2話。解散後の諸侯の話
サブタイが浮かばんッ!
この小説はフィクションです。
反董卓連合が洛陽で解散したと言う情報は、瞬く間に漢全土に知れ渡ることになった。
この時の連合軍の主張を箇条書きにすれば
董卓は洛陽を捨てて逃げ出した。故に連合軍の勝利である。
董卓は洛陽を荒らし回り、連合軍が洛陽に入った時点で洛陽は廃墟であった。
董卓は連合軍に追われて洛陽を失ったことを認めたくないが為に長安を都とした。
と言ったモノであり、諸事情から連合に参加していなかった地方領主たちには概ね好意を持って迎え入れられる事になる。
同時に一定以上の情報を持つ者や知識人は、連合が発信した情報に踊らされることはなく、董卓の権勢に衰えがない……どころか、倍以上の軍勢に対して圧倒的な武威を示したことで長安における董卓の権勢が増した事などから「当初の目的である董卓討伐はどうした」と連合に参加した諸侯に対し冷笑を向ける結果となった。
また、この冷笑は董卓の討伐に失敗したことを揶揄するだけではなく、解散したあとの諸侯の動きにも向けられた。
その動きとは連合解散直後に諸侯の中で仲間割れが発生したことであった。
この仲間割れだが、まず連合の発起人であった橋瑁が、参加した諸侯から『連合に参加するきっかけとなった檄文の中にあった勅命は偽造したものである』と言う疑惑を向けられたのだ。
この疑惑はある諸侯がとある筋から入手したものであったが、情報の入手経路はともかくとして勅を偽造したことは事実であったため、橋瑁は反論こそしたものの疑惑を覆すには到らず、連合の大義を嘘で固めた!と糾弾され、処刑されることとなってしまう。
これは元々連合に参加した者たちの大半が名家の関係者であり、それまで勅を偽造してやりたい放題やっていた十常侍に辛酸を舐めさせられた経験から来る怒りが、彼らの行動を後押しした結果でもある。
ましてこの連合に参加した諸侯は、自分たちが皇帝から名指しで逆賊扱いされているのだ。
今までは『董卓が皇帝の勅命を偽っていた』だの『こちらを揺さぶるための策だ』だのと言って己を誤魔化していたのに、味方が勅を偽造していたと言うのだから、彼らの受けた衝撃は計り知れないものであった。
参加した諸侯連中は、袁紹のように『自分は悪くない!董卓が悪い!董卓の味方をする帝も悪い!』などといった特殊な思考回路は持っておらず。大義名分となった勅命を信じ、その勅を受けたと言って連合結成を呼びかけた橋瑁と言う人間に対する信頼があったからこそ、連合に参加したと言う諸侯の方が大多数である。
その信頼を裏切ったことへの憤り、董卓軍との戦で身内を亡くしたことへの恨み、今回かかった軍事費によって圧迫された財政状況への不満、今後の領地運営に対する不安、自身が逆賊とされてしまったことに対する怒り等々、諸侯の中に生まれた様々な負の感情は、橋瑁を殺すことに対する十分な理由であろう。
だが彼を処刑したところで、何が解決するでもなく。諸侯は現状と未来に頭を抱える事になる。
そんな彼らを見て指を指して笑っているのが、連合と無関係な一部の知識人と董卓軍。そして連合に参加せずに独自の動きを見せた結果、一人勝ちした結果となった南郡都督こと孫堅であったと言う。
―――
初平2年(西暦191年)8月
洛陽で解散しながらもそれなりに各自で繋がりを持っていたはずの連合軍は、発起人であった橋瑁が殺された事によって完全にバラバラとなり、連合に参加したせいで逆賊認定されてしまった諸侯は、なんとかその汚名を雪ごうと連合参加者同士で争う姿勢を見せていた。
ようするに『俺は騙されたんです!こいつが悪いんです!』と言って首を差し出して、逆賊認定を解いてもらおうとしているわけだ。
彼らからすれば『自分が実際に洛陽に刃を向けたことは自覚しているので、不当な処分とは言えない。だがなんとかして逆賊の認定は取り消してもらわなければ困る』と言ったところだろうか。
なにせ名家にとってなにより重要なのは、その字が示すように『名』なのだ。それなのに自分の代で正式に逆賊に認定されてしまっては先祖代々守ってきた『名』に泥を塗ることとなってしまう。
なんとかしなければ……と知恵を振り絞り考え、絞り出されてきたのが「俺は悪くねぇ!」と言う、どこぞのお坊ちゃん的な答えなのは名家と言う連中の業なのかもしれない。
今後は連合に参加した者は無条件で逆賊として認定し討伐できるので、戦の大義名分に困ることはないし、なにより『董卓の行いについては判断出来ないが、彼らに味方して逆賊にされたくない』と言う士大夫層が荊州に身を寄せつつあるのが良い。
これで文官がさらに充実するし、武官だって補充出来るだろう。
ついでに言えば襄陽から放逐した劉表も、不運なことに江夏に行く途中で湖賊によって討たれてしまった。
これにより荊州刺史は消えた。つまり南郡都督である自分に挑んでくる名分を持つ者がいなくなったと言うことであり、しばらくは内政に専念できると言うことでもある。
とは言え、世は既に乱世に移りつつある。南陽に戻った袁術は、今回費やした戦費の補充を目論んでいるようで、汝南からはそれほど税を取っていないが、南陽からは搾り取れるだけ絞り取ろうとしている最中なので、襄陽に侵攻する余裕など無い。
そして江夏の黄祖は劉表の息子である劉琦を主君に仰ぐことにしたようだが……残念ながら刺史は世襲制ではない。そもそも今回の連合に参加したことで劉表は刺史の任を解かれ、逆賊認定されていたのだ。
故にその息子を掲げると言う行為は漢王朝に対する反逆行為も同然。
南郡都督である孫堅には江夏に対して何かをする権限はないので、今のところ動くつもりはない。しかし長安から声が掛かったなら即座に動けるように、態勢を整えている最中であった。
孫堅の下に一人の客人が訪れてきたのは、そんな時であった。
――――
「お初にお目にかかりまする~都督様におかれましては~ご健勝のこととお祝い申し上げまするぅ~」
大仰に、滑稽に、情けなく。できるだけ自分を小さな、取るに足らない小者であると思わせるかのように。
孫堅を前にして頭を垂れる男は、この時代の人間にしては珍しく、名誉よりも実益を望む男であった。
……もしも孫堅がこういったタイプの人間を見たことが無かったなら、もし孫堅がこの男の情報を得ていなかったならば、彼を一瞥したあとは自分で相手をせずに息子である孫策や配下にその応対を任せたのかもしれない。
しかし彼は、こういった型の人間が進んだ先に存在する、黒幕の極みとも言うべき存在を知っている。
しかも南郡都督になるにあたり、孫堅は『目の前の男を警戒するように』と警告も受けている。
故に目の前の老人(50代中盤~後半)を前にして警戒を緩める事など有り得ない。
「うむ。私としても噂に名高き交阯太守である士燮殿とお会いできて嬉しい限りだ」
「いやいやいや、某など都督様に比べればたいした事などございませぬ~」
そう謙遜しながらも、自身のことを軽く見る様子がない孫堅に、士燮は内心で舌打ちをしていた。
「現在の交州刺史である朱符殿は某も世話になった朱儁将軍の御子息だ。何か問題があるならば手助けせねばならんと思っておったところでな」
「さ、左様でございましたか~」
その朱符が現在、交州に住む人間にとっては問題どころではないことをやらかしているわけだが、孫堅が朱符を諌めるどころか、その味方をすると宣言したことで、士燮の目論見は大幅な修正を余儀なくされた。
決して頭を上げず、孫堅に顔を見せぬまま心の中で再度舌打ちをする士燮に対し、孫堅はその心底を見透かすように言葉を続ける。
「うむ。元々は苛政を敷いている朱符殿を諌めて欲しいと言うのが貴殿の狙いだと思うが……残念ながら我々にとっても彼が交州で苛政を敷いてくれるのは都合が良いことなのでな」
「そ、そんな!」
今まで決して顔を見せようとしなかった士燮も、この言葉には黙っていられずに思わずガバッと顔を上げ、孫堅と目を合わせた。合わせてしまった。
そしてその視線から孫堅が自分を一切軽んじておらず、むしろ警戒していることを理解した士燮は、慌てて頭を下げてその視線から逃れようとしたのだが、その行動は遅かったと言わざるを得ない。
「士燮。貴様が裏で交州に住まう越族を支援し、奴らに問題を起こさせることで朱符殿を焦らせた結果が今の苛政なのだと言うことくらいは知っているのだぞ」
「い、いえ、そのような……」
「もっと言えば、朱符殿に『彼らが歯向かう余裕が無くなるくらいに絞るように』と助言したのも貴様だったな?……つまり貴様は朱符殿を合法的に排除する為に、彼が地元の民に殺されたと言う状況を作ろうとしているわけだ」
「…………」
それなのに孫堅の下に苛政をしている朱符を止めろと頼みに来るのはどういうことか?
何のことはない。士燮は『自分は潔白です』と言うアリバイを作る為に孫堅を利用しにきたのだ。
「近いうちに朱符殿は貴様が支援した交州の民によって殺される。そうなったら貴様がなし崩し的に交州を得るのだろう?」
「…………」
今の中原には戦乱の気配が渦巻いているとは言え、好き好んで交州へ赴きたいと思う人間は居ないし、さらに言えば、前任者が地元の蛮族に殺されているのだ。そんな安全かどうかも不確かなところに赴任したいと望む役人が居るはずがない。
故に後任は地元でそれなりに権力のある人間がなる可能性が高い。それが目の前に居る士燮だ。
「私としては交州が安定せず、越の者たちが朱符殿に対して憎しみを向けてくれれば、零陵あたりの治安も良くなると思っているのでな」
言外に『お前が零陵の賊にも援助しているのだろう?』と言われてしまい、士燮は完全に動きを封じられてしまう。
「我々としては中央や交州が混乱しているうちに、零陵の蛮賊共を滅ぼして足元を固める予定だ。それまでは朱符殿には生きてもらわねば困るのだよ」
「くっ……(完全に目論見が外れた!こやつはただの血に飢えた虎ではない!しかしどこからこれだけの情報を?!)」
洛陽の澱みを知り権謀術数に長けた士燮も、洛陽が最も荒れた時期には安全な交州に逃れていたので、孫堅に影響を与えたどこぞの腹黒の情報を持っていないのが災いした形となった。
どれだけ優秀でも、知らないモノには対処出来ない。これは常識以前の話だ。
「故に交阯太守士燮。貴様には賊に加担し交州の乗っ取りを企んだ罪で、捕縛・もしくは処刑命令が出ている。これがその手配書だ」
「なっ!「無駄な抵抗はするな」く、くそっ!」
手配書を見せると同時に、逃げ出そうとする士燮だったが、謁見の間に詰めていた兵に取り押さえられてしまう。
「いやはや、劉表は湖賊に襲われて勝手に死ぬし、襄陽や樊城のゴタゴタが片付いたと思ったら、零陵の統治の邪魔をしてくれた賊の首魁がこうして来てくれるとは。怖いほど順調だな」
「……わ、ワシを殺せば交州は纏まらんぞ!」
自分が裏で糸を引いていたのは事実だが、朱符が苛政を敷いていて、地元の民が彼を恨んでいるのも事実なのだ。もしもここで自分を殺せば、かろうじて保たれていた均衡が崩れる事になると主張する士燮に対し、孫堅は冷たい目を向ける。
もしもここで士燮を生かすことを選択したなら、零陵への介入を防ぐことも可能かも知れない。水面下で越族と結ぶことで統治は間違いなく楽になるだろう。
しかし……
「私の話を聞いていなかったのか?我らにとって交州は混乱してくれた方が良いのだ」
「ぐっ!」
孫堅にとって士燮は腹に何を仕込んでいるかもわからない老獪な人間であり、正式に『捕縛して殺せ』と言う命令が出ている逆賊だ。そんな人間を生かすだけでなく後ろを任せる?有り得ない。
彼が死んだ後で交州が混乱すると言うなら、その混乱した地を武力で平定するだけの話だ。朱儁の子の仇討ちと言う名分も手に入ると考えれば、介入するのも簡単だ。
つまりあらゆる意味で士燮は殺すべき存在であった。
「そこの逆賊を殺せ。遺体は焼いて……いや、首は塩漬けにして長安へ送るので、それなりに綺麗にしておけ」
「「「「はっ!」」」」
「お、お待ちを!わしが生きていればきっと孫堅様のお役に……!」
「聞く耳持たん」
役に立つどころか、間違いなく厄を齎す存在にしかならんわっ!
どこぞの腹黒から目を付けられるくらいなら、交州で戦をした方がマシだと考えている孫堅は、刑場へ運ばれる老人に一瞥も向けることなく『誰を長安への使者とするか。そろそろ策も、いやここは……』などと長安へ送る人選を考え出したと言う。
史実において90歳まで生き、生きている間は孫権も交州に手が出せなかったと言われたほどの辣腕を振るい、後世において越王とまで呼ばれるに至った士燮は、その名を歴史に刻むことなく逆賊として首を刎ねられることとなった。
享年54歳。歴史書では、ただ交阯太守とだけ記載が残っている。
彼の死後。交州では彼の弟や息子たちが割拠してその後継者の地位を争うこととなり、それが孫堅にとって付け入る隙となるのだが、それもまた先の話。
漢全土を巻き込む戦乱の嵐は、交州にも吹き荒れようとしていた。
ここでまさかの士燮=サンが退場。彼が色々やっていたと言うのは、当然独自設定ですよ?まぁ限りなく黒に近いグレーですけど。
そんな彼の情報を孫堅に与えたのは一体何者なんだ……(謎)
彼は南郡都督なので、江夏郡と南陽郡に手を出しても統治する名目がありませんので、今のところは放置でございます。
もしも荊州刺史とか州牧になったら動くかも。
そして交州はねぇ……孫堅も後ろを固めると言う意味では士燮=サンは邪魔ですので、しっかりと処します。