幕間。高祖の風②
彼が好きな読者様には不快な思いをさせてしまう可能性があります。
覚悟の上で閲覧お願いします。
これはまだ何進が生きていたころの話。
中平5年(西暦188年)某日。洛陽・大将軍府
「あぁ?郡が派遣した督郵が木に吊るされて殴り倒されたぁ?」
「どうやらそのようですね」
いやぁやってくれたよ劉備=サン。これもてっきり演義のネタかと思ったら、マジだったのかぁ。
「いや『そのようですね』ってお前ぇ。属尽だからってコレをただで済ませるわけにはいかねぇぞ?」
郡が派遣したとは言え督郵は正式な漢帝国の役人だし、それが特に理由もなく襲われたとか、普通に大問題だからなぁ。
規模を考えれば「そんなん大将軍府で処理することか?」とも思わないでもないが、下手人はこっちが任命した正式な尉なので、任命責任ってのが有るんだよな。
「それは無論その通りでしょう。しかし連中はすでに職を辞して逃げ出したようですので、今から捕らえるのは難しいかと」
逃げる前に印綬を督郵の首に掛けるとか、律儀と言えば律儀だが……これは簡雍あたりの入れ知恵かねぇ。
「ちっ!追っ手を……駄目か。地方じゃ属尽の扱いは軽かねぇから、成果は見込めねぇ」
「そうですね。賞金を掛けるくらいはしますが、捕縛は難しいでしょう」
そもそも地方の一般市民は属尽と皇族の違いがわかってないからな。
正式に劉氏を名乗ることを許されている時点で庶民は萎縮するし、横に関羽とか張飛が居るんだろ?なら普通は寝込みを襲う以外に手出しは出来んから、捕らえるよりもさっさと街から離れて貰うことを願うだろうよ。
その上、地方の人間は中央の役人=悪人だと決めつけている節があるから、属尽である彼が『俺は悪くねぇ!』と叫べば納得してしまう可能性もあるんだよなぁ。
「クソッタレが。……おい、アレを推挙したのは誰だ?」
うむ。本人が捕まえられないなら推挙した奴を罰するのが正しき後漢クォリティだが、残念ながら今回のアレは例外事項だ。
「アレは推挙ではなく黄巾の乱の際の武功を評価した結果の任官ですよ。一応その武功を保証したのは校尉の鄒靖ですが、流石にこれで彼を処罰するのは酷でしょう」
武功の保証と推挙は違う。推挙ってのは人品を保証するものだから連帯責任が成り立つんだよ。それを踏まえた上で考えるなら、配属先を決めた何進が紹介したような感じになる。
だから、ある意味では自業自得ってことになるんだなこれが。俺?俺はアレを見に行って人事を告げただけだから無関係です。
「忌々しい……これだから皇族ってのは嫌いなんだ」
「属尽ですけどね」
「大して違わねぇよ!」
皇族が知ったら怒鳴り散らしそうな発言だが……まぁ大して違わんか。
「で、その属尽様は何が気に入らなくて督郵を殴り倒してくれたんだ?」
ブスッとした表情を隠そうともせず報告の続きを促してくる何進。ここで『自分で報告書読め』とか言ったら殴り倒されるんだろうなぁ。
などとアホなことを考えるが『報告しろ』と言う命令を受けた以上は、その命令を遂行するのが社畜という生き物である。
「なんでも『顔なじみの督郵の来訪を知った自分が挨拶に行ったのに、仮病を使われて門前払いされたからイラついた』だそうです」
「そうかよ……はぁ?それ、本気で言ってんのか?」
何進は思わず俺を二度見するが、俺が言ったわけじゃないからな。
「どうやらそのようですね。何というか……さすがは属尽。誇りを勘違いしておりますな」
「全くだ。督郵が査察対象に会わないのは当たり前ぇのことだろうに」
そうなんだよなぁ。
「えぇ。査察の後ならまだしも査察前に顔見知りの挨拶を受けてしまえば、督郵としての業務に差し障りが出ます。よってこの場合会わないのが正しいでしょう。つまりこの督郵は近年では珍しいまともな役人だったと思われるのですがねぇ」
それを無礼だ!とか言って殴り倒すって何だよ。何進じゃないが、チンピラが調子に乗ったとしか思えんぞ。
「これだから腕っ節だけの破落戸上がりは駄目なんだ。中途半端に劉氏を名乗る属尽ってのもな」
少なくとも何進は腕っ節だけの人間では無いのでブーメランではないな。
それにその意見には全面的に賛成するぞ。だいたい今の漢には無駄に劉氏が多いんだ。属尽は算賦(人頭税や船や馬など家の施設に関する税)も免除されてるし。為政者から見たら無駄飯喰らいも良いところなんだよな。
それでいて気位だけは高く「自分は○○王の末裔だ!」とか騒いで人の下に就くことを良しとせず。まともに仕事もしないもんだから、周囲の人間が困ることになるんだ。
そりゃ劉備も黄巾の乱が起こるまで良い年して無職だったし、母親も筵売りをするわいな。
それはともかくとして。
「とりあえずは彼らに賞金を掛けましょうか。それと今回の件を大々的に告知し、先年の乱の武功によって役職に就いた者に対する査察は変わらずに続けるように布告を出しましょう」
特に幽州だな。実家の母親や公孫瓚あたりには出来るだけ早く知られるようにせんといかん。それに他の連中にしてみたら完全な貰い事故だし、関係者の中での奴の印象は悪くなるだろうて。
「おう。破落戸のせいで地方の連中から文句を言われるのも億劫だしな」
ふっ。これで捕縛は無理でも再就職は難しくなるだろう。チンピラ、破落戸、犯罪者。他にどんなレッテルを貼ってやろうかねぇ。
この日、李儒が戦乱の元凶の一人と睨んでいた『やたらと耳が大きな属尽』は督郵殺害の罪で賞金首となったと言う。
―――
某日某所
洛陽から正式に賞金首にされた「2人の大男と小柄な男を連れたやたらと耳が大きな属尽」の手配書が漢の隅々まで行き渡る少し前のこと。
とある伝手からその手配書を見た男たちは、手配書を前に顔を合わせていた。
「おいおいおい!俺ぁはアイツを殺してねぇぞ!」
「いや、あのあと死んだとかじゃねぇの?」
「……督郵を木に吊るして200回殴打して殺した罪か。どう思う?」
「あの後死んだ可能性ってのは否定はできねぇよなぁ。……だから止めろって言ったのに」
小柄な男は溜め息を吐いて、耳の大きな男と気性が荒い男をジロリと見る。
「いや、だってよぉ!あれは仕方ねぇだろ?!」
「そうだぜ!兄貴が挨拶に行ったのに無視するなんて無礼だろうが!」
「……お前が無礼とか言えた立場か」
「まったくだなぁ」
そんな視線を受けた男は身動ぎをして視線を躱そうとするが、そんなことをしても問題は解決しない。
故にこれからどうするかを話し合わなければならないのだが……
「と、とりあえずここから逃げるぞ!」
「え?なんでだよ?」
「……お前、官憲が来たらどうする気だった?」
「は?そんなの俺たちで返り討ちにしてやるだけじゃねぇか!」
「……はぁ」
即座に逃げることを選択する男に対して、一番年下の男は「敵は倒すだけだ!」と意気を上げるのだが、ことはそれほど単純ではない。
「……なんの罪もない兵士まで返り討ちにしてしまえば、もはや我らはただの賊に成り下がることになる。お前は長兄を賊にしたいのか?」
何せ自分達が殺したのは正式な職務を帯びて訪れた役人なのだ。これだけでも大問題なのに殺した理由が『態度が気にくわない』では大義も何もあったものではない。
「むむむ!」
非があるのは自分達であり官憲は真面目に仕事をしているだけだ。それを返り討ちにする?ありえない。
……それがとある腹黒の狙いでもあるのだが、残念ながらさすがの彼にも最低限の常識はあったようで、感情に任せて戦うのがヤバいということは理解したようである。
「何が『むむむ』だよ。まぁいいや。わかったらさっさと逃げようぜ大将……って居ねぇ?!」
「「何時の間に?!」」
威勢の良い大男を黙らせたことで、さっさと逃げ出そうとした男たち。だが、彼らの主君である『やたらと耳が大きな男』は既にその場から姿を消していたと言う。
まぁ前書きの通りですね。
人事が落ち着いたところで唐突に幕間を入れてみる試み。
曹操と孫堅には洛陽で色々出番があるので、ここらで彼にも出番をねってお話。
やたらと耳が大きな属尽……一体何者なんだ? (謎)
―――
督郵:査察官。役人が不正をしてないか?とか職務をきちんとやってるか?と言うのをチェックする人。間違っても監査対象が殴り倒して良い相手ではない。
この時点で「自分は不正をしています!」と自白したことになるので、下手に釈明をしようとせずに逃げ出した『どこぞの属尽』の行動が正解とも言える。
―――
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