3話。洛外でのこと②
短めなので、文章追加の可能性有り
「では私も配下に命令を浸透させるために行かせて頂きます!」
「待たれよ」
「は?」
確かに配下への命令の徹底は重要だが、董卓にはやるべきことが多数ある。李厳が劉弁や劉協に状況を説明している間に、董卓に今後の予定を説明せねばなるまい。そう考えた李儒は、何故か急いで天幕から出て行こうとする董卓の動きを封じ、席に戻らせようとする。
「閣下には先に今後の予定をお話します。配下の方々も予定は知っていた方が良いでしょう?」
「それは……確かにそうですな」
先程の報告では洛陽で袁紹が暴走し、大将軍である何進や大宦官である張譲が死亡している可能性が高いと言う。しかもその殺害現場が本来は余人が立ち入ることが出来ないとされる宮中だ。
李厳らは何進の命令によって、手遅れになる前に逃げた為に現在のところ何進や張譲が死んだかどうかは不明だが、生きて居たら生きていたで混乱しているだろうし、何よりこの場に劉弁と劉協が居ると言う事実が有る。
洛陽の人間たちの視点で言えば「宮中での事件の後、次期皇帝と見做されていた二人が行方不明」という状況だ。これを考えれば、向こうは間違いなく混乱しているであろう。
ただでさえ洛陽と言う都市は権力と策謀渦巻く伏魔殿である。そんな普段から沼のような場所なのに、今は水面下だけでなく、様々な勢力が顔を晒して綱引きをしているのだ。
そんな地雷原に乗り込むのに予備知識も何も無いのは厳しいものがあると判断するのは当たり前だし、董卓としても配下を率いる身であることを考えれば、今後の予定を教えて貰えるならそれに越したことは無い。
その為、今すぐ外に出て配下に命令を出すよりも李儒の話を聞くことが先だと理解した彼は、席に着いて李儒からの説明を受けることにしてしまった。
……この時点で董卓の運命は決まったと言っても良いだろう。
―――
「まず我々は殿下の近衛として洛陽へと入城し、そのまま宮中に入ります」
「宮中に?しかし宮中には……あぁなるほど。光禄勲である李儒殿が指揮する軍勢こそが近衛と言う理屈ですな?」
最初は董卓も「無理だろ」と言う顔をしたが、今回の袁紹の宮中乱入を考えれば不可能では無いと言うことに気付く。なにせ李儒は禁軍を統べる資格を持つ光禄勲だ。よって彼が羽林と認めた者が羽林だし、虎賁と任じた者が虎賁であると強弁出来なくは無い。
「そうですね。袁紹が使った理屈をそのまま使います。そこで董閣下には私が淳于校尉が捕らえた禁軍どもに対して裁きを与えた後で、私を裁いて頂きます」
「はぁ?!」
李儒が禁軍を裁くというのは分かる。自分が居ないときに勝手に動いた阿呆に対して罰を与えるのはある意味で当然のことだ。しかしその後の「自分を裁いて欲しい」と言う言葉の意味が分からない。
「何か疑問が?」
「い、いや、しかしそれは……」
いきなりの提案に、疑問はおろか純粋にナンデ?!と言うリアクションをする董卓だが、李儒とて別に意地悪だとか自分がサボりたいから自らを裁け等と言っているのではない。今回は誰かがそれをする必要が有るので、董卓に頼もうとしているのだ。
「よろしいですか閣下。今回問題を起こしたのは禁軍の阿呆どもであり、連中を扇動したのは虎賁中郎将の袁紹です」
「そ、そうですな」
李厳の言葉を信じるならそうなるだろう。
「であれば、今回の件につきましては袁紹の上司である私にも責任が有ります」
「え?……そうでしょうか?」
確かに今回の件は、管理責任と言うかそう言うのを問われても仕方のないことなのかもしれない。しかしソレは現代日本的な考え方である。
古代中国においては、その場に居なかった上司よりも彼を推薦した者や家の人間にこそ罪があるとされるのが一般的なので、李儒の理屈を聞いた董卓は不思議そうな顔をしていた。
彼の価値観から言えば、李儒は何進からの命令で輔国将軍として遠征をおこなっている最中であったので、罪には当たらないと言う判断をしているのだ。
それに袁紹は虎賁中郎将でもあるが、帝直属の近衛である西園軍の中軍校尉でもある。その西園軍は現在一応のところ禁軍に組み込まれてはいるものの、厳密に言えば解体されるまでは帝直属の部隊であって、李儒の管理下にあるわけでは無い。
そのことを考えれば今回の件で李儒に全く責任が無いとは言えないかも知れないが、古代中国的な価値観では袁紹を推薦し、更に普段から監督すべき立場に有った袁隗こそ主犯となるのではないか?と言う結論に至るのも当然と言えよう。
もっと言うならば、李儒の政治手腕があれば今回の件を「自分が居ないところで袁紹が名家意識を爆発させて暴走しただけの話」とすることも難しく無いはずだし、袁家と並ぶ名家である荀家も李儒の味方をする可能性が高いので、ここで李儒が己の罪を唱えるのは袁家に付け入る隙を与えかねない悪手なのでは?
董卓はそう考えたのだが、李儒の考えは違う。
「そうなんです。と言うよりも、ここで私が罪を認めて光禄勲を解任されることが何進閣下に託された策を遂行するのに必要不可欠なのです!」
「は、はぁ」
荀攸が聞いたら「おいっどさくさに紛れて何を言っている!」と声を荒げること間違いない暴言なのだが、董卓は李儒の夢が「悠々自適な楽隠居」だと言うことを知らない。その為「大将軍に託された策を実行するため!」と言う言葉のインパクトに対して委縮してしまい、反論するよりも話の内容に引き込まれてしまった。
「そうして、ここで私が責を負うことで、袁隗や袁紹の逃げ道を断つと言うことになるのです」
とは言え、先述したように李儒とてサボる為にこのようなことを言っているわけでは無いのだ。
「それは……確かに」
董卓から見てほとんど責任が無いと言える李儒が「上司として袁紹の行動に対して責任を取る」と言うなら、袁隗に逃げ道は無い。
「更に言えば両殿下の確保に成功した李厳もまた私の部下です。私はこの功績を以て罷免だけで済ませることも可能でしょう。しかしこの件で私が責任を負って職を辞した場合、もっとも責任を問われるべき袁紹や袁隗はどうなりますかね?」
「……なるほど」
ここまで言われれば董卓にも何進の狙いと言うのが理解できた。つまり彼は袁紹の暴走で追い詰められた状況の中で自棄になったり意地になるのではなく、冷静に自身の命を以て何が出来るかを考えたのだろう。
その結果生まれたのが、己の命と引き換えに袁家と宦官を滅ぼすと言う策なのだ。
「袁紹や袁隗を追い詰める為とは言え、私が職を辞する以上禁軍を裁く者が必要になります。それは大将軍府の人間でも無ければ名家の人間でも無い人間が望ましいのです」
「う~む。それが私ですか」
確かに董卓は、袁隗によって推挙を受けたものの生まれや黄巾の乱での敗戦があったために名家とは距離を置かれているし、武官として大将軍に従ってはいるが大将軍府に所属しているわけでも無い。更に今回こうして両殿下を保護したと言う手柄を上げているので、一定の発言力もある。
その上で両殿下からの信任を受けて名家と禁軍を裁くと言うのなら、確かに現時点で董卓以上の適任は居ないと言っても良い。
「えぇ。そして裁きの内容は、私が罷免で蟄居。袁隗や袁紹は一族郎党処刑。宮中に居た禁軍や袁紹に味方した者も同様に処刑ですな」
「……」
処刑処刑と、まるで散歩にでも赴くような言い様だが、実際の内容は大粛清だ。流石の董卓も言葉を失うが、実際に袁紹が行ったことはそれほどまでの重罪であることを考えれば、それ以外の罰は存在しない。
例えば黄巾の乱の際、馬元義らに協力した宦官やその関係者数千人が殺されたが、あの時は未遂ですらあれだけの人間が殺されたのだ。それを考えれば、現行犯で宮中に侵犯した袁紹の罪は未遂だった連中よりも遥かに重いと言うのも当然だろう。
「残る問題は洛陽に地盤を持たないが故に、名家の連中が董閣下に反発することですが、それに対する準備もしております。あぁ禁軍に関しては私が粛清しますし、大将軍府にも話を通した後で董閣下に私を裁いて頂きますので、そちらは一切問題有りませんよ?」
「そ、そうですか!そちらが問題無いのであれば、私としても問題ありませんぞ」
「おぉ。それは助かります。それでは洛陽ではよろしくお願いします」
「畏まった」
董卓の内心としては、皇帝と言う後ろ盾が無い名家や宦官など怖くも何ともないのだ。怖いのは禁軍や大将軍府が李儒を奉じた場合だったが、本人がそちらを抑えてくれると言うなら何も問題は無いように思えた。
恐らく自分に求められているのは、名家や宦官共を一切容赦することなく粛清することなのだろう。
その粛清が終わった後で、適当な役職を与えられて涼州へと返されるのだろうが、洛陽で名家連中と政治闘争するくらいなら、無骨者が溢れる涼州で気ままに将軍をしている方が肌に合っていると自覚している董卓は、今回の件で李儒が用意した策に協力することを承諾してしまった。
翌年、頭を抱えて泣きそうになっている男が孫娘に目撃されたとかされなかったとか。
董卓は洛陽で仕事を任されるようだってお話。
両殿下とのお話は次回か?
これから登場キャラがどんどん増えて来るので、纏めるのがキツくなる予感ガガガガ。
登場キャラはそれなりに取捨選択していく所存です。









