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15話。人事について。孫堅の場合

後書きはネタです。本気にしないように。

人によっては不快な表現がありますので、ご注意下さい。

中平6年(西暦189年)11月。洛陽大将軍府。


それは何進が生きていた頃に李儒によって呼びつけられていた孫堅とその配下が大将軍府に入り浸るようになってから、およそ一ヶ月と半月程経ったときのことであった。


「お久しぶりですな孫堅殿。この度はお待たせして誠に申し訳御座いませんでした。それに曹操殿にはご苦労をおかけしました。更に董閣下までいらっしゃるとは……うむ。これは丁度良いですね」


「「「?!」」」


恒例となりつつある曹操と孫堅の会合は、最近はそこに董卓も加わり、三者会談と言う名の情報収集と近況報告をするのが日課となっていたのだが、この日『ある意味平和で微睡んだ空間』を叩き壊す地獄からの使者が訪れた。


「「(お、おい!)」」


そんな地獄からの使者が頭を下げている現状に焦りを覚えたのは、角度的に頭を下げられていることになっている曹操と董卓だ。


「あ、いえ、事情が事情ですし、李儒殿が御多忙なのは存じ上げております。故に私ごときに謝罪など必要ありませんぞ!」


両サイドから肘をくらいハッと我に帰った孫堅は、自分に頭を下げる李儒に対して、急いで頭を上げるように要請する。


これは彼は圧倒的に立場が上の人間に頭を下げられて、平然と愉悦出来るような性格はしていない……と言うこともあるが、その頭を下げている相手に一切の非が無いことも理解しているからだ。


もしもこれが、洛陽の名家出身の文官などにありがちな『自分を田舎者と見下して意図的に放置した』と言うなら、たとえ相手が李儒であっても孫堅は抗議しただろう……多分。


しかし今回は待たされて当然だと言うことを理解している。


なにせ先帝の葬儀から新帝の即位と年末年始の行事を行うと言うだけでも大仕事なのに、これに袁紹による宮中侵犯&宦官虐殺と大将軍が殺害されると言う事件が重なったのだ。


その後始末がどれ程の規模になるかなど、今の孫堅には想像もつかないが、とんでもない規模の問題であると言うことはわかっている。


それに元々孫堅が呼ばれていたのは、年末年始の行事に併せての上洛要請であったと言うのもある。


そこを長沙の政に対する助言や、新たに赴任してきたと思ったらいきなりやらかしてくれた劉表との折衝の打ち合わせ、更に洛陽での情報と人材の収集やそれに伴うコネ作り等々、様々な事を目論んで予定より早く上洛してきたのは孫堅の方だ。


そんな訳で、勝手に早く来た孫堅は大将軍府にとっても面倒な客だっただろうに、嫌な顔一つせず、普通に食事や酒を提供してくれるだけでも破格と言っても良い厚待遇であると言えた。


そんな厚待遇を指示したであろう李儒に文句を言うほど、孫堅と言う漢は愚かではない。


そもそも、文句を言う筋合いが無いとも言う。


「そう仰って頂けると助かります」


すんなりと頭を上げた李儒に一同は内心で安堵を覚える。袁紹などは『何進と言う絶対的な権力を持つ上司が居なくなった今、その腰巾着に過ぎない李儒など何程のこともない!』と嘯くのだろうが、少しでも大将軍府を理解している人間の意見は違う。


『何進は李儒の傀儡ではない。抑止力だった』


特にこの思いが強いのが、趙忠へオクスリを飲ませた際に同席していた荀攸である。


必死に抵抗する趙忠を嘲笑う様子もそうだったが、その死に様を嬉々として記録して何后へ報告に赴く精神性には恐怖しかない。


……自分もアレを毒だと知らなければ、栄誉に身を震わせて飲んでいた可能性もあるのだ。さらに趙忠の場合は、あれを毒と知っていても断る口実が無かった。


……あまりにも鮮やかに相手を嵌める手腕や、一切の呵責や躊躇もなく処罰を遂行する強さ。そして何より怖いのが、価値観を理解できないことにある。


わからないモノは怖い。しかしそれが表に出ないように抑制していたのが何進であったと、今更ながらに気付いたのだ。


清濁どころか汚泥すら呑み込む何進の価値観は李儒に近かったと言うのも有るだろう。しかし何進が李儒を抑えることが出来たのは、李儒が何進に警戒されたり恐れられたりするのを嫌ったからだろう。


これは普通の上司と部下の関係なら当たり前の話ではある。だからこそ李儒は何進の価値観を理解し、それから逸脱するような献策はしなかったし、行動も取らなかった。


しかし何后や劉弁・劉協が李儒を信任している今、彼の行動を抑制することが出来る存在が洛陽に何人居るだろう?


司徒・王允?無理。

司空・楊彪?無理。

太尉・曹嵩?無理。

(未来の)大将軍・董卓?無理。

名家代表・袁隗?もうすぐ死ぬ。

宦官代表・趙忠?死亡確認。

同僚代表・荀攸?無茶言うな


…………この現状に気付いたとき、荀攸は「もう駄目だ……おしまいだ……」と頭を抱え、大将軍府の関係者は「何してくれてんだ袁紹ぉぉぉ!」と心から叫び、喉と胃を痛めたと言う。


それはさておき。


解き放たれた男は、嬉々として孫堅を地獄に誘うように動き出していた。


「まずは依頼されておりました長沙の政についての書簡になります」


「おぉ!ありがとうございます!」


孫堅は食い気味に「こちらをどうぞ」と言いながら差し出された書簡を恭しく受けとる。


役職や官位の面で見れば本来なら孫堅の態度は不敬に値する行為なのだが、これによりここ数年、長沙郡の太守として頭を悩ませてきた問題の大半は片付くことになるので、この態度も仕方の無いことだろう。


……それを許容するかどうかは別問題だが。


「喜んで頂けてなによりです。では次にコチラをどうぞ」


そう言って差し出されたのは四角い小さな箱と、2通の書状であった。


「次?」


わざわざ紙に書いて来るような内容に心当たりが無い孫堅だが、差し出された以上は受け取らねばならない。


「あぁ、箱に関してはこの場で確認をお願いします」


「は、はっ!」


もしかしたら人材の紹介状や、何らかの見返りを求める書状の可能性もある。中身は希望か絶望か。怯えながら箱を開けると、中には小さな四角いナニカが入っていた。


「む?(何だこれは?いや、待て、これは何処かで見たことが……)」


孫堅が四角いナニカを手にしたと同時に、李儒はそのナニカの正体を暴露する。


「おめでとうございます孫堅殿。この度の人事で貴殿は南郡都督となりました」


「は?」


そう、何を隠そう、四角いナニカは印綬だったのだ!


孫堅が見たことがあるのは長沙郡太守となったときに渡されたモノだからであり、本人がこれを覚えていないのは、忌々しいモノとして封印してきたからである。


李儒から告げられた言葉の意味を徐々に理解し、理解度に比例して顔色が悪くなって行く孫堅を見て、普段から彼が『郡太守など面倒だ。軍閥の将に戻りたい』と泣き言を言っていた事を知る曹操と董卓は二人同時に


「「(御愁傷様です)」」


と、心の中で手を合わせていたと言う。



ーーーー


ふむ、どうやら望外の出世に頭が回らんらしいが、ソレも仕方あるまいよ。何せ南郡都督になることが『内定した』んじゃなく『現時点で南郡都督』だからな。


いやはや、長沙一郡の太守から大出世じゃないか。洛陽から都落ちする予定の俺とは大違いだよ。いやぁ羨ましい話だねぇ。


「あ、あの、これはどういうことでしょう?私は官位を買う銭もなければ、昇進するだけの功績もありませんぞ?」


長沙一郡でも一杯一杯なのに、南郡や他の三郡の面倒なんか見れるか!と叫び声を挙げたいのを必死でこらえ、なんとか『冗談でした』とか『間違いでした』と言う言葉を引き出そうとするも、冗談で正式な印綬を用意するほど李儒も暇ではない。


それにこれには嫌がらせ以外にもキチンとした理由がある。


「功績はこれから立てることになりますので、お気になさらず」


「これから立てる?」


その通りです。言ってしまえば先払いだ。


「そうです。何でも今の荊州は劉表どのが土豪や地元の民族の首領達を殺したせいで、治安が宜しくないとか?」


「え、えぇ」


ふふふ。何せ自分から報告してきたんだから否定は出来まい。つーか上の人間が騙し討ちで殺されたら下が反発するに決まってるだろうに。


「特に酷いのが長江流域の方々とか?ならば誰かに纏めて貰う必要がありますよね?」


「……そうですね」


地元ででかい顔をする土豪を滅ぼして面倒を減らしつつ直轄領を増やそうとしたんだろうよ。最終的には荊州が一つになるのかも知れんが、それまではグダグダになる。


10年後に平和になるから!と言っても、そんならその10年間は地獄を見せても良いのか?って話だよな。


それに劉表はガチガチの儒教家、つまり差別主義者だ。漢民族以外を見下し、皇族以外を見下すのが当たり前の儒教家の人間が、長江以南に住む異民族をまともに扱うはずが無い。


「山越に代表される異民族を纏めるには、中央の曖昧な権威や小賢しい知恵ではなく、目の前に存在する単純明快な武力です。劉表殿にそれがあると思いますか?」


「……いいえ」


だよなぁ。それに皇族や名家、加えて儒教家は基本的に嫌味ったらしく他人を使ってチクチクやるのは好きだが、自分の手を汚すことを嫌うからな。異民族との相性は最悪と言える。


「よって長沙に地盤を持ちつつ、明確な武力に定評がある孫堅殿を南郡の都督として任命する事となりました。ここまでで何か質問は有りますか?」


「あ、その。り、劉表殿は認めているのですか?」


「無論です。むしろ劉表殿からも助力を頼まれております。ただし孫堅殿は襄陽ではなく江陵を拠点として欲しいとのことでしたので、こちらを了承していただきますが宜しいですね?」


「……はい」


今の劉表は荊州北部、もっと言えば襄陽と洛陽しか見えてないから、わざわざ面倒な南郡に関心など持たん。せいぜいが「蛮族同士で殺し合えば良い」って感じだろうさ。


そんでもって孫堅に異民族をあらかた掃除をさせたあとで、生き残りの連中や損耗した孫堅に対して『自分が正式な州牧だから自分に従え』とでも言うつもりなんだろ?甘い甘い。


南郡都督は荊州刺史から独立した役職だから、この時点で孫堅には劉表に従う義務など無いのだよ。汝南袁家?今更だな。


孫家には荊州の南に縛られてもらう。邪魔をするなら劉表だろうが袁家だろうが潰すまでだ。



ーーーー



「「「(うわぁ)」」」


何を言ってもスラスラと答えを返され、さらに唐突に黒い笑みを見せつけられたことで、孫堅は完全に自分が嵌められたことを理解していた。


もはやこの人事は確定事項であり、この期に及んで撤回はないと言うのも同様に理解出来ている。


……問題はこれからどうするか?と言うこととこの事を公表した時の身内の反応だ。


新顔の文官たちは顔色を悪くするかもしれないが、古参の黄蓋、程普、韓当などの武官や家族は間違いなく大喜びするだろう。つまり病とか何かしらの理由を使って返上することは不可能と言うことになる。


ならば後に来るのは職責に比例する仕事……


そこまで考えが及んでしまい、己の机の上に積み重ねられた書簡の山を幻視したどこぞの虎は、暫く現実に戻ってくることが出来なかったと言う。



劉表が土豪を滅殺したせいで孫堅に皺寄せがぁぁ!ってお話。


史実でも当たり前のように皇族としての権威を利用して漁夫の利を狙った劉表に対して、従わなかったのが孫堅=サン。


どこぞの名家と皇族に挟まれたのが運の尽きでしたが、拙作では……


――――


独断と偏見にまみれた用語解説


荊州:広い。具体的には日本の本州より広い。南陽郡・南郡・江夏郡・長沙国 (郡)・零陵郡・桂陽郡・武陵郡の七つの郡に分けられている。


位置としては北から


南陽郡:司隷や豫州と隣接し、荊州でありながら半ば荊州じゃない扱いを受けている土地。あの有名な『南陽の袁術』が拠点としていたことでも知られる。日本で例えるなら……埼玉とか?


南郡:荊州の本体的な存在。広い。北は漢水沿いの襄陽から南は長江沿いまで有る。長坂の戦いにおける劉備の進行ルートの大半はここになる。例えるなら千葉かも。


江夏郡。漢水を跨いで揚州や豫州に面する飛び地のような地域。何故ここが荊州なのか……作者にはそれがワカラナイ。まぁ銅山が有るからでしょうけど。例えるなら関東か中部か分からない山梨。


長沙・武陵・桂陽・零陵:長江より南に有る地域。四郡の人口を足しても洛陽が有る河南尹に及ばない。茨城・栃木・群馬・グンマー。


この中で長沙は比較的栄えていたが、他は完全な未開の地扱いで、いろんな部族が居たらしい。交州とも接点があるのだが、交州から見たら通り道だったり、漢に対する盾のような役割扱いをされていたようだ。


この四郡は赤壁の後に劉備が根を張った地として知られる。ちなみにグン……零陵の刑道栄は実在しない人物である。


――


州刺史:州を司る役人。県知事に近い。軍権は無いので、制度の上では洛陽が決めた都督との共存も可能である


――


州牧:州を司る役人。こちらは単独で軍権を持つので洛陽が決めた都督との共存は難しい。


―――


刑道栄:横山光輝大先生の三國志における三大斧使いの一角。他は徐晃と忙牙長。忙牙長についてはイメージなので、当然異論は認める。


戦う度に負けっぱなしの逃げっぱなしで、何度も家族や身内を見捨てて逃げることに定評がある男にして、盗人腐れ外道こと劉備の為に創作された噛ませ犬の一人。悲しき演義の被害者である。



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