end
「それについて俺にはお前が悩んでいるように見える」
「私は、私は!」
直樹の言葉をさえぎって、大声を上げる。心の中を見透かされているようで、今にも耐え切れなくなりそうだった。
そうして、私は愛との間に決めたルールを簡単に破ってしまった。
「私は、あの子のことが好きで、あの子も私のことが好き。つまり、付き合ってるの! もうこれでいいでしょ。これ以上私の中に入ってこないで!」
とても強い拒絶。私は泣きながら直樹に強い口調で叫んだ。
それに対して、直樹の表情はあまり変わらない。
「別に、お前が誰のことを好きで、誰と付き合おうが正直どうでもいい。それが女の子だろうとな」
直樹は私の拒絶に対して優しい口調でささやきかけてくる。私は嫌だ嫌だと思っても、その言葉をはねつけることは出来なかった。直樹の言葉は続く。
「ただ、俺が一つ気になるのは、やっぱり変わらない。お前が自分と本当に向き合っているとはどうやっても思えない」
「……え?」
直樹の言葉に思わず素の声が出てしまった。私が、自分と向き合っていない、と。確かに直樹はそういった。私は何度も愛のことを大切にしようと誓ったはずだ。
「お前は、本当の本当に、自分のことが好きで、そうして、あの子のことを愛しているのか?」
「なんで」
先ほどから、涙が溢れてとまらない。
「なんで」
それと同じように、直樹に対する疑問も止まらない。
「なんで、私のことがそんなに、わかるの?」
「それはな」
直樹は今日、初めてそこで口ごもったが、息を一つ吐いてこう続けた。
「お前のことが好きだから」
「…………」
直樹からの告白。
私は。
私は。
私は。
愛のことを、愛することは出来ない。
受け入れることも、できない。
そう思ってしまった。
「どうしたの? こんな夜に急に話がしたいって。あたしは嬉しいけど」
「…………」
私は塾から帰った後に、愛に今すぐ会いたいとメッセージを送った。幸い愛の家には誰もいなく、今から行っても大丈夫だとすぐに返信がきた。私はそのメッセージを見たとたん、心臓がドクンと跳ねたのがわかった。
私は今から愛に、お別れを言うのだ。
「優?」
なかなか口を開けずどうしたものかと悩んでいる私に、愛は心配そうに顔を覗き込んでくる。こんなに私のことを心配してくれているこの子を今から私は裏切るのだ。
「えっとね」
「うん、なになに?」
「ごめんね。うまく言えないんだけど、愛とは付き合えない。だから、この関係は終わりにして、別れよう」
その言葉は、不思議とスーッと口から出てきた。たったそれだけなのに、口にしたとたんふっと自分の心が変わったのがわかった。
「……えっと、それは、どういう意味?」
愛は私の別れの言葉に激しく動揺して問いかけてくる。
私は慎重に言葉を選びながら出来るだけ優しい口調で話し続ける。
「ごめん、ルール破っちゃった。幼馴染に、私が愛と付き合ってるって話しちゃったの。私は自分の気持ちに整理がつかないまま愛と付き合ってた。こんなことじゃ愛を傷つけるだけだなって思ったの。だから、だからね。もう友達に戻るのは無理かもしれないけど、私と、別れて欲しいの」
そう言って愛のことを抱きしめる。
「何言ってるの」
愛の表情は冷たくなった。
「そんなの、やだよ!」
「え?」
放たれた冷たい言葉に私が茫然としていると、ベッドに押し倒された。
「優もルール破ったんなら、あたしもルール破るよ。ずっと一緒にあたしといようよ。優のこと一生守ってあげるから!」
口を強くふさがれた。
「んー!! んー!!」
苦しくて、愛の手を軽く叩くが、愛は辞めようとはしない。
苦しくて窒息しそうになり、ようやく口を話すが、私をベッドに押し倒したまま離さない。
「ねえ、なんでそんなこというの? あたしのことを大事にしてくれるんじゃないの? あたしのこと好きって言ったじゃん」
愛の目はうつろで私のことを捕らえてはいない。
「それじゃあさ、あたしと一緒に死のうよ。そしたらさ、ずっと一緒にいれるよ!」
愛はベッドから降りると机においてあった鋏を手にした。
「辞めてよ愛。怖いよ!」
私は恐怖心でいっぱいになりながら愛のことを見つめる。
「痛いのは一瞬だからさ! あははははは。あたしもすぐに優の後を追いかけるね」
ゆっくり。ゆっくり。私のもとに近づいてくる。
愛が怖い。まさかこんなことをするなんて。
「あははははは」
「駄目!」
愛が気持ち悪い笑いを漏らして鋏を振り上げたとき、私はとっさにベッドから落ちるようにして愛の足に絡みついた。反動で愛が転ぶ。
「何するの? 痛いよ。優」
だがそんなことも気にせず愛は止まらない。
私は、逃げた。部屋のドアを勢いよく閉めると転がるようにして降りる。玄関に着くと、靴も履かずに一目散に逃げ出す。
怖い。
愛がとにかく怖かった。
家について鍵を閉め自室にこもる。逃げている間は愛に追いつかれそうで怖かった。だが、愛は私のことを追ってくることはなかった。
その晩は一睡もすることが出来なかった。愛の鋏を持ったときの笑い声を忘れることは出来なかった。
気づいたら朝になっていて、私は何かが終わった気がした。
「!?」
そのとき、窓になにかが当たった音がした。私は恐々と窓から外を見下ろす。
「――――」
愛が口を開くのが見えた。
end
ありがとうございました。