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30話。反董卓連合⑨

南陽方面の様子

初平元年(西暦190年)10月。南陽方面。


「ウォォォォォォォォ!!」


戦の多い生涯を歩んできた。


「げぇ!呂布?!」


自分には他人の生活と言うのが見当がつかない。


「オマエラノセイデェェェェェェ!」


自分は并州の田舎に生まれたものだから、洛陽を初めて見たのはつい最近のことだった。


「りょ、呂布だー!」

「呂布が出たぞー!」


自分は子供のころから健康で、病で寝込むことなども無く、村を襲って来る賊を狩りながら、つくづく詰まらない連中だと思い、アイツらが案外強敵だと言われる存在だったと20歳近くになってわかって、他者の弱さに暗然とし、悲しい思いをしたものだ。


「オマエラサエイナケレバァァァ!!」


人間は飯を食べなければ死ぬ。故に飯を食うために働いて、飯を食べなければならぬ。と言う言葉は良く理解出来たし、自分にとっての仕事は賊を殺すことであり。そして殺した賊が持っていたモノを売り払い、食料に変えることだった。


「な、何を言ってやがる!貴様に殺された我が友、李豊の仇を討たせて貰う……「リ?リィィィィィ!ァァァァ!!」……ゾブシッ?!」


自分は隣人とほとんど話が出来ない。力に差が有り過ぎて、十の内の一つでもぶつけてしまえば、それが隣人の命取りになると思ったことも有る。


「オォォォォォォォ!!!」


そこで考え、行き着いたのが武人になることだった。故に賊に負けないように武を鍛えた。商人に騙されないようにするために読み書き算術を覚えた。


「楽就将軍ッ?!糞ったれがぁ!誰かヤツを抑えろぉぉぉ!」


そのおかげで養父だった丁原に目をかけられた。今では妻も娘も居る。自分は幸せだっただろう。他人との交流は無くとも、幸福の観念とが、まるで食いちがっているような不安もなく日々を送っていた。


……洛陽に着くまでは。


「キサマラガァァァァァ!!」


何という失敗。自分は己の失敗で養父を失った。養父は笑っていたが、何故笑えたのかわからない。いっそ(ののし)ってくれれば良かった。


あの時の養父の顔は今でも夢に見る。


「「うわぁぁぁぁぁ」」


いや、今では満足に眠ることも出来ない。そして何とか睡眠がとれた時、己の夢の中に現れるのは、数字と文字と数字と文字と数字と文字と数字と文字と数字と数字と数字と数字と数字と文字と数字と数字と数字と数字と数字と文字と数字と数字と数字と数字と……………


「ラァァァァァァァ!!」


すべての元凶は、目の前に居る連中が連合を組んで都に攻め寄せようとしたからだ。


「ひ、退けー!」


自分が、大将軍府の人間が阿鼻叫喚の地獄に叩き込まれたのは、すべてコイツ等が原因だ!


「籠城だ!城壁で防げ!!」


今更逃げられると思うな!


「ニィガァァサァァァァンッッ!」


「「う、うわぁぁぁぁぁ!!」」


人間・脱却。


「ヴォォォォォォォォォォッ~!!!」


まるで地獄から抜け出そうとするかのように一心不乱に敵軍に切り込み、大軍に囲まれるのもモノともせず一方的に蹂躙する様を見て、南陽の戦場に居た者達は敵味方を問わず彼を指し『人外の呂布』と称することになる。



――――




荊州・南陽。


「えぇい!あの化物を止める者はおらんのかぁ!」


「「「「…………」」」」


南陽方面の連合軍を率いる形となっている袁術は軍議の場で、呂布一人に一方的にやられている自軍に対して檄を飛ばす。しかしここで「自分が!」と名乗りを挙げる者は居ない。


実際問題どれだけ武に自信が有っても、それは所詮人間としての強さだ。あのナニカを超越した呂布を止められる自信が有る者など居ない。


その上で厄介なのが呂布が単騎で突撃してきているわけでは無いと言うことだ。


一見好き勝手に暴走しているように見えるのだが、それだけなら囲むなり罠を張るなりすれば何とかなるかもしれない。しかし彼の動きに併せて兵を縦横無尽に操る将の存在がソレを阻んでいる。


呂布一人で殺せるのはどんなに頑張っても数百人が限界(一度の戦闘で数百人を殺すだけでも凄まじいの一言)だが、呂布に怯えたこちらの兵を蹂躙する向こうの騎兵の存在が南陽の連合軍に大打撃を与えている要因だった。


その為、本来袁術が対処すべきは呂布ではなく、彼の暴走を上手く利用している牛輔なのだ。


だが、あまりにも呂布が目立ち過ぎている為、袁術の配下たちは兵卒に至るまで呂布に目を向けてしまうのは仕方のないことかもしれない。


深紅の呂旗が見えれば兵士が逃げる。

逃げたところを蹂躙される。

逃げないように督戦する為に将が前に出れば問答無用で殺される。

そしてそれを見た兵士が更に怯えて逃げる。

この悪循環を抜け出す為には呂布を討たねばならないと錯覚する。

その為の準備をしても注意が散漫になったところを突かれて蹂躙される。


誰がどうみても、今の南陽軍には勝利の目が全くないと言う結論に至るだろう。


……だからこそ彼らは今の状況の脱却を図る為に、ここには無い要素を造り出そうとした。


「……孫堅を呼び出しましょう」


「何?!日和ったか張勲ッ!」


呂布を止める為の策を献策するどころか「今のままでは勝てない」と認めるような発言をする張勲にいら立ちの籠った眼差しを向ける袁術だが、いつ「お前が行け」と言われるか分からない張勲にしてみたら、多少の不興くらいなら安いモノである。


それに袁術からの評価は落としたが、他の将からは


「あ、アイツ、言いやがったぞ!」

「あぁ、誰もが言いたくても言えないことを!」

「いとも簡単に!!」

「「「凄ぇな!!」」」


等々と言った感じで、称賛を受けていたのだから、差し引きはプラスと言っても良いかも知れない。


「……孫堅なら勝てるか?」


そして袁術としても、名乗りも挙げなければ打開策も出さない連中よりは、意見を出すだけマシと思いなおすだけの冷静さはあったようで、張勲から献策された『孫堅を召喚する』と言う意見を真剣に考慮し始める。


「あの呂布に勝つことは出来ないでしょう。しかし足止めくらいなら出来る筈です。その間に周囲の連中を片付けることが出来ればあるいは……」


「むぅ……」


呂布の人外っぷりを知った張勲も、孫堅が呂布に勝つと言う展望は全く見えていない。しかし彼は袁術に仕える将帥の中では優秀な部類に入る為に、敵は呂布だけでは無いことを理解している。


よって張勲が選んだのは『呂布に勝てないなら、呂布以外に勝つ』こと。その為に孫堅に呂布を抑えて貰おうと言う策を立案した。


勝てる敵に勝つ。これも正しき兵法と言えよう。


ただ問題は張勲も呂布の強さに目が行ってしまい、牛輔が率いる兵の強さを見誤っていたことだ。


「良かろう。孫堅を呼べぃ!」


「はっ!」


呂布さえ居なければ勝てる。この程度の見識しか持たない人間の献策を受け入れねばならないほど、今の袁術は追い詰められていた。



―――


同時刻、潁川。


そんな袁術の思惑など何のその。


潁川(えいせん)に陣取っていた豫洲(よしゅう)刺史・孔伷(こうちゅう)を鎧袖一触で蹴散らし、彼が拠点としていた陣地をそのまま自軍の本拠地として流用していた牛輔らは、あまりの戦果に頭を抱えていた。


「……呂布よ、やりすぎだ」


「も、申し訳ござらん!」


董卓の養子となった呂布から見れば、董卓の娘婿である牛輔は義理の兄である。更に自身が新参者で有ることを理解しているので、彼に対してはどうしても腰が低くなるのだが、今回はそれだけではない。


「呂布殿……あれほど『殺り過ぎてはいけない』と念を押したではないですか!」


普段は大人しい張遼も、呂布の暴走には文句を付けねば気が済まなかった。


「す、すまぬ!」


同じ并州出身で、後輩の張遼に対しても迷わず頭を下げる呂布。彼は己のやらかした事を重々承知していた。


「戦場で手を抜けとは言えんし、俺も隙を見つけたら放置など出来ん。故にこの結果は仕方ない。仕方ないのだが……」


「……」


頭を抱えながら呟く牛輔と、そんな彼を見てその大きな体を縮こませるかのような態度を取る呂布。その二人と共に頭を抱える張遼。


沈鬱な空気が流れる本陣内に、一般の兵士や伝令は「戦に勝ったのに何を反省しているのだろう?」と首を傾げる。


しかし彼らにとって、この戦果は冗談では済まないのだ。


『勝ち過ぎた』


今の状況を言葉で表すならこの一言に集約されるだろう。


元々牛輔らの狙いは南陽方面の連合軍を滅ぼすことでは無く、洛陽から離れた地域で膠着状態を生じさせることである。


その為、敵が南陽に籠って動かないと言うのならば、それに越したことは無い。だが、戦略的には最良の結果と言えることが、現場の将帥にとって最良とは限らない。


「もしこのまま袁術が南陽から出て来なければ、まずいことになるぞ」

「……」

「えぇ、容易ならざることです」


牛輔・呂布・張遼が頭を抱え、何かに怯えるような仕草を見せていた。


歴戦の武人が揃って怯える事態とは何か?




同僚から嫉妬を受ける? 

無い。


董卓に警戒される?

無い。


敵方に孫堅などを呼び出される?

どうでも良い。


彼らが怯える事、それは……




『相手が出てこないなら洛陽に戻って自分たちの仕事を手伝え』




と命じられることだった。


当然のことながら洛陽であの書類地獄を経験したのは呂布だけではない。牛輔も、張遼もしっかりと地獄を体験してきた。


なにせ董卓軍(大将軍府)に所属する者は、少しでも読み書き算術が出来るならば強制的に駆り出され、不眠不休と言っても良い勢いで(睡眠を取らなければ作業効率が落ちるので、しっかり睡眠は取らされる)書類仕事をさせられたのだ。


無論、牛輔も張遼も、もちろん呂布も。それこそ将帥と言われる立場の者ならば、全員が書類仕事の重要性は理解している。


食糧が無ければ兵士は戦えないし、馬を養うにも飼葉や水・塩が必要だ。そもそも兵士は給金や食糧の為に兵役に就いているのだ。翻って見れば、今回の戦は侵略戦ではなく防衛戦であり、相手の領地から略奪すると言うことが出来ない。


その為、補給と言う概念の重要性は増し、円滑な補給を行う為には書類仕事が必要になることも分かる。


だがその仕事をしたいかどうかは全くの別問題である。


「(もし呼び出しを受けたら)どうする?」


袁術らが聞いたら「舐めるな!」と激昂しそうな話題だが、一度地獄を経験した彼らから言わせれば、袁術などよりも己の前に積み重ねられていく書簡の方がよっぽど怖い。


その為、議題はどうしてもその地獄(書類仕事)を回避する為にはどうするか?と言うモノに偏ってしまう。


「……呂布殿。お世話になりました」


「おいィ?!」


張遼から以前洛陽で向けられたような『妙に綺麗な顔』をされた呂布は、自分が人身御供として地獄に送られることを理解する。


確かに自分の所為で連中が崩れてしまったのは事実だ。だが自分が空けた穴を広げて敵に多大な犠牲を強いたのは、ここに居る二人が指揮する軍勢ではないか!それなのに自分だけ地獄に送られる?認めん!絶対に自分一人では逝かんぞ!


と何とか彼らを道連れにしようとしたところで、呂布は一つの希望を思い出した。


「そ、そうだ!曹操はどうなった!奴を捕らえて働かせるのだろう?!ヤツさえ居れば!」


書類仕事の鬼である荀攸を以てして『彼の書類処理能力は呂布10人を合わせたモノを超える』と言わしめた男さえいれば、自分は道連れどころか地獄に落ちる必要もなくなる!と言わんばかりに顔を輝かせる呂布だったが、現実はそこまで甘くはない。


「……徐栄はヤツを捕える事に失敗したそうだ」


牛輔とて、曹操と言う生贄を忘れたわけでは無い。


と言うか現在、董卓軍にとって曹操と言う漢は『何としても捕えて洛陽で働かせねばならない漢』として周知されており、最も敵兵の多い河内を担当する華雄でさえ、袁紹軍と戦っている際に曹操の代理として河内にいる曹洪の旗を見たとき、思わず「何としても捕えろ!」と命じたくらいの人気者だ。


「……もし洛陽に呼ばれたら、途中で曹操を捕らえに行っても良いだろうか?」


「無論、認めよう。大将(董卓)には俺から言っておく」


「頼みましたぞ!どうか、どうか曹操をッ!」


「呼ばれたらだからなッ!!」


もうすでに自分が地獄(洛陽)に行くことが決定したかのような態度を取る張遼に対し、呂布はしっかりと釘を刺す。



こうして何とか孫堅が来るまで時間を稼ごうとする袁術と、何とかして洛陽から連絡が来ないように戦力が拮抗していると見せかけたい牛輔らの思惑が奇跡的に噛み合った結果、南陽方面は完全に膠着状態となったと言う。



――――



同時刻


「曹操殿、消耗した兵を集める為に一度酸棗(ここ)から離れてはいかがでしょうか?」


「うむ。徐栄の狙いが分からん以上、一度距離を置くことも必要かもしれんな」


ある意味では敵の勢いに恐れをなしたとも言えるが、君子とは危うきには近寄らぬモノだ。己が仕える主君を危機から遠ざけ続ける陳宮と言う漢は、まさしく軍師の鑑と言える漢であろう。


一体何処までがパクリでどこまでがオマージュなのか……

呂布、大活躍の巻。


逢蒙殺羿。ゲイを殺すのはモーホーですが、牛止飛将。呂布を止めたのは敵ではなく牛輔でした。


陳宮マジ優秀。そして孫堅はどうなる?!ってお話。



―――


独断と偏見に塗れた人物紹介。


袁術軍:楽就・李豊・梁綱・劉勲・陳蘭などの袁術四天王を擁する超精鋭部隊。四天王のメンバーについての異論は認める。この他に雷薄・紀霊・橋蕤きょうずい・張勲と言った連中も居る。何という層の厚さよ。さすが袁家。格が違った。


拙作ではこのうち、楽就と李豊が呂布に討ち取られた模様。さすりょふ。





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