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17話

拙作、偽典・演義の9巻が25年2月に発売される予定です。

書き下ろしや別冊のショートストーリーもありますので、何卒よろしくお願いします


傍から見れば突飛極まる行動を繰り返す袁術。

彼の行動を予測していたのは、なにも曹操だけではない。


徐州刺史陶謙は、袁術が寿春を落とした時点で、袁術の次なる標的が自分の治める徐州であることを半ば確信していた。


だからこそ、陶謙は公孫瓚に対して領内に蔓延る黄巾の賊徒を殲滅するよう依頼を出した。

そうやって自前の兵を温存し、袁術に対して隙を見せないことこそが、袁術軍に対する抑止として極めて有効な手だと考えていたのだ。


『賊徒は公孫瓚に任せればいい、袁術とて隙を見せない限り攻め込めまい。ならばこの膠着状態を維持しつつ、長安に使者を出して、陳国の惨情を伝えるとともに袁術の行動を諫めるよう懇願する。そこまでできれば、あとは長安政権が適切に処理してくれるだろう。だから我らは如何にして使者が戻ってくるまで耐えるかを考えておけばいい』


これが陶謙の基本戦略であった。


しかし、策を練っているのは陶謙だけではない。


陶謙が袁術による侵攻を防がんと小細工を弄したように、袁術に従う者たちもまた、徐州に侵攻するための策を練っていたのだ。


そうである以上、陶謙にとって都合が良すぎる計画が滞りなく進むはずもなく……。


九月上旬 徐州琅邪国(ろうやこく) 東安 


公孫瓚の命令を受けて徐州に入った田楷(でんかい)は、部下である劉備に対し、数日前袁術から派遣されてきた使者と徐州刺史の陶謙との間で交わされた言葉を伝えていた。


「袁術は『賊徒が徐州を越えてきては困る。お主が自分で処理できぬのならば儂らが助けてやろう。なぁに、徐州の安定は巡り巡っては儂らのためにもなることよ。故に儂らの負担は気にするな』って感じのことを言ってきた。まぁ間違ってはいないわな。で、その場で明確に提案を拒否できなかったせいで、連中が考えた”完璧な計画”ってのは早くも瓦解しかけてる」


袁術側の言い分を要約すれば『近所にいる賊徒を鎮圧する。費用は自分たちで出すから心配するな』となる。


この提案を拒絶するためには、可及的速やかに賊徒を鎮圧しなくてはならないが、今の陶謙にそれができるだけの力はない。


即ち『陶謙は袁術の介入を防げなかった』ということである。


「なるほどねぇ。それで最近徐州の連中がピリピリしてんのか」


袁術の介入を赦しただけなら、州刺史としての力不足を嘆くだけでいい。

しかし袁術の狙いは、賊徒の討伐にかこつけた略奪にある。


それを知っておきながら介入を防げなかった陶謙の罪は軽くない。

今頃配下から突き上げをくらっているのではなかろうか。


「陶謙もなぁ。最初から『自分で全部片付ける!』と言って動いていれば、こんな提案なんざ簡単に拒絶できただろうに」


「それを言ったら俺らも帰ることになるからねぇ」


「まぁな。俺らを使わず自前の兵で片付けようとすれば、当然徐州の軍勢に少なくない損害が出る。その隙を突かれて襲撃される可能性があるし、隙を突かれなくとも、そもそも『賊徒の討伐が遅れている』というだけで介入の口実になる。結局どっちに転んでも袁術の介入は防げねぇ。最初っから陶謙の目論見は的を外していたのさ」


「はっ。自分のケツを自分で拭かず、他人に拭かせようとするからこうなるんだよ」


「その通りだ。お前さんも気を付けろよ? いつまでも殿がケツ持ちしてくれるわけじゃないんだからな?」


「……おう」


思う所があり過ぎて言葉に詰まる劉備。

そんな劉備に対し田楷は、一度苦笑いをしただけで話を続ける。


「で、袁術はどこまで来ると思う?」


「あ~。隣接している下邳(かひ)は確実だよな。そっから彭城(ほうじょう)に行くか東海郡に行くか、あえて広陵に行くか。その辺は下邳での損害次第ってところかねぇ?」


「ふむ。まぁ一度の略奪で全てを奪うのは現実的ではないからな。最初は一郡か二郡を襲うに留めるのが普通だな」


その際、自軍の損害が少なければ時間を空けずに再度襲撃してくるだろうし、損害が多ければ時間を置いて計画を練ってから襲撃してくるだろう。


どちらにせよ襲撃が一度で終わることはない。


それが田楷と劉備の見解であり、実際に袁術軍の武官たちもまた、数回に分けて徐州に襲撃を仕掛ける算段を立てていた。


ここまではいい。


下邳が奪われようが、彭城や広陵が荒らされようが、なんなら東海郡が侵攻されようが、所詮は陶謙と袁術の問題なのだから。


公孫瓚の配下である二人からすれば「勝手にやってろ」としか言いようがない。


問題になるとすればその後。

現在彼らが滞在している琅邪国にまで袁術の手が及んだ場合である。


「そんときはどうする?」


「一度殿に確認する必要があるだろうが、おそらく……」


「おそらく?」


「警戒するだけで良いと思う。袁術とて阿呆では……いや、阿呆だが、いくら阿呆でも我々がここにいるうちは手を出さんだろうよ。なにせ袁術は、并州騎兵を率いる呂布に散々蹴散らされた経験があるからな」


元々北方の騎馬民族と戦い続けている幽州騎兵の精強さは漢に鳴り響いていたのだが、中央の腐敗と比例して異民族の脅威が薄れていくと、士大夫たちの中に『官軍こそ最強という風潮』が生まれていた。


だが、その中央最強主義に基づく幻想は、董卓率いる涼州と并州騎兵によって粉々に打ち砕かれた。


多くの諸侯が、あそこで二〇万を号する大軍を擁しても半数に満たない敵に勝てない、否、戦えば必ず敗けるという事実を目の当たりにしたのである。


涼州と并州の騎兵が強くて、幽州の騎兵が弱いわけがない。

そういった思いが、今やあの戦いに参加した諸侯の中での共通認識となっているのだ。


「だからこそ袁術はこない。袁術がこないのであれば、こちらから動く必要もない。あとは殿の選択次第だ。とはいえ、殿も袁術は相手にしないと思うがな」


「あぁ、まぁ、そうなるか」


基本的に公孫瓚は、自分たちが袁術如きに敗北するとは微塵も思っていない。

しかし勝てるか? と言えば微妙なところだと思っている。

何故か。戦場が徐州、もしくは豫州という、本拠地である幽州から遠く離れた地になるからだ。

勝てば勝つほど補給線が伸びる。補給線が伸びれば伸びる程奇襲の危険性が増す。

そもそも幽州から離れれば、その分烏桓や鮮卑に隙を晒すこととなる。

公孫瓚にとっての主敵は幽州を脅かす北方の異民族なのだ。

袁術軍が迫ってきたとしても「袁術如きに構っている暇などない」と言って引き上げる可能性の方が高い。


ついでに、袁紹率いる冀州勢も侮れない。

公孫瓚の圧力がなくなれば劉虞が不利になるし、兗州には袁紹の子分である曹操がいる。

もし豫州で袁術と戦っているときに、袁紹の命令を受けた曹操が横槍を入れてきたら大惨事だ。


それら諸々の懸念に加えて、もう一つ。


「袁術に勝ったとして、我らは何を得る?」


公孫瓚が勝てば袁術に代わって新たな豫州牧なり豫州刺史が任じられるだろうが、それは公孫瓚にとっての旨味には成り得ない。


もちろん功績に見合った褒賞は支払われるだろうが、それらも貴重な幽州騎兵を失う対価には成り得ない。


北方騎馬民族との戦闘で培われた価値観とでも言おうか。

董卓と同じく、名声よりも利益を求めるタイプ――名声が要らないとは言っていない――の公孫瓚が、利益にならないと分かっている戦をするはずがない。


袁術も公孫瓚も望まぬなら戦にはならない。

それならそのままでいい。


現場指揮官としては当たり前の判断と言えるだろう。


「……だよなぁ」


劉備とてその程度のことは理解している。

どう考えても田楷の意見が正しい。

袁術と陶謙の戦に深入りするべきではない。


それを理解していても尚、劉備の心は晴れなかった。


本来であれば田楷は浮かぬ顔をする劉備に対し「馬鹿なことは考えるな」と釘を刺すべきだ。

しかし田楷には劉備がそのような表情をする理由に心当たりがあった。

そして『劉備がふさぎ込むのも仕方がない』と思うだけの理解もあった。


その理由とは。


「どうせ劉容様から嘆願されたのだろう? 徐州を護ってくれ、と」


「え、あ、あぁ! そうなんだ! 劉容様から頼まれちまったんだよ!」


「やはりそうだったか」


嘆息する田楷。


陶謙からの要請なら「お前らの問題に巻き込むな」と突っぱねることは出来ても、琅邪順王こと劉容からの嘆願となれば話は変わる。


袁紹らと共に反董卓連合に参加した劉繇や劉寵と違い、陶謙に倣って反董卓連合に参加していない劉容は逆賊に認定されていない。つまり、劉容は政権側の人間にとって皇族として扱うべき人物なのだ。


劉氏とは言え属尽でしかない劉備には、否、属尽だからこそ劉備は皇族からの要請を断れない。


田楷とて、もし劉容からの嘆願を断るなら、公孫瓚から彼らが奉じる皇族である劉虞に話を通す必要がある。


「断るにしてもなぁ。袁術が徐州に攻め込んでくるのが先か、劉虞様からの返答が来るのが先か。……どう考えても袁術の方が早い。ならばお前さんは袁術から徐州を護るために戦わなければなるまいよ」


「……だよなぁ」


「ま、殿には俺からも言っておく。少なくとも裏切り者扱いはされんだろうよ」


それはそうだろう。皇族の無茶ぶりに巻き込まれた舎弟に追い打ちをかけるほど、公孫瓚という男は非情ではないのだから。


ただ、田楷の言葉にはもう一つ意味がある。

即ち『自分は戦わんぞ』というものだ。

少なくとも公孫瓚の命令がない限り、田楷は動く心算はなかった。

もし劉容に頼まれても『自分がいなくなれば劉容様の身を護る者がいなくなります』と言って拒絶する心算であった。


「なんの救いにもなりゃしねぇが、兄ぃに叱られるよりはマシか。……よろしく頼まぁ」


「まぁ、なんだ。死にそうになったら逃げろよ」


「縁起でもねぇな!」


援軍はない。言外に告げられた劉備であったが、その表情は少し前と比べて、明らかに晴れやかなものになっていた。


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