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幕間① 董卓の家族の事情

前話に出てきた女性?のうちの一人が登場。

初平2年(西暦191年)11月。右扶風・郿県


時は少し遡り、董卓が弘農へ使者を送り出す前日の事である。


「う~む。どうしたもんか」


董卓は悩んでいた。それはもう悩んで悩んで悩みまくっていた。


「大将、こっちは準備出来ましたって……まだ悩んでるんですかい?」

「まったく、どんだけ悩んでるんですか」


「うるせぇ!かわいい孫娘を心配して何が悪ぃってんだ!」


そんなところに彼の命令を受けていた子分……もとい配下の李傕と郭汜が来て、あまりにも無神経なことを言うものだから、董卓は声を荒げて両者を睨みつけるのだが、昔から董卓を知る二人はどこ吹く風。


「いや、アンタお嬢さんの時はそんな心配しなかったでしょうに」

「婿になった牛輔の旦那は殴り飛ばされたけどな」


「娘と孫娘は違うだろ!」


「いや、知らねぇし」

「お嬢さんに報告報告っと」


長安の文官なら顔を真っ青にして許しを請うほどの怒りを見せた董卓だったが、二人はあっさりとその怒りを受け流し、あまつさえ反撃をする始末。


しかし董卓にしても、今更彼らのこういった態度を不快に思うことは無い。


「クソっ、これだから可愛い孫娘が居ねぇ連中は駄目なんだ!つーかわざわざ娘に報告すんじゃねぇよ!」


……孫娘も大事だが、娘は娘で大事らしい。


と言うか今の彼に、そんなことを気にしている余裕は無いのだ。これについては『男親とはこんなものだ』としか言えないところである。


「いや、孫娘が居ねぇから駄目って」

「孫は孫でも孫娘限定かよ。そんな説教初めて聞いたぜ」


怒りの叫び声を向けられた両者にしても、今更董卓の怒鳴り声程度で竦むほど面の皮は薄くない。むしろ「しょーも無いことに悩んでないでさっさと諦めろ」と言わんばかりに首をすくめて突っ込みを入れる余裕まである。


いや、彼らとて、もしも董卓の悩みが敵の討伐がどうのこうのと言うような軍事的なことであったなら、もう少し真面目に話を聞いただろう。しかし今回のこれはあまりにも阿呆らしい悩みだったので、その対応もこのようにおざなりになってしまうのは仕方のないことと言えるだろう。


ではその董卓の悩みとは何か?と言うと……これには先ほど董卓が叫んだ『孫娘』が関わっていた。と言うのも、


「「そもそもお嬢を弘農に送るって決めたのは大将でしょうが」」


「ぐぬっ!」


そう。先日皇甫嵩から直訴を受けた董卓は弘農へ使者を出すことにしたのだが、その人選の最中、孫娘から「自分も弘農に行って陛下にご挨拶をしたい」と言われ、ついつい彼女の弘農行きを承諾してしまったのだ。


元々孫娘に甘い董卓には彼女からの頼みを断ると言う選択肢は無かったのだが、弘農行きを承諾した後で喜ぶ孫娘の姿を見て、彼は様々な不安に駆られてしまった。


まず最初の不安は『可愛い孫娘が帝に見初められたらどうしよう……』と言うものであった。年齢的には劉弁が15で孫娘が13であるので、これは無い話ではない。


もしそうなった場合、普通に考えれば目出度い(それどころではない)ことではあるのだが、皇帝の妻と言うのがどれだけの重責であり、後宮の魔境っぷりを漠然とではあるが理解している董卓としては、そんなところに可愛い孫娘を送り込むつもりはなかった。


かと言って皇帝が彼女に全く興味が無いような素振りをしたら『うちの孫娘の何が不満なんだ?!』と殴り込みをかける可能性が有るのだから、面倒この上ない男であると言えよう。


そんな孫娘を愛でる祖父心はともかくとして、不安はまだある。


それは、弘農に居る腹黒外道の存在だ。いや、彼が孫娘に興味を抱くのは……百歩譲って許そう。彼と縁戚になるなら、孫娘は間違いなく勝ち馬に乗れると言うことだからだ。


しかし彼の弟子は別だ。


あの、情緒と言うか、人としてのナニカをどこかに置いて来たような少年・司馬懿の妻になどなったら、自由を愛する孫娘は間違いなく心を病むだろうと言うことは想像に難くない。


司馬懿の付き人(徐庶)?どこの馬の骨とも知れん優男に孫娘はやらん!


それ以外にも、弘農に居る腹黒の周りには若手が多いので、どこの誰が孫娘にちょっかいを出して来るか分からないということが、董卓としては不安で不安でしょうがなかった。


その為、護衛+虫除けとして李傕と郭汜の二人を派遣することにしたのだが、そもそもこの二人は彼や彼の弟子である司馬懿を苦手としているわけで……もしも彼が自身の部下との婚姻などを仲介してきた場合、毅然とした態度で断れるとは到底思えない。(たとえ董卓本人でも無理なので、責めはしないが)


だから董卓は、本心では孫娘を弘農になど送りたくなどなかった。しかし孫娘にはすでに許可を出してしまっているし、彼女も大喜びで色々な準備をしていたこともすでに知っている。だから、もしもここで『やっぱり駄目』などと言おうものなら、孫娘から冷たい目を向けられた上に批難されること請け合いである。


ある意味病的なまでに彼女を溺愛する董卓としては、そのような目には絶対に遭いたくなかった。


更に言うならば、彼女を弘農に送ると言うことは、後宮に女官を送り込むと同義。つまり劉弁に対して忠義を示す為の人質を送ると言う意味合いもある。


部下に聞けば『今更そんなことが必要か?』と言われるかもしれないが、何だかんだで董卓も50を超えているし、自分の一族の者に大将軍なんて大層な役職が務まる者が居ないことは、自分が一番良く理解している。


このような状況で自分が死んだ場合、残された一族はどうなるだろうか?このことを考えれば、家長として皇帝との繋ぎは取っておくべきだと判断せざるを得ないのだ。


なにせ今のまま自分が死ねばまともな政治を知らない一族の者たちは長安の連中に足を引っ張られ、その力を失うことになるだろう。それだけではない。最悪の場合、現在王允が犯している失策に関わる全てが董卓に押し付けられ、一族が処刑されることすら考えられるのだ。


これは袁紹らによって何進や何進の一族が似たような目に遭っているので、董卓とて決して他人事ではない。


そして、もしそうなった場合、可愛い孫娘はどうなるだろうか?


「大将ぉ。殺意溢れてますって」

「またか……飽きねぇなぁ」


「やかましい!」


このように、想像するだけで周囲が注意するほどの殺意が滲み出るようなことをされる可能性が高いだろう。


無論自分が生きている間にそんなことをさせるつもりは無い。しかし死んだ後の事を考えれば不安が残るのも事実。


故に断腸の思いで孫娘を自分から引き離し、皇帝……と言うか、その師である太傅(腹黒外道)の側に置くことが彼女の安全の保障になるのでは無いか?と考え、何とか己を納得させていたのだが、出発の前日になって各種不安がぶり返して来たのだ。


もちろん先述した以外にも色々な不安はある。しかし、可愛い孫娘の安全や彼女の気持ちを考えれば、その不安を押しとどめる必要があることも事実。


大体にして、未だ若い彼女が右扶風のような田舎より、長安や弘農と言った都会に興味が有ると言うのも当然のことではないか。


それに祖父として考えた場合でも、このような田舎で目の前の二人(李傕と郭汜)のような下品で頭の中まで筋肉が詰まったムサい男を旦那にするくらいなら、都会で書類仕事が出来る武人を見つけて欲しいと言う気持ちもある。


これは立場上自由恋愛が出来ない身分となってしまった孫娘に、せめて良い男が居る環境を作ろうとする祖父心だ。……その割には誰かにちょっかいをかけられることを不安がっているが、それもまた孫娘を心配する祖父心なのだ。


「むぅ……どうにかして有望株だけが接触するようにできんものか……いや、そもそもどこまでが有望株と言えるのかもわからんから……まかり間違ってもこいつらのような破落戸(ごろつき)は……」


「おいおい、いきなり破落戸(ごろつき)呼ばわりされたぞ」

「ひでぇ言われようだな。否定できねぇけど」


いきなり罵倒された二人にしてみれば、目の前の男こそ破落戸(ごろつき)の頭領なので、内心では『お前が言うな!』状態なのだが、自分たちが破落戸なのは事実なので、特にそのことについては反論はしなかった。しかし、


「ちょっと待て、焦るな、まだ早い。そうだ、早いんだ。あの子が弘農に行く必要なんか……」


「あ、また最初に戻ったぞ」

「いい加減諦めろってんだ」


こうして話がループするとなれば、流石の二人でも文句の一つも出ると言うものだ。


「やかましい!こっちは真剣なんだよっ!」


文句を言ってきた二人に対して怒鳴ったかと思えば、董卓はどうやって孫娘を説得するかを悩み始める。


「う~む。どうしたもんか」


「「……ダメだこりゃ」」


結局この日も、孫娘を愛する祖父の悩みはとどまる事を知らなかったと言う。



―――




そんな二律背反に悩む董卓を他所に、(くだん)の『孫娘』は嬉々として出立の準備を終え、弘農への使者と自分の護衛を兼任する李傕と郭汜の到着を今か今かと待っていた。


「ふふふ。やっと弘農に行けるわ!」


「お嬢様はずっと行きたいって言ってましたからねぇ」


「えぇ!ずっと楽しみにしてたのよ!」


西域の血が入っているのか、一般の漢人よりも肌の色が白く髪の色も白い小柄な少女は、満面の笑みでお付きの女官に答える。


少女は一見すると華奢であり、祖父である董卓から溺愛されて育ってきたことから、筋金入りの箱入り娘……と思われがちだが、そもそも董卓が中央で出世したのはつい最近のこと。そして忘れがちでは有るが、出世する前の彼は辺境の異民族を相手に武威を示していたバリバリの現場指揮官だった。


よって彼女が董卓から過保護に扱われていたと言っても、それはあくまで辺境の価値観に於いての話。


幼少の頃から馬に乗って狩りをするのは当たり前だった(董卓も彼女と一緒に狩りをするのを楽しんでいた)し、自衛の技術を学ぶために弓以外の武器の修練だってしているのだ。


そんな生活を送ってきた彼女は、馬上に於いての技術に限れば現時点でも漢の武人の中でも上位に入るだけの実力があるのは確かである。


実際、祖父馬鹿を全開にした董卓だけでなく、叔父である牛輔や董卓が孫娘の護衛を任せるほどに信頼している李傕と郭汜ですら、お世辞抜きで称賛するレベルの技術を持っているので、ただのお嬢様ではない。


そんなお嬢様が弘農への出仕を嘆願した理由はただ一つ。


「……絶対に許さないんだからっ!」


そう。彼女の目的は敬愛する祖父の仇討ち(まだ死んでない)である。


なにせ今はそれほどではないが、洛陽から長安に戻ってきた時の董卓は、慢性的な胃痛と頭痛と睡眠不足のせいでかなり酷い状況だった。そんな祖父の姿を思い出すだけで、自身の体の中から殺意が滲み出るのを感じる程、彼女は弘農に居る外道に対して敵意を燃やしていたのだ。


「お嬢様、あまり大きな声を出されますと……」


「あ、そうね!」


思わず口に出てしまったが、彼女の目的はこの女官以外は誰も知らない。何故なら、


「お祖父様もそうだけど、叔父上(牛輔)も李傕も郭汜も徐栄も華雄も張繍(ちょうしゅう)も、みーんな弘農の外道に復讐する気なんかないみたいだもんね」


「はい。もしも皆様にお嬢様の目的がバレたら、弘農行きを止められてしまいます」


「……そうよね。今までは『弘農』って言葉さえ口に出したら止められてたくらいだし」


普段から、舐められたらアカン。舐められたら殺れ。殺られる前に殺れ。殺られたら殺り返せ。などと言っていた連中なのに、最近は彼女が「ねぇ、陛下がいる弘農ってどんなところなの?」と弘農の情報収集をしようとするだけで、いきなりキョロキョロと周りを確認しだしかたと思ったら、真顔で『お嬢、弘農に関わっちゃ駄目だ。ヘタに関われば死ぬより辛い目(書類地獄)に遭います』と忠告をしてくる程に、今の董卓陣営の者たちは弘農の話題を口に出すことを恐れていたからだ。


そんな彼らに共通するのがナニカに対する恐怖であり、端から見ても完全に心を折られているのがわかってしまう。


涼州の荒野で生まれ育ち、中原のぬるま湯に浸かった役人を恐れるなど有り得ないことだと言う思いがある彼女からすれば、このわずか一年と少しで彼らが変貌したことは信じられないことであった。


故にその内心をひた隠し、祖父を含めたみんなを変えた元凶を探ること数ヶ月。彼女は漸く弘農に居る『外道』とやらが犯人であることを突き止めることに成功する。


どうやらその外道は、幼き皇帝を影で操ることで祖父たちを顎で使っていたらしい。そのことを知った彼女は「誇り高き涼州の武人を皇帝陛下の威を利用して操る卑怯者め!」と怒り狂ったと言う。


「木っ端役人め。分際を思い知らせてやる!」


「その意気です!お嬢様!」


立場のある祖父なら色々問題があるかもしれないが、いくら木っ端役人であっても一介の男子が『13歳の小娘にやられた』などと言って報復することなどできまい。


彼女が狙うは外道の首一つ!(実際に殺す気はないが、その尊厳は殺すつもり)


「さぁ行くわよ!王異っ!」


「はいっ!お嬢様!」


涼州の、否、今や漢の武人を代表する大将軍・董卓の孫娘と言う誇りを胸に、彼女は弘農へと出発したと言う。


……もしこの時点で董卓が彼女の狙いを知ったならば、その場で血を吐いて倒れるか、なんとしても彼女を押しとどめていただろう。しかし、幸か不幸か彼女の側仕えの女官である王異は優秀であり、主君の想い(狙い)を誰にも漏洩させることのないまま、彼女を弘農へと辿り着かせてしまう。


「ここが弘農……ここにお爺様を苦しめる外道が居るのね!」


敬愛する祖父の仇を討たんとし、思わず手綱に力を入れる少女。

その名を董白と言った。


彼女が弘農で何を成すのか。それは誰にもわからない。

李傕と郭汜による安定のサンシタムーヴ。

いや、彼らは戦術指揮官としては優秀なんですよ?


董卓としては誰かを送り込む必要を感じてはいたが、できるだけ弘農には関わりたく無かったというのも有り、今まで見て見ぬふりをしていたところに孫娘からの不意打ちを喰らった感じです。


色んな理屈をつけて自分を納得させようとしているもよう。


どんな理由を付けようとも祖父が孫娘を心配するのは当然なので、ずっと心配することになるのですが……まぁ仕方ないねってお話。


(ΦωΦ)フフフ…、いつから女性キャラが何后しか出ないと錯覚していた?

ちなみに前話の最後に出てきたもう一人は王異ではございません。


――――


独断と偏見にまみれた人物紹介


――


董白。董卓の孫娘。

西暦178年生まれの13歳。

年齢は生没年が不明なので勝手に設定。

15になる前に領地を貰ったと言う話があるので、この歳になりました。

見た目や馬に乗る云々は完全にオリジナルの設定です。


―――


王異。三国志の女傑と言えば彼女。

176年生まれの15歳。

彼女も生没年不明の為勝手に設定。

213年の時点で子供が成人していたし、さらに本人も城主の代わりとして戦ったらしいので、立場や年齢から来る衰えを考えるとこのくらいの年齢なら違和感がないかなぁと思ったもよう。


董白の付き人設定は、お気に入りの董白に董卓が女官を付けないなんて有り得ないよなぁと思った作者によるオリジナル設定。武術や教養がある人なので、それなりの生まれであることは確かだし、涼州の生まれでそれなりの血筋なら董卓とも関わるよね!って感じですな。


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