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18話。人事について。董卓の場合②

本日二話目

「まぁまぁ閣下。冷たい茶でも飲んで落ち着いてください」


「いや、お言葉ですが李儒殿!これは落ち着いていられるような内容ではありませんぞ!」


(ふむ。流石に多少の覚悟はして来たとは言え「大将軍なんかにされてまで汚れ仕事を押し付けられるのは御免だ」ってところかねぇ?)


冷たいお茶を拒否しながら叫び声を上げた董卓を見た李儒はそんな事を考えるが、この予想は当たらずとも遠からずと言ったところだろうか。


確かに董卓は洛陽に上洛する際に『宦官や名家の人間を誅殺する』と言う密命を帯びていた。しかしそれは洛陽で威を張る何進や李儒が後ろに控えているからこそ出来ることだ。


それを勘違いして政治力の欠片もない自分が粛清を行った場合、諸侯からの悪意やら敵意は新帝ではなく董卓一人に向かうだろう。


董卓にしてみたら「まさかその為に自分を大将軍にするのか?!」と考えるのも当然と言えるし、孫堅も曹操も同じように感じていたのは事実だ。


それと同時に当事者で無い二人は幾分冷静に物事を考えることが出来たので『李儒という男がそんな単純なことをするか?』と考える余裕があった。


そのため彼らは下手にどちらか片方を擁護するようなことはせず、まずは話の成り行きを見守るつもりである。


「まず誤解を解きましょうか。董閣下に汚れ仕事をさせるのは事実ですが、私も新帝陛下も董閣下を切り捨てるつもりはありません」


「……そうでしたか。それは失礼を致しました」


「なんのなんの。それも仕方のないことです」


最大の懸念である『切り捨て』が無いと明言された董卓は、出された茶を飲んで一息吐くことが出来る程度には落ち着きを取り戻すことに成功していた。


「「(汚れ仕事は良いのかよ!)」」


大前提の『董卓に汚れ仕事をさせることを否定しない』と言うことにツッコミを入れる孫堅と曹操だが、董卓としては李儒という男は無駄な嘘や隠し事をしないと言うことを理解しているので、元から覚悟を決めていた汚れ仕事云々に関してよりも『切り捨てるつもりがない』という言質を得たことに安堵していたのだ。


「まず董閣下が大将軍に就任することになった理由の説明から行きましょうか」


「お願いします」


「まずは両殿下の現状ですな。現在外戚である何進閣下や何苗将軍を失った劉弁殿下にも、元々外戚を処刑されていた劉協殿下にも、確たる後ろ盾はありません」


「……そうですな」


この中で劉協の外戚を処刑したのは何進となるのだが、あれは元々外戚の董重が宦官の蹇碩(けんせき)と組んで何進を殺そうとしたのが原因だ。


前はともかく今の劉協はそれを知っているので何進や彼の腹心だった李儒には特に含むところはない。


それでも一応母親の王美人を殺したとされる何后に対しては微妙な感情を抱いているのだが、そもそも劉協の母である王美人は彼が1歳の頃に死んでいるので、はっきり言えば劉協は母の事など覚えていなかった。


そんなわけなので、何后に対して真剣に恨みを抱くと言う状況にまでは至ってはいない。


それでも常日頃から董太后などに『貴方の母は下賤の女に殺されたのだ』と言われて育って来たと言うのは軽くはないのか、未だに何后に対してどう接して良いのかは分かっていないと言うのはある。


しかし『今は自身の復讐心云々よりも(劉弁)を支えるのが大事だ』と言う気持ちが強いので、何后がちょっかいを出さなければ特に問題は起こらないと言うのが李儒の見立てであった。


話が逸れた。


つまり次期皇帝とその弟には確固たる武力や財力、または政治力を持った後ろ盾が無いと言うことだ。


「さらに袁家を中心とした名家が没ら……整理されますし、宦官は袁紹の暴挙でほとんどが殺されました。さらにあの暴挙を奇跡的に生き延びた趙忠殿も、先日()()()()()()亡くなってしまいました」


「……そうですな」


ちなみに趙忠の死因は誰がどう見てもアレだったのだが、あの場にいた王允が「水銀=毒と言うことを公表してしまうと『誤って毒を宦官に下賜してしまった』もしくは『褒美という形で毒を下賜して趙忠を殺した』と言う風聞が立ってしまう可能性がある」と懸念したので、彼の死因に対しては多少の脚色が加えられている。


李儒には理解出来ない価値観なのだが、古代中国的価値観では「皇帝に誤りなどないし、先帝に忠臣として扱われていた趙忠を毒殺したとなると外聞が悪すぎる」と言うことらしい。


それくらいなら殉死したことにすれば良いんじゃね?と思ったが、相手は悪名高き十常侍(欲の塊)である。彼らの性格を考えれば「帝を見捨てることはあっても殉死するなど無い」と言うことは世の中の誰もが知っていることだ。


それなのに殉死したのか?となると、どうしても不自然さが出るし、その不自然さが「帝に暗殺された」と言う風聞になりかねない。


そこで彼の死因は『不老長寿の霊薬を飲んだものの、彼だけが特別扱いされたことで同輩の嫉妬を受け、毒を盛られて死んだ』と言うことになっていた。なので董卓らも趙忠の死については深く言及してこなかった。


「つまり今の殿下達には名家・宦官・外戚の干渉が無いのです。そして、本来なら早急に婚姻等を行って外戚と言う後ろ盾を作ったり、皇后様を含めた女官の管理をさせるために宦官を使う必要があるのですが、これから喪に服すことになっている劉弁殿下にはそのようなことはできません」


「……そうですな」


もはや「そうですな」としか言えない董卓だが、一応李儒の言うことはちゃんと聞いた上で返事をしている。


「そこで殿下は『別に外戚や宦官だけが信じられると言うわけでは無い』と言うことに気付いたのです!」


「そうですか(遅っ!)」

「「……(遅せぇよ!)」」


彼らの心の中のツッコミはともかくとして、皇帝となる人間が「外戚だったら信じられる」とか「宦官だから信じられる」と言った、周囲に作られた呪縛から解放されたと考えれば、このこと自体は決して悪いことではない。


董卓に関係の無いところでやってくれれば。


「そこで宦官や外戚を失った劉弁殿下が周囲を見たとき、その目に止まったのが董閣下なのです!」


そう言って無駄に高いテンションで董卓を指し示す李儒。しかし指し示された方は苦笑い……とはいかず完全に苦渋の表情を浮かべていた。


そう。ここまで話をしてようやく董卓は、目の前の腹黒外道が洛外で両殿下を確保した時点でここまでの画を描いていたと言うことに気付いたのだ。


「……あの場には李儒殿や淳于校尉も居ました。それに宮中から我らと合流するまで殿下らを無事に守り通した李厳殿の立場はどうなるのです?」


もはや敗戦は避けられないと理解しつつある董卓は、せめて道連れを増やす!と言わんばかりに周囲にいた人間の名を挙げていく。


だが、残念ながらその発想は李儒が李厳と合流した際に通過した道である。


「元々我々は殿下らをお守りすることが職責なのです。それを鑑みた場合、李厳は『袁紹に殿下を確保されてはまずいことになる』と判断して宮中から脱出をしましたが、護衛としては失敗しておりますし、私や淳于校尉に至っては非常時にお側におりませんでした。よってお叱りを受けることはあれ、賞賛される事などありませんよ」


付け加えるなら袁紹は李儒の部下であり、淳于瓊の同僚(上司)である。それを考えれば、自分たちに対しては褒めるどころか連座して罰せられてもおかしくはないのだと李儒は言う。


「……なるほど」


今や完全に四方を囲まれた上、徐々に壁が迫ってくるような感覚に陥ってテンションが下がっていく董卓だが、李儒の辞書に容赦の文字はない。


「話を戻しましょう。洛外で()()()に保護されたことで殿下は、宦官でもなく、外戚でもなく、名家でもない、純粋な軍人の存在を知ることとなりました。そして殿下は自身の兵権を委ねるなら、下手に(しがらみ)が有る人物よりは、そう言った人間(純粋な軍人)に兵権を委ねるべきだと考えたのです」


「……」


誰かさんがそう言う風に思考を誘導したとも言う。


少なくとも戦場に出たこともないくせに『身体壮健』とか嘯く宦官を軍の総司令官にするのは間違っているし、派閥を重視するあまり場合によっては戦の邪魔をするような人種に兵権を委ねるのも危険だと言うのは事実なので、これに関しては誘導と言うよりは教育と言っても良いのかも知れない。


つまり大将軍にふさわしい人物とは


外戚でも宦官でも名家でもなく

政治的な野心を抱かず

実戦経験豊富で

皇族からの信任が厚く裏切る心配がない武官


と言うことになる。


そしてこれらの前提条件を兼ね備え、さらに新帝になる劉弁が個人的に信頼できる将帥は誰か?と言えば、今の漢には董卓しか居ないと言う答えに行き着くのも当然と言えよう。


と言うかそもそも劉弁が個人的に知っている将帥と言うのが董卓以外は王允くらいしかいないのだ。


しかし王允は司徒になることが決定している上に、劉協を推して劉弁に対抗させようとしていた人物でもあるので、彼に兵権を与えるのを何后が嫌がったと言う裏話があったとかなかったとか。


ちなみに皇甫嵩や朱儁も上記の条件には当て嵌ると思われがちだが、残念ながら劉弁や劉協は彼らをまったく知らなかったりする。


何せ二人は元服前であり今年になる(霊帝が死ぬ)までまともに後宮から出ることがなかったし、女官が中心の後宮では戦の話は嫌われていたのだ。その為彼らは、黄巾の乱や辺章・韓遂の乱についても何も知らない状態であったと言う。


そんな彼らが、現役の将軍であり論客でもある李儒の弁論に対抗できるはずもない。


また王允や楊彪も、法の上では当然のことをするとはいえ、自分が粛清を行うことで名家の恨みを買うのは遠慮したいので、それを代行してくれる董卓の就任については諸手を挙げて歓迎していると言っても良い。


「両殿下に後ろ盾が無いように、董閣下も現在洛陽に後ろ盾と言えるような伝手はありません。その為、皇室は董閣下の武力を頼り、董閣下は皇室のもつ権威を頼ると言う形とすることで、両者が互いに支え合う環境が出来上がります」


「……なるほど」


確かにこれなら新帝は自分を裏切らないだろうし、董卓も新帝を裏切らないだろう。情勢が落ち着き各々が地盤を築いてきたらどうなるかは分からないが、少なくとも現状では血縁関係が無い分、外戚を大将軍にするよりは健全な環境と言えるかも知れない。


また新帝が董卓を切り捨てないと言うなら、その側に控える光禄勲(李儒)も董卓を切り捨てないと言うことだ。あとは何進(政治と謀略の化物)を失った大将軍府がどう言った組織運営をするのかが問題になるくらいだが、肝心の董卓に政治をする気が無いので、純粋な軍事を管理する組織となるだろうことは予想出来る。


「今回の件、ご納得いただけましたか?」


「……納得するしかありませんな」


そもそも劉弁(次期皇帝)に認められ、王允・楊彪(次期三公)に認められ、李儒と荀攸(大将軍府の幹部)も認めている以上、現時点で一介の破虜将軍でしかない董卓には為す術がない状態だったとも言う。



――――




李儒の計画は着実に実を結びつつある。


その全て……ではないが、大半を知っていた何進が今の董卓を見れば、苦笑いをしながら杯を傾けることだろう。


政略と謀略の化け物であった何進をして腹黒外道と称するしかなかった男の策が、どれだけの人間を地獄に叩き落とすことになるのか……それを知るものは本人以外には誰も居ない。



冷たいお茶 (意味深)を飲んで落ち着いた董卓。

ちなみにこの時代のお茶は基本的に薬膳茶です。

つまり、薬入りの冷たいお茶を………………おや、誰か来たようだ。




今の董卓の状況を例えるなら、


①美濃を制圧したら前置きもなく足利義昭が逃げ込んできた

②なんだかんだで義昭を京都に戻した

③早く田舎に帰りたいなぁと思っていたら細川藤孝が現れた

④半ば無理やり管領兼副将軍就任←イマココ


と言った感じでしょうか。


そして管領兼副将軍就任を断ることが出来ず、京都に縛られることになった挙げ句、手始めとして京都にいた親三好派の公家たちの粛清を命じられました。


そりゃ明らかにヘイトを貯める行為なので、普通なら拒否します!ってお話。


ちなみに現時点の董卓としては『洛陽の掃除をしたら帰れる』と思っております。

これは自分の願望でもありますが『帝としても自身に洛陽で地盤を築かれても困るはずだ』と言う希望的観測もありますね。


で、洛陽から離れるし、皇帝と李儒がいるんだから名家のヘイトくらいなんとでもなるわなって感じです。


甘いなぁ~。



――――



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