19話。西園八校尉
言うなれば「西園軍が出来たよ!指揮官の発表だー」回
それぞれの作者の考察と言う名の妄想がありますので、耐えれる方のみ閲覧お願いします。
中平5年(西暦188年)10月。洛陽宮中・平楽観。
夏の暑さも収まり、ようやく涼しさを実感できるようになってきた秋口。今の時期は、収穫も終わりこれから納税や何やらに関する処理が本格的に始まろうかと言った、文官にとって繁忙期にあたる時期である。
ちなみにこれが終わると年末年始のゴタゴタが来るので、できるだけ早く仕事を処理したいと考えているのが大将軍府一同の願いでもある。他の部署?あいつらは仕事を溜め込むのがステータスだと思っているからなぁ。
連中は「仕事が沢山有る」のと「仕事が大量に溜まっている」ことの違いを理解していないので、まぁ遠慮なく溜めるんだわ。ああやって焦らして追加の付け届けをもらおうとしてるって言うのもあるがな。
ちなみに以前他の九卿の連中から、ウチがあんましアレすぎて作業効率に明確に差が出ているので「もう少し仕事のペースを落とせ」って言われたくらい連中は仕事をしないのだ。官位を買った分、付け届けで補填したいのだろうが、もうアホかと言いたい。
そんなこんなで繁忙期を迎えつつある昨今。皆様如何お過ごしだろうか?
「よって朕は無上将軍として君臨し、漢の安寧の為に………」
うん。帝が演説中なのでわかるかもしれないが、俺たち文武百官と呼ばれる官位持ちの人間は現在帝の直轄軍である西園軍の閲兵式に参列しております。
「漢の為に選ばれた精鋭を……」
2月に大将軍府に話が来て、3月に上奏して10月に正式発足したと言うスケジュールになるが、専制国家の国家元首である帝直属軍の設立に際して、これが早いか遅いかで言えば……はっきり言って遅い。
俺たちの下に話が来た時点で各派閥で人事に関する根回しが終わっていたのは良いのだが、その後が実にグダグダで、具体的には予算編成(宦官と名家による中抜きの割合)で揉めたり、兵士の質(宦官は軍人の人件費を考えていなかった)や装備について(名家も宦官も装備を新調する予算を考えていなかった)等、ようするに連中の取り分が減ることに対する文句やら何やらで話が進まなかったのだ。
それでも何とか7月後半には形になり、8月にはお披露目出来るぞ!これで秋の収穫に間に合う!と言う状態になった時、肝心の皇帝陛下が「今は暑いから嫌だ」とか抜かしたせいで、10月になったと言う経緯がある。
「見よ、この雲一つない晴天を!天も我らを祝福しておる!」
まぁ確かに真夏に完全武装で長々と閲兵式なんかしたら、運動会や校長の挨拶以上に被害が出るのは事実だし、夏はどこぞの芥川さんが「夏蝶やひしと群れたる糞の上」と歌を詠むくらいには馬糞が臭うと言うのも事実である。
そのため季節的に夏は儀式には向かないと言うのも確かに有った。暑いのが嫌いな俺もその意見には納得したし、むしろ歓迎しているのだ。
しかし他の文官たちは「収穫前の暇な時期にしろよ!もしくはもっと早くから10月に開催するって言えよ!」と帝ではなく宦官どもにぶち切れていたりする。
いや、わかるよ?軍勢を二ヶ月も遊ばせたら、その分予算が飛ぶもんな。宦官も名家も自分の懐に入る分が減るもんな。と言うか今回の件でもっとも驚くべき点は、宦官は軍隊の維持費を理解していなかったことだろう。
初期費用で組織が回るわけ無いだろうに……所詮売官で得た金で軍を作るとか抜かす阿呆の集まりであると言えよう。無計画に脱サラするサラリーマンじゃねぇんだから、もう少しちゃんとしろと言いたい。
基本的に兵士とは大義や名分のために志願するものでも無ければ、連中の手足になるために志願するのではない。飯を食うために軍に所属するのだ。それなのに「帝の直属と言う栄誉を誇れ」と言ったところで何になると言うのか。
結果として売官で得た予算以外にも財源を用意する必要に駆られたり、予定していた規模より兵数を減らしたり、新たに予算編成が必要になってさらにその取り分でゴタゴタすると言うお粗末ぶりを発揮したこともあり、本格始動前から西園軍は組織的な信用を失っていたりする。
「天に愛された精鋭を率いるのは……」
さらに問題なのは指揮官だ。
西園八校尉と呼ばれる8人の校尉が選出されたのだが、その内容が酷い。
上軍校尉 ― 蹇碩 (宦官・小黄門)
中軍校尉 ― 袁紹 (名家・虎賁中郎将)
下軍校尉 ― 鮑鴻 (名家・屯騎都尉)
典軍校尉 ― 曹操 (宦官・議郎)
助軍校尉 ― 趙融 (名家)
佐軍校尉 ― 馮芳 (宦官)
左校尉 ― 夏牟 (宦官・諌議大夫)
右校尉 ― 淳于瓊(名家)
以上の8名である。宦官とか名家は所属する派閥で、その後ろのが役職となる。
このうち上軍は全体の監査で、下軍が実働隊。典軍は儀式やら儀礼に関する監督で、助軍は実働隊である下軍の補助をする部隊。佐軍が全体を補佐する存在なので、幕僚兼総務みたいなものと思えば良いかもしれない。あぁ、会計もここだな。
左右の校尉は、その時々で兵を率いる人間である。袁紹の中軍?何の為にあるんだろうな?おそらく調整役みたいなものだろう。
だから曹操とか袁紹いるやん!と思った諸君、残念だったな。連中は何の権限もない名誉職だ。
それにそもそも現在の袁紹は何の実績もないただの名家のお坊ちゃんでしかないし、曹操も黄巾で活躍したがあくまで朱儁の部下としてでしかない。さらに曹操は宦官の中でも十常侍とは別の派閥なので、上軍である蹇碩に警戒されている。その結果が実行力がない典軍校尉というわけだな。
「また上軍校尉である蹇碩は、皆が知るように武略に秀でる名将であり……」
シラネーヨ。
そう、現時点で何かと問題が多い西園八校尉の最大の問題は上軍校尉の蹇碩にある。こいつは宦官閥と言うか、帝のお気に入りの宦官で漢の全てに嫌われている宦官の代表、十常侍の一人だぞ?
そんなのを総大将にした時点で、この軍がお飾りでしかないと天下に示すことになると言うことが何故わからんのだ?いや、正確には総大将は無上将軍こと皇帝陛下なのだが、どちらも実戦経験どころかろくに司隷からも出たことがないような連中じゃないか。
何を以て蹇碩が「壮健にして武略に秀でる人物」なのかも分からんし、アレが大将軍や司隷校尉を統べる元帥ってなんだよ。帝の直轄軍の大将でしか無い筈だろうが。
とまぁ突っ込みどころ満載のメンバーと言うわけだ。さらに突っ込むべきところは、蹇碩以外のメンバーの官職にある。なにせ袁紹の虎賁中郎将も、曹操の議郎も、夏牟の諌議大夫も、鮑鴻の屯騎都尉も、全部光禄勲である俺の属官(部下)なのだ。
そもそも宮中の軍を管理するのが光禄勲なのだから、それもおかしくはないのかもしれないが、既存の軍とは別にすると言うなら全く別の役職を作るべきだろうに。中途半端に権威を欲するからこうなる。
そして帝の直属の軍隊なのに、出撃するときは帝も蹇碩も洛陽から出ることはないときた。
この時点で「何の為の軍隊だ?」と大将軍府や軍部からの失笑を買った西園軍であるが、問題はまだ有る。それは前にもチラリと述べたが、規模の縮小である。
本来は官軍の基本である3~4万にしようとしたらしいのだが、維持費の見積もりを見た連中が日和った結果、西園軍の規模は1万人まで落ち込んでしまったのだ。
まぁ3万~4万の軍勢を洛陽で遊ばせるよりは余程マシなのだが、このせいで就職を見込んでいた指揮官候補が大量に溢れてしまって、それらを大将軍府で引き取ることになってしまうと言う事態が引き起こされてしまった。
結果として今回の件において宦官や名家の信用は失墜し、大将軍府の陣容が分厚くなるというよくわからないことになってしまったのは、連中だけでなく何進にとっても計算外だったことだろう。
「よって朕は無上将軍として君臨し、漢の安寧の為に………」
まだ言ってやがる。つーかさっきも同じこと言って無かったか?
やばっ、眠い。クソッ!九卿なんてなっちまったせいで目立つ場所にいるのがキツイ!夏の日差しは倒れるが、秋の日差しは眠くなるのが盲点だ。つーかみんなどうやって耐えて……ねぇ?!結構寝てやがるぞ!
寝ながら帝の演説を拝聴するとは。コレが名家や宦官の特殊スキルだとでも言うのか?!ならば俺は耐えるぞ、意地でも耐えてやるぞ!
「見よ、この雲一つない晴天を!天も我らを祝福しておる!」
……それ、絶対さっきも言った……よ…ね。
式典の後、なんやかんやで無事に家に帰り着くことができた李儒だが、彼は自分がどうやって帰宅したか全く覚えていなかったと言う。
――――
「李儒です」
「おう、さっさと入れ」
「はっ!」
そんな拷問のような式典が終わった翌日の夜。何進から呼び出しがあった。
てっきり昨日のうちに呼ばれるかと思ったが、流石の何進も睡眠を必要としたのだろう。
十分に睡眠をとれたので、スッキリした頭で呼び出しに応じた俺を待っていたのは、ローマから来た葡萄酒をガバガバと飲む上司と、黙々とツマミを食べる同僚であった。
つーか荀攸、お前ツマミ喰いながら寝てないか?歯を磨かないと虫歯になるぞ?まぁそれ以上に問題なのは何進だが。万事に慎重な何進が、今日は随分と酒が回っているようなんだよな。
と言うか、この時代の漢の酒はアルコール度がアレなんで、基本的には酔っ払うほうが難しい。それと同じように葡萄酒を飲んだら……そりゃ酔っ払うか。もしかしたら荀攸はソレで逝ったか?
「ようやく来たか。で、連中は何がしてぇんだ?」
多少赤くなった顔をこちらに向けて、開口一番そう言ってくる何進。見た感じでは思考ができているようなので、強制的に眠らせる必要はなさそうなのは良いことだ。
しかしようやくって言われてもなぁ。それなりに早かったはずなんだが?
まぁ酔っ払いには逆らわないのが一番だ。と言うかこの飲み方でも意識がはっきりしているって何気に何進の肝臓は凄げぇな。アレか?アルコール度が低いとはいえ普段から酒を飲みなれているからか?
それはともかくとして。
俺は酒は飲まんし何進が酔っ払ってしまった後で絡まれるのも面倒なので、さっさと話を進めようと思う。
「何がしたいのか?と言われましても。宦官と名家による軍事への介入でしょう?」
まったく、何を言っているのやら。やっぱり酔っ払っているのか?
「……出来てねぇじゃねえか」
あぁ、そう言うことね。しかしこれはいかんな。
「油断はいけませんよ。これはあくまで第一歩なのです!油断すれば第二・第三の帝の直属軍が出来上がるでしょう!」
最終的に十常侍が全員軍を持ったりしたら面白いかもしれんな。当然予算とかは連中の持ち出しで。
「……なんでそんな元気なんだ。つーか第二とか第三の前に第一の直轄軍を補強しろよ」
頭が痛いって感じなのは俺のテンションか、それとも話の内容なのか。ツッコミが出来るだけでも十分だろう。荀攸なんか頷いているようだが、確実に寝てるからな。
「閣下、それに気付くなら連中は最初からこんな阿呆な真似はしませんよ」
「……そうだな」
せめて互いに足を引っ張らずに朱儁や皇甫嵩を加えていれば良かったのかも知れんが、総大将が蹇碩だからなぁ。それに袁隗によって押し込まれた袁紹が滅茶苦茶浮いてるんだよ。
もう少しどこかで副官とかさせて実績を積ませてからって、名家には碌な将が残って居ないから無理か。名家連中は「ここで実績を積ませないと次代で宦官や何進に置いていかれる」とでも思って焦ったんだろうさ。
「とりあえず連中には近いうちに賊の討伐でもさせてみれば良いでしょう。その際に軍部から監督として新たに雇い入れた人間を派遣して経験を積ませるのも良いでしょうね」
戦を見るのも経験だからな。実際に軍の動きを体験出来るのは良い経験になるだろう。ついでに連中の監査もさせるさ。
「あぁ確かにそれは良い案だ。何せ今回の件であいつらは完全に面子を潰されたからな。連中に恨みを持ってるだろうし、しっかり監督するだろうさ」
「えぇ。そうそう、有ることないことしっかりと報告してくれるでしょうね」
それを使って連中を引きずり落とすってな。足を引っ張るのは連中の専売特許ではないと教えてやろうじゃないか。
「おいおい、流石に無いことを報告されても困るぞ?」
「おっと、失礼しました。監督役には然とその旨を伝えておきましょう」
「そうだ。事実をありのまま報告するように伝えとけ」
「はっ」
連中は黙ってても失敗するし、無駄は絶対に有るからなぁ。通常の軍隊と違いアレは帝の私財を投じて作られた軍だからこそ、無駄や横領は名家や宦官でも逃れられない罪となる。
つまり己で作った軍が己を滅ぼす墓穴となったわけだな。……まずは実働部隊を率いる下軍校尉・鮑鴻からだ。この世紀末において生兵法は怪我では済まんと言うことを教えてやろうではないか。
そんなことを考えていたら、どうやら何進も同じ気持ちらしい。ただでさえ悪い人相をさらに歪めて、楽しそうに口元を歪めていた。
「クカカカカ!俺をさんざんコケにしやがった連中に煮えた油を飲ませてやるぜ!」
そんな事を言う何進に「ストレス溜まってるなぁ」と思うし、連中を殺るのに反対する気も無い。しかし無駄は良くないぞ。
「いやいや、油は高いので連中には勿体無いです。油を飲ませるよりは煮えた湯に叩き落とすくらいで良いでしょう。何せ飲ませた油はそのままですが、湯なら再利用も出来ますからな」
リアル熱湯コ○ーシャルってな。なんなら俺が後ろから押してやる。
「ふむ。確かに連中相手に油だと勿体ねぇのは事実か。よし、連中をたたき込めるようなでかい釜を準備しとけ」
「はっ!」
連中のせいで仕事が増えたし、何より何進にとっては己の既得権益を侵犯してきた敵だからな。さらに帝の財を横領した罪人なら一族誅滅も当然。ならば容赦の必要はあるまいよ。
「ククククク……連中がどうやって命乞いするか、今から楽しみだなぁ」
確かに。煮えたぎる湯を前にして罪状を告げられた連中がどんな顔をするのか、今から楽しみではある。
「フフフフフ……誠に」
さてさて、準備するか。五右衛門釜みたいな感じで良いかね?中に木の板とか入れずにモロ鉄板って感じにすれば良いし、今のうちに開発しとけば従軍中の風呂にも出来るからな。
なんならファラリスの雄牛とかも……いや、自分に使われそうだから止めておこう。
――――
……この日、さりげなく二人の話し合いを聞いていた荀攸が「うわぁ」と言う顔をしていたとかしていなかったとか。
史実だけでは不明な点は演義も使うのが作者である。卑怯?褒め言葉ですなってお話。
西園軍の兵数や校尉の仕事については作者の独断と偏見によって歪められております。正しい知識がある方は、是非教えてください。
つーか、袁紹って何の為に居るんでしょうね?いや、名家のまとめ役なのはわかりますけど









