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幕間。そのころの洛陽②

中平6年(西暦189年)9月・洛陽


「おのれ袁術っ!あやつはこの私が袁家の家督を継承することを危ぶんで、叔父上殿らを誑かしておったっ!」


「いや、袁家の内情は知らないが……その前に何故貴公がここ(自分の家)に居るのだ?」


何進と張譲を殺したことで袁隗から厳重注意を受けて謹慎中のはずの袁紹であったが、その彼は何故か今、曹操の屋敷で酒をかっくらっていた。


曹操の立場で言えば、さっさと捕らえて大将軍府へ送るのが正解だ。しかし現在の洛陽は袁家と荀家の間で緊張状態にある。そんな状況で袁紹を大将軍府(荀攸)に差し出せば、それをきっかけにして緊張状態から騒乱へと成りかねない。


曹操としては自身が切っ掛けとなって両方から恨まれるなど真っ平御免だし、目の前にいる袁紹だって、袁家の内部で謹慎処分となっているだけで、正式に何らかの罰を受けている訳ではない。


それでも普通であれば袁紹を迎え入れたりはせずに居留守を使うのだが、彼がその指示を出す前に袁紹が来訪してきたのだ。


……ちなみに今の洛陽では何進暗殺容疑の云々については一般人までは情報が行き渡っていない。よって袁紹は悪の親玉である十常侍を滅ぼし何進の仇を討った功臣扱いである。


そんな噂しか知らない家人がいつもの癖で曹操の在宅を教えてしまい、なし崩し的に饗応することになってしまったと言うのが現状であった。


曹操にすればこの時点で頭痛を覚えるのだが、さらに問題なのが袁紹は冒頭のセリフにあるように、自身の行いに罪悪感を抱いておらず、むしろ「袁術のせいで不当な扱いを受けている!」と本気で思っていることだ。


彼にすれば「自分は袁家の為に張譲と何進を殺したのに、その手柄を認めてもらえないのは可笑しい!これは袁術の謀略だ!」と言ったところだろうか?


これは実際に袁術が「早く袁紹を殺して大将軍府や殿下に謝罪すべきだ」と言う主張をしているのも無関係では無い。と言うか汝南袁家の大半の人間が袁紹を殺すべきと言う意見で一致しているのだ。保護者である袁隗も「当然袁紹は殺す。しかし今はまだその時ではない。むしろ生きたまま殿下に差し出すべきではないか?」と言うだけであり、決して袁紹を庇っている訳ではない。


さらに嘉徳殿に於いて袁紹と行動を共にした過激派とも言える名家の若手連中はほとんどが傷を負い、治療の名目で親に謹慎処分を受けていたし、彼らが連れていた兵士が後宮で女官を拐かしたことも問題となっているので、現状で袁紹に味方をしそうな者は洛陽には存在しないと言う状態である。


周囲から孤立しつつあることを自覚していた袁紹は、今回のことに関与していない友人を頼ることにしたのだろう。ただ、彼が見込んでいた人間は大将軍府や宮城に仕える身だ。


流石に「何進を殺した自分が大将軍府の関係者を頼るのは危険だ」と考える程度の頭はあったようで、そちらには関わろうとしなかった。


まぁ元々の予定では「下賤の何進を殺して、貴公らを開放してやったのだから感謝しろ!」と荀攸らに声を掛ける予定だったのだが、袁隗(ブチ切れた保護者)から「絶対に彼らとは接触するな!」と釘を刺されたので大人しくしているだけだったりするのが、彼が本当に救えないところだろう。


そして宮城に居る人間に関しては、禁軍と大将軍府の中で緊張がある中で元凶に来られても迷惑だし、後宮の女官の中には彼らの身内が多数いたと言うことで、今の段階で袁紹と親しくするような真似は自殺行為だと誰もが理解していた。


さらに宮城の文官のトップとも言える袁隗から彼らに対して「袁紹とは関わらないで欲しい」と言う布告が発信されていた。そのため彼らは、袁紹からの使者が来ても居留守を使ったり堂々と拒否をすることができたので、袁紹はここ数日周囲の人間から徹底的に無視され続けていた。


「何故だと?朋友と会うのに理由が必要か?」


「……いや、そう言う意味では無くてだな(朋友?単なる顔見知りだろうに)」


そうして周囲から見捨てられ孤独感を膨らませていた袁紹を唯一迎え入れたのが、派閥の関係から今回の義挙(本人の中ではそうなっている)に呼ばなかったものの、同じ学問所出身で西園八校尉の曹操だった。


「ははは!私のことを心配してくれるのは嬉しいが、安心しろ。今は袁術が調子に乗っているが、こんなのは一時的なことだ!漢を腐らせていた張譲らを殺し、身分を弁えぬ肉屋の小倅を討ち取ったのは間違いなくこの私なのだ!これにより漢と袁家が栄えれば私の行動が正しかったと皆が分かるだろう!」


「……そうか(心配?何言ってんだコイツ?つーか、でかい声で何進を殺したとか言うんじゃねぇよ!)」


何進は張譲によって毒殺されたと言うのが表向きの発表なのに、ここで袁紹が大声で罪を自白しているのは誰にとっても問題発言である。袁隗もこう言った失言を抑えるために彼を謹慎処分にしていたのだろう。


そしてそれ(何進誅殺の件)を聞かされた曹操は堪ったものではない。ただ彼は「袁家の連中は何をしていやがるっ!」と大声で叫んだりはしない。思っているが口には出さない忍耐力は有るのだ。そんな曹操は、グダグダと続く袁紹の妄言に対して相槌を打ちながら、これからどうするかを真剣に考える。


そもそもの話だが袁紹は曹操のことを宦官の孫だと言って見下していた時期があった。まぁ今もそうだが、若い頃はそれはもう周囲や本人にも聞こえるように大きな声で散々に罵倒していた。


当時の曹操は袁紹の背後に袁家の名前があったから苦笑いを浮かべるだけで我慢していたが、曹操がもう少し短気で名誉を重んずる性格をしていたら、即座に斬りかかってもおかしくないくらいの罵倒っぷりであったと言う。


よって曹操にしてみたら、袁紹と言う人間はいざと言う時の保険になる程度の存在でしかない。虐めを受けた人間は加害者に対する恨みを忘れることはない。朋友?こいつが?ありえないな。


これは曹操だけではなく袁家と言う名に群がる人間の大半の意見であろう。


そんな保険でしかない袁紹が自分を危機に陥れようとしている現状はよろしくない。よって曹操が袁紹をどうにかする必要があると言う考えに行き着くのは当然のことだった。


「とりあえず貴公は洛陽から離れたらどうかね?」


「……なんだと?」


曹操からの提案を聞き急にテンションが下がった袁紹の目からは「お前も俺を見放すのか?」と言った感情が伺えるが、曹操クラスの論客にとって袁紹一人を騙すのは簡単なことである。


「まぁ聞け。後のことなど今を生きねば意味はないと思わんか?貴公とて自らを見捨てた連中に、墓前で「ありがとう」と言われたい訳ではあるまい?」


「……うむ。そうだな」


名家の価値観的には死んだあとで感謝されるのも無意味ではないが、袁術に利益供与した挙句に殺された後で彼らに感謝されたいか?と問われたら、答えは否だ。


「袁術殿や彼に迎合するものは、今回の件で貴公を人身御供とするつもりなのだろう?」


「……あぁ、間違いない」


人身御供と言うよりは身内の罪人を自らで捕らえて自浄しようとする動きであるが、袁紹からすれば彼らの行動は何進や張譲を殺したことを自分のせいにして、連中が居なくなった後の利益だけを享受しようとしているように見えるらしい。


「ならばここ洛陽は貴公にとっては敵地同然だ。我が曹家とて袁家から直接何かを言われては動きが取れん」


「……むぅ」


ここで反論出来ないのが、袁家に縋る袁紹と言う男の限界なのだろう。いや、曹操は袁紹の性格を理解しており、その上で「あくまで袁家が強大だ」と言う姿勢を貫くことで、袁紹の反論を封じていたのだから、袁紹が未熟と言うよりは曹操が上手いと言うべきかもしれない。


「よって、袁術殿らが動く前に親族を頼り、一時地方へ逃れるのが得策だと思うのだよ」


「ふむ。親族か……」


このまま袁紹が洛陽にいたら自分も間違いなく巻き込まれる。ならば洛陽から追い出そう!と言うのが曹操の策だ。これの良いところは、袁紹が逃げても袁家の管理責任でしかないと言うところだろう。


後日袁家の人間から「曹操が袁紹を誑かした!」と言われるかもしれないが、そこは「酒の席での戯言を真に受けるとは思わなかったし、そもそも謹慎させていた人間だろう?見張りは何をしていた?」と言い返せば済む話だ。


こうして袁紹に出奔を促すことで袁家に嫌がらせ出来るならいくらでもやってやる。


「なるほど。一考の余地はあるかもしれん。いや、やはり持つべきものは真に心許せる朋友だな!」


「ふっ。大したことではないさ」


過去のこと(嫌がらせ)を覚えておらず曹操を朋友と呼んで笑顔で酒を飲む袁紹と、過去に自分がされたことをしっかり覚えていて「これで袁家に嫌がらせが出来る」と薄く笑う曹操。


二人のオッサンは笑顔で酒を酌み交わしていたが、その笑顔の内実は大きく異なっていた。



―――




袁紹を帰宅させた後、すぐさま大将軍府へ駆け込んだ典軍校尉が居たと言う。


これ、もう幕間じゃ無くね?と思った読者様。Exactly!(その通りでございます)


袁紹と曹操の仲良し()コンビの会話回。絡み?そんなモノはねぇ!ってお話。

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