2話。洛外でのこと
サブタイが浮かばない……
中平6年(西暦189年)9月・洛外
弘農で董卓と合流し洛陽へと急ぐ中、洛陽から逃げ出して来たと思わしき一団を発見した俺は、ソレが張譲らによって連れ出された劉弁と劉協の居る一団だと判断し、即席では有るが彼らを収容する用意を整えた。
そしてこちらを確認した向こうから先触れの使者が来たので、その中に居るであろう張譲がどんな言い訳をするのかを聞こうとしていたんだが……
「り、李儒様!大変です!袁紹がいきなり大将軍閣下で!何后殿下もっ!!」
「落ち着け」
何を言っているのかわからん。
「ハブッ?!」
その一団は李厳が率いている禁軍で、向こうの中には張譲どころか宦官が一人も居なかった件について。
「李儒殿……」
董卓は董卓でいきなり劉弁と劉協の登場に驚いている。うん、わかるぞ。無骨なところはあるけど、基本的に常識人だからなぁ。いや、そっちは後で良い。まずは事情の確認が先だ。
「李厳。洛陽で何が起こったか話せ」
すでに俺が知っている歴史とは全然違う方向に話が進んでいるようだし、思い込みで動くと足元を掬われる。それに情報も無く両殿下の前に出てしまい、連中に下手な言質を与えるのは拙い。
連中に「張譲を許せ」だの「宦官は悪くない」とか言われても困るからな。せめて反論は出来る程度の情報が無いと何にも出来ん。
「はっ!ことの始まりは、大将軍閣下が禁軍を引き連れて参内したことからで……」
…………
「なるほど。袁紹か」
「むぅ。あの若造が宮中に乱入とは……」
董卓は袁紹の暴走に驚いているが、俺としては納得出来なくもない。俺が知る史実では何進が張譲らに殺された後に宮中へ乱入しているが、それだって本来なら異常な事なんだ。
日本で言えば忠臣蔵に近いか?殿中で殺傷事件を起こした浅野がそこで吉良を殺したバージョンだな。それはまぁ良いが、問題はその後だ。この場合だと、吉良が死んだ後すぐに吉良の家臣、いや吉良と繋がりが有る上杉家の人間が浅野を殺す為に殿中に武装して乗り込むようなもんだぞ。
結果として将軍には全く関係が無い連中が兵を率いて城内に乱入し、敵討ちと称して浅野を探しつつ、城内の女官だの財貨を奪って回ったような感じと言えば良いだろうか?
そこには既に大義も名分も無い。にもかかわらず、それを正義だと吹聴して回ることが出来る精神の持ち主が袁紹だ。
そんなことを平然と行える性格破綻者と言っても良い袁紹と、その取り巻きの過激派連中なら、日頃から滅ぼすべしと言って憚らない張譲を始めとした宦官や、肉屋の小倅と見下していた何進を同時に殺せる機会を逃すことは無いだろう。
……有名無実とは言え、禁軍どもの指揮官になる資格が有る袁紹を野放しにしたのは失敗だったな。
「で、閣下は両殿下を逃がすことと、同じ抜け道を使うであろう張譲を確実に殺す為にその場に残ったと?」
「はっ!」
なるほどなるほど。あのオヤジめ。俺に仕事を押し付けやがったな。
「それと……」
「ん?」
何か言いづらそうにしているが、コイツは劉弁と劉協を連れて後宮から逃げ出した時点でそれ以上の情報は無いだろ?後は洛陽で荀攸が調査をしているだろうから、それを確認した上で仕上げの手を打つだけなんだが、他に何か有るのか?
「実は閣下から李儒様に伝言が」
「伝言だと?」
また微妙な。
「はっ。『時間は稼いでやるし、策にも協力してやる。だから……せめて孫の面倒を見てやってくれ』とのことです」
「……そうか」
伝言つーか、遺言じゃねーか。
こりゃ叶えてやる必要が有るが、何進が言う孫って言えば何晏だろ?確か今は2・3歳くらいだったはず。でもって確か曹操が引き取って育てた挙句、何故か麻薬を広めるんだよな?うむ、曹操に子育てなんか無理だろうから、俺が引き取って弘農で育てても良いかもしれん。
まぁ育てるのは俺じゃ無くて家の人間や弟子だがな!
「李儒殿。その、何進大将軍が命を懸けてまで貴殿にさせる策とは?」
子供に子供を育てさせようと思っていたら、俺と一緒に何進の遺言を聞いた董卓からそんな質問が飛んでくる。
李厳も不思議そうな顔をしているので、こいつも何進から具体的な話は聞いていないようだな。まぁ何進もペラペラと自分の狙いを話すような人間では無いし、時間も無かったのだろう。
確かにあの策は何進が居た方が良いのだが、必要と言うわけでは無い。準備は終わって居るので、何進に代わる人間が居ればそれで済む話だ。ソレを考えた上で『協力』と言うからには、何進は張譲を殺すことはあっても、袁紹は殺さないと言うことだろう。
奴さえ生きていれば策は成る。問題は曹操がどう動くかだが……それは後で良いな。
「申し訳ありませんが、今の段階では策を明かすことは出来ません」
当然この策には董卓も無関係では無いが、洛陽の状況が分からなければどうしようも無いんだよ。
「そ、そうですか」
うむ、そうなのだ。策士に秘密が多いのは当然だから、この辺は諦めて貰おう。
「では状況の確認も終わったところで、今後についてです。まず……淳于校尉!」
「はっ!」
この場に有って自分は部隊長だからと言うことで一言も話さなかった彼だが、話をキチンと聞いていたことは、禁軍の連中の行動を聞いて顔を顰めたり、こうしていきなり名を呼ばれても驚くことなく返事を返すことが出来たことが証明している。
「貴官は先に洛陽に戻り、大将軍府の荀攸殿と協力し未だに宮中に蔓延る禁軍どもを拘束するように。罪状は後宮での狼藉だ。逆らうなら殺しても構わん」
「はっ!」
淳于瓊は一軍の将と見れば未熟だが校尉としては優秀だし、彼が率いる部隊は西園軍の中でも実戦経験が豊富な連中だ。対する向こうは碌な指揮官が居ない上に宮中から出たことも無いような連中である。これで負けることはあるまいよ。
「言うまでも無いことだが、何后殿下を守護している者達には手を出すな。また何后から助命嘆願をされた者も殺さずに残しておけ」
「はっ!」
「では行け。あぁ両殿下を迎える為に場を清めるのも忘れるな?」
「畏まりましたっ!」
そう言うや否や、淳于瓊は一気に天幕を出て行った。その顔が真っ青なのは、自分に与えられた任務の重大さに責任を感じていたからだろう。多分。きっと。メイビー。
「李厳は両殿下の下へ赴き、こちらの事情をお伝えしろ」
「はっ!」
何だかんだ言っても向こうは子供だからな。出来るだけ早く安心させる必要が有るし、感情に任せて阿呆な命令を出されても困る。こっちはこっちで動いていると言うことを教えれば、多少は落ち着くだろうよ。
「あぁ、それとこちらは進軍中の軍勢なので、それほど良い食事は出せないしお休みの際も天幕での休息になると言うこともお伝えせよ」
「はっ!」
我儘言われても困るし、粗末な天幕で出迎えるとは何事だ!って言われてマウントを取られても困るからな。
……普段からマウントを取る為に、皇帝らに対して有ること無いことを吹き込む存在である張譲らが居ればそのようなことを言って来る可能性も有るが、ここまで李厳らと一緒に逃げて来た劉弁や劉協にそのようなつもりは一切無いし、そもそもこの状況で文句を言う等と言うことは考えもつかないだろう。
ある意味で李儒の性格の悪さが表に出たと言えるが「自分ならそうする」と言うことに対して備えないのは阿呆のすることだと考えているので、李儒としてはこの命令は必要なことだと判断したようだ。
「では動け」
「はっ!」
淳于瓊同様に青い顔で天幕を出て行く李厳を見て「ふっ。俺に皇族の相手を任せようとしたのだろうが、そうはいかんよ」と微妙に勝ち誇った顔をしたと言う。
残ったのは董卓だが、彼には彼でやることが有った。
「董閣下は申し訳ありませんが、これより私の指揮下に入っていただきます」
「はっ!問題有りません!」
ある意味無茶な命令であるが、状況的に飲んでもらわないと困ると思っていたんだが……思いのほかあっさりと指揮権を手放したな?
まぁ説明しなくても分かっているなら特に問題無いか。顔色が悪いのは……まぁいきなり両殿下の保護とかはキツイよな。
李儒の心の声が聞こえていたら、淳于瓊も李厳も董卓も「違う、そうじゃない!」と口を揃えて叫んだだろうが、幸か不幸か基本的に李儒は心の声を外に出すことが無いので、そんなツッコミが出ることは無かったと言う。
「閣下には今更言うまでも無いことでしょうが、配下の皆様にも徹底して下さい。何せ西園軍を淳于校尉が率いて出た以上、涼州勢こそが両殿下をお守りする近衛です。そして近衛の指揮官は光禄勲である私であると言い聞かせて下さい」
事情を理解している董卓は素早く納得することが出来たが、配下が同じように納得できるかどうかは別だ。そして話をスムーズに進める為には董卓から説明させるのが一番手っ取り早い。
「はっ!部下にもしっかりと言い聞かせます!」
「……よろしくお願いします」
反論が有るなら聞くぞ?聞いた上で処刑するけどな。と言う言葉を言われるまでも無く、董卓は部下の説得を約束した。
これに関して李儒は「まぁ殿下とは言え、子供の相手とかしたくないよな。そんな面倒な仕事を俺がやるって言うなら喜んでやらせようじゃないかって感じか?」と言った感じで受け止めたのだが、実際のところは今の李儒に逆らって策とやらに巻き込まれるのを恐れただけである。
言葉にするなら「今の李儒には『殺ると言ったら必ず殺る!』と言ったスゴ味が有る!」と言ったところかもしれない。
しかしこの辺董卓はまだ甘いと言わざるを得ない。李儒のような策士は『殺ると言ったら殺る』のではない。『殺ると思ったときには既に準備万端整えて殺っている』のだ。
それは害獣を駆逐する為に罠を仕掛けた罠師が、罠に掛かった獣を獲物として殺そうとするのと一緒である。スゴ味を感じて逃げる?無駄無駄無駄。狩場に入った時点で獲物は死んでいる。
獲物が助かる為には罠を食い破って逃げるしかないが、その罠は一つとは限らない。
「袁紹かぁ。そうかぁあいつがなぁ」
天幕の中でニヤリと笑う軍師を見て、肌寒さと胃の痛みを覚えた将帥が居たと言う。
―――
罠師によって獲物と認定されたのは誰なのか?洛陽に於いて曹操の進言を受けて洛外へ逃れようとする袁紹か。それとも今回生き残ることが出来た宦官か。はたまた間接的に何進の殺害に加担することになった宮中に籠る禁軍の者達か。
洛陽に粛清の嵐が吹き荒れるまであと数日。
本能か何かしらの情報を得たのかは不明だが、嵐の到来を感じて自宅に戻らず大将軍府で荀攸の仕事を手伝う典軍校尉が居たとか居なかったとか。
いや、史実の袁紹がやったことって本当に非常識なんですよね。忠臣蔵でさえ赤穂浪士が全員腹を切っているのに「何進の敵討ちならシカタナイ」とはならんでしょ?ってお話。
なんで皆が青い顔をしているのやら?食中毒ですかね?
忘れられた主人公、李儒君の帰還が洛陽に何を齎すのか。現状を理解していない袁紹以外はガクブル状態 (かもしれない)。一番アレなのは荀攸と言う噂も。
―――
独断と偏見に塗れた登場人物紹介
――
何晏:何進の孫。2歳。生没年の生まれが???なので、作者によって年齢を決められた。
曹操の三男の曹丕が186年生まれなので、まぁ同年代で良いかな?と言った感じである。
母親が曹操の妾になったことで曹操に引き取られ、息子のような扱いを受けて育てられたと言う。後に曹操の娘を娶って本当に息子になった。武人では無く芸術家であり政治家?と言った感じ。
ナルシストで女装癖が有り麻薬を広めたことで有名。ロクなモンじゃねぇな。
死因は司馬懿による曹爽らの裁判。そんな彼の面倒を司馬懿に見せさせようとする男がいるらしい。コレを李儒君の性格の悪さと言うか矯正をしてあげようと言う親心と見るかは微妙なところである。









