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20話

2月に拙作の9巻が発売予定です。

何卒宜しくお願い致します。

袁術軍が徐州から撤退したのは、曹操らが予想したように、袁家が劉琦を支援していた証拠を掴んだ長安政権が、それを理由として袁術を逆賊に認定し、討伐軍を差し向けたという報せを受けたからであった。


「ふざけおってふざけおってふざけおってぇぇぇぇ!!! なにが官軍じゃ! なにが逆賊じゃ! 討伐軍じゃと? 肉屋の小倅の血を引く小僧に従う下郎どもなぞ、一人残らず叩き潰してくれるわ!」


激高する袁術。今の袁術にとって何よりも優先すべきは、我欲を満たす略奪などではなく、至尊の座に坐る自分を貶める愚鈍な小僧を叩き潰すことであった。


名門袁家の当主である自分が負けるはずがない。

一〇万の大軍を擁する自分が負けるはずがない。


「南陽の朱儁は曹操や袁紹を警戒して動けぬ。曹操は条件付きで逆賊の認定を解かれたが、袁紹めの子分であることに違いはないからのぉ。徐州の連中には打って出てくるような気概はない。ならば、官軍を自称する賊徒どもが来るのは廬江じゃ! 江夏にいる軍勢と水軍を動かすに違いない!」 


幾多の戦勝を経て磨き上げられた戦術眼は、討伐軍の動きを正確に予測していた。


「ご慧眼にございます! さすがは袁術様!」


尤も、少しでも見る目がある者であればこの程度のことは予測できるのだが、それはそれ。

予測が間違っているわけではないのだから、文句を言うのはお門違いというものだろう。


「ふっ! そうであろう、そうであろう!」


敵の狙いを看破し、張勲らからの称賛を受けて機嫌が良くなった袁術は、したり顔のまま方策を語る。


「江夏におるのは水軍を合わせて五万程度じゃったな?」


「はっ!」


「ふむ。賊徒どもとて、城攻めには守勢の三倍の兵が必要とされておることくらいは知っておろう。そうであるにも拘わらず五万の兵で儂らに挑む? ありえぬ。つまり連中は儂らが徐州に向かった隙を突いた心算なんじゃろう」


「ご尤もかと!」


「大々的に『官軍を動員する』と布告したのも、朱儁が動くと見せかけて、儂らの目を豫州に向けるための小細工にすぎぬ。儂らが豫州に向かった隙を突いて廬江を落とす心算というわけじゃ。ふっ盗人に相応しい発想よ」


「まさしく!」


「しかし儂らは、先ほど挙げた理由から朱儁が南陽から動けぬことを知っておる。さて、ここはどう動くべきじゃ? 罠に嵌ったふりをして全軍で豫州に行くと見せかけ、折を見て反転し、まんまと廬江に来た連中を叩くか? それとも最初から廬江に入って堂々と迎え撃つか?」


どちらに転んでも、倍する兵で官軍とぶつかることができる。

曹操率いる兗州勢に負けたときは、こちらから攻め込んだが故の不利があった。

だが、今回は防戦。数的優位を最大限活かせる戦いとなる。


「……悩ましいところですな」


意見を求められた張勲としても、敵の策を見破った時点で自分たちが負けるとは考えていない。


負けない以上、考えるべきは『どのようにして勝つか』ということになる。


袁術が好みそうな戦略を考えること数分。

張勲は一つの妙案を思いついた。


「両方、というのはどうでしょう?」


「なに?」


「半数を豫州に送り、残りの半数を廬江へと向かわせるのです」


「……続けよ」


「はっ。まず廬江に全軍を向かわせた場合、賊徒は尻尾を巻いて逃げ出す可能性があります」


「まぁ、儂らの隙を突いた心算が、逆に準備万端で待ち構えられとるんじゃからのぉ。賊徒どもが一目散に逃げる可能性は確かにあるわな」


兵が少ないと思っていたところに倍の兵が待ち構えているのだ。

撤退を決意する理由としては十分だろう。


「左様にございます。その場合、せっかく一〇万の大軍を動かしたにも拘わらず、我々に得るものがございません」


「ふむ。確かにそうじゃな」


敵の戦略目標を阻むという意味では勝っているのだが、追い払ったところで失われた物資が補填できるわけでもない。


つまり、戦わずに撤退されたら損をするということだ。


「一〇万の兵で待ち構えたら撤退されます。では半数の五万で待ち構えたならどうでしょう?」


「どう? あぁ、同数の兵であれば戦わずに退くことはできん。そういうことか?」


「ご明察! 少なくとも一度も戦わずして退くことはできますまい!」


「なるほどなるほど。そうして賊徒どもを廬江に引き付けている間に、豫州へ向かった軍勢が反転し、退路を断つわけか」


「御意! ただでさえ同数の兵を相手にしている中、同じ規模の軍勢に後方を遮断されては勝ち目などございませぬ。賊徒どもには手も足も出させることなく討ち果たして御覧に入れましょう!」


同数に挟まれているが故に逃走はできず、さりとて一点突破も難しい。

もし少数が逃げ遂せたとしても、賊徒どもが準備した物資は全て回収できる。


そのあとは徐州へ向かって略奪を再開するか、それとも大量の兵を失い空になった荊州を獲るか。


文字通り、選り取り見取り、というやつだ。


「確か、荊州にいるのは肉屋の小倅の弟じゃったか。身の程を分からせてやる必要があるのぉ。それに孫堅めもおる。あ奴らに吠え面をかかせるのも悪くないのぉ」


劉氏を蹂躙することと孫堅に報復することができる、まさしく一石二鳥の策。

張勲の献策は袁術の心を大きく震わせた。


「よかろう。お主の策を採用しよう! 豫州方面に向かう軍勢は橋蕤(きょうずい)が、残る半数はお主が率いて廬江に向かえ。儂はここで朗報を待つ!」


「はっ!」


言い換えれば『危険なことはお前に任せ、自分は安全な場所で待っている』という、主君の器を疑われるような発言をする袁術。


しかし、袁術が戦場に出ると碌なことにならないと思ってる張勲は、この言葉を保身からきた腑抜けた言葉ではなく、主君からの信頼の証として受け止めることにした。


「賊徒どもを打ち破ったら次は荊州じゃ。お主には誰よりも先に向かい、好きなだけ奪うことを認めるぞ!」


「あ、ありがたき幸せ! この張勲、非才の身ながらも全力を以て袁術様に勝利をお届けします!」


「うむ! 吉報を楽しみにしておるぞ!」


「ははぁ!」


自分たちの立てた策を完璧なものと確信し、勝利を疑わない袁術と張勲。

輝かしい明日を夢見る二人は、完璧と謳った策がその前提条件から崩れていることに、終ぞ気付くことはなかった。


閲覧ありがとうございました

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