22話。西園八校尉④
サブタイ詐欺?そんな感想を抱いた読者様に作者に無いものを教えてしんぜよう。
情熱・思想・理念・頭脳・気品・優雅さ・勤勉さ!そしてなによりもォォォオオオオッ!! ネーミングセンスが無いッ!
「「は?」」
コイツ、今なんて言った?
突如として李儒が放り投げて来た爆弾発言に何進と荀攸は身を強ばらせる。それもその筈、李儒は冗談のような軽さで話しているが、これは決して冗談で話して良い内容ではない。
その証拠に李儒ほどではないが表情を表に出さない荀攸も呆けた顔を晒したままだ。そんな荀攸の顔を見て再起動しかけた何進の耳に、李儒による無慈悲な追撃が襲いかかる。
「いえ、帝がもうすぐ崩御するので備えが必要だと言う話ですが……何か?」
「何か?じゃねぇよ!!」
思わずいつものノリで突っ込んでしまった何進だが、おかげでと言うか何と言うか、これが切っ掛けとなって彼の思考の硬直は解けたようだ。
しかしいきなりこのような情報をぶち込まれても、事が事だけに簡単に受け入れることが出来るはずもなく……思わず元凶である李儒を睨んでしまう。
クソっ!このガキは相変わらずなんでもねぇ事のような顔して特大の問題発言をぶち込んできやがる!しかし今は殴り倒すより確認が先だ!
「おいっ。帝が長くないってのは本当なのか?!」
「心外ですな。私が閣下に虚報を伝えたことがありますか?」
「無ぇけどよ!諧謔だの韜晦は有っても虚報は無ぇけどよぉ!」
心底不満そうな顔を見せる李儒に嘘を吐いている様子はない。
と言うかこの場でこのようなことで嘘を吐いても意味がないのは何進にも分かっているが、いくらなんでも世間話のような感じで伝えることでもないだろう!と考えるのは、皇帝至上主義が当たり前にまかり通っている漢帝国の人間ならば当然のことである。
「り、李儒殿。ちなみにその情報は何処から?」
……荀攸も知らなかったか。そうなるとこの情報は名家ではなく光禄勲としてのものか?
「宮中の典医ですな。最近出入りが激しく、さらに薬の量が増えておりましたので病状を確認したところ中々に悪い様子」
「中々に悪いってお前ぇなぁ……」
俺も他人のことは言えんが、こいつは帝をなんだと思ってやがるんだ?
「ついでに言えば最近は後宮にも通っていないとか。さらに頻繁に祈祷なども行っておりますので、余程悪いのだろうと推察しております」
「「……」」
あの女好きが後宮に行かねぇってのは、確かに問題だ。それと典医もな。たとえ本人がペラペラ喋らんでも薬の種類と量をみれば病状は推し量れるだろうし、なんなら助手の一人でも攫えば良いだけの話だ。祈祷師も同じだな。
それらの情報を集めた結果が「かなり悪い」と。そう考えれば先が長くねぇと予想も出来るってか?
まぁそうじゃなくとも「かなり悪い」って位なら死ぬことも計算に入れるのが普通なんだろうがよぉ。コイツ、この情報の重さをちゃんと理解してんのか?
「今更帝が崩御されたところで閣下はすでに大将軍として実績がありますからね。宦官や名家の連中が他の人間を推そうにも、連中は自分たちで人材を切り捨てておりますので万人が認める後任と言うのがおりません」
いや、まぁ確かにそうなんだがよぉ。名家とか宦官ってそういうもんじゃねぇだろ?
「……なるほど。治世ならば大将軍と言う役職に大きな意味はありませんでしたが、今は陛下が自ら無上将軍を名乗り兵を集めるほど世が乱れております。それを考えれば実績が無い者に兵権を預けることは出来ませんし、何より独自の武力すら失いつつある連中には閣下を力尽くで引き摺り下ろすことも出来ませんか」
荀攸まで認めただと?ってことはこれは李儒だけの意見じゃねぇってことか。
「そうなります。残る可能性としては誰もが認める名将 (笑)の蹇碩が弁殿下を廃嫡し、協殿下を奉じて閣下を解任して自分が兵権を握ることくらいでしょうか?」
「ことくらいでしょうか?ってお前。蹇碩にそんな権限は……あぁ、あの野郎が遺勅を捻じ曲げるって話か」
「それもありえます。何せ今まで勅を偽造してきた連中ですから、帝とは言え死んだ人間の言葉を偽るなど当たり前にやるでしょう。その言葉を信用すべきではありません」
さっきも言っていたが、名家の連中の中には宦官に勅を偽造されて殺されてたり、投獄された連中が多く居るからな。そりゃ信じられんよ。
さらに今回に関しては帝が死んだ後で「病で倒れる前に自分だけに伝えた」とか言って捏造すればそれで済む話だ。まぁ宦官が一枚岩で、尚且つ対抗勢力に抵抗する力が無ければそれでも行けただろうがな。
「その可能性は高いですな。その場合正面から論破しても良いですが、論破された蹇碩が暴走する可能性も有ります。ですので今のうちに弁殿下を太子とし、後宮から出すように働きかけるべきでしょう」
おいおい。弁を太子扱いするってことは協を廃嫡するってことだが、こいつはそれを当たり前のことだと思ってやがるのか?
いや、俺たちが帝の継承に口を出すってのは普通に考えて越権も良いところだが、宦官どもが当たり前にやってることと言えばそれまでとでも言うつもりかよ?一体コイツの頭の中はどうなってんだ?
まぁ俺にとっては悪い提案じゃねぇから良いんだがよぉ。
「なるほど。例え正式に任命されていなくとも嫡男が太子になるのは当然だし、帝が病で執務が出来ねぇなら太子が代行するのも当然って形に持っていけるな」
話の持って行き方としてはこんな感じか。大将軍としての実績云々は別としても、外戚と言う立場は捨てる必要がねぇもんな。使えるものはなんでも使うさ。でもって弁が向こうに人質として使われる前にコッチで囲えって話だろうよ。
後宮に居れば宦官しか接触出来ねぇが、表に出てくれば干渉出来る。特に宦官連中に対しては「政の場には出てくる権限がねぇ」と言い切ることも出来る。
それに帝としての仕事もな、そもそも今の帝は特に何もしてねぇからお飾りが入れ替わるってだけの話になる。あぁいや、朝議に出てくるだけマシになるか。
そしてお飾りとはいえ太子として職務をしたとなれば、正式に任命されていなくても周囲は太子と認めるわな。それに反対するのは蹇碩とその周りの宦官だけとなれば、特に問題なく殺れる。
いやはや今の段階で位人臣を極めたと思っていたが、さらに上が有ったか。
……行くか?屠殺業者の俺が本当の意味で位人臣を極めることが出来るのか?……クカカカカカ!いいだろう!ここまで来たら行けるところまで行ってやろうじゃねぇか!
――――
うむ。何進もようやく気付いたか。と言うか、こいつらって帝だからって気を使いすぎなんだよな。所詮霊帝なんざ昔は聡明だったが、今は奸臣に踊らされる神輿に過ぎんのだから、チャッチャとただの神輿だって切り替えれば良いんだよ。
中途半端に期待なんかするからダメなんだ。遺勅だろうがなんだろうが、世の中の人間に聞こえなければ関係ない。コッチでそうせざるを得ない状況を作ってしまえば良いだけだろうに。
「そこまでいけば、あとは蹇碩が何を言ったところで「捏造だ」と言って切り捨てることができます。何せソレを聞いたのは蹇碩しか居ないでしょうから」
張譲はどうか知らんが、少なくとも趙忠の派閥の連中は蹇碩の言うことを否定するはずだ。そうなれば宦官の言葉に信憑性が無くなり、周囲は長男である弁の即位を認めることになるだろうさ。
あとは何進が外戚として宦官だの名家どもを殺して、新たな権力構造を作り、それを子か孫に跡を継がせれば、20年後には漢の再興は成ったって言われるんじゃね?そうなったら俺は大将軍府のお偉いさんとして悠々自適に暮らせるし。なんなら隠居しても良い。
……って言うのが理想なんだが、そう簡単には行かんだろう。
「はっ!蹇碩しか知らねぇ先帝の遺勅ってか?嘘臭ぇことこの上ねぇな」
今までのこともあるし、それが普通のリアクションだよな。
「確かにその通りかと。それに陛下が病に倒れたと言う今なら宦官連中の弁殿下に対しての注意は薄くなっているでしょうから、蹇碩が何かをする前に引き離すべきです」
荀攸も切り替えが終わったか。儒教家としても名家としても帝に拘る気持ちは有るんだろうが、死ぬとわかっている人間に対して配慮したところで無駄だしな。帝の存在におんぶに抱っこの宦官と違って、名家は家と言う地盤が有るから色々と有利なんだよな。
「良いだろう。まずは連中に帝の病状の確認を取り、病が重いと言うなら太子を立てる事を進言し、太子が必要ないと言うならば、帝に前に出てきてもらうとしようじゃねえか」
「それでよろしいかと」
これで前に出てこなければ「宦官が隠した」とか「すでに死んでいる」と言う噂でも流すか?どちらにせよ名家だって帝が病に倒れていて、必要書類の決済等を後宮で宦官が行っているなんてのは御免だろうからな。しっかりとぶつかってくれるだろうさ。
「あとは西園八校尉に関してですな。これは帝が崩御した後になりますが、蹇碩に上軍校尉の資格無しとして解体するか、他の誰かを将にして管理するかでしょう。少なくとも現状維持は愚策です」
帝が生きている間は残さんとな。無駄に騒がれて何進を罷免されても困るし。
「解体か管理ねぇ。そういえば……なぁ荀攸よ、俺はな?あいつらは他の官軍とは予算だの装備や練度が違うから、他の官軍とは混ぜれねぇと思うんだ」
「む?確かにそれは有りますな」
なんだ?急に荀攸に語りかけ始めたけど、いきなりどうしたんだ?声をかけられた荀攸も訝しがってるじゃねぇか。
「そこで、俺としては連中は禁軍(近衛兵)として光禄勲が管理するのが普通だと思うが、お前はどう思う?」
「え?は?」
おい、まて、止めろ。
「あぁ確かに。それが妥当でしょうな。実際中軍校尉の袁紹は虎賁中郎将。典軍校尉の曹操も議郎。つまり両者とも光禄勲の属官です。ならば管理は光禄勲に任せるのが妥当かと」
「だよな」
おいィ?!荀攸、貴様裏切ったな?!
「それに禁軍を管理すると言うことは、司隷の軍事を管理すると言うことです。よって光禄勲は司隷校尉も兼任すべきではないでしょうか?」
兼任させんな!確かに今は洛陽以外で司隷には率いる兵も管理する兵も居ないし、ろくに仕事も無いだろうけど、司隷校尉は司隷校尉で独立させなきゃダメだろうがッ!!それに禁軍は禁軍で居るし、混ぜられても困るぞ!
「おぉ、それは良い案だな」
おぉじゃねぇよ!って言うか打ち合わせもしてねぇのになんでそんなに息が合ってるんだよ!
「いやいや、それでは光禄勲に権力が集中しすぎます。何か異常が有った時に困りますので、ここは分散させるべきでしょう」
病気とかするかもしれないし、羌族がまた三輔地域に来るかもしれないし。それに実質的な権限は無いとは言え役職を欲しがる奴は居るだろ?そもそも俺が一人でなんでもかんでも役職を持ってたら反感を買うってばよ。
「「大丈夫だ問題ない」」
何がだよ!って言うかそれはダメなヤツだろッ!
――――
中平6年(西暦189年)5月。霊帝崩御の報が漢帝国の内外に衝撃を与えている影で、どこぞの光禄勲が司隷校尉へと任じられたことが、ひっそりと史書に記されているとか居ないとか。
何進覚醒?大将軍の次には丞相が待ってるぜ!
そしてどこかの誰かさんには新たな役職が付け足されたもよう。史実では袁紹に与えていましたが、拙作の何進閣下には袁紹を使う気がありませんからねぇってお話。
ようやく霊帝死去である。なんだかんだで李儒君を追い詰めた強敵でした……