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4話。黄巾の乱①

あまりの高評価(ご祝儀ありがとうございます!)に怯えながらの投稿です。本日2話目

中平元年(西暦184年)2月。洛陽・大将軍府


「ふはははは!おいおいおいおい!本当か?本当に俺が大将軍なのかっ?!」


馬元義の捕獲と中常侍の封諝、徐奉の処刑。それに伴う調査で彼らに同調したとみられる数千人単位の人間が首を刎ねられた大粛清からおよそひと月。


敵対派閥である宦官連中や彼らと関係のある連中を今回の件で大勢連座させ、根刮ぎ……と言うわけでもないがかなりの数の粛清に成功した上、外戚の筆頭として帝より大将軍に任じられた何進は、まさしく人生の絶頂に有った。


「おめでとうございます閣下」


「ははっ!今の俺はその全然目出度くなさそうな声で祝辞を言われても、何の痛痒も感じんぞっ!」


……いや、別に嫌味とかお世辞ではなく、昇進しておめでとうって言ってるだけだから。当たり前のことを当たり前にしているだけなのに、上司がなんか妙な言いがかりをつけてくる件について。


なんというか、大喜びの上司のテンションについて行けない李儒である。


だが何進の立場となればそれも止むなしと言ったところだろう。元が庶民の生まれである自分が今や大将軍だ。そりゃテンションも上がるさ。


それに普段もそうだが、今の何進に対する周囲の態度と言うのは一般的に、妬みだの僻み、または嘲りだのと言った負の感情が殆どであった。


その為彼は、それらが篭った視線や態度を向けられるのは当たり前のことだったし、そうで無い者はなんとか取り繕って己の栄達を図ろうと擦り寄って来る無能どもだけだ。


目の前の若造のように、数年前から自分に仕えると言う先見の明に決断力。名家としての立場を利用した根回しもあれば、自分を大将軍にするための各種方策などを立案する能力が伴った者などそうそういない。


さらにさらに自分に対する忠義は本物(他に擦り寄る相手がいないからだと判断しているが、それでも問題無い)で、大将軍になったからと言っていきなり態度を変えたりはしない。そんな相手からの祝辞であるので、素直に受け取れると言うのもある。


とは言え、李儒の目的は何進を大将軍にすることではない。それに、ここからヘタを打てば周囲の連中はここぞとばかりに何進を引き摺り下ろそうとするだろう。そうなっては自分も巻き添えをくらってしまうので、さっさと話を前に進めたいと思っていた。


「それは良うございました。それで、今後の方策です。予想以上ではありませんが中々に相手の動きも早い様子。まずは初手で各将軍に対して明確な指示を出し、備えることが肝心です」


「……一気に現実に引き戻しやがって」


「夢を見たまま死なれても困りますので」


「……そうか。そうだな」


自分が現実を忘れる程に有頂天になっていたことを諌められた何進は、多少は面白くなさそうな顔をしたが、こう言う人間だからこそこの若造は信用できるのだと思い直すことにする。


「いつもの閣下にお戻りになられたところで、提案します」


小憎らしい程冷静だが、確かに今は緊急事態だ。ここで自分に(おもね)る連中に従って宴会なんぞを開いていたら、諸将からどんな扱いを受けるか分かったものではない。


兎にも角にも軍人に必要なのは実績なのだ。


「おう」


そんな己の将来がかかった実績を上げる為の策を聞き流すなどありえない。真顔となった何進に対して、李儒もいつもどおりに献策をしていく。


まぁ献策と言っても、大体は予想の範疇に収まっているので特に変更の必要は無さそうなモノである。だが確認を怠ると痛い目を見ると言うことは主従揃ってわかっているので、軍議を行うために用意された漢全土の地図を見る何進の表情も、さっきとは打って変わって真剣そのものだ。


「まず党錮の禁の解禁を帝に訴え、名家閥へ貸しを作りましょう」


「貸しねぇ。使える奴は使うってのと、宦官に対するあてつけもあるだろう?」


「そうとも言いますな」


前述したが、今回の乱には中常侍の封諝・徐奉が関わっていた事で、その周囲の人間はほとんどが連座で斬首となった。つまり一気に宦官の力が弱まったのだ。


ここで現在弾圧を受けている名家の連中を党錮の禁から開放することで名家閥に恩を売り、宦官との戦いを有利にしようと言う策でもある。


ただ、それで名家閥の全てが味方になるわけではない。基本的に何進を見下している連中なので「それくらい当然だ」と嘯く者も居るだろう。


それらに対し何進は恩を着せることなく、また恩知らずと罵ることもしてはいけない。あえて普通に過ごすことで周囲に器の大きさを見せつけるのだ。


そうすることで何進は己の陣営に一人でも多くのまともな人間を引き入れることが出来る。


まともじゃ無い者?不要だ。


「面倒くせぇが、まぁ必要なことだろうな」


彼は自分に足りないものを理解しているし、何より今は非常時だ。個人的には面白くなくとも、そのくらいのことは我慢するだけの忍耐力を持つのが何進の強みである。


まぁ非常時が終わった後はしっかりと料理することになるのだろうが。


「それが終わったなら各方面への手当です。これは大きく分けて二通りですね」


「二通り?」


「はい。閣下が最初から手配を行うか、先に宦官や名家に譲るかです」


「……なるほど。兵権も向こうの情報も握る俺が最初から全部手配すればこの乱はあっさり終わるだろう。功績の独占も可能だ。だが、それだと連中から「功績の独占」だけではなく「雑魚を退治しただけ」と言う難癖を付けられるわけだ」


「そうですね。それにどうせなら「強敵を打倒した」と言う方が閣下の評価も上がるかと」


「そりゃそうだな」


漢のことを考えれば、早期鎮圧こそが大将軍である何進が選ぶ道である。


だが後漢クォリティを舐めてはいけない。早期鎮圧すれば鎮圧したで文句を垂れてくる連中が居るのだ。


具体的には今回の件で面目を失った宦官と名家。


彼らは自分たちの身内や自分たちが推挙した人間に累が及ぶ前に、自らの手でカタを付けたいと言う気持ちが有る。対して既に洛陽での混乱を収めると言った抜群の功績を立てた何進にすれば、向こうに先手を譲っても良いと思うだけの余裕が有った。


なにせここで宦官や名家連中が用意した将軍が勝っても「功を譲ってやった」と言うことが出来るし、そいつらが負ければ自分が動いて終わらせることで、更なる功績を積める。


何より先手を譲ったことで「不当な功績の独占」と言う言いがかりを受けずに済むのは有難い話だ。


「なら先手は連中に譲るか。話の持って行き方としては「こちらには既に賊を鎮圧する為の腹案が有るが、そちらはどうだ?」って感じで良いな?」


「ですね。向こうに腹案があればソレを使い、無ければ閣下が動く。それでよろしいかと」


こちらにそう言われて、何進にこれ以上の手柄を立てられたくない宦官や名家連中が「自分たちに腹案はないからそっちで頼む」等と言うはずがない。


結果として情報も何も無い中で自分たちの派閥に所属する人間を選び、準備不足のままに出陣させ、当たり前のように負けるだろう。何より最初は乱が起こったばかりで相手の士気は極めて高いのだ。


そんな連中に馬鹿正直に正面から当たる必要などない。こちらが仕掛けるのは一度戦をした後だ。


下の兵士が勝利に酔い、上層部が戦後処理の煩雑さに頭を抱えているところを打ち崩す。


それに李儒としても一度官軍には負けて貰わないと地方の民や軍閥が動かないので、ここは向こうに先手を譲ることを承認してもらいたかったと言うのもある。


「では連中が人材を選ぶ前に、こちらで人材を抱え込みましょうか」


「だな。いきなり指名して「さぁ行け」って言うわけにも行かねぇだろうしな」


何事も段取りと言うものがある。下準備を怠っても良いことはないし、連中が向かわせる人員によっては普通に勝ってしまうかもしれない。


なのでまずはその可能性を潰す。こっちは元々腹案が有ると言って準備しているのだ。プライドだけが一人前以上の彼らは、何進が用意している人材を引き抜くような真似はできないし、李儒もそれはさせないつもりだ。


「まず冀州鉅鹿方面。黄巾党の首領である張角が居るココに対しては、賊の討伐実績が有り鉅鹿に近い幽州が出身地でもある盧植殿を当てるのがよろしいかと」


「あぁアレか。まぁ問題はねぇだろ」


何進としても同じ侍従である盧植のことは知っている。政治には疎いが戦は自分よりも理解しているし、幽州出身と言うことで地元の連中も味方しやすいと言うのも有ると考えれば、特に反対する理由はない。


「次いで豫州頴川。こちらは皇甫嵩殿と朱儁殿がよろしいでしょう」


「ほう。朱儁はともかく皇甫嵩か。アレの叔父は有名だが本人には大した実績はないぞ?……しかし帝が自分で招聘したお気に入りって考えれば軍権を預けても良いかもしれねぇな」


賊討伐の実績がある盧植や朱儁とは違い、それらを持たない皇甫嵩の起用には多少思うところもあったようだが、何進の権力は帝が居てこそのモノなので、帝の機嫌を取るのは悪いことではない。それに失敗したら罷免して別の人間を出せば良いだけの話だ。


「南陽に関しても同じく頴川に向かった2人に相手をさせても良いでしょう。あとは現場の判断です」


「まぁ近いっちゃ近いからな」


豫州と荊州と言った感じで州を跨ぐ形にはなるが、地図の上では頴川から少し(中国的距離感。北海道民の少しの数倍)南西にいけば南陽である。ならば新たな軍を組織して派遣するよりは、朱儁と皇甫嵩の軍勢を増強する方がてっとり早いし、何より処理が楽だ。


後回しにされた南陽の民に関しては放置一択。何でもかんでも一気に対処するのは不自然だし(決して不可能ではないが) 取捨選択を行うのが大将軍の仕事である。念の為に帝から「洛陽に近い頴川を優先するように」と言う勅を出させれば良い。


官軍も名家も(基本的には漢に居る全ての者だが)勅には従わねばならないので、この件でもって「南陽を見捨てた!」と言って何進を咎める者は居ないだろう。


「司隷周辺は私が官軍を率いても良いですし、他の者に功を立てさせたいと言うので有れば閣下の子飼いの者に任せても良いでしょうな」


「他のヤツねぇ」


司隷は帝のお膝元でもあるし、頴川や南陽に比べて(他のどの州と比べてもだが)かなり裕福であるので、暴徒と化してまで略奪をしなければ生きてけない!と言う民は少ない。その為今回の乱では、頴川の連中によって唆されて、便乗して暴れる者が出る程度と予想されていた。


それらを鎮圧すれば小さいながらも手柄になるし、司隷に乱が及ばなかったのは帝のご威光です!だとか、乱を起こさなかったことが手柄である!と言う論法にすり替えれば、賊を討伐しなくともいくらでも功績を作れると言うのが現状だ。


その為「手柄を立てさせたい奴が居るならソイツに回せ」と言うのが司隷方面における李儒の意見となる。


この「何が何でも自分に手柄を!」とがっついてこないところも、李儒が何進から高評価を得ている理由の一つだ。


だが、李儒にしてみれば「自分は19にしては十分な役職に就いているから、今のところは昇進に拘る必要は無い」と思っているだけのことであったりする。


まぁ儒の教えである「足るを知る」と言う意味で考えれば、今の李儒はまさしくそれだ。その為何進が彼を評価するのは当時の常識的にも間違ってはいないと言うのが、何とも言えないところであろう。


「とりあえず司隷に関しては名家連中にもおこぼれをやるとしようか」


「……連中はそれで恩を感じるような殊勝な性格はしておりませんが?」


当たり前のようにそのおこぼれを受け取って、当たり前のように自分の功を誇るだろう。その際に何進から何かをしてもらったなどとは絶対に言わないと言うのはわかりきってる。


後からそれを不満に思われて「お前が名家担当なんだからしっかり手綱を握れ」的なことをグダグダ言われても困るので、釘を刺すのを忘れない。


「それくらいは知っている。あくまで功績を独占しないためだ」


「あぁ、それなら問題ありませんな」


なんのことはない。賊の討伐に失敗したままでは燻った連中がどう動くかわからないので、多少のガス抜きをさせてやろうと言うだけの話だ。


李儒としても名家に対する恩が云々ではなく、何進なりに世の中を見た処世術と言うならば文句はない。


なにせ何進は自分が幕下に入る前から、この洛陽と言う権力の泥沼を泳いでいたのだ。そのため何進の泥の中を見通す目や、空気を読む能力に関しては李儒を遥かに凌駕する。


さっきまでの浮かれていた様子だったら警告もしただろうが、脇を締め直した何進に対しては戦略や戦に関するアドバイス以外の必要は無いだろう。


何進が得意とするのは政略や謀略であり、軍略ではない。故に彼が大将軍として乱を纏めるためには神童と謳われた李儒の能力は必要不可欠だし、何進が出世をすれば自分も引き立てられるとわかっている李儒も彼を裏切ることは無い。


漢を揺るがす黄巾の乱も、その経緯を知る彼らにすれば全ては盤上のこと。そしてこの乱の真相を知る者はこの二人しかおらず、この乱によって名を成す数多の英傑たちは、己が彼らの用意した盤上に上がった駒だと気づくことは無いだろう。


直近では洛陽の宦官と名家。主要かつ経験豊富な将を用意出来ない連中が誰を派遣し、その軍勢がどうなるのか。少なくとも洛陽の中でしか生きられない宦官や、政治闘争に明け暮れる名家の連中が夢想する圧倒的な勝利は無いのは確実だ。




彼も知らず、己も知らない者が行き当たりばったりで計画を立てたところで、勝てる戦など無い。情報を制する者が世界を制する。これは何時の世も変わらぬ絶対の摂理である。


そんなわけで早速黄巾の乱です。ある意味これも黄巾前夜ですが、馬元義が死んだらもう始まったと言っても過言ではないでしょう (多分)


黄巾の乱において李儒君はどう動くのか。あんまり引っ張らずに、できるだけサクッと終わらせる予定です。


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