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13話。弾劾裁判中③

「では次に九卿……と言いたいところなのですが」


「「なのですが?」」


三公と大将軍が決まり次は九卿か?と言うところで、今まで『ずっと俺のターン!』と言った勢いを保っていた李儒はその勢いを収めていた。


そんな彼を見て「諦めが悪すぎる」と思ったインテリがいたようだが、先にやることが有るのは事実なのでとりあえずは黙認することにしたようだ。


腹黒とインテリの内心はともかくとして、この期に及んで先にやるべきこととは何か?と言えば、元々の議題である袁家の討伐についての議論しかない。


「まずは袁家の処罰について決めねばなりません」


「あぁ」

「確かに」


趙忠も王允も李儒の言葉を聞いて本来の議題を思い出した。


それに実際問題ここで袁家に関わる者の中から何処までを処罰して、何処までを許すのかを決めないことには細かい人事は決められないのだ。


そして袁隗も先程までの会話から李儒が劉弁や劉協の信任……は受けていないかも知れないが、少なくとも二人の言葉を代弁しているのは理解出来ている。


よって李儒さえ説得出来れば袁家を遺すことも夢ではないと認識した彼は、まずは最初の条件となるであろう言葉を固唾を飲んで待つことになった。


「まず袁紹とその妻子は処刑します。新帝がどれだけ慈悲深くとも、彼にかける情けは有りません」


(((そりゃそうだ)))


袁隗を含んだこの場に居る全員が無言で頷く。


「袁隗殿と袁逢殿。更にその子らも縁座で処刑します。ここにも恩赦はありません」


(((まぁ、そうだろうな)))


これも袁隗は当然のこととして認めた。


「他の宮中に乱入した者も親、兄弟、祖父、祖母、叔父、叔母、従弟までは処刑対象としますが、血が繋がらない親族。つまり姉妹が嫁いだ相手などは罪に問いません。また従兄弟の子供も存命を許します。あぁ、無論ある程度の財は徴収しますよ?」


「「「なっ?!」」」


今まで無言で頷くだけであった王允らが思わず声を上げた。


しかしそれも無理はない。従兄弟の子供を許すと言うのは、つまり袁術の子を許すと言う宣言でもあるのだ。


「いや、それは甘すぎでは有りませんか?袁紹の犯した罪はそれほど軽いものでは有りませんぞ!」


真の意味での皆殺し(族滅)を期待していた趙忠からすれば軽すぎる処罰である。


それにこれでは袁術の子は生き残ることになり、家臣団も欠けることが無いと言うことになる。つまりは汝南袁家は依然として存続することになってしまうではないか。


流石にそれは宦官を率いる者としては認められない事であった。


そんな焦りや怒りを見せる趙忠とは反対に、処罰を言い渡された袁隗は、一切の声を上げずに場の流れを見守っている。


なにせ趙忠が言うように、この処罰は袁紹が犯した罪に対する罰としては軽すぎると言っても良い。


その為、ここで下手に反論や譲歩の交渉を行って李儒の機嫌を損ねた結果『ならば全員死ね』等と言われる危険性を考慮し、彼は抗議も何もせずに黙ってその罰を受け入れようとすら考えていた。


「甘いも何も、罪に対する罰を決定するのは法であり、それに対して恩赦をかけるか否かを考慮し、判断を下すことができるのは皇帝陛下のみ。趙忠殿ではありませんよ」


「くっ!」


言外に「お前は黙ってろ」と言われた趙忠は怒りで顔を真っ赤に染めるが、李儒の言っていることは何一つ間違ってはいない。


罪に対する罰は先例と法に定められていて、その法に干渉できる唯一の存在は帝だけである。そして先帝の頃とは違い、帝の声を捏造出来ない趙忠にはこの決定に対して異を唱えることは出来ないのだ。


「納得していただけたところで続けましょう。新帝陛下の即位と共に袁紹の犯した罪状の公表と処罰を行います。同時に恩赦と言う形で先程の事を公表して、その対象の選別を推し進めます。董卓殿にはこちらから伝えますが、王允殿は司徒として楊彪殿と連絡を取り合って頂きたい」


「はっ!」


王允としても出来ることならここで袁家を滅ぼしたいが、彼とて今の李儒の言葉が劉弁と劉協の認可を取った言葉でもあるのだと言うことを忘れてはいない。


その為、新帝の即位前にその意思に逆らって、自身に降って湧いた司徒の内定を取り消されても困ると言う気持ちがある。


それに李儒が言う『ある程度の財』がどの程度かはわからないが、少なくとも袁家は衰退することは確定したのだ。ならば衰退したところを潰すことも可能だろうと考え、個人的には多少温い処罰だとは思うが今回はそれを認めることにした。


……さっきから趙忠と同じリアクションをしていた自分自身に嫌悪感を抱いたとか、周りから趙忠と同類扱いをされるのを嫌ったと言うのもあるが、それは本人だけが知っていれば良い事だろう。


趙忠を黙らせ、王允が納得し、袁隗が受け入れたので、袁家に対する罰はここに決定した。


ちなみにこの甘い処罰に関しては劉弁・劉協の両殿下、と言うか、何后から強烈なクレームが出されていたりする。


それはそうだろう。


彼女にとって、袁紹は後ろ盾でもあった兄の仇であり、息子に危害を加えようとした暴漢どもの首領だ。


そのため、今回の話を聞いた際に「袁家がどれほどのモノかは知らないが、皇家よりも重視しなくてはならない理由など無い!」と叫び声を上げ、あまりの剣幕に劉弁と劉協の二人が抑えに回るほどわめきたてたと言う。


そんな彼女を黙らせたのは『彼らを皆殺しにすると新帝即位の儀が滞ります』と言う腹黒からの一言であった。


大前提として、袁家の関係者と言うのは非常に多い。そして今回袁紹が犯した罪は普通に考えればその関係者全員に関わる程の罪である。


そんな中で、どこまで恩赦が出るかわからない状態と言うのは、文官たちにとっては常に首に縄が掛かっている状態とも言えるのだ。


そんな状態では仕事どころでは無くなってしまうのは当然だし、逃げ出したりされたら仕事に穴が開くことになる。そのためどうしても恩赦の範囲は早めに決める必要があったし、後のことを考えれば出来るだけ死者を減らす必要もある。


そして「この布告以外にも『仕事の成果によっては親族の罪一等を減ずる』と言う布告を出せば、文官たちのやる気にも繋がるし、新帝の慈悲深さを見せることも出来る」と言う詭弁でもって何后を宥めることに成功していたのだ。


……ついでに幾つかのイベントも用意したのだが、そのうちの一つがこれから開催されると言うことは李儒と荀攸しか知らない。


「袁家の処罰は決定しましたし、恩赦の範囲も決定いたしました。この件についての断罪は、新帝陛下の名の下に大将軍となる董卓殿の名を以て行い、恩赦に関しては新帝陛下と司空である楊彪殿の名で。恩赦の追加に関しては丞相となる劉協殿下と王允殿の名を以て行っていただきます」


「かしこまりました」


流れとしては、前任の大将軍の仇討ちと抵抗勢力への牽制を兼ねて董卓が名家連中を断罪した後、法や罪状を司る司空の楊彪が第一回目の恩赦を決める。


そして労役やら何やらを課した罪人への評価を財貨や田畑を司る司徒である王允が見定め、丞相となる劉協へ報告、そして劉協が皇帝となった劉弁へ上奏して恩赦の拡大を決めると言う流れになる。


これにより新帝である劉弁は名家の人間たちに対して断罪と恩赦を与える事となり、誰が上に立つのかと言う事実を示すことになるし、楊彪・王允もそれぞれの立場が明確となり、劉協も新政権に於いて重要な役割を持つ存在であると言うことを周囲にアピールすることが出来る。


太尉の曹嵩はアレだが、彼は新任と言う訳ではないし、元々が名誉職なので、月に一度か二度程度劉弁や劉協に軍事的なアドバイスをするくらいで良いだろう。


しばらくしたら献金した一億銭のうちの半分……は無理でも三割くらい返却してから隠居させてやれば良いと言ったところだろうか。


「では袁隗殿は断罪される者たちの後任を定め、職務内容の引継ぎを行って下さい。これを怠った場合、恩赦の範囲は限りなく狭まることになりますので、確実に行うように。期限は追って伝えます」


「……かしこまりました」


引き継ぎを行うのは現代日本に暮らす社会人諸兄には当然のことであるが、その価値観はここ百年程で形成されたものである。


古代中国の文官にとって、知識やノウハウと言うのは掛け替えのない財産なのだ。よってこの時代の名家の連中は自分の子供や後継者以外にそれらを伝えないと言うことが良く有った。


そうして技術や情報を抱え込み、前任者として己の権威を維持したり、賄賂だのなんだのをせびったりすると言う、無駄と腐敗の温床になっているのだ。


この引き継ぎを渋る行為に関しては、言い方を変えれば『名家が歴史を重ねて維持してきた家業』と言えるのかもしれない。しかし李儒はそれを許容しないと言うことでも有名だった。


数年前の大将軍府で、引き継ぎを徹底するよう命じた李儒に対して『そんなこと出来るか!』と抜かして意図的に引き継ぎ業務を行わなかった者が、物理的に首となった上で罪人として晒されたのは有名な話である。


よって袁隗も袁家存続の為にしっかりと関係者に周知させるつもりであった。


こうして袁隗が引き継ぎ業務を行うことを確約した時点で、現段階で急ぎの用事はほぼ片付いたと言っても良い。


そこで頃合良しと見た李儒は、本日のメインイベントである()()()()を行うことを決意する。


九卿の決定を後回しにした?気のせいだ。



―――



「さてそれでは場も温まってきたところで、次の議題と行きましょうか」


まるで宴会芸を紹介していくようなノリとテンションで話を進めようとする李儒とは対照的に、事前に話を聞いていた荀攸は、隣で顔を真っ青にしながらビクッと身を震わせていた。


ある意味で対照的な二人に趙忠・王允・袁隗は首を傾げるも、そんなことはお構いなしに李儒の司会進行でイベントは進んでいく。


「実は劉弁殿下・劉協殿下・太后殿下より、趙忠殿の日頃の忠勤に対して褒美を賜与(しよ)すると言う話になっておりまして」


「……え?私にですか?あぁ、いや、望外の幸せでございますな」


いきなり名を呼ばれた趙忠は一瞬「えぇ?!」と驚いた表情を見せたものの、話の内容は紛れもなく良いことであると気付き、すぐにその表情を驚きから「まいったなぁ」といった表情に変える。


それに今回の会談に於いて袁隗は恩赦を受けたし、王允は司徒に就任すると言う役得が有ったのに、自分には何も無いと言うことに内心不満を抱いていたので、実はこうして自分にも役得が有ったと知った彼は内心で喜び浮かれていた。


袁隗や王允にも趙忠の気持ちはわからないでもない。なにせ大罪を侵した者が居る家の存続や三公就任に匹敵する褒美となれば、余程の物が用意されていると見て良いからだ。


そして実際、彼に用意されたモノは地位や名誉では無いが、間違いなく誰もが欲しがるものであり、金や権力があっても手に入らない逸品である。


「いやはや、羨ましい話ですなぁ。……では何后殿下。お願いします」


「うむ」


「「「え?!」」」


李儒が部屋の奥に声をかけると、その声に応える形で次期皇帝の母である何后が姿を現した。彼女の登場を受けて部屋に居た者たちは一斉に頭を下げる。


「あぁ、今は非公式ではあるし日頃の忠勤に対して恩賞を与える場である。必要以上に畏まる必要は無いぞ」


しかし当の何后は、今彼らに頭を下げられても面倒なだけなので、全員に対して「非公式だから楽にしろ」と言葉をかける。


「そうですか。ではそのように」


普通はそう言われても頭を上げず、三度目くらいに頭を上げるのが礼儀なのだが、李儒はあっさりと頭を上げて、イベントを進めようとした。


「「「(えぇ?!)」」」


そんな彼を見て周囲は「良いのか?!」と衝撃を受けるが、今回の件は初めから何后と打ち合わせ済みであるし、何后としてもさっさとイベントを進行させたいと言う思いがあるので李儒の態度を咎める気はない。


そもそも「楽にしろ」と言って、楽にされたからと言って「無礼だ!」と騒ぐ連中がおかしいのだ。


元は町娘でしかなかった何后としてもそんな気持ちを持っており、常日頃から礼儀だなんだのと抜かしてグチグチ言ってきた(董太后)たちに対して「そんなの怒るようなことでもないだろう」と思っていたのもある。


それはともかくとして。


ここでいきなりさして親しくもない何后から直接褒美を下賜(かし)される身となった趙忠は、内心の焦りを隠しつつも「これは何后による宦官の懐柔か?」と予想し、少しずつ冷静さを取り戻していくことに成功する。


そもそも何后は、張譲と手を組んで何進に対して宦官を生かして活用することを提言していた人物だ。今回の乱で『防衛力』と言う点に不信感を抱いて禁軍の保護下にあったとしても、彼らは政治的には無力な存在である。


そのため「自分たちの意見を表に伝えるために宦官は必要不可欠」と考えて、こうして距離を詰めて来たと考えれば趙忠としても悪い気はしない。


そこまで考えが至った趙忠は、今まで張譲らと共に下賤の女と見下してきた事など露とも感じさせぬ動作で、女官の持つナニカを受け取るために何后の前に跪く。


何らかの印綬か、それとも国宝となるような逸品か。周囲と趙忠が期待と不安で胸を膨らませる中、心なしか女官から不自然に距離を置いている何后が、褒美の内容を告げる。


「趙忠。新帝陛下と丞相となる劉協殿下、そして妾から其方に与える褒美は……これじゃ」


「「「盃?」」」


そう。何后に背を押された女官が震える手で趙忠に差し出したのは、一杯の盃であった。その中には銀色に光る液体っぽい金属と、赤く光るナニカが混在しているように見える。


「あ……」

「ま、まさか……」

「そ、それは!」


趙忠は絶句し、王允と袁隗が盃の中身に気付き驚きの声を上げ、荀攸と李儒は趙忠から、いや盃から距離を取る。


そう、趙忠に与えられる褒美は歴代の皇帝のみが服用することを許された不老長寿の霊薬(水銀と辰砂の混合品)だった。




……これより裁判と言う名の拷問が始まる。


事実を知っている荀攸は、盃の中身を知って思わず固まった趙忠を見ながら黒い笑みを浮かべる隣の腹黒外道に対する恐怖で、冷や汗が止まらなかったという。


弾劾裁判が袁隗に対してのモノだと誰が言ったのかね?ってお話。


水銀一気飲みと言う名のご褒美です。女官が震えてるのは水銀が高価なモノだとわかっているから、李儒君と荀攸と何后が距離を置いているのは……わかりますね?




――――



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