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27話。反董卓連合⑥

下準備について。

これは洛陽で阿鼻叫喚地獄が顕現する少し前のこと。


初平元年(190年)6月。弘農


「た、大変です!大変ですよ司馬懿様!」


「ほほー。その様子だと徐庶も聞いたのですかー?うーむ。確かに大事ですねー。まさか連中がこれほどの規模になるとは思っていませんでしたー」


どこかをチラチラ見ながら、慌てた様子で司馬懿に話しかける徐庶(15歳)と、ある一点を注視しながら微動だにせず、ただひたすら「大変だー」と宣う司馬懿(11歳)の二人組は、宮城の馬場で大きな声を上げながら噂話をしていた。


(……あれ、朕に話を聞いて欲しいんだろうなぁ)


この時間は劉弁(14歳)が馬場で日課の運動をする時間なので、()()あの二人がこの時間にあの場所で騒いでいるという可能性は皆無であると言うことはわかっている。


さらに劉弁は(水銀)のために己の思考を言葉として表現することは難しいが、思考自体は明瞭だし、その明晰さは周囲が決めつけたような愚鈍なモノではない。


故に劉弁は『彼らが自分に何かを伝えようとしている』と言うこともすぐに察していた。


問題はその内容なのだが……徐庶が本気で焦っているように見えるのに対して、司馬懿の方は言葉の内容と抑揚と表情と態度が全然噛み合っていないので、本当に大変なのか演技なのかがさっぱりわからない。


本来はこのような態度は『不敬極まりないこと』として処罰の対象となるのだが、父である霊帝の御代ですら女官や宦官はわざとらしい噂話で帝の気を引こうとしていたと言う実績があるので、当の本人が叱責しない以上は周囲の護衛も文句を言えず、ただただ苦笑いを浮かべて見守るだけであった。


ちなみに太傅(帝の師)であり光禄勲(警備隊長)でもある腹黒外道は、劉弁の療養に随行する側仕えを選出する際に、経験豊富な老臣や性的な面倒も見る女官ではなく、歳の近い徐庶と司馬懿を推挙してその側に就けていた。


これは、療養中の劉弁が大人たちに囲まれて蔑みや同情混じりの目を向けられたりすることを防ぐと同時に「喪中に配下と接触するなんてとんでもない!」と騒ぐ小煩い自称忠臣や「奴が接触して良いなら自分も!」と言って接触しようとする連中を牽制すると言う意味が含められている。


なにせ彼らは15歳と11歳の子供だ。普通の大人なら彼らと本気で張り合おうとするだけで恥となる。(本気で張り合っても負けて更なる恥を晒すことになると言うおまけ付き)


こういった背景事情がある上に、二人はこの(よわい)にして既に正式な議郎職の任官を受けているのだ。そのため彼らは帝の側に侍ることに何の問題も無いと言う事実(・・)もあり、今や二人の少年は帝の側仕え兼学友として周囲に認知されていた。



元服前の子供や元服したばかりの息子を帝の側で働かせることに対する保護者の意見?


司馬防:「そうか。良く尽くせ」(無表情)

教育ママ:「アバババババババ」(白目)



こんな感じであったと言う。


そして彼らを付けられた劉弁も、後宮で宦官らに囲まれるよりも、徐庶や司馬懿と接している方が楽しいし、弘農に来てからと言うもの、自身の中にある悪いナニカが抜けて行くような実感もしていた。


その為、劉弁は一部で腹黒外道と呼ばれ、場所によっては話題に出すことさえ忌避されている伝説の妖怪のような男に全面的な信頼を寄せていた。


そして彼の弟子である二人に関しても、彼らが純粋に自分に忠義を誓ってくれているのはわかっているので不快感は無い。(司馬懿は微妙にわからないが、少なくとも敵意や下心は感じない)


更に歳の近い男性との接触など今までしたことが無かった劉弁にとって、彼らと交わす何気無い会話ですら刺激となっており、結果として洛陽に居た頃に比べて何倍も健康的で刺激的な毎日を送っていることに充実感を得ていた。


このような感じなので、劉弁には徐庶と司馬懿の態度を咎めるつもりは無い。


「しばいー。らくようでなにかあったのー?」


と言うか、今の彼は二人の態度よりも、二人が自分に伝えようとしている話の内容に興味が向いていた。



ーーーー



「おお、これは陛下!誠にご無礼を……」


「いやー、そーゆーのいいからー」


劉弁からの問いかけを受けた司馬懿は、さも「今気付きました!」と言わんばかりに驚いた振りをした上で、その場に膝をつこうとするが、礼を受けるべき存在である劉弁がそれを止めた。


彼には「わざとらしく驚いた振りとか、身を投げ出して万歳とか、泣いた振りは宮城の謁見の間だけで十分だ」と言う気持ちがあった。


今まで大人たちに内心で見下されてきたことを感じ取っていた劉弁にとって、上記の態度は自身を馬鹿にしているようにしか思えないし、何かある度に一々このようなことをしていては話が一向に進まない。


時には権威付けとして必要な場があることも理解しているが、それ以外の場では司馬懿らにそのような態度をとって欲しく無いのだ。


ちなみに直前まで司馬懿と会話をしていた徐庶は、劉弁が近付いて来た時点で身を固くし、彼が「しば」と口に出したときには既に身を投げ出した上での万歳姿勢へと移行していたりする。


この全身全霊で自分に畏敬の念を送ってくる少年に関しては、嫌味も何も感じないので劉弁も不快にはならないし、下手に注意をすると焦って『責任を……』とか言い出すので、早く慣れて欲しいなぁと思いながら苦笑いをするに留めていた。


そんな儒教的忠臣の態度はさておくとして、話は彼らが大問題だと言っている事案である。


「御意。それでは誠に恐縮ではございますが、お言葉に甘えさせていただきます」


「うん。そーして。あー、じょしょもらくにしていーからねー」


「は、ははっ!」


「それで?どーしたの?」


自分を前にしても、まったくもって恐縮しているように見えない司馬懿と、未だにカチコチな徐庶のコンビはいつ見ても飽きない。


しかしいくら親しげに会話をしたいと思っても、劉弁には帝としての立場が有る。


そのため自分から話を振らなければまともな会話にならないことを理解している彼は、司馬懿が話をしやすいように水を向けると言う気遣いを見せた。


そうして話の先を促された司馬懿は、帝の配慮に恐縮……せずに「その言葉を聞きたかった」と言わんばかりに頷き「ここだけの話ですが……」と今更ながらに声を潜め、会話の進行を優先する。


帝の意を理解して最短距離を征く司馬懿が豪胆なのか、それを認める劉弁が寛大なのかは意見が別れるところだろう。


それはともかくとして。大事件についてである。


「実は逆賊どもの最新情報がもたらされまして」


「えんしょーたちか……」


「はっ」


劉弁の中では既に逆賊=袁紹となっているが、これはどこぞの腹黒外道による洗脳でも何でもなく、彼らの行いに対する正当な評価であった。


何せ袁紹と言う男は、武装して宮中を侵犯したと言う大罪を犯しておきながら、その罰を受けるどころか親族を見捨てて逃げ出したクズなのだ。


儒教的常識では、子(一族)が親(家長)の為に死ぬことは有っても、己の罪で家長を殺すなど有り得ない。さらにそのせいで混乱が生じた家を乗っ取ろうとするなど、もはや正気の沙汰ではない。


地方の連中は袁紹の行いの結果(十常侍ら宦官の殲滅)だけを見て彼の行いを『義挙』などと言っているようだが、皇族からすれば袁紹はただの逆賊だ。


そして少なくとも現時点で袁紹に味方した人間は、自分たちが逆賊に与したと認めたくは無いはずなので、たとえ董卓が事実を公表しても「捏造だ!」と言い張るだろうし、劉弁や劉協が何を言っても「脅されて言わされているのだ!」と言って、何がなんでも事実を認めるつもりは無いと思われる。


当初は劉弁も「素直に頭を垂れて謝罪すれば袁紹以外は恩赦も考えてやるのに」と大幅な譲歩も考慮していたのだが、連中は自身が信任した董卓に対し嫉妬しただけでなく『幼い皇帝(自分)を傀儡にしている』と決めつけて徒党を組んで反発した上、挙げ句には連合を組み上げ洛陽(自分)へ矛を向けたのだ。


一体どれだけ自分の顔に泥を塗りたくれば気が済むのか……これ以上無いくらいに面目を潰され切った今の彼には、もはや連中を容赦するつもりなど微塵もなかった。


「それで?」


許されざる逆賊の話題となったことで、劉弁から朗らかな空気は消え、代わりに純粋な子供のみが持つ高純度の殺意が生じる。


この殺意を出すのがただの子供ならば良い。しかし皇帝と言う絶対君主がコレを宿したとき、そこに生まれるのは殺戮の嵐だ。


そのことを知る徐庶は顔を青ざめさせてガタガタと震えるが、司馬懿は「それがどうした」と言わんばかりに話を進めていく。


「はっ。どうやら連中は20万もの大軍を集め、大将軍が守る洛陽を圧迫しているようなのです」


「にじゅうまん?!」


「はっ。対する大将軍の兵はおよそ10万とのこと」


「むこうはこっちのばいもいるのか……」


そこまで自分を殺したいか!そこまで屠殺業者の血が憎いか!


後宮で自分や母が見下されていた理由はその出自にある。そう腹黒から教えられていた劉弁は、この瞬間に元々あった名家と言う連中に対する隔意をさらに深めることとなった。


王允たちは『国を運営する人材が居なくなる』と言って彼らの恩赦を求めていたが、腹黒に言わせれば「それは帝を侮辱しても良い理由にはならない」と言ったところだろうか。


こうして劉弁が明確な殺意を抱いたことにより、名家抹殺の大義名分はより堅固なモノになった。


だが、どこぞの腹黒外道が求めているのは名家の命などではない。


「そうです。さらに連中は、袁紹が河内。袁術が南陽。橋瑁や鮑信らが酸棗さんそうに展開しているようです」


「……かこまれてる」


倍の数に驚く劉弁を尻目に、司馬懿は黙々と地面に洛陽を中心とした簡易な絵図面を描きながら、連合軍の配置を伝えていく。


その簡単な配置図を見た劉弁は、呻くような声を出すことしか出来なかった。


「えぇ。完全に洛陽は包囲されてしまっております。これでは大将軍がいくら頑張っても、洛陽の陥落は免れません」


「う~ん」


軍略には疎いが教養として碁を嗜んでいるので、倍の兵力に包囲されてしまった時点で敗北は必至であることくらいはわかる。


……現時点で兵の練度や士気、それを扱う将帥の指揮能力などに目がいかないことを『経験不足』と言うのはさすがに酷な話だ。


だからと言って腹黒は相手が経験不足だからと容赦などしない。むしろ彼は『敵の弱点は拡げて突くモノ』と言う持論を持つ外道である。


そんな彼を師と仰ぐ11歳児もまた、策士としてやるべきことを見失うような真似はしない。


「しかし、兵法に於いて『攻め手は守備側の三倍の兵を必要とする』とありますので、現状ではすぐに洛陽が落ちると言うことは無いでしょう」


「そ、そうなの?」


「はっ。あくまで『すぐに落城しない』と言うだけですが」


「そうなのか……」


実際の戦を知らない劉弁には、与えられた情報に対して反論する(すべ)は無い。だからこそ信頼している司馬懿が言うことは疑わずに受け入れてしまう。


もちろん己の常識と真逆のことを言われたら疑問を抱くだろうが、20万と言う大軍の存在が司馬懿の言葉を補強しているのだろう。


周囲で話を聞いている護衛も、顔色を悪くするだけで反論して来ないのも、疑いを抱かない要因の一つである。


「このままでは陛下に忠義を誓う方々が逆賊に討たれ、洛陽が逆賊の手に落ちてしまいます。そうなれば洛陽の財が全て連中の手に渡ってしまうことになりますし、陛下の威信に傷が着きます。さらには……」


「さらには……」


『喪に服すために不在にしているとはいえ、都を逆賊に奪われたなら帝の威信は地に落ちる』


言外にそう言われ顔色を変える劉弁だが、司馬懿はそれすら最悪ではないと言うような含みを持たせてきた。


今の段階ですら許容出来ないと言うのに、これ以上何があるのか?『聞きたく無いが聞かなければならない』と、声を震わせながら確認した劉弁に対し、外道の弟子は配慮も容赦もせず、ある意味真摯に己の予想を伝える。


「……連中は歴代陛下の陵墓を荒らし、納められている財を奪い尽くすでしょう」


「そ、そんな?!」


この場合「そんな」の後に続くのが「恐れ多いことを?!」なのか「馬鹿な?!」なのかは窺い知れないが、どちらにせよそのような事を認めるわけにはいかなかった。


これは、劉弁が漢と言う国に生きる人間の一人として認められないと言うのもあるのだが、それ以上に皇家の総領として、断じて認めてはいけないことである。


少し考えればわかることだが、歴代皇帝云々は別にしても『これからお前の家の墓を荒らして中の物を持っていくぞ』と言われて『どうぞどうぞ』と言う人間など居ないだろう。


家とは先祖が積み重ねてきた歴史そのものであり、家長はそれを守り後世に伝えるのが一番の仕事なのだ。


それらを考慮すれば『大軍に都を荒らされた上に墓まで荒らされる』と言うのは、泣きっ面に蜂どころの騒ぎではない。


そして、そこまでしないだろう?と言う甘い考えを抱くことは、目の前の少年が許さなかった。


「お忘れですか陛下?連中は陛下のおわす宮中を武装して侵犯し、先帝陛下に仕えていた宦官の皆様を殺し回った挙げ句に、宮中の財を奪い女官を拐かした畜生どもですぞ?」


つまりは、生きている劉弁にすら刃を向ける連中が、死んだ歴代に配慮をすると思うか?と言うことだ。


「あ~う~」


真っ正面から禁忌を伝えられた劉弁は、あまりの衝撃で言葉が出せなくなるが、その可能性を否定することは出来なかった。なにせ自分はそこから逃げ出した当事者なのだ。


故に『連中がやったことを考えれば、墓荒らしと言う外道行為を行う可能性は少なくない』と言う司馬懿の言葉には、とてつもない説得力があった。



上げて落とす。交渉の基本である。



そして「まだ大丈夫だよ」と言う希望的観測で持ち上げられてから「……後で先祖の墓を荒らされるけどね」と言う現実を突きつけられて、劉弁は元の位置より低い場所に突き落とされた。


そんな彼には出来ることは決して多くない。そして少ない選択肢の中で一番良いと思い、即座に実行したのが……


「ど、どうしたらいいの?」


問題を提起した少年に対処を聞くことだった。


溺れる者は藁にもすがる。しかし、彼の目の前に在るモノは、藁などと言う、浮くか沈むかわからないようなあやふやなモノではない。


「現状では私ごとき未熟者にどうこう言えることはありません」


「そ、そんな……」


頼れる知恵者である司馬懿(11歳)から匙を投げられた形となった劉弁はその表情を絶望に染めるも、ここで話を終わらせてはわざわざ司馬懿がここにいて、劉弁と会話をしている意味がない。


「しかし、恐らく師なら何か策を出せるやもしれません」


「あっ!」


幼くして俊英の名をほしいままにする司馬懿が師と仰ぐ人間は只一人。


弘農に移ってからは『喪に服している』と言う名目もあってあまり接触しないようにしていたが、今は緊急時だ。


「故に陛下は早急に師を呼び出して策を上奏させるべきかと。まずはそれを聞いてから判断なされては如何でしょう?」


「そ、そうか。そうだよね!かれならなにかさくがあるはず!」


ここであえて「あぁしろ」とか「こうしろ」とは言わず、選択肢を与えて相手に選ばせる。(ように見せかける)


これもまた交渉の基本である。





上げて、落として、選ばせる。……腹黒外道の弟子は、すでに師の教えを体現できる逸材であった。











段取り八分って言いますからねぇ。


リハビリついでに適度な運動をするのも健康の秘訣でございます。


なんでも自分でやるんじゃなく、しっかりと弟子に仕事を与えて活躍の場を与えるとともに、しっかりと物事を経験させる腹黒=サンは上司の鑑ですね!ってお話。



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