24話。若き英傑の酒宴
時系列としては、何進が我が世の春を満喫しようとして李儒に止められてたときくらい。
中平6年(西暦189年)7月。洛陽
ある夏の日の夜。(自称)名家閥の旗頭的存在の若者と、十常侍らに対抗する宦官閥の旗頭的存在(こちらは自他共に認められつつある)若者が盃を酌み交わしていた。
「くそっあの成り上がり者がっ!」
杯に注がれた酒を一気に飲み干した青年は、ドンッと言う音とともに恨み言を吐き捨てる。
そんな青年の向かいには、彼とは正反対に落ち着き払いながら杯を傾ける少年のような青年が居た。
荒々しい気を振り撒くのが袁家の若き俊英、袁紹。そしてその袁紹を冷静に観察するのは大宦官の孫にして太尉の息子である曹操だ。
二人は名家閥と宦官閥と言う違いは有れど、同年代かつ同じ学問所で学んだ仲と言うこともあり、派閥を超えての交流を行っていた。
まぁ曹操にしてみれば袁紹をおだてておけば、将来何かの役に立つだろうと言う計算が有るし、袁紹にしても宦官の関係者は気にくわないが彼と付き合っていれば向こうの情報などが得られるし、何より学友に頼られて悪い気はしないので、有る意味では利害が一致していると言えよう。
そんな利害が一致している彼らの最近の話題と言えば、当然と言えば当然のことながら今をときめく大将軍閣下とその配下に関してである。
ーーーー
今日も今日とて何進の文句。いやはやよくもまぁ同じような愚痴が続くものだな。
「曹操っ!お前は悔しくないのか?!」
いや、別に。とは言えんか。
「俺だって悔しいさ。しかし現状ではどうしようもあるまい」
外戚が出世するのも、政敵が居なくなれば外戚の権力が増すのも当たり前だろうに。どうせあと10年もすれば死ぬのだから、無駄に拘ることもあるまい。それを何でこうも騒ぐのか。
「くそっ!肉屋の小倅が偉そうに!何が「勝手に俺の名を使うな」だ!奴の名など意味はない、その隣に有る私の名に意味が有ると言うことすら理解出来ておらん成り上がり者がっ!」
いや、何してるんだコイツ。勝手に大将軍の名を使うのはどう考えても拙いだろう。
と言うかこいつの鬱憤はコレだな。普段から甘やかされて育ってきたから、袁隗だの袁逢のような連中ならまだしも、それ以外の者に行動を掣肘されるのが気にくわんと言うことか。
……危ういな。少し水を差すか。
「確かに彼は成り上がりかも知れんが、彼に意見を述べているお二人は名家だろう?ならば彼も名家の考えに従っていると言えるのではないか?」
袁家の派閥ではないが荀家は紛れもない名家だし、李儒とて弘農に荘園を持つくらいだからそれなりの家だろう?ならば何進は名家の意思に従って動いていると言えるのではないかと思うのだが。
「……荀家はまだ良い。しかし李儒だぁ?どこの馬の骨ともわからん若造と我らと同格のような扱いをするな!」
ん?妙に李儒に対して対抗意識が強いな?普通なら同格と言っても良い荀家の荀攸を警戒しそうなものだが……あぁなるほど。
これは宦官で言えば「十常侍と一緒にするな!」と騒ぐ自称忠臣の宦官と似たようなものか?名家にも派閥はあるし序列があるのは知っているが、その確執は俺が想像する以上のようだ。
これは何かに使えるかもな。
と言うかそれなら十常侍と一緒にされない李儒の方がまともに見えるのだが、その自覚は有るか?それに勘違いは良くないぞ。
「同格というか、完全に向こうが格上だがね」
「うぐっ!」
少しは冷静になれ。
それとわざわざ何進の名を隠しているというのに、李儒の名を大声で叫んでどうする気だ。立場で言えば何進の方が上だが、実質的に大将軍府を動かしているのは奴だぞ?一時はあの張譲すら上回る権勢を得ていた蹇碩ですら、奴とはまともに遣り合えずに一方的に殺されたのを忘れたか?
あれは何進がどうこうではなく、李儒の手際だ。
今回の件で確信したが、あの男は名家だろうがなんだろうが容赦はしない。袁隗とて準備不足で奴と戦おうとは思わんだろう。
故にもしも今の段階で袁紹が李儒と敵対したなら、袁家は迷わず袁紹を切り捨てるはずだ。袁術も積極的に動くだろうしな。
それだけの相手だと言う認識をし、万難を廃して動かねば即座に食われると言うのに、こいつは袁家の力を過信しているのか万事に無用心過ぎるんだよ。
「大体なんだアイツは!光禄勲で司隷校尉で将作左校令で輔国将軍で弘農丞ぅ?光禄勲だけでも俺たちより上だというのに、あんな若造にこんな待遇が許されていることに不満は無いのか!」
だから大声を出すなと言うに。……いやむしろこれなら、不平不満ではなく「若造が嫉妬でイラついているだけ」と見てもらえるか?
「なぜ黙る!」
「……実績があるからな。仕方あるまい」
なぜ黙るってお前。言葉を選ばんと俺も連座させられるだろうが。
それに不満?あるはずがなかろう。それどころか、あそこまで仕事を押し付けられているのを見れば、むしろ哀れみすら覚えるぞ。
大体だな。少なくとも李儒には親の脛を齧って無職を貫いて大物を気取っていたお前や、朱儁の下で多少の武功を稼いだだけの俺とは違い、黄巾の乱の際の後方支援の手際や涼州の乱に於ける指揮と言った実績がある。
更に言えば、それ以前に外戚の一人に過ぎなかった何進を大将軍にしたと言うのは大き過ぎる功績だろうよ。
政を知り、戦を知り、戦準備の重要性を知る腹心ならば、それにふさわしい役職を付けるのは当然だろう。
……まぁ役職を与えすぎて潰れる可能性も有るが、今のところ全ての職務を滞りなく終わらせている所を見れば、まだまだ余裕は有りそうだがな。
それに蹇碩と董重が企てた何進の暗殺計画を察知して対処したのは奴だ。多忙だろうが何だろうが敵を見逃さんと言うことは証明されたと見ても良い。
つまり奴が居るうちは何進に隙は無いと考えるべきだ。
と言うかだな、何進は十常侍は殺しても宦官を皆殺しにする気は無いからな?俺としても中途半端に名家が幅を利かせて家柄で全てを判断されるよりは、結果と実力で昇進出来る今のままの方が都合が良いんだよなぁ。
こう考えているのは俺だけではないぞ?袁家や荀家のような格が高い家の関係者連中以外の者たちは、名家だろうが何だろうが活用する何進の方が良いと思っていると言うのに……この袁家至上主義の袁紹はどこまで現実を理解できているんだ?
「実績ぃ?あの若造に実績など無い!あやつの立てた策など官軍の精強さに頼っただけの策とも言えんような常識的なモノではないか!黄巾の乱のときは「穎川方面に皇甫嵩と朱儁を回せ。鉅鹿には盧植を出せ」と言うだけで、実際に活躍したのはお前のように現地で命をかけた将兵だろう!それに涼州の乱の際は董卓や孫堅が率いる兵士に助けられただけではないか!」
精強?官軍が?何を言っているんだコイツ?いやまさかコイツ。李儒の怖さを理解していないのか?
「相手が嫌いなのは構わんが大局を見失うなよ?大軍に用兵無し。無駄のない作戦行動を無駄なく行わせることが大将軍の仕事なんだ。現地での戦に口を出さないのはむしろ評価するべきところであって貶すところではない。もっと言えば黄巾の乱において最も評価すべき点は俺たちが穎川や南陽で賊を打ち破ったことではない。馬元義が洛陽で乱を起こそうとしたのを未然に防いだことだぞ」
洛陽が磐石だからこそ、官軍は万全の支援を受けることが出来たのだ。その上で後方の連中に足を引っ張られる心配が無いと言うだけでどれだけ助かったことか。
しかもアレには張譲も関わっていたと言うことが判明しているからな。当時の状況で十常侍が乱に加担し、官軍の足を引っ張っていたらどうなっていたかもわからんか?後の涼州の乱で皇甫嵩や張温がどれだけ洛陽に足を引っ張られたかを見れば、一目瞭然だろうに。
「お前はヤツの肩を持つって言うのか?!」
「肩を持つも何も、敵だろうと味方だろうと正しく評価しなければ勝てる戦いにも勝てんぞ」
「むむむ……」
何が「むむむ」だ。孫子にも『彼を知り己を知れば百戦殆からず。彼を知らずして己を知れば、一勝一負す。彼を知らず己を知らざれば、戦う毎に必ず殆し』とあるだろうが。己が見えていないのだから、せめて敵は見ておけよ。
「と言うか、今の我々に出来ることは大将軍府からの命令に従うことだ。それに対して「否」と言うなら、問答無用でたたき出されるぞ」
意見を言うのは良いが、職務怠慢は許さんのが連中だ。俺としては実に働きやすいと思っているのだが、向こうが俺を警戒しているのか中々仕事が回ってこないのだよなぁ。
やはり最初に自分が使えることを主張するために「宦官閥の纏め役になれる」とか主張したのが拙かったか?
「ふん!この中軍校尉虎賁中郎将たる俺を叩き出すだと?やれるもんならやってみろ!」
「……はぁ」
先帝が崩御した時点で、いや上軍校尉が蹇碩と言う時点で西園八校尉に名声以外の価値など無い。さらにそのうちの4人が汚職で処罰され、蹇碩も宦官にすら見捨てられて処刑されたろうが。そんな集団に何の価値があると言うんだ。
実際今は官軍の別働隊扱いで司隷校尉の配下に組み込まれているし。
いやまぁ淳于瓊は普通に賊の討伐などに使われているが、あれだって李儒が禁軍を腐らせないようにするために使っているに過ぎん。
それに俺たちも虎賁中郎将だの議郎と言ったところで、光禄勲の属官に過ぎんだろうが。つまるところ、現状ではどこまで行っても李儒の部下なんだぞ。
うーむ。今までは袁家が勝ち馬だと思っていたんだが、コイツや袁術が次代だろ?付き合いを考えんといかんかもしれんなぁ。
そう思っていた時が俺にもありました。
「……ここだけの話だがな?」
「何かな?」
いきなり顔を近づけ、声を落として来る袁紹に曹操は嫌な予感を覚える。
「実は宦官どもを皆殺しにして、その罪を何進に押し付ける策を実行中なんだ」
「おいおいおい」
俺が利用する予定なんだから皆殺しにすんなよ。と言うかそれを俺に伝えてどうする気だ?
「これが成功すれば宦官は一掃され成り上がり者も失脚する!そうなれば叔父上も俺を認めるだろう!どうだ?最高だろ?アハハハハハッ!」
でかい声出すんじゃねぇよ!
「ふふふ、董卓ら地方軍閥の連中が洛陽に来た時が宦官の最後だ!曹操よ、お前も良く良く考えることだな!」
コイツ。勝手に地方の軍閥を召集したのか?しかし董卓だと?
「董卓と言えば、黄巾の乱で盧植の後釜となって鉅鹿方面の賊に当たったが負けた将だろう?そんなのが使えるのか?」
その後の涼州では功績を挙げたが、その前にも皇甫嵩の足を引っ張ったことは有名だし、手柄を立てた時は向こうには張温や李儒が居たはずだ。董卓個人の将としての質はどうなんだ?
「ふっ心配するな。賊ごときに負ける弱兵であっても、宦官ごときなら殺せるだろう?」
「それはそうだが……」
普通に禁軍の一部隊を買収したほうが早くないか?
「それに董卓は叔父上によって推挙されて、叔父上に命を救われた身よ。その恩を返すと言うのは当然だが、奴個人も黄巾の乱の際の失態を挽回する為に死に物狂いで働くだろうさ」
「……なるほど」
董卓が袁家に恩を感じていると信じて止まないか。袁家至上主義のこいつらしい考えではある。
「そして、奴が宦官を殺したらそのまま何進とぶつかってもらう!そのあとで禁軍を抑えた俺が董卓を討ち取れば、残るは成り上がりも宦官も居ない洛陽だ!俺の手で清く正しい名家による漢の再興を成し遂げることが出来るんだ!」
あぁ。その為には弱兵を率いる董卓の方が都合が良いと言うことか?いやはや危険すぎる考えだし、何より声がでかい。
「……」
テンションが上がってきたのか大声で叫び出す袁紹に対して、自分たちが監視を受けているであろうことを自覚している曹操は、無言で杯を嘗めるだけに留めていたと言う。
―――
「閣下、曹操が火急の用が有るとのことです」
「あぁん?」
どんな遠大な計画だろうと露見してしまえば意味はない。袁紹と曹操の酒宴が終わってから、直ぐに大将軍府に駆け込んだ典軍校尉が居たと言う。
愉悦準備中?
洛陽に董卓を呼んだのは何進ではなく袁紹でごわす。おそらくこんな計画だったんじゃないかなぁと思いました。拙作では李儒君が居ますが、史実では袁紹は何進の腹心で司隷校尉でしたし、西園八校尉の一人で虎賁中郎将でもあったので不可能では無いと思いたいってお話。
この時点では曹操は天下とか目指して居ないと思うんですよねぇ。信長も美濃を取って義昭が来るまでは天下とか考えて無かったと言いますし。
若者(30代小さいオッサン)による男二人の飲み会。何事もないはずもなく……
――
リクエストにお応えして何進陣営のざっとしたメンバー紹介。これ以外にも大小さまざまな人間が所属しています。
大将軍・何進
光禄勲司隷校尉将作左校令輔国将軍弘農丞・李儒
尚書郎黄門侍郎・荀攸
尚書郎・華歆・鍾繇
驃騎将軍河南尹・何苗
破虜将軍・董卓
偏将軍・張楊
中郎将・孫堅・公孫瓚
謁者・橋瑁・董昭・何顒
騎都尉・呉巨・張遼・鮑信・王匡・董旻
五官郎中・廖化・楊奉
例えば孫堅の下には程普・黄蓋・韓当を始めとした諸将が居ますし、荀攸の配下にも大量の文官がいます。つまり現状で結構な数の文官や武官が何進閥には所属しております。
―――
微妙だけど何進閥扱いの人達
中軍校尉・袁紹
下軍校尉・淳于瓊 (出世?した)
典軍校尉・曹操
その他武官。
まぁ基本的に武官は派閥に関係なく何進の管理下に有り、さらに軍部において何進の評価は極めて高いので、皇甫嵩や朱儁や王允。張温や盧植等にも命令出来るし、彼らも普通に何進に従います。
―――
おまけ
李儒配下
別駕従事・鄭泰
左中郎将・李厳
都尉・徐晃・楊任
議郎・徐庶・司馬懿
李厳以外は基本的に弘農で仕事をしています。
有名どころだとこんな感じでしょうか?李儒君はある事情から積極的に登用が出来ない状況にありますので、個人的な配下は少ないですね。
―――
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