4話。洛外でのこと③
作者の考察と言う名の妄想てんこ盛り。
我慢できる方のみ閲覧お願いします。
「ご無沙汰しております弁殿下、協殿下」
「おぉ~。ひさしいな、りじゅ」
「はっ!」
「……むぅ」
董卓を説得した後、両殿下が呼んでいると言うことで二人の為に用意された天幕に来て挨拶をしたんだが、アレだな。職務上何度か顔は合わせたことがあるんだが、劉協は俺の事を覚えていなかったな?
それなのに「誰だ?」とか「名を名乗れ!」と言わないのは兄である劉弁が俺を覚えていたからだろう。顔を覚えられてないのは少々アレだが、所詮は8歳の子供なんだから仕方ないか。
あとは態度が悪い!とでも突っ込む気だったかもしれんが、残念ながら俺は先帝の光禄勲であって彼らの配下では無いし、雑号とは言え将軍位に就いて軍務にあたっている最中なので、本来は頭を下げる必要も無かったりするのだよ。
まして太子ですら無いお子様に対してはなぁ!
……なんてお子様相手に微妙なマウントをとってもしょうがないわな。
「この度虎賁中郎将である袁紹が引き起こした事案に関しましては、私が不在とは言え管理が甘かったせいで起こったことと認識しております。両殿下にこのような不便をおかけした事、深くお詫び申し上げます」
袁紹が阿呆をやったせいでこうして不便をかけているんだが、古代中国的価値観だとこのままでは俺の問題にはならないらしいからな。
ここはさっさと謝罪して俺が悪いと言う方向に持っていかねばならん。
「あぁ~。りじゅがわるくないのはりげんからきいてるし、こうしてほごしてもらえたしねぇ」
む?李厳め。処刑にならない程度のフォローをすれば良いものを……
「兄上!こやつはあの袁紹の上司ですよっ!」
このままだと俺が許されてしまうと思ったのか、劉協が声を上げた。まぁ皇族としては宮中侵犯を看過するわけには行かないし、何より自分たちがこんな状況なんだもんな。
そりゃ最高責任者っぽい奴を無罪放免にはできんだろうて。
そしてわざわざ劉協が俺を断罪する流れを作ってくれたんだ。ならばこの大波に乗るしかあるまい!
「その通りです。協殿下の言う通り、部下の罪は上司の罪。そして罪には罰を与えねばなりません!」
任命責任……は袁隗だな。しかしほら、管理責任とかあるだろ?いくら推挙した奴の方が罪が重いと言っても俺にだって罪は有ると認めてくれなきゃ困るんだよ。
「えぇ~。きょうはともかくりじゅがいうのっておかしくない?」
「そうだ!貴様は一体何を企んでいるんだ!」
自分の罪を隠すどころか「自らを裁け!」と言ってくることが不気味に思えたのか、劉協が俺に対してその目的を尋ねて来る。
ふっ。策士に弁明の機会を与えるとは愚かなり!利発と言われても所詮は8歳児よな。どこぞの10歳児なら「そうですか。では貴方の罪に対する罰はこれです」とか言って来るだろう。
いや、アレは例外か。
それはともかくとして、弁明させていただくとしよう。
「企みも何も……弁殿下にはこれから洛陽に戻った後、軍部の董卓と共に今回不手際を晒した私や、宮中侵犯の罪を犯した袁紹らを裁いて頂かねばなりません」
「ん~りじゅはともかく、えんしょうはそうだよね」
ちっ意外と強情だな。しかしまぁ今は先に袁紹の話を終わらせようか。
「そうして袁紹らの罪に対する罰は、族滅以外にありません」
「うん。そうだね」
九族とか三族とも言われるが、とりあえず家族親族は皆殺し確定。袁紹に先導された連中も、袁紹を止めるどころか一緒に乱入したんだから同罪だわな。
問題は兵士どもが宮中の女官を拐かしたり財を奪ったかどうかだが、もしもコレをやっていたなら滅ぶのは袁家だけでは済まんぞ。
この辺の調査は荀攸に任せても良さそうだが、アレはアレで名家を庇いそうなんだよなぁ。
そうなると調査は名家閥じゃない人間が望ましい。
しかし董卓にそれをさせるとヘイトが溜まりすぎるよな?流石に必要以上のヘイトを溜めさせるのは……いや、それはそれで良いのか。
とりあえず袁紹の罰には異論がないようなので、次は俺だな。
「その際『私をその場に居なかったのだから罪に問わない』等ということになってしまえば、袁家に逃げ道を与えてしまいます」
「……そうなの?」
そうなんです。
「よって袁家を族滅する為には『その場に居なかった李儒ですら罪を負った』という実績が必要になるのです」
「う~ん」
「兄上、こやつが言っていることはその通りだと思います!」
うむ。俺が何かする前から、既に「袁紹死すべし、慈悲はない!」状態になっているようだな。それでこそ劉協だ。
と言うか、そもそも史実でもそうなんだが、袁紹が宮中に乱入した後、劉協や劉弁は張譲の手引きで洛陽から逃れ董卓に保護されるまでの数日間は追っ手に怯えたり、不安で満足に眠れなかったりと宮中で甘やかされてきたお子様には想像も出来ない経験をしたんだよな。
そんな状況で張譲たち宦官が、自分らを殺しに来た袁紹をフォローするようなことを吹き込むはずが無い。
むしろ何進の仇討ちだとか、自分達の過失に関しては一切言わずに袁紹らを罵っただろうよ。
ま、何進の仇がどうとかは宮中での狼藉の免罪符にはならないから、嘘を吐く必要はなかっただろうがな。
でもって、後から自身の後ろ盾でもあった伯父を張譲らに殺されたことを知った劉弁はどうか不明だが、劉協は確実に袁紹を憎んだはず。
それ以外にも袁紹は劉協の顔に泥を塗りまくるんだが、それについては後で良い。重要なのは現時点で二人に袁紹らを殺すことに異論が無いと言うことだからな。
とは言えここで俺も一緒に殺されても困る。
「協殿下の仰る通りです。そして私に対する罰は罷免と謹慎処分が妥当でしょう」
「きんしんかぁ。それならまぁ」
「……確かに。袁紹を推挙したのが同族の袁隗と言うのなら、こやつは罷免でも十分な罰かもしれません」
おいおい8歳児。妙に賢いな?あれか?李厳が何か吹き込んだか?
まぁいいや。
今の俺に必要なのは表舞台から消える事だ。そうして初めて策が成るんだからな。
とは言えここからが重要なところだ。
「ご理解いただきありがとうございます。それと私の謹慎に合わせて、弁殿下にも療養の名目で一度洛陽から離れて頂きたいと思っております」
こうして話して見てわかったが、劉弁には理解力がないわけでは無い。つまりこれはなんとかなる方かもしれんのだ。
普通の人間ならこんなことは言えんのだろうが、劉家の権威なんざ気にしていない俺だからこそ出来る提案だ。故にこの策は現時点では誰にも読めんだろうよ。
「う?りょうよう?」
「……何を言っている?」
ん?まさか自覚症状がないのか?
「えぇ、弁殿下は病に冒されておりますので、早期の療養が必要と思いまして」
「わたしがやまい?」
「あ、兄上が?!」
おいおいおい。自覚無しってマジかよ。ここはさっさと教えてやるべきだな。
「正確には病ではなく毒なんですけどね」
「ど、どく?」
「ば、馬鹿な!」
うむ、顔色が真っ青になったな。まぁお子様だから仕方ないか。
「弁殿下だけではありませんよ?先帝陛下も、桓帝陛下もその前も。光武帝様と明帝様以外の方々は皆様が宦官や時の外戚どもに毒を盛られております」
実際は明帝も危ないんだろうが、48は寿命の可能性もあるから、彼の場合はなんとも言えん。
「「はぁ?!」」
いきなり言われたとは言え驚き過ぎだろ?……いや弟子もそうだったが、少し考えればわかるだろうに。
あぁ、もしかして皇帝が毒殺されるなんて有り得ない!とか思っていたのか?もしくは宦官を信じていたか?
このアホどもめ。
「少し考えましょう。沖帝様や質帝様は外戚である梁冀によって毒殺をされたとする説もありますが、ご存知ですか?」
沖帝については怪しいところだが、質帝はほぼ確実に殺られてるんだ。それくらいは知ってるだろ?
「あ、兄上?」
「う、うん。それはきいたことがある」
ふむ。劉協はまだ子供だから知らんが、劉弁は知っていると。これは宦官が外戚である何進を警戒させるために吹き込んだと見て良さそうだ。
だがまぁそれも今の状況だと『皇帝も毒殺されると言う事例を知っている』と言う知識になるので、かえって好都合だがな。
「その方々以外は基本的に20代から30代で亡くなっております。その死も急死が多いでしょう?」
殤帝は2歳で死んだが、アレはまぁ医療水準の問題とかもあるからなんとも言えん。しかし他はほとんどが後継を定めないままに急死してるんだよな。
「た、たしかに」
「……」
「他の劉家の方々はそれほど早世されたりはしません。皇帝となった方のみがそのような死を迎えるのには理由があって然るべきだとは思いませんか?」
昔っから「明らかに寿命じゃねぇだろ」って思ってたんだよ。この時代に転生して洛陽の澱みを見て納得したわい。
「桓帝陛下は子がいないために一族の先帝陛下をお召になりましたが、その先帝陛下も去年まではご自身が閲兵式を行うほどに壮健であられたのに、今年に入って急死しております」
「ちちうえも……」
「まさか……」
あれはあからさま過ぎたよなぁ。
「先帝陛下の場合は、恐らく張譲らによって己が傀儡にされることに気付き傀儡からの脱却を願ったのでしょう。そのために張譲と不仲であった蹇碩を取りたて、己の直属軍として西園軍を組織しました。それを以て己や両殿下を守るための力としようとしたのだと思われます」
この場合は張譲だけでなく何進も警戒したって話になるけどな。
あと何后や彼女に協力した宦官に王美人が毒殺されたことも関係してるかもしれんが、流石にそこまで行くと霊帝の気分だし、俺にはわからんな。
「「……」」
ちなみに可能性を言えばキリがないんだが、アレはそこまで考えたものじゃなくて、蹇碩が張譲や何進に対抗するために強請ったモノだって可能性も高いんだよなぁ。
まぁすでに霊帝も蹇碩も死んでるんだ。都合の良いように美化させてもらおうか。
「その動きを嫌った張譲らによって先帝陛下は毒殺されたのでしょう。そして彼らの次の狙いは……」
「わ、わたしだと?」
うむ。そうなる。と言うかこの流れだとそれ以外ないわな。
「そうです。彼らは何進閣下を嫌っておりましたが、何進閣下はすでに宦官では手を出すことが出来ないくらいに力を増しておりました。そして外戚の力が増せば、宦官の力が失われることは漢の歴史が証明しております」
皇帝至上主義だからこそ皇帝に物申せる宦官か外戚が栄えるってだけの話なんだよな。民度が低いと言うか時代が悪いと言うか。
「そこで連中は何進閣下が外戚として力を発揮出来るのは弁殿下が居るからだと考えていたのです。よって、いつ弁殿下が死んでもおかしくないようにする為、徐々に毒を盛っていたのでしょう」
「そ、そんな……」
「あ、兄上、まだこやつの言うことが正しいと決まったわけではありません!」
自分が毒を盛られていたという事に絶望する兄と、そんな兄にフォローを入れようとする弟の図。
13歳と8歳でこれなら、周りも劉協の方がマシだと思うわな。
「り、李儒よ!その言に証拠はあるのか!」
嘘だったらただでは済まさんぞ!ってか?しかし所詮はお子様よ。「証拠を出せ!」ってのは負けフラグだとは知らないらしい。
「証拠と言いますか……今の弁殿下の症状は典型的な毒の症状ですよ?」
「「えぇ?!」」
わざわざ毒の現物や証言をする人間を出すとでも思ったか?目の前に患者が居るんだからそんな必要は無い。
「慢性的な腹痛やだるみに加えて手足や顔面のしびれやむくみ。さらにお言葉を出しにくくなるのが歴代の皇帝陛下が侵された毒の代表的な症状です」
自閉症とかにもなるらしいが、細かいことは知らん。
「あ~う~」
「なん……だと……?」
さすがに劉弁本人は症状に覚えがあるよな。ではこのままさっさと話を進めるとしようか。
「その毒の名は水銀。辰砂にも含まれております」
「え、しんしゃ?!」
「馬鹿な!あれは始皇帝の代から脈々と受け継がれてきた不老長寿の霊薬だぞ!」
うむ、それくらいは知っていたか。
「確かにあれは始皇帝により不老長寿の霊薬とされ歴代の皇帝陛下が服用しておりますが、紛れもない毒です。そもそも不老長寿を達成した者などおりませんし、不老長寿願望が強かったと言われる世宗孝武皇帝は水銀を霊薬として認めておらず、別の薬を探すために散財しております。あぁ幼少期に民間で育ったとされる中宗孝宣皇帝なども、宦官や外戚と深く関わって居ないためか長寿でしたな」
「「……」」
本来神経障害は有機水銀による中毒症状なんだが、いくらなんでも「薬だ」って言ってそのまま飲んだり、変な加工されたのを食事に入れられてるんだろ?そりゃ様々な中毒症状起こすわ。
「信じる信じないは殿下のお好きになさいませ。しかしながら臣としては殿下が毒に冒されていると知っておきながら放置するなどと言うことはできません。いやはや今まではお側に宦官どもが居たためにこうしてお話することは出来ませんでしたが、ようやくお話することが出来ました」
ここで「なんで今まで黙ってたんだ!」と言われないようにしとかんとな。知ってるか?全部張譲って奴が悪いんだぜ!
「そ、そうか。そうなのか……わたしはどくをもられていたのか」
「兄上……」
実際は人並みかそれ以上に賢いのに、言葉たらずなせいで周りから阿呆扱いされてたんだもんな。それがガキの頃から薬だと思って飲んできた毒のせいだと知らされたんだ。これをどう思う?
「……りじゅ」
「はっ」
普通なら自分の無能よりも毒のせいにしたいと思うのが人情だと思うが。さて、どうだ?
「……このどくはげどくできるのか?」
フィーッシュ!!
「確たることは言えません。しかしこれ以上悪化することは無いとお約束いたします」
キレートとか無いし、結局は民間療法に頼るしかないことが痛い。もしかしたら華佗なら「まふっさーん!」とか言ってなんとかしそうではあるが、今ってあいつ何歳だ?
「何を無責任なこと……「きょう」……兄上」
劉協は「必ず治します!」と言わなかったことが不満だったようで、声を荒らげて俺を怒鳴りつけようとしたが、劉弁に止められた。
劉弁はここで俺の機嫌を損ねても良いことは無いと判断したようだが……ふむ、やはり賢さが足りないと言うのは水銀中毒の症状+伯父の風評被害か。
「それでもたのみたい。おまえにまかせてもいいか?」
「はっ!全力を以てあたることをお約束いたします!」
最初から俺は『療養』とは言ったが『治療』とは一言も言っとらんのだがなぁ。ま、ここまで言われたら出来るだけはやってみよう。
え~確か軽度の水銀中毒の場合はビタミンCと硫黄が多いのが良いはず。古代中国に有るのだと前者は柿や蜜柑だし、後者は牛乳や豆乳とかならありそうだ。あとはチオール基の経口摂取とかも良いんだよな?
……ドリアンってこの時代にあるのかねぇ?まぁいいや。
とにかくこれで弁殿下の療養に付き添うという大義名分を得た!よって袁隗が何をしようと、俺が袁紹に連座して処刑されることはない!
つまり…………
俺は仕事を辞めるぞぉぉぉ!荀攸ぅぅ!
――――
神妙な顔をする劉弁と劉協を前にして、満面の笑みを見せないよう顔を伏せてプルプル震えている光禄勲が居たとか居なかったとか。
漢の皇帝(特に後漢)は早死し過ぎなんですよ。
宦官から解放された献帝は普通に50を超えてますし。
世間知らずの王子様 (13歳)を隔離して「体にいいから」と言って白濁した変な匂いがするもの(豆乳)を飲ませたり、臭くてみんなから嫌われるようなモノ(ドリアン)を食べさせようと画策する24歳の策士がいるらしいってお話。









