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5話。黄巾の乱②

中平元年(西暦184年)6月。 洛陽、大将軍府。


予定通りに、名家からの推挙によって(ちゅう)(ろう)(じょう)となった崔烈が頴川で破れ、宦官が推挙した張純もまた冀州方面で破れた為、帝から正式に乱の鎮圧の勅を受けた何進は名家や宦官の邪魔を受けることなく予定されていた将を各地に派遣。


戦の連続で疲れが見えてきた賊を相手に、各将軍達は順調に成果を上げている。


そうして現在漢帝国の各地で、その特徴から黄巾賊と名付けられた連中と官軍の戦が繰り広げられている中にあって、大将軍府では一つの問題が発生していた。


「くそっ!盧植の阿呆がっ!」


頴川の黄巾党を完全に制圧し、これから朱儁が南陽に、皇甫嵩が兗州の平定に乗り出そうという時、帝から冀州を担当していた盧植に対して罷免の命令が下ったのである。如何に大将軍と言えど、帝の命には逆らえないので、この人事はもう確定事項となってしまった。


「帝が派遣した(しょう)(こう)(もん)・左豊に対して付け届け(賄賂)の支払いを拒否したことで讒言を受け、帝からの叱責を受けた……ですか」


李儒としてもこの話は聞いたことがある。と言うかてっきりこれは演義でのことであって、劉備やら張飛の見せ場を作る為に創られたありえないお話だと思っていたのだが……どうやら清流派とはノンフィクションで物語になるレベルの阿呆揃いらしい。


「あぁそうだ!あの阿呆、宦官連中が監察官として来たなら、付け届けを要求することなんざ分かり切ったことだろうが!さっさと適当に経費から出して、後でコッチに請求すりゃあ良いだけだろう?奴の自己満足のせいでどれだけの金が無駄になると思ってやがる!」


何進が怒るのも分かる。現代日本人的な考えをすれば「賄賂は悪いことだ」と言って、賄賂を要求した人間を吊るし上げれば済む話だが……この時代の、この国では話が違う。


物事を円滑に進める為の付け届けは常識だし、(絶対権力者)から派遣された監察官である左豊を軽んずることは帝を軽んずる事である。


それに大将軍府で用意した経費の中には接待費のようなものも含まれている(この時代の将軍や指揮官は軍議の後などに親交を深める為に宴会を開くこともあるし、地元の有力者との話し合いも必要なこと)なのだから、その一環と考えればそれで済む話ではないか。


盧植は宦官である左豊を嫌ったのかもしれないが、そんなのは個人の感情だ。将帥の仕事は軍務を円滑に進めて戦に勝つことであると考えれば、我慢の一つも出来ない彼に文句を言いたくなるのは当然だ。


さらに言えば


「これで数万の兵が足止めを食うことになりましたな」


「そうだ!あの阿呆が多少の経費をケチったせいで、その数百倍の金と兵糧が飛ぶっ!これだから現実が見れねぇ清流派ってのは阿呆なんだよ!」


そう、何進が憤っているのはコレだ。元屠殺業者(肉屋)である何進にしてみれば、食物を無駄にする軍隊ほど腹立たしいものはない。


名家や儒教に染まった者には「金を汚らわしいモノ」と考える風潮があるので、頭の先まで儒に染まった盧植には理解できない考えかもしれないが、将帥として考えれば兵糧の重要性は理解できるはずだ。


それに新たな指揮官の派遣や、それに伴うやり方の変更もあるだろう。軍隊とは「頭をすげ替えたぞ。さぁ気分を一新して戦え!」と言うわけにはいかないのだ。特に将帥の資質に頼るところが大きい古代中国の軍勢なら尚更である。


つまり、今回の件でどれだけの金と食糧を無駄にすることになるのか理解していない盧植と言う人間には、将帥として問題が有るという事だ。ならばそれを推挙した人間にも罪は及ぶ。


「私が完全に見誤りました。誠に申し訳ございません」


そう。盧植を推挙したのは李儒こと俺だ。まぁ実際俺が悪いとは思っていないのだが、推挙した人間が罪に問われるのも後漢クオリティである。ここで知らないふりをするわけにも行かん。


「いや、確かにアレを推挙したのはお前だが、アレは賊との戦に負けたわけじゃねぇからな。責任問題にはならねぇよ」


何進としてもこんな下らないことで知恵袋の李儒を失う気はないし、敗戦の責任を問うと言うならまだしも、盧植が賄賂を贈らなかった罪を問うと言うのもおかしな話だ。


それに盧植のせいで莫大な損害が生まれることに違いはないが、言ってしまえば他人の金。個人的な苛立ちは有るが、腹心を切るような類のモノではない。


「ありがとうございます。では後任についてですが……軍を呼び戻しますか?」


李儒が後任を定めるより先に軍隊を戻すか?と聞くのは、先程もちらりと言ったように軍隊と言うモノには将の癖が出ると理解しているからだ。例えば公孫瓚のように騎兵を重視しての速攻を旨とする戦い方をする人間も居れば、朱儁のように腰を落ち着けて手堅い戦をする者もいる。


それに、軍の内部の人選も将帥が己の癖に合わせた人間を配置するのが普通だし、盧植もそういった編成を行っている。そこに盧植だけを外して、何の関係もない人間を送っても軍としての統率を取ることは不可能だ。


そのため、盧植の代わりに人間を送る場合は、盧植が準備した人員との交流があり、将帥としての実績や能力に定評が有る者。もしくは盧植に代わって問答無用で人員を従えることが出来る立場の持ち主、つまり大将軍である何進自身が必要になる。


だがここで何進が出ると言うのはありえないし、頭だけ挿げ替えた軍が勝てるわけがないとわかっているのに、子飼いである李儒を差し向けるような真似をするほど何進は愚かではない。


つまりは、一度全軍を呼び戻して再編成をしなければまともな戦など出来ないと言う、極めて常識的な意見を述べているのだ。しかし、戦を知らない宦官どもや、兵法書の中でしか戦をしない名家連中はそれらを理解できないのだろう。


「いや、後任は司徒の袁隗が董卓を推してきた」


「董卓殿……たしか并州()()河東(かとう)太守を歴任した方でしたか?」


うん。知ってた。とは言えないので、ここはあやふやな知識を見せる感じで行く。つーかとうとう来たか~。


「そうだ。(きょう)族との戦いは100を超えるし、実績は十分あるってよ」


「それはそうでしょう。しかし率いる将兵の質が違いすぎます」


騎馬民族を相手に戦う董卓が普段率いるのは騎兵を主とする軍勢である。官軍は歩兵を主とする軍と言うだけでも違うのに、さらにその軍勢は盧植によって編成された軍勢だ。


先ほどのタイプで言えば、公孫瓚に朱儁の軍を率いらせるようなモノである。


間違いなくお互いの持ち味を殺すだろうし、まともな戦にはならないだろう。つーかこんな軍勢を任されたら、そりゃ董卓も負けるわな。


史実において董卓が黄巾に負けた理由が分かって幾分スッキリする李儒。


「そうだな。まぁそれが理解できねぇから連中はアホなんだ。袁隗にしてみりゃ俺に対するあてつけも有るだろうし、董卓に恩を売ったつもりかもしれねぇがな」


名家が薦めた崔烈は負けたが「自分の手駒はまだ居るぞ!」と言ったところだろうか?


「逆に恨みを買うでしょうな」


董卓の立場で考えれば「こんなわけのわからねぇ軍を率いらせて一体何のつもりだ!」ってなるわな。袁隗が己のキャリアに傷を付けようとしているようにしか見えんよ。


「そうだな。だがまぁ俺としては袁隗の顔を潰した上で、董卓に対して恩を着せることが出来るんだ。特に文句はねぇよ」


「犠牲になる兵士の治療や葬儀。失われる装備品についての補填が面倒ですが?」


「任せる」


「……はっ」


李儒としても董卓が負ける分には別に構わないのだ。自分たちが推挙した皇甫嵩や朱儁は勝っているし、盧植も負けた訳ではない。左豊がいくら騒いでも外戚である何進には届かないし、何進が自分を切る気が無いなら後は関係ないと言い切れる。


だが大将軍府としての仕事は別だ。指揮官が誰であれ、戦をするのが官軍であるならば戦における損害やら何やらを計算するのは大将軍府である。


そして損害とは人的被害だけではない。と言うかこの時代、わざわざ死んだ兵士に補填をするような制度はない。まぁ官軍の場合は多少の慶弔金のようなモノが出るので、その確認作業もあるのだが……。一番面倒なのは装備だ。これを全部回収できれば良いが、これが中々難しい。


生き延びた兵士の分はまだ良い。他の兵士の目があるから粛々と返却されるのが常だ。だが死んだ兵の分は同じ軍の兵士や敵によって回収されたり、生き延びた兵士の財産扱いをされてしまい、返還されないケースが多い。(指揮官もボーナスのような扱いで目こぼしをする)


基本的に官軍の装備は高価なので、向こうも喜んで回収することだろう。そうなると待ち構えているのは資料と実際の装備の差異を確認する作業。すなわち書類地獄である。


竹簡だから書類じゃない?細かいことは良いんだよ!


董卓が苦戦する程度なら良い。史実で負けたと言っても、軍勢が崩壊するレベルでは無いはずだから、その損害はおそらく多くても数千だろう。逆に言えば数千人分の武器や防具が行方不明になると言うことだ。


知らなければ良かった。所詮は可能性だと切って捨てることもできるだろう。


だが李儒はソレを知っている。


史実がどうこうではなく、自らの知識と経験から董卓が負けることを確信してしまっているのだ。


そして董卓の敗戦と損害を知って経理を担当する人間が顔を真っ青に染めるのも分かるし、彼らに応援要請をされて自分が主席みたいな感じで処理をさせられることになるのも、決して遠い未来ではないと言うことも理解できてしまっていた。


「あ、閣下。そういえば私、弘農(実家兼任地)に忘れ物をしておりまして。これから数ヶ月ほど留守にしたいのですが……」


そのため自分には自分の仕事が有ると言うことで(実際今の李儒は弘農郡の丞なので、向こうには仕事が有る。洛陽でも出来る仕事だが、決して嘘ではない)なんとか洛陽から離れようと画策する。


しかし何進は甘くない。


「ダメだ」


有無を言わせぬ強権発動である。


と言うか何進だって負け戦の際の経理の煩雑さは知っている。それに大将軍府としてもさっさと董卓の次の人員を考えなければ行けないのでその作業も有る。つまりこれから忙しくなるのだ。しかし何進個人としては袁隗を始めとした名家連中を追い落とす機会を逃すような真似をする気は無い。


「と言うか私は主簿(会計係)ではないのですが……」


「諦めろ」


そう。自分が宮廷工作に専念するためにも、何進には約束された地獄(敗戦処理)から逃げようとする李儒を逃がす気はなかった。



監査官の癖に賄賂を強請る左豊がアレなのは事実ですが、当時では珍しいことでも何でも有りません。つまり常識が無いのは盧植=サンとなります。いや、もうちょっと応用を利かせましょうよ。


でもって、この時点ですでに異民族との戦闘を経験していて賊の討伐経験も有る董卓が、黄巾討伐ごときに失敗した理由を作者なりに考察したら、こんな感じじゃないかなぁと思いましたってお話。



――――




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