12話。弾劾裁判中②
本日2話目です
俺の言葉を受けて袁隗が下を向いてプルプル震えているけど、気持ちは分かるぞ?
袁隗の立場で考えるならニートしてた甥っ子を縁故と色々な取引を行って競合他社の役員として雇って貰うことに成功したけど、何故かその甥っ子が勤務先の社長に喧嘩を売り、周囲と問題ばっか起こしてハブられたんだ。
そんで一人で焦った挙句、トチ狂って「そうだ、社長が居なくなれば良いんだ」とか言って暴走したんだからな。
そして暴走の結果起訴されて「裁判まで黙って待ってろ!」と言ったにも関わらず逃亡したんだ。保護者としては胃が痛いどころじゃ無いだろうよ。
まぁアレが貴様らの教育の結果だし、その所為で俺の夢が遠退いたんだから、遠慮も容赦もする気は無い。
何?何進や俺を含めた大将軍府の不注意?いや、気を抜いたのは事実だが、だったら殺人して良いとでも言う気か?
しかも俺達は正面玄関を鍵を閉めずに放置していたわけじゃ無い。鍵閉めや戸締りもして、ガスの元栓もしっかり閉めていたんだ。そこを家の中にいたネズミが壁を齧って壁に穴をあけて仲間を呼び寄せ、家の中を荒して、寝ている家主に噛み付いて殺した感じなんだぞ?
尚、そのネズミは取引先の社長から預かったヌートリアな。殺せねぇし無理やりケースにも入れれねぇ。あんまり頭が悪いから躾をしようにも、頭が悪くて躾を暴力としか認識せず相手を逆恨みする始末。
そんなヌートリアが家主を殺すと言う問題を起こしたんだ。飼い主に「何てもんを預けてくれやがる!」とクレームを入れるのが普通だろう。
でもって「飼い主が責任を持って捕まえておけよ!」と言われたにも関わらずその飼い主はヌートリアを檻にも入れずにいたら、まんま逃げられてしまいましたと来たもんだ。
そんでその言い訳が「柵を越えて逃げ出しました」だもんな。どうせ新帝に差し出す気だったんだから、足の骨を折って拘束するくらいすれば良かったろうに。
それを中途半端に恩赦に期待なんかして野放しにしやがって。そこまで舐められたらこっちにも考えが有るわい。
……本音を言えば舐められなくても袁紹は逃がす予定だったがな。
「沈黙するならソレも良いでしょう。ではこれより今後についての話をするので、袁隗殿が何かを発言する際は、私の質問に答えてからにして頂きます。皆様はそれでよろしいですか?」
駄目とは言わせん。
「私は構いません」
荀攸はそうだろう。つーかそうじゃ無いと困る。
「私も問題無いですね」
趙忠も下手に袁隗に弁解されても困るからなぁ。
「こちらもそれで構いません」
王允も趙忠と似たような感じか。まずは袁家を滅ぼすことが最優先で、その方法を論じると思っているんだろう。甘い甘い。
「……」
元々袁隗は言い訳が浮かぶまでは黙ってるつもりだろうから、沈黙で問題無し。さて、そんじゃさっさと計画を進めようかね。
―――
「では今後についてです。まず新帝の即位に際して三公や九卿、そして大将軍位等も一新する必要が有りますので、その人事をこの場で討議したいと思います」
「私に異論は有りません」
「「え?!」」
李儒から発せられた議題を受けて事前に話を通していた荀攸は即座に肯定するが、この場を単純な袁家の断罪の場だと思っていた趙忠や王允は、端から見ても分かる程に狼狽していた。彼らにとっては完全に寝耳に水の話であるのだから無理も無いことであろう。
「ん?何を驚いているのかわかりませんね。王允殿も先ほど袁家に対して討伐軍を興すべきだと仰っていたでは有りませんか」
「た、確かにそうですが……」
彼らが驚いたからと言って容赦する気は無い。むしろ隙を見せたなら突くのが策士と言うものよ。と言うわけで、まず最初の標的は王允だ。
いきなりの構造改革宣言に驚く王允に対し、李儒はあえて何でもない事のように話を続けることにする。
「知っての通り軍を興すには指揮官や情報、物資に関する諸々の準備が必要になります。それを管轄する組織が大将軍府です。それなのに責任者が居ないのでは話が前に進みませんよ」
「……それはそうですな」
王允と言う男は霊帝に寵愛されて軍の総司令官となったどこぞの宦官とは違い、一軍を率いて黄巾と戦った将である。
その為、後方支援の重要さは十分理解しているし、円滑な組織運営にはしっかりとした人員の配置が必要だと言うことも分かっている。
よって李儒が「袁家討伐の軍を興す前にこちらの組織を整える必要が有る」と言うのもわかるし、その為には早期の組織作りが必要なことであると言う主張にも「確かにそうだ」と納得せざるをえない。
「光禄勲殿の仰ることはごもっともですな」
そして趙忠も、冷静に考えれば現状は自分にとって悪くない状況だと分かる。何せ一番厄介な人物だと思っていた袁隗に発言権が無いのだ。
李儒も荀攸も優秀ではあるがまだまだ若輩と言っても良い年齢だし、王允は宦官嫌いなので自分とは相容れないだろうが、彼は理想家なところや感情的なところがある。
そもそも王允は今回軍部の人間として来ているので、政治的に丸め込むことは決して難しくない。
張譲程の腹黒さや謀略の才は無いが、今なら十分勝ち目があると踏んだ趙忠は、ここで自分たちが政治的にマウントを取ろうと画策していた。
「ご理解頂きありがとうございます。いつまでも大将軍不在と言う訳にも行きませんからね。次の方に引き継ぎなどを行う必要も有るので、そろそろ何進閣下の後任を決めておきたかったのですよ」
「「「次の方?」」」
てっきり李儒がその後釜に収まると思っていた趙忠・王允・そして事実上発言権を失った袁隗もつい言葉を上げてしまう。この自他共に認める政治の化物が思わず声を上げるほど、李儒の言葉は意外な言葉であったと言うことだ。
「えぇ。そちらについては後ほどお話ししましょう。まず私としては司空に楊彪殿を、そして司徒に王允殿を、と考えております」
「わ、私ですか?!」
最初楊彪の名が挙がった際、袁家と繋がりが有ることを懸念した王允と趙忠は眉を顰めるも、次いで出てきた自分の名を聞いた王允は、楊彪に警戒するどころではなくなってしまった。
今まで能力を称えられることは有っても宦官共に邪魔をされて要職に就けなかった彼は、自身が三公に名を連ねる栄誉を想像してしまったのだ。
この時点で荀攸・李儒・王允の三人がこの人事を認めたし、袁家の縁者である楊彪が助かることが確定した袁隗も反対することは無い。
元より楊彪と言う人間は個人として先帝の覚えも目出度く、能力も実績もある人物である。つまりは袁家の縁戚と言う以外に瑕疵は無いので、人事を否定しづらいという事情もあり、この人事は決定してしまう。
「そ、それで太尉はどうされますか?」
未だに動揺している王允が、三公として自身の同僚になるであろう太尉についてを訪ねてくる。
同じ三公とは言え、先ほど大将軍の後任を決めると言う趣旨の話をしているので、新たな太尉も軍の司令官としてではなく、実績の無い名誉職になることが確定している。
そんな地位のため、誰がなってもこの場に居る人間は反対することは無いと思われるし、王允も余程の人間で無い限りは反対する気はなかった。
と言うか、空席でも良いくらいだと思っている。
しかしそれではつまらな……可哀想な男が居るではないか。
「太尉は曹嵩殿のままでよろしいかと」
「ふむ?」
「ほう!曹嵩殿ですか」
李儒の言葉に食い気味に反応したのは質問をした王允ではなく、司空や司徒に自分の意思を反映することが出来なかった趙忠だった。
なにせ曹嵩と言えば現在の太尉であると同時に、大宦官曹騰の養子となった男で曹操の父親だ。
その流れから、彼はまごうことなく宦官閥の人間。宦官を率いる趙忠としては願っても無い人事である。そしてこのポストは今は実権が無い名誉職でも、劉弁次第では大将軍に代わることも出来るポストでもある。これを宦官閥が抑えているのは大きい。
この段階で趙忠や王允は、今回の人事は李儒が自分たちに華を持たせる為のモノだと確信した。
「……よろしいので?」
王允としては宦官閥の連中に譲る必要は無いぞ?と言う意味を込めての問いだが、李儒としては別に宦官に気を遣ったわけでは無い。
「良いも悪いも……そもそも曹嵩殿は去年先帝陛下に一億銭もの財を献上して太尉となった方です。それを一年足らずで『帝が代替わりしたから罷免する』と言うのでは、新帝陛下が吝嗇だと言う風聞が立ちかねません」
「「「あぁ」」」
趙忠・王允・袁隗はまたも声を揃えて「それはそうだろうな」と納得の声を挙げる。FXで全財産を溶かすのは投資家の勝手だが、彼が投資した先は豆でも無ければ魚でもない。皇室だ。
そして先帝が曹嵩の忠義を褒め称えたならば、新帝もソレに倣うのが妥当であろう。それに曹嵩は毒にも薬にもならない人間なので、彼を太尉にしても誰も困らないと言うのも有る。それらの事情を鑑みて曹嵩の残留も認められることとなった。
これで三公は決定した。残るは大将軍と九卿である。
「そして大将軍位に関してですが……実は劉弁殿下と劉協殿下は大将軍に董卓殿を推しているのです」
「ほう」
「それは……」
趙忠も知らない情報では有るが、劉弁らの気持ちは分からないでもない。
何せ今回の事件は、実情はどうあれ光禄勲の部下である禁軍と袁紹が起こしたことなのだ。そこで「李儒が不在であり、袁紹が暴走しただけだ」と言ったところで彼らは納得しないだろう。
一応彼らを保護した功績があるので現在李儒は罪には問われてはいないが、両殿下にしてみたら李儒は信用出来そうにない存在と言うことだ。
ならば誰を信用すればよいか?と考えたとき、李儒と共に自分たちを保護した人物で、且つ禁軍と繋がりが無い董卓の名が挙がったのだろうと推察することは容易であった。
そして趙忠や王允にしても、政治的に隙が無い李儒や荀攸が大将軍になるくらいなら、洛陽に伝手が無く、政治的に簡単に転がせるであろう董卓が大将軍になってくれた方がやりやすいと言うことも有り「ここは殿下の意を酌むと言う形で認めよう」と妥協する形で、董卓の大将軍就任を認めることを承認した。
因みに大将軍府を代表する立場である荀攸は「新帝の意向に逆らう気はありません」と普通に承認したし、袁隗にとっても董卓は繋がりが有る人間なので文句は無い。
よってこの人事は満場一致で決定することとなった。
――――
そんな会談が行われているとは露とも知らない董卓は……
「久しいな孫堅。いやぁ久しい」
「そうですな。涼州以来です」
「うむ、聞けばお主も李儒殿に呼び出しを受けたとか?」
「……えぇ、呼ばれて洛陽に来たらコレです。もう何と言って良いのやら」
「分かる!分かるぞ!俺もなぁ袁紹がしつこく手紙を出して来たと思ったら、いきなり李儒殿から呼び出されてなぁ!」
「あぁ。貴殿も苦労されてますなぁ」
「本当にな!さっさと涼州に帰りたいものだ」
「わかります」
と、まぁどこぞの虎と洋酒を酌み交わしていたとか。
後日、どこぞの虎は「少なくともあの時点では、間違いなく董卓は大将軍就任の話を聞かされていなかった」と同情交じりの声で部下たちに語ったと言う。
もはや弾劾裁判ではなくただの独壇場ですな。
まぁそうなるように色々しているのですけどね。
司空は荀爽にしようか悩みましたが、荀攸がお偉いさんなので今回は楊彪で。まぁ史実では両方とも董卓政権で三公してるみたいだし、彼の出番は後ほどですかね。
かなり無理がある?いや、そもそも史実の董卓の破虜将軍からの太尉。大尉からの相国が無理筋なんですよ。
そんな無理を押し通すリアル魔法の言葉が「帝のお言葉」です。この時代はこれが有れば大体何とかなりますね。まぁ拙作の場合はこうして根回ししてるだけまだマシです。
董卓大勝利☆ってお話。
―――
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