デスゲームに巻き込まれた〇〇〇〇
二条ヶ﨑高等学校一年二組はその日、修学旅行の為にバスで移動していた。
生徒たちは皆それぞれ楽しそうにおしゃべりしたり、お菓子を分け合ったり、ゲームを楽しんだり、和気あいあいと過ごしている。
それは彼らの担任であり引率についてきた高梨は微笑ましい気持ちで眺めていた。
(前から思っていたけど、本当にうちの生徒たちは仲がいいよなぁ……今年、初めてクラスを受け持つことになって虐めやら何やら起きたらどうしようって不安になっていた頃が懐かしい)
そう、この一年二組は本当に仲がいいのだ。
まるで長い間、同じ釜の飯を食べてきたかのような団結感と信頼を感じる。
(ま、そんなわけないんだけどな……)
同じ中学校からの仲ならまだしも、このクラスには別の中学から進学してきた生徒が多い。
にもかかわらずこの仲の良さ。
不思議に感じるものの、教師としては嬉しいことである。
「ふあぁ……」
今日は朝が早かったからか、眠気に襲われた。
バスの揺れがそれを増幅させ、瞼が重くなる。
(……なんだか、静かだな)
先ほどまで、生徒たちの話し声が聞こえていたはずなのに、今は全く聞こえない。
(みんな、眠っちゃったのか……?)
そんなことを考えると同時に、高梨は眠りに落ちた。
「ここは、一体……」
目が覚めると、高梨は見知らぬ場所にいた。
体育館ほどの広さの空間に、大きなモニター。壁一面白で統一され、窓一つないその場所は閉鎖感が強く、息苦しさを覚える。
周囲には生徒たちが倒れており、安否を確かめると全員眠っているようだった。
「皆、無事か!? しっかりしろ!」
「う、ん……」
「ここは、一体」
とりあえず生徒たちの無事を確認出来て安心する高梨だったが、相変わらず状況はわからないままだ。
(一体、何が起きているんだ!?)
その時、モニターがつく。そこには奇妙な兎の被り物をした人物が映っていた。
『やあやあ、ようやくお目覚めだね、ちびっこたち。僕の名前はうさっぴ。君たちにはこれからゲームをしてもらいます。それもワクワクドキドキハラハラな命をかけたとっておきのゲームだから、楽しんでいってね!』
加工が施された甲高い声では性別や年齢も判断つかない。
しかし、こいつが自分たちをこんな目に遭わせた人物であることは明白である。
「お前は一体何なんだ! 私たちをどうするつもりだ!」
『んもう、うるさい先生だねえ。僕はゲームの説明をしなくちゃいけないのに、邪魔するって言うなら、その頭をつぶしちゃうよぉ?』
どこか舌足らずでおどけた口調とは裏腹に不穏な言葉がやけに不気味で、高梨は怖気づきそうになる。
(し、しっかりしろ、俺! 俺が生徒たちを守るんだ!!)
こんな訳の分からない異常事態で、生徒たちを守れるのは自分だけだ。
そう自分を叱咤して、大きな声で叫ぶ。
「ふざけるな! 今すぐ私たちを解放しろ!」
『あ~も~うるさーい! もういいです! 先生にはここでリタイアしてもらいます! ぽちっとな』
何かボタンが押された音がすると思ったら、天上から何かが現れる。
銃口のついたそれは、真っ直ぐに高梨を狙っていた。
「え……」
「先生! 危ない!」
高梨が状況を把握する前に、誰かが庇うように彼の前に立ちふさがる。
その直後、発砲音が響いた。
「山下!!」
それは高梨の生徒の一人であり、クラスのムードメーカーである山下だった。
明るくひょうきんで、困っている人を放っておけないお人よしなところのある少年の体は床に倒れこみ、赤い血が床を汚す。
「や、山下……?」
目の前で起こっていることが信じられず、高梨は固まってしまう。
モニターの兎は大げさに肩を落として、首を振る。
『うわぁ、先生を庇って生徒が死んじゃうなんて……ボクそういうお涙ちょうだい的な展開、嫌いなんだよねぇ。なんかしらけちゃったので、休み時間にしまーす。三十分後にまた来るから、それまで山下君とお別れを済ませておいてください。んじゃ、そういうことでー!』
そのままモニターの映像は消え、高梨は茫然と立ち尽くした。
けれど、すぐに我に返って山下に駆け寄る。
「山下! しっかりするんだ、山下!!」
彼の体を抱き起こすも、山下の体からは血が止まらず、その顔色は青白い。
かろうじて息はあるものの、長く持たないことは明白であった。
「一体、どうすれば……」
自分のせいで生徒が死にかかっているのに何もできない。
高梨が無力感にさいなまれていると、彼に近づく者がいた。学級委員の田所だ。
「大丈夫です、先生。山下には起死回生のスキルがあります」
「……スキル? え?」
言われた言葉の意味を、高梨は理解できなかった。
ワン・モア・チャンス? スキル?
まるでゲーム用語のようなそれに、今の状況がわかっているのかと叫びたくなる高梨だったが、それより先に田所が他の生徒に声をかけた。
「とはいえ、このスキルはあくまで即死を防ぐ程度の物ですから、すぐに治療が必要です。佐藤、すまないが回復呪文を頼む」
「任せて」
保健委員の佐藤は山下に近づくと、そっと手を添える。
「天使の聖光」
すると不思議なことに山下の体が光りだして見る見るうちに傷が塞がっていく。それに伴い、血色は良くなり、呼吸も安定していった。
「な、な……」
目の前で起こっていることが信じられず、高梨は目を見開くことしかできない。
「ん、ん……」
山下は身じろぎすると、目を開けて辺りを見渡す。
「山下君! 大丈夫?」
佐藤が声をかけると、山下は状況を理解したのか、笑顔を彼女に向けた。
「わりぃな。助かったぜ」
「無茶しすぎだよ。いくら起死回生があるからって……」
「へへ、先生が危ないって思ったら体が勝手にさ」
まるで先ほどまで死にかけていたのは、ただの幻だったかのように山下は平然としていて、他の生徒たちもそれを受け入れている。
それどころか、全員何か奇妙な物を持っていた。
「やれやれ、またこの力を使う時がくるとはな」
体育委員の渡辺が持っているのは、身の丈ほどの大きさのメノス。普通なら持ち上げることすら難しいであろうそれを、彼はいたって軽々と肩に担いでいた。
「もう二度と、戦いたくなんてなかったのに……」
図書委員の須藤は沈痛な面持ちで、本を開いている。それ自体は普通なのだが、その本がやたらと複雑な意匠がされていて、書かれている文字はどれも見たことがない上に、紙面が光を放っていた。
「悲しいけれど、これが運命だというのなら」
生物委員の藤岡の横にはどこから現れたのかわからないが、三メートルはあるであろう巨大が狼がいる。彼はその狼を恐れることなく、優しくその喉元を撫で、狼も気持ちよさそうに喉を鳴らした。
「俺の、封印された左腕がうずくぜ……!」
常に左腕に包帯を巻いている保健委員の風間が左腕を抑えている。その左腕の包帯から黒い霧状の物が漏れ出ているのは気のせいだろうか。
「え……ええぇ……」
何が何だかわからない高梨の肩に、田所がぽんっと手で叩く。もう片方の手には、赤い宝石が埋め込まれた剣が握られていた。
「先生、大丈夫ですか?」
「ああ、うん……あの、これは?」
「やはり気になりますよね。信じられない話かもしれませんが、聞いてください……俺たちは異世界で勇者をしていたんです」
「……はあ」
普段なら冗談の類として流していたであろう言葉であったが、今はとりあえず聞く姿勢に入る。
「あれは、入学式があった日です。あの日、俺たちは入学式が終わった後、教室に行って先生が少し話をして、すぐに帰ることになったんですが、覚えていますか?」
「よく覚えている」
何せ、初めて受け持つクラスだ。緊張と不安とやる気でごちゃ混ぜでそれでもこの生徒たちに寄り添おうと思っていた。
「先生が教室を出てすぐに、俺たちも帰ろうとしたのですがその時、俺たちクラス全員が異世界に召喚されたんです」
「異世界に召喚……?」
全く現実味のない言葉を、高梨はオウム返しのように呟く。
「はい。そこでは魔界からの侵攻により、地上の三分の二が彼らに占領されていました。人類に残された最後の大陸に集まった王たちは、最後の望みをかけて勇者召喚を行ったんです」
「……なるほど」
言っていることはあまりよくわからなかったが、とにかく頷いてみる。
「いきなり異世界に呼ばれた俺たちは、そりゃあもう混乱しましたよ。なにせ、それまで争いとは無縁の生活を送っていたのに、突然世界の命運をかけられてしまいましたからね。けれど、俺たちはそこで苦しむ人々を見捨てることはできず、彼らの為に戦うことを決意しました。戦いはおよそ十年続きましたが、誰一人欠けることなく俺たちは魔王を倒したんです」
「じゅ、十年?!」
「はい。勇者召喚で呼び出された者は、元の世界に戻る時、その世界から召喚される直後に戻されるだけでなく肉体も若返るのは幸いでした。これがなかったら、もうこの世界に戻ってこなかったかもしれません」
「そうだったのか……」
正直、受け入れがたい話のはずなのだが、実際目の前で不可思議なことが続いていて、なんだかそういうこともあるかという気になってきたのだ。
しかし、どうして生徒たちの仲がいいのかわかった。十年も一緒に死戦を潜り抜ければ、結束も固くなるだろう。
「本当は、あちらで得た力をこちらで使うつもりはありませんでした。異世界の勇者も元の世界ではただの学生として、普通の人間として生きていこう。そう決めたんです。だけど……」
田所が立ち上がり、剣を前に構える。
「あいつらは俺たちを閉じ込め、先生と山下を殺そうとしました。そして、あの口ぶりからすると、もっとろくでもないことをしようとしているのでしょう。あんな連中の好き勝手にさせるわけにはいかない。だから、俺たちはここで誓いを破ります」
田所は剣を高く掲げた。その姿を、高梨だけではなく生徒全員が見つめる。
「さあ、皆! 行くぞー!!」
彼の掛け声に生徒たちは「おおー!」と雄たけびを上げ、それにつられる形で高梨も「お、おおー!」と叫んだ。
何はともあれ、どうやら無事に帰れそうだと確信しながら。
デスゲームに巻き込まれた元勇者達