かに大きいであろう黒々とした翼からは遭遇しただけで死を覚悟すると言っても過言ではない威圧感が漂ってくる。


「魔族?」

「ヴァンパイアロード、っぽいな」


 いつの間にか横に立っていたセシルの問いに半信半疑に答える。

 そもそもこの大陸にこんなのが生息していたら間違いなく生態分布図が書き換えられるに違いない。

 だとしたら一体何処から?

 などと考え込んでいると倒れていたヴァンパイアロードが意識を取り戻していた。

 ゆっくりと膝をついて力なく半身を起こした格好で首を持ち上げると俺と目が合い咄嗟に逸らす。


「女ね」

「女だな」


 軽く言葉を交わし相手の出方を見守る。

 だが動き出す気配がない。

 そのまま待機。


「ちょっとアンタ、いきなりこんなことしてこのままで済むと思ってないわよね」


 いつまでたっても動きのない展開にセシルが痺れを切らして凄みだした。

 実に短絡的で分かりやすい奴だ。

 予想通りの行動に思わず笑みがこぼれる。


 そして俺の予想に反することなくセシルが一歩踏み出す。

 恐らく体当たりされた時に己との力量の差を感じたのであろうか、抗う様子もなく魔族の女は俯いてぼそりと言葉を漏らした。


「申し訳ありません、スカーレット様……」

「「スカーレット!?」」


 意表をつく呟きにセシルと俺の声が綺麗に重なる。

 その声に反応して地面に横たわる女はハッと一瞬目を見開いた。

 直後、間違いなく失言であったと俺達に分かる程に地面に横たわる女は動揺しはじめる。

 

「ねえ、スカーレットって魔王のことじゃないの?」


 セシルは踏み出した歩みを戻して俺の方をちらりと伺ってきた。

 さすがのダークエルフもその名を聞いて軽はずみな行動を慎んでいるようだ。

 本来なら単なる脅し文句であろうものだが発する相手がヴァンパイアロードである以上セシルが戸惑うのも無理もない話である。

 だが声の主がヴァンパイアロードであるが故に俺の中に確信めいたものがあった。


「大丈夫だ、俺に任せろ」


 セシルの答えを求める眼差しに対して俺はそう言って前に出た。

 

 一歩ずつゆっくりと近づく。

 なるべくゆっくりと、そしてわざとらしく音を立てながら。


 一歩、また一歩。

 ザクリザクリと大地を踏みしめ着実に距離を詰めていく。

 それでもなお相手は動く気配がない。

 なんというか、失言に対する動揺と何かしらの観念を受け入れた様子が窺えるようである。

 

 そして俺は目的とする位置まで辿り着いた。

 手を伸ばせば触れられる距離に立つと改めてその翼の威圧感に気おされそうになる。

 だがその見た目からは想像できない内面を知っているからこそ俺は躊躇することがなかった。


「久しぶりだなクーリエ」


 俺は穏やかな口調で声を掛けながら頭にそっと手を添えた。

 

「……」


 なんてこった返事がない。

 シカト許すまじとわしゃわしゃと頭を掻きむしると腰まで伸びた艶やかな黒髪が乱雑に舞い上がった。


「はわわわわわ」


 驚いた時のリアクションで人違いの不安が解消された。

 俺ちょっと一安心。


「久しぶりだなクーリエ」

「……」


 またしても返事がない。

 まあ10年振りだから仕方もないだろう。

 俺はクーリエの頭をわしゃわしゃしながら腰に下げた革袋から水色の包装紙に包まれた飴玉を取り出した。


「ホレ」

「……あっ」


 クーリエは水色の飴玉を見て驚いた表情で俺の顔をまじまじと見上げてくる。

 やっと記憶が繋がったようだ。

 2021/03/09

 最終部分『15年』→『10年』

 本文修正しました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ