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「ねえ、優あたしこの映画がいいな!」
「んー、どれ?」
「この最近話題になってるやつ」
「うん。愛が見たいならいいよ」
映画館で愛が目を輝かせながら見ようといってきたのは、今流行っている恋愛映画だった。恋人同士がやってくる様々な試練を乗り越えながら、最後には一緒になるというベタな展開の物だ。まるで私たちがしていることにそっくりだなあとなんとなく思った。最後までいってはいないが。
愛がこの映画を見たいといったので、私に断る理由はなく、端の誰もいない席にぽつんと二人で座って始まるのを待つ。
「愛はなんで映画館に来たかったの?」
私がふと疑問に思ったことを聞いてみた。
「えーっとね……」
愛はそこでふっと頬を赤らめた。
「なんか映画館って暗くてドキドキするし。好きな人ができたらいつか期待と思ってたんだ」
「そっか」
私は愛の頬をそっとなぞった。ドキドキしている愛のことがとても可愛く思える。
「そろそろ始まるよ」
愛は恥ずかしさをごまかすようにそうつぶやく。劇場が暗くなり、映画が始まった。
話題になっているだけあって、映画はなかなか面白い。二人のイチャイチャは見ていて恥ずかしくなったが、見ているこちらも次々起こるハプニングにドキドキしてくる。
「……!」
そんな中、今にもキスを迫ろうかというタイミングで愛が手を重ねてきた。愛もドキドキしているのか、手が少し汗ばんでる。私もその手を同じようにドキドキしながら、ぎゅっと握る。
愛は私のことを受け入れてくれて、これからたくさんのことをしようとしてくれている。この映画で起こっているようなことだって、これから先のことだって、何もかも。
映画が終わるまで私は愛と握った手を離すことは無かった。
「なあ」
話しかけられても、私は直樹の顔を見ないようにしている。先ほどから何度も私に話しかけてきているが、聞こえないフリをして講義に集中しているように見せている。
直樹の顔を見ることがなんとなくできなかった。
もし顔を見てしまったら、私は、私は……。
自分のしていることについて、考えてしまうかもしれなかったから。
塾が終わると私は一目散に教室から出た。直樹が何かを言ってきた気がするがそれすらも無視してただただ家を目指す。
「はあはあ」
後ろを振り返らないようにして、全速力で走っている。
「おい、優!」
「名前呼ばないで!」
私はつかまれた手を思いっきり振りほどいて叫んだ。私の後を追いかけてきていたのはわかっていた。いつの間にこんなに足が速くなっていたのだろう。すぐに直樹に追いつかれてしまった。
「もう、なに! さっきからなんなの! 私に用があるならさっさと言って消えて!」
私はかつて無い大声を上げながらそうまくし立てた。直樹の目を見ることはしない。
「じゃあ、単刀直入に言うけど。昨日お前のことを映画館で見た」
そう言われたとき、私はその場にしゃがみこんでしまった。