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21話。執金吾のお仕事

いつもながら作者の妄想と言う名の考察あり。

耐えられる方のみ閲覧お願いします。

初平元年(西暦190年)二月下旬。洛陽。



「ふはははははははは!壊せ!犯せ!奪え!殺せ!焼き尽くせ!」


「「「「ひゃっはー!」」」」


偉丈夫が挙げる声に呼応して、兵士たちが建物に群がっていく。


「何だいきなり!ここを誰の家だと…「五月蝿せぇ!」…ぐわぁぁぁ!」


「「き、きゃーーーー!」」

「「「う、うわぁぁ!!」」


建物は破壊され、家の中にいる女は拐われ、家にあった財は奪われ、抵抗する者は切り殺され、全てが終わったら火をかける。さらにこの日燃やされた家は一つだけではなく、二つあった。


偶然粛清対象の家が並んでいたため、隣同士に連なる邸宅が揃って燃え上がっているのだ。


……洛陽では今日も名家の粛清が行われていた。しかし最近のそれは今までの粛清とは大きく異なっていたと言う。


今まで粛清を担当していたのは大将軍府から派遣された連中である。彼らは粛々と対象を殺し、女を拐い、特に何も言わずに財を徴収し、家を解体していた。


やっていることは一緒だが、少なくとも大将軍府の者たちは并州の連中のように世紀末のモヒカンめいたハイテンションでは無かったし、周囲からも乱暴狼藉と見られるようなことはしていなかったのだ。


しかし最近は完全に無秩序に暴れているようにしか見えなかった。


その理由は唯一つ。粛清を担当する人間が変わったことである。



―――



呂布は常日頃から激怒していた。

かの邪智暴虐の名家どもを嬲り殺しにしなければならぬと、日々妄想をしていた。


呂布には政治は分からぬ。

呂布は地方の軍人である。

馬を駈り、弓を射て、賊の首を刎ねてきた。


けれども数字に関しては (并州では)人一倍に理解していた。


呂布には父も母も居ない。ただ女房は居るし、娘もいる。


自身の妻となった彼女は、幼き頃に己を見出し養育してくれた丁原が身内の娘を養女とし、娶らせてくれたのだ。孤児であった自分に対しここまで温情をかけてくれた養父に報いるため、呂布は懸命に学んだ。


そして呂布は書類仕事や数字を苦手とする古参の連中に代わって主簿となり、并州の軍に関する経理等を行うことで養父に楽をさせることができる立場に上り詰めることが出来た。


ここで話が終わるなら、慈悲深い丁原と孝行息子の呂布という形で話が終わるだろう。


だがこの後漢の世はそこまで甘くはない。


主簿となった呂布に襲いかかってきたのは経費という名の敵であった。


賊が現れて街を襲えばその復興に経費が掛かり。賊を討伐するために兵を出せば準備だけで経費が掛かる。


賊を討伐した後も、それでめでたしめでたしという訳ではない。戦死者への補填や新規の兵士の徴募があるし、戻される物資の管理や確認も重要な仕事であった。


それは良い。


賊の討伐と街の守備が并州刺史の仕事であるし、その為に経費が掛かるのは理解できる。


理解出来ないのは洛陽の役人だ。


自分や丁原には洛陽の役人に伝手が無いため、正規の手順で手続きを行う必要があるのだが、その際の扱いがまぁひどい。


戦に必要だからと経費を申請すれば、「字が汚い」だの「書式が違う」だのとネチネチと嫌味ったらしく述べてきた挙句賄賂まで要求して来るし、賄賂を払って物資や経費を手配しても、連中は必要な分の半分も寄越さない。


それでもなんとかやりくりをして賊を討伐した後に、被害状況の監査に来た洛陽の連中に「討伐が遅い」だの「物資の帳尻が合わない」だのと言われて「報告されたくなければ……わかるな?」と言わんばかりに賄賂を要求してくるのが日常だった。


……ちなみに幽州と并州と涼州は異民族の動きに即応するため例外的に刺史に独立的な兵権が与えられており、その扱いは州牧に近いので、会計は軍事()()を統括する大将軍府とは別系統である。


それでも何進が大将軍となった後は、洛陽に出向した張遼等の伝手を使うことが出来たので軍の維持に関してだけは随分とやりやすくなった。しかし日々の経理に関しては役人の嫌がらせや賄賂の要求が止むことは無かった。


大将軍府の人間が賄賂などを一切要求せず、さらに今まで役人どもが自分たちに回されていた予算の半分近くを中抜きをしていたことを理解してしまった呂布は『したり顔をして偉そうにする連中を殴り殺したい』と言う感情を押し殺してこれまで日々を生きてきた。


なにせ洛陽からの物資がなければ損害を受けた街の復興や、普段の生活が成り立たない。その為彼は、食いしばった歯や握った拳から血が出る程、我慢して我慢して我慢していたのだ。


これでは執務室の机の一つや二つが粉砕されても仕方のないことではなかろうか?


そんな洛陽の腐れ役人の連中に対し言葉にならないレベルで鬱屈を抱えていた呂布に対し、養父(執金吾)から「日頃の褒美だ」と言わんばかりに正式な役人(名家)の殺害許可が与えられたのだ。


これを受けて彼が心から歓喜し、常日頃から妄想していた名家の虐殺を心ゆくまで楽しむのもまた、仕方のないことではなかろうか?


思いっきりいい笑顔で虐殺を行っていた呂布の下に、大将軍府から彼を制止する使者が送られて来たのはそんな時であった。



―――



「呂布殿!何をしておいでか!」


「む?おぉ張遼ではないか。久しいな」


「いや『久しいな』ではござらんぞ!」


地方の人間で会計に携わる人間ならば、誰もが呂布の気持ちは理解できるだろう。洛陽で散々汚い連中を見てきた張遼だって内心では「いいぞ!もっとやれ!」と言いたい気分だ。しかし今回はそうも言っていられない。


「何を憤っておる?これは養父(執金吾)殿からも許可を得た、北軍としての正式な任務だぞ?」


その養父は大将軍の許可を得ているのだ。つまりこの粛清は帝の信任の厚い大将軍からの命令とも言える任務である。


言外にそう告げる呂布だが、その程度のことは大将軍府に所属している張遼とて理解している。


確かに今回董卓は、丁原が率いる并州勢を北軍とし、その北軍に粛清を手伝わせることで粛清に関わる各種作業やヘイトの分散を狙ったのも事実だ。


しかしここで少し考えても見て欲しい。



問:最近まで并州に居た者たち。それも兵士として荒くれた生活を送ってきた連中に、名家の人間の違いがわかるだろうか?


答:わかるはずがない



「呂布殿、勘違いをなされているようですな」


「勘違いだと?何を訳のわからぬことを。自分は確かに養父殿から命令を受けたし、養父殿も大将軍様から直接命令を受けたのだ。どこに勘違いする要素がある?」


……そう思っていた時が呂布にもありました。


「……その家は粛清対象ではありませぬぞ」


「……え?」


并州勢には名家の違いなどわからない。よってこのような悲しいすれ違いが生じてしまうのも仕方の無いことではなかろうか?


「粛清対象は隣の家のみです」


「……え゛?」


落ち着いていながらどこか鬼気迫る勢いを醸し出す様子を見て、呂布は張遼が嘘を吐いていないと言うことを理解する。つまり自分のしたことは……


「「「「ひゃっはー!壊せ!犯せ!奪え!殺せ!焼き尽くせぇ!」」」」」


「「き、きゃーーー!!」」

「「う、うわぁぁぁ!!」」


燃え上がる屋敷に木霊する自分の命令。それを復唱しながら忠実に再現する凶暴(世紀末のモヒカン)化した部下たち。


「……」


とてもではないが今更『勘違いでした』で済むようには見えない。


自身の命令によって燃え上がる家と、その家から上がる数多の悲鳴を聞き『やっちまった……』と冷や汗を流す古今無双が居たとか居なかったとか。


―――



数日後。大将軍府


「困るんですよねぇ」


「「申し訳ございません!!」」


大将軍である董卓と執金吾である丁原は、自分の半分も生きていないであろう若造に頭を下げていた。これについて彼らの中には不満の色は一切なく、ただただ恐縮していたという。


それも仕方のないことだろう。階級の上では大将軍と言うのは最上位に位置する役職だが、それだって帝の意向があってこそのモノ。


今までの粛清に関しては問題なかったが、ここ数日発生した事案については完全に軍部の暴走である。


その為、彼の元に詰問の使者が送られてくるのは当然であるし、その使者が太傅録尚書事光禄勲将作左校令輔国将軍弘農丞の腹黒外道と言う、自分以上に帝に信任されている存在が来るのもこの場合は当然と言えるだろう。


そして丁原は、腹黒外道の肩書きや性格に対する恐怖以前に、自身の兵が犯した罪に対して純粋に罪悪感を感じていたので、彼の歳とかを気にするような精神状況ではなかった。


「今回被害に遭った伍家は、元々袁紹に近く『恩赦を出す予定の家』でしかありませんでした。よって火消しは出来ます。ですが彼らを救う予定であった連中や董卓殿を嫌う連中が随分と騒いでいるのです。今回特に騒いでいるのは橋瑁ですな」


新帝からの恩赦を与えられる家は既に内々に決められている。流石に本人には伝わることが無いようにしてはいたが、一定の立場がある人間にはわかるようにもなっていた。(そうしないと家族の買取や救済の準備が出来ない)


それなのに助ける予定だった家が潰されたのだ。確かに『恩赦の予定』でしかなかったと言われればその通りなのだが、名家の者たちにしてみたら『袁隗らが命懸けで手に入れたモノを、董卓に踏みにじられた』ようにしか感じないのだろう。


その結果、大将軍府の中での穏健派であり、今まで董卓の出世に反発するモノたちを抑える役に回っていた橋瑁が、反董卓の最先鋒になってしまうと言う事態を招いてしまった。


これは政治的に見て大きな失態と言える。


「……申し訳ございません」


丁原としてはもうそれしか言えなかった。


そして丁原を推挙した形になる董卓にしてみても、今回の事案では彼をフォローすることが出来ないでいた。と言うかこれは自分の進退が危うくなるレベルの失態なので、現状では自身がどう動くべきかもわかっていなかったとも言う。


「謝罪は結構。問題は今後についてです」


「ごもっともです……しかし」


「しかし?」


先程から再三腹黒外道の言葉を遮る丁原に対し『こいつ、俺を巻き添えにして死ぬ気か?』と思った大将軍が居たのだが、それは邪推も良いところだ。


「あの、某の罪に対する罰はどうなるのでしょう?」


謝罪されたところで何が解決するわけでもないので、帝の意を受けた腹黒外道はさっさと話を進めようとするのだが、断罪されないと言うのはそれはそれで恐ろしいものなのだ。よって丁原は話より先に『自身がどうなるか』を確認したかったに過ぎない。


「あぁ。まず今回の件で董閣下は罪に問われません。罪に問われるのは執金吾である丁原殿だけです」


「……左様ですか」


洛陽の警備を担当する執金吾と言う職は大将軍とは違う指揮系統になるので、公の場に於ける今回の董卓の罪は『丁原を推挙したこと』だけだ。そして彼を推挙された帝に董卓を裁く気が無い以上、彼が罪に問われることはない。


自分が安全圏にいると理解した董卓は内心で胸を撫で下ろすも、罪を一身に背負うことになると告知された丁原はそうも言っていられない。


「そして現状丁原殿が取れる選択肢は二つですね」


「二つ……」


そんな丁原の気持ちを理解してか、それともさっさと話を終わらせたかっただけかは不明だが、腹黒外道は特に引っ張るでもなく、丁原が聞きたかったことをあっさりと告げる。


「えぇ。まず実行した者たち全員を『命令に反して勝手にやった』ことにして処刑すること」


ある意味典型的なトカゲの尻尾切り……とは言えないだろう。なにせ彼らは粛清すべき家を勘違いして襲った阿呆であり、ある意味では勝手にやったと言われても反論出来ない立場であるので、この裁可は妥当といえば妥当と言えるだろう。


「そんな!も、もう一つは?!」


ただ今回の件を『自身の連絡不足が発端で発生したこと』と認識している丁原としては、己のミスで養子である呂布や、それに従った部下達を殺す事など出来るはずもない。


「部下の行いを己の過ちと認め、職を辞した後に処罰して貰うことですな」


「……なるほど」


これも妥当と言えば妥当な裁可であろう。


保身に生きる洛陽の人間には『部下の罪は上司の罪』と言うのは理解し難い価値観だが、生粋の前線指揮官である丁原や董卓には受け入れやすい理であった。



――――




「太傅殿。もし後者を選べば、今回の件は某一人の罪となるのですな?」


「えぇ。後継者がいるならその者に家督の継承も認めましょう」


「ありがとうございます。……董卓殿、実は某には阿呆な息子が一人おってなぁ」


「……」


「あやつは阿呆だが、儂とは違い読み書き算術もできるし、何より誰よりも優れた武をもっておる。きっと貴殿の役に立つはずだ」


「……分かった。その者は俺の養子として迎え入れよう。決して疎略には扱わぬと約束する」


「すまぬ」



――――




数日後、執金吾である丁原は『帝の命令に反した罪』で処刑されることとなった。


義父(オヤジ)殿……すまねぇ。俺は、俺はッ!」


「馬鹿息子が……今まで苦労をかけてすまんな」


「そ、そんな!苦労だなんてッ!」


「儂は満足に読み書きも出来ない阿呆だが、こうして孝行者を息子に出来たし、後を託すことも出来た。それだけで十分よ」


「ぐっ!ば、馬鹿親父がッ!」


「ふっ馬鹿親父か。そりゃぁ息子も馬鹿になるってもんだ。……なぁ息子よ。儂は先に逝くがお前にはこれからがある。今後は董卓殿を父と思い、尽くせ。……良いな?」


「……おぅ」


丁原の処刑の際、涙を流しながら彼の首を刎ねたのは、この度新たに董卓の養子となった偉丈夫であったと言う。





――――




「ふむ。予定通りと言えば予定通り。これで連中が動いてくれれば良いのだがな」


『丁原の配下に、粛清対象と一緒に恩赦を受ける予定の名家を襲わせる』と言う策を企てたどこぞの腹黒は、彼の処刑を眺めつつそう呟いたと言う。


……その呟きを耳にした者は居ない。



みんな大好き飛将軍がエントリィー!

20代、30代と最も血の気が多い時期に我慢しまくってたから、もう殺りまくりです。

そして丁原=サンが昇天。悲しいけどコレ戦争なのよね。


……腹黒は一体何を企んでいるのやらってお話


―――


独断と偏見に塗れた用語解説


執金吾:別名中尉。司隷近辺で召集された人間を中心とした軍である『北軍』を統率し、洛陽の巡察・警備を司る役職。日本風に言うなら会津藩士を集めて京都の治安維持に当たった幕末の京都守護職(政治的役割を排除)みたいな感じの役職。


断罪者ウリエル?ハハッ。


―――


丁原:演義では何故か荊州刺史とされるが、彼は并州刺史である。董卓の後任であり、同じ辺境守護の役に就いているので、作者は何かしらの接点はあったんじゃないかなぁと思っている。

また田舎者であり前線に立つ武官と言う共通点も有るので、こういうのは思いっきり仲が悪いか、思いっきり仲が良くなるかのどっちかと言う作者の思い込みから、仲が良い方に舵を切ったもよう。


そもそも丁原が董卓に反発したのは劉弁の廃嫡の件が原因なので、彼を廃嫡しなければ敵対する理由も無いんじゃね?と考えたらしい。


―――


呂布:日々并州の主簿(会計係)としてストレスを溜め込んできた飛将軍。脳筋と思われているが計算も出来たらしい。男塾で例えるなら大豪院邪鬼の力と田沢の頭脳を持つ男。


蒼天の呂布は作者も非常に好きなのだが、彼が主簿って言うのもなぁ。


皆様の予想通り、っょぃ。


―――


呂布の妻と娘:史実ではこの8~9年後に娘は袁術の子と婚姻出来る年齢だったらしい→なら今の時点で娘が居ないとおかしい→でも養子でありながら呂布は丁原と姓が違う→よし、養女を娶ったことにしよう。

そんな感じで妻も子も居ると思いました。まぁ妻に関しては死んでるかもしれませんがね。


―――

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