表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
52/203

11話。弾劾裁判中①

中平6年(西暦189年)11月。洛陽


9月の何進・及び張譲殺害と10月の禁軍粛清と言う立て続けに発生した流血事件の後片付けも済みつつ有った宮城内に特設された臨時の協議場には、事実上現在の洛陽()を動かしている者たちが今後の方策を練るために一堂に介していた。


ちなみに今回集められたメンバーは


九卿・李儒

軍部・王允

大将軍府・荀攸

宦官・趙忠

文官・袁隗


と、ここを襲撃すれば今度こそ漢が終わると言っても過言ではない錚々たる顔ぶれが揃っている。


ちなみに本来大将軍府の代表は李儒になるのだろうが、彼は自身の発言力を考え輔国将軍と言う立場ではなく、光禄勲と言う立場で会議に参加していたし、袁家と並ぶ名家である荀家の意見が必要になる可能性も有ると強弁し、李儒は面倒臭がる荀攸を会議の場に引っ張り出すことに成功していた。


多数決と考えるならこの時点で2票。さらに袁隗には発言権が無いし、王允は宦官嫌いなので趙忠と意見が一致する可能性は限りなく低い。その上後述するが、今の趙忠には発言力が薄いと言うこともあるので、今回の会議では李儒の策を妨げる者が居ないと言っても良いだろう。


その根回しに関係なく、現在この面子が顔を揃えて話し合う内容と言えば、当然と言うかなんと言うか先日発生した『袁紹の逃亡』と言う事件についてである。


「袁隗殿。困ったことをしてくれましたなぁ」


この中では一番位が高いのは三公である袁隗なので、李儒は現在罪人扱いされて然るべき彼に対してもしっかりと敬語を使っていた。まぁ基本的に彼は年上の人間や先達には一定の敬意を払うので、敬語や丁寧語がスタンダードなのだが、それが時として相手に対する重圧になることは自覚していなかったりする。


それはさておき。


「……申し開きのしようもございませぬ」


李儒に声を掛けられた袁隗は一瞬ビクッとしてから、深々と頭を下げることしか出来ないでいた。


「ま、そうでしょうな。我らもまさかこの期に及んで袁紹を逃がすとは想定してませんでした……殿下方も随分とお怒りでしたなぁ」


「軍部としても流石に見逃せません。すぐに汝南に討伐軍を興さねばなりませんぞ」


言い訳もせずに頭を下げた袁隗だが、それを「潔い」と褒めるような輩はここには居ない。


むしろ反論できない袁隗に対して喜々として追撃をかける趙忠や、宦官と同じ意見なのが気に食わないのか苦々しい顔をして袁家討伐軍を興すことを提案する王允など「袁隗の態度などどうでも良い。とにかく帝の面目を保つために袁紹を殺すべき。ついでに袁家も滅ぼしてしまえ」と言う主張をする者達を勢いづかせることになるだけであった。


完全に敵地に孤立することとなった袁隗。彼の内心としては(自分は何としても汝南袁家を残す為に動いていたと言うのに、なんでこんなことに……)と言ったところだろうか。


そんな後悔やらなにやらで潰れそうになっている袁隗に対して、李儒は余裕綽々であった。どれくらい余裕かと言えば、両肘を机の上に乗せ顔の前で両手を組むと言う、所謂司令官スタイルで睥睨しているくらい余裕だった。


ちなみに彼の真横に座る荀攸には、手で隠された李儒の口元が歪んでいるのが見えていたと言う。


「討伐軍の編成は当然として、まずは誰が、どうやって袁紹を逃がしたのかを討議する必要が有るでしょう。洛陽内部に裏切り者がいては無駄な損耗が発生する可能性が有りますからな」


荀攸が内心で浮かべた「うわぁ」と言う気持ちはともかくとして、軍の編成をするならば、後方支援を行うのが大将軍府の務めである。その為大将軍府を代表する立場でこの場に居る荀攸は、より具体的な話をする為の第一歩として、袁隗の罪がどうこうよりも袁紹の協力者の炙り出しを提案することにした。


これは別に袁隗に時間を与える為のものでは無い。荀攸の立場とすれば兵糧に毒を混ぜたり、敢えて編成を遅くするようサボタージュを行ったりすることも有れば、戦場で寝返る可能性も考えねばならないのだ。


最悪の場合はそれら全てが発生することだってあるのだ。そうなれば最終的には勝ててもその損害によっては漢の屋台骨が揺らいでしまうことになりかねない。最終的に袁家から没収した財だけで負担が賄えるかどうかが分からなくなるので、今のうちに足元を固めたいと言うのは、至極まともな意見であろう。


「荀攸殿の意見もご尤もですな。では先に袁紹の協力者を消しましょうか」


「確かにそれはその通り。残る問題は罪状ですな。今回の件は袁紹らを後ほど大々的に処罰する為、その罪を公開していなかったことが事の一端で有ることは間違いない。公では罪人で無い袁紹の味方をどのような罪を以て裁くべきか……」


趙忠としては袁紹もそうだが、その仲間も宮中(自分の城)に乱入して宦官を殺し回った無法者どもだ。恩赦で生かすなどとんでもない!と思っていたので、ここで袁紹の仲間の炙り出しができるならそれに越したことはない。


王允としては、純粋に討伐軍を興した際に発生するであろう軍事的な心配と、新帝の面目を保つための方便に気を遣っているようだ。


場は完全に『袁紹とその仲間をどう処罰するか?』と言う流れになりそうだったのだが、ここで李儒はその流れを堰き止めるような発言をする。


「そもそもの疑問なのですが、何故袁家の方々は彼をあそこまで自由にさせていたのでしょう?私が耳に挟んだ情報では、袁隗殿は袁紹殿に対して『罪が確定するまでの謹慎』を申し付けたと伺っておりますが?」


「……光禄勲殿?」


そう言って李儒は言外に「アレが謹慎か?」と言う嫌味を込めながら袁隗に問いただすのだが、そんな李儒の問いに対して一番に反応をしたのは袁隗ではなく趙忠であった。


その趙忠は「何故わざわざ袁隗に発言させるようなことをする?さっさと潰せ!」と不満そうな顔をしていた。袁隗の怖さを知る彼は「袁隗を嬲ることに意味など無い。むしろ下手に自己弁護させては駄目だ!」と思っているのだ。


実際問題、趙忠の意見はそれはそれで間違ってはいない。後漢有数の政治家である袁隗は、同時に後漢有数の論客だ。今の袁隗には基本的に発言権が無いので好き勝手に話を進めることが出来るのであって、彼に発言を許せばどのような詭弁が出て来るか分からないと言う怖さが有る。


場合によっては自分を含めてこの場の全員が言いくるめられてしまう可能性を考えれば、袁隗には極力発言をさせるべきでは無いというのが趙忠の本心であった。


しかし趙忠は公的には単なる宦官の代表に過ぎず、宦官が権威を保つために必要だった霊帝は既にいない。


次代の劉弁や劉協は宦官の存在に対して理解が及んでいないのか、それとも前回の袁紹の乱入の恐怖が残っているのか、宦官よりも禁軍の人間を側に置いてるし、何后もそんな劉弁を諫めるどころか子供たちと一緒になって禁軍の側に居るので、いまや生き延びた宦官の仕事は何后の面倒を見る少数の女官の管理でしか無く、趙忠の影響力は限りなく低くなっていた。


その為、現役の九卿であり董卓と共に両殿下を保護したことで彼らの信任を得た李儒に対して、趙忠は文句をつけることが出来ない。


同じく王允も袁隗に発言させるべきでは無いと考えているが、軍部の人間として李儒を知る彼は「この質問に何かしらの意味が有るのだろう」と思っているので、特に口を挟む気は無い。


自分に矛先が向けられるのを嫌ったとも言う。


荀攸に関しては、すでに李儒の言動に対してどうこう言う気は無い。よって彼は李儒が袁隗に弁明の機会を与えた結果、袁隗が何を得たとしてもそれを受け入れる所存である。


三者三様の思惑は有るが、共通しているのは「李儒の質問を妨げることは出来ない」と言うことであった。


そして水を向けられた袁隗としても、表情に出さないものの、内心は困惑していた。


そもそも袁隗は最初から袁紹が洛陽内部を好き勝手に動き回ることを認めたわけでは無い。家臣に対しても「しっかり見張るように!」と釘を刺していた。


だがここで予想外な事件が起こる。


数日家で大人しくしていた袁紹が、何を考えたか普通に外出をするようになったのだ。護衛兼見張りの人員としては彼を押し留めたいのだが、何せ腐っても袁紹は主家の人間であり、公的にはまだ罪人ではない。


無理やり縛って閉じ込める等ということも出来ず、()()()()()()()()()()()()()()しかなかったと言う。


報告を聞いた袁隗はブチ切れて袁紹を謹慎ではなく蟄居させようとしたのだが、ここで袁紹が会っていた相手を聞いて考えを改めることとなった。


彼が会っていたのは許攸や張邈、呉匡や曹操と言った昔からの知り合いであり、大将軍府にも伝手がある人間だったからだ。さらに一番最近では董卓とも面会していたと言うではないか。


それらの人間も袁紹の関係者となれば、ただでさえ莫大な数の処罰対象者は更に増えることになるし、それらの名簿を見た劉弁が恩赦の対象を広める可能性も有ったのだ。


その上で袁紹の周囲には護衛と言う名の見張りも居るし、暗殺や逃走の恐れも無いだろう。そう考えた為、袁隗はあえて袁紹を泳がせたと言っても良い。


よって袁隗が李儒からの問いに答えるなら「巻き添えを増やす為」となるのだが、流石にそれを馬鹿正直に話すことは出来ないし、そもそもそのくらい李儒とて理解した上で聞いているのだろう。


それを確信しているからこそ袁隗は、李儒がどのような答えを望んでいるかを考えねばならないと、必死で脳をフル回転させて考えていた。


さらに袁隗が困惑している理由が有る。それは彼の調べでは、袁紹に付けていた見張り兼護衛を殺したのは()()()()()()()()()()()()()()()であることは掴んでいる。


そして袁紹の友人の半数以上が大将軍府の内部に居ると言う事実の他に、現在自前の武力を持つ袁紹の友人等大将軍府にしか存在しないと言う現実もある。だからこそ袁隗は「大将軍府の意向を受けた連中が袁紹を逃がしたのではないか?」と疑っていたのだ。


しかしそれも何進(理解ある上司)を殺され、一番袁紹を殺したいはずの李儒やその配下が当人を逃がす理由に見当もつかないし、下手に突けばどのような反撃を受けるか分からないので簡単には口には出せない。


それらが重なり、今の袁隗には李儒が何を考えているのか、何が逆鱗となるか全く理解が出来ない存在となっていた。


そしてどんな人間であっても理解出来ないモノは怖いモノである。


その怖い存在が自身に何を語らせようとしているのか、そして語った後にどうなるのか。それが分からないからこそ、袁隗は李儒と言う男を更に恐怖する。


「袁隗殿?質問に答えて頂けませんか?」


そしてその怖い男は、質問を無視されたからと言って簡単に流すような男ではない。だからと言って「質問に答えるぉぉぉ!」等と叫びを上げる気は無いのだが、その落ち着いた口調や態度からは逆に目に見えないスゴ味を感じさせる怖さがあった。



この時協議の場に居た人間は、彼の後ろに黒い塊が蠢いていたのを幻視したと言う。




実は何者かによって袁紹の護衛は殺されてたんだ!

な、ナンダッテー!ってお話。


一体誰が殺ったんだ……(謎)


董卓は現時点ではただの破虜将軍なので参加しておりません。

劉弁・劉協の食事は禁軍と彼らに監視された女官が担当しております。



―――





閲覧・感想・ポイント評価・ブックマーク・誤字訂正ありがとうございます!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ