33話。洛陽の泥の中で⑨
長くなったので分割。
文章修正の可能性有り
多数の死体が転がる部屋に於いて、袁紹は多数の兵を率いて自分の上司であった何進を囲み、そして見下していた。
尤も多数の兵と言っても、彼がこの場に引き連れてきた兵の数は自分で集めた軍勢のおよそ半分である50人、それと他の名家の若者たちやそれに従う兵士が300人ほど、さらに袁紹らが万が一にも両殿下に手を出すことが無いように監視すると言う名目で、最低限のプロ意識があった禁軍が100人ほどついてきたので、合計で450人程度と言うものであった。
ただこの中で禁軍には何進を殺す理由が無いので、袁紹に従うのはまともな戦を知らない350人だけである。この時点で袁紹の私兵は「勝ちが決まっている」と言う油断からか構えも動きも隙だらけである。
結局のところ、たった二人の敵を相手に数で圧倒していることで、兵士同様に隙を晒してドヤ顔している袁紹には理解できていないが、この数と質では今の何進を囲むにはハッキリ言って少なすぎである。
この程度の包囲では、それなりの戦場を経験している武官ならば当たり前のように蹴散らして突破されるだろうし、張遼だの李厳と言った武人ならば包囲を突破するどころか一人で皆殺しに出来るだろう。
李儒なら?彼が居たらそもそも禁軍は袁紹の味方などせずに袁紹を殺しているし、それ以前に彼はこんな状況にならないように動くので無意味な仮定と言える。
まぁ、そう言う前提を廃して彼が純粋な武人として動くとすれば……自分を包囲している人間の中から有無を言わさず数人を選出し、その数人を徹底的に嬲り殺しにする。そしてその様を見せる事で相手の心をへし折って「で?貴様等は何をしている。さっさと袁紹を捕らえろ」と言って袁紹の暴走を終わらせていると思われる。
その拷も……戦闘を邪魔する為に李儒に対して襲い掛かかることが出来る兵士がいたら?その勇者は何の苦しみも無く死出の旅に行けると言う幸せを享受できるはずだ。
つまるところ「普通に戦場を経験していて、戦場で生き延びる為に真剣に武を磨いた存在」に対して、現在袁紹が準備した軍勢モドキは何の役にも立たないと言うことである。
そしてこの場における彼らの標的である何進は、宮中にいる宦官や文官のように暴力に免疫が無い文弱の徒では無い。腐っても大将軍と言うことで、どこぞの腹黒とその部下たちから徹底的に自衛の為の武を仕込まれた武人でもあった。
そんな何進から見たら、今の状況は想定よりも悪くはない。いや、それどころかこれ以上ない状況であると言えよう。
とは言ってもそれは「生き延びる可能性が出来た」とかそう言うことでは無い。
何進は自分が避難しなかった最大の問題である体力が無いと言うことを自覚しているので、この場で250人の兵士を殺しきることは不可能だし、適当に殺した後で逃げたとしても追手が生じるなら逃げ切ることは不可能だと言うことも分かっている。
では何が好都合なのか?
決まっている。道連れを増やすことが出来ると言うことだ。
今まで座っていたのも、別に恰好をつけていたのではなく体力を温存させる為だし、後宮の調理場に有った鉈を大量に運んで投擲武器として使ったのも体力を消耗しないようにする為だ。そのおかげで、今の何進や何苗は袁紹の前に現れた張譲やその護衛を殲滅しても多少腕が疲れた程度で済んでいる。
(最期の祭りにはちょいと物足りねぇな)
そう思いながらも、何進はこの場に一騎当千と言えるような武人が居ないことを喜んでいた。
――
「で、クソガキ。ココに何の用だ?」
「……口の訊き方に気を付けろ。いや、下賤の者には…「ギャッ!」…何ッ?!」
「質問に応えろや」
「ぐぇ?!」
「バギャッ!」
何進の問いかけに対して尊大な態度で応えようとした袁紹だが、その口上の途中で自分の近くにいた兵が次々と殺されていくことに驚愕し、動きを止めて悲鳴が上がった方向を見やれば、数人が投擲された鉈によって頭をカチ割られていたり、腹を裂かれていた。
「ぎゃー!」
「な、なんで……」
「こんなの聞いてねぇ!」
「え、袁紹さまぁ……」
頭を割られて即死出来た者は良い。だが、腹だったり腕だったり足を破壊された者は痛みを耐えることなど出来ず、自分を誘った袁紹に縋るような、咎めるような視線を向ける。
彼らは雑兵ではない。袁紹から「圧倒的な力で以て下賤の者に誅を下すだけだ」と言われて参加した名家の者達だ。
「何進っ貴様っ!」
自身が苦心して集めた友が次々と殺されていくことに怒りを覚える袁紹だが、何進にとってはこの場にいる以上は全て敵だ。袁紹はその首領なので、彼の事情など知ったことでは無い。そう言った考えから、普通の兵よりも身なりが良い者を狙って攻撃を加えていく。
禁軍を狙わないのは無駄に敵を増やす気は無いと言うことだろう。
「あん?黙って殺される阿呆がどこに居るってんだ?そこの張譲でも自分が殺されそうになったら反撃するだろうよ。そんな敵を目の前にして、ぬぼーっと隙を晒すのが悪りぃんだろうが」
「まったくだ。コレだから喧嘩も知らねえガキは駄目なんだよ」
「何苗ッ!!」
下賤の者の更に下。そう判断して完全に眼中に入れていなかった何苗にまでガキ扱いされた袁紹は怒りで顔を赤くするが、社会的には車騎将軍であり河南尹である何苗の方が上である。よって彼にガキ扱いされて怒ること事態が間違いなのだが、家柄が全てと考える袁紹にはそんなことは分からないのでただただ「己が不当に貶められた」と考えて頭に血を昇らせるだけだ。
「うぅ……」
「あ、あぁぁ」
「痛ぇ、痛ぇよぉ!」
「俺の腕が、俺の腕がぁぁ!」
「おのれおのれおのれぃ!よくも下賤の者が我が友を!」
こう言う所がガキだと言うのだが、本人は気付いて居ない上に、何進も何苗も敵の大将は阿呆の方が都合が良いので黙々と武器を投げつけていく。
「何をしている!殺せ!奴を殺せぇ!」
「……無理です」
「な、何!?」
最早マウント取りなどどうでも良い。友の仇を討つのだ!と周囲の兵士に発破をかけるも、肝心の兵士たちが動かない。それどころか最初の半包囲すら解けている状態だ。
それに対して何をやっている!と怒鳴り声を上げた袁紹だが、これは完全に袁紹の想定ミスである。そうして面と向かって命令を拒否されたことに驚愕する袁紹に対し、彼に雇われた兵士が袁紹のミスを指摘することで、状況を正しく認識させようとする。
「良いですか?まずあの者達は袁紹様が雇った兵ではなく、袁紹様のご友人の方がお雇いになった者達です」
「う、うむ」
「ですので、彼らはご友人の命を優先しなくてはなりません」
「そ、そうか。それはそうだな!」
流石の袁紹も「友人などどうでも良い!」とは言えない。と言うか、何進の命よりも自身の友人の命を優先するのは当然だと言う考えが有るので、彼もこれに異を唱えることは無い。
実際問題、周囲の兵にとっては自分たちの雇い主が攻撃を受けているのだが、所詮彼らは今回の為に金で雇われた兵士なので「よくも!」と言った感じで前に出ようとは思わない。
いや、最初は雇い主の仇を討とうとした者も居たのだ。
だが大した実力が有るわけでも無く、宦官などを殺して調子に乗っただけのチンピラでしかないその男は、一歩踏み出したと思ったら飛んできた鉈で頭をカチ割られてしまった。
同僚のそんな死に様を見せつけられた袁紹の友人の私兵たちは、完全に委縮してしまい「雇い主を守る」と言う受動的な行動を選択せざるを得ない状態になってしまう。
誰だって死にたくは無いし、一応の名分が有れば人はそちらに流れるものだ。
「……なるほどなぁ」
張譲の時もそうだったが、圧倒的な優位にありながらも怯えた目をして動かない敵を見て、何進は自分に「攻撃を加えることで死者を作るよりも負傷者を作るように」と言う戦場の知恵を授けた李儒の性格の悪さを再認識していた。
彼の、と言うよりかは彼らの価値観では総大将や指揮官は殺すか捕えるかするものであって、中途半端な負傷をさせて放置するモノでは無い。李儒の教えはその思考の隙を突いたと言える。
問題はその思考の隙を突かれた袁紹だ。
「で、ではこのままどうしようも無いと言うのか!」
まさかここに来て「向こうの行動が予想外だったので動けませんでした」などと言っていては目的を果たすどころではない。袁紹の名誉は間違いなく地に落ちることになる。
そうなった場合、袁術らが自身に向ける目を想像してしまうと、袁紹は友人の保護などどうでも良いから行け!と叫びたくなる。
それに自分の友人たちを守る為に周囲の兵士が動けないと言うのなら、自分の兵士たちとて条件は同じである。いや、袁家の人間である自分を守る必要が有るのだから、兵士たちには友人たちよりも防御に専念させる必要が有る。
「いいえ」
しかしそれは事態の硬直を意味する。流石の袁紹も時間を掛ければ大将軍府から援軍が来る可能性を理解しているので焦りを覚えるが、彼に雇われた兵士はそこまで阿呆ではなかった。
「な、何か策が有るのか?」
「策も何も。何進が投げる武器が無くなったら襲えば良いのですよ。投擲武器が無くなればご友人も無事ですからね」
「お、おぉ!」
確かに彼らは思考の隙を突かれたが、だからと言って黙って殺されるだけの存在ではない。と言うか、何進や何苗が投げる鉈も無限ではないと言うことは少し考えれば分かることだ。
どこから調達したかは知らないが矢束のように積まれていると言うわけでも無いので、その数は推して知るべしと言ったところだろうか。
そうして鉈の残数を空にしてしまえば、あとは数で圧殺出来る。贅肉塗れの中年の近接戦闘能力など脅威度は無いに等しい。と言うか、投擲でココまでの攻撃力を出せると言うことが予想外なのだが、所詮は武器に頼ったものでしかない。
矢が無くなった弓兵など脅威にならないと言うのは語るまでも無い常識なのだ。
さらに袁紹の友人たちは今回の事態を舐め腐っていたのか、まともな装備をしていなかったり、衣服を着崩していたりと完全に油断しきっていたのだが、雇われの私兵たちはそれなりの装備で身を固めていたと言うのもある。
その為彼らは何進からの投擲を受けても、鎧や甲の部分(盾は禁軍以外持って来てない)で防いだりすることで即死は免れると言うことを学ぶことが出来た。まぁ受けた部分の骨は砕けたり折れたりしているのだが、頭を割られて死んだり、腸をぶちまけたり、手足を切断されることに比べたらマシだろう。
また、こうなると周囲の人間にも何進の攻撃も必殺ではないと言うことがわかるし、この状況でも援軍が出てこないと言うことを考えれば、伏兵は居ないと判明していると言える。その為、兵士は時間の経過と共に何進らの脅威度はどんどんと下がっていると判断していた。
「残る問題は袁紹様が殺されることです。故にまずは我らの陰に潜んで下さい」
「う、うむ!」
兵士に言われて、隙だらけで突っ立ったままだった袁紹は、そそくさと兵士たちの陰に隠れる。その様子をみて兵士は「これで一安心だ」と息を吐くが、この雇われ兵は別に袁紹への忠義でこのような警告をしたわけでは無い。
ここで袁紹に何かが有れば、袁家によって自分たちが殺されることを理解していたから、彼に万が一が無いようにしたに過ぎない。……断じて「敵の前で隙だらけの姿を晒して喚き散らす袁紹を見るのがウザかったから黙らせた」等とは考えていないと言うことは確かであろう。
ただ、そこまで考えたところでこの兵士はある違和感に気付いた。それは言葉にするなら「なぜ何進は袁紹に対して攻撃をしなかった?」と言うことだ。
彼が行う投擲には、袁紹の友人を狙って負傷させる精度が有り、防御しても骨を砕く程の威力がある一撃で有るのだ。当然隙だらけで偉そうにドヤ顔をしていた袁紹の顔にソレを叩き込む余裕はいくらでも有ったはず。
にも関わらず袁紹は未だ無傷。コレは何かの罠では無いか?そのような考えが頭に浮かぶも、所詮一兵士でしかない彼らには政略と謀略の化物である何進の狙いなど読めるはずも無い。定期的に投擲される鉈を防ぎながら、何やら得体の知れない焦燥感を感じていた。
対袁紹戦。長引いております。
今までニートだった袁紹には荷が重い相手ですが、戦いは数なので何とかなりそうな予感がしないでもないってお話。袁紹よりも何苗の方が好感度が高そうな三國志を作者は知りません。
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