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12話

劉協(と、ついでに呂布)を書類漬けにしてから一か月ほどが経った頃のこと。

豫州方面から急使が来たので話を聞いてみれば、とうとう袁術が陳国の劉寵をやってくれたらしい。

まぁ、袁術の性格を考えれば、自分のお膝元である豫州汝南郡の隣に、自分よりも名声がある奴がいたら狙うだろうよ。


その相手が逆賊にされているならば、尚更手を止める理由もなかろうて。


曹操も邪魔しないだろうしな。


「太傅。劉寵とはどのような人物だったのだ?」


面倒な奴が片付いたとほくそえんでいたら、同じ報告を聞いていた劉協が確認をしてきた。


「陳国の王にして弩の達人。自身も兵を率いて賊徒と戦ったことがあり、民からの信頼も厚いそうです」


と世間で知られていることを教えたものの、劉協とて最低限の知識は持ち合わせているだろう。なのでここで聞きたいのはそういう事ではあるまい。


「同時に、些か以上に迂闊なところもある方ですな。なにせ先帝がご存命の折、自身が皇帝になることを願う、つまり先帝に不幸が訪れるよう願う儀式をしたと配下から告発を受け投獄された方ですので」


「何をしているのだ……」


本当にな。謀反を企てるならなんで黙って準備を整えなかったのか。

儀式をしたせいで霊帝本人だけじゃなく、霊帝を傀儡にしていた十常侍から睨まれることになったじゃねぇか。保釈金だって安いものではなかったはずだ。当時出納を担当している連中の胃に穴が開いたんじゃないか? 知らんけど。


「尤もその罪に関しては先帝陛下のご意思を尊重した宦官が、事実とは違う報告を上げることでうやむやにしたようですが」


「父上ぇ……」


皇帝の座を狙うという大罪を赦す理由がどこにある?

そんな心の声が聞こえてきそうなくらい低い声で唸る劉協。

教育が上手くいっているようで何よりである。


「また反董卓連合が結成された際は率先して兵を興し、輔漢大将軍を自認されました」


「おい」


流石は皇帝の座を狙う男。

普通に大罪である。


「ただまぁ、そういった血気盛んな所業から、袁紹らからは『傀儡にできない』と判断されたようで、皇帝として擁立されることはありませんでした。そこが救いと言えば救いでしょうか」


「その血気盛んな輩が野放しになっている時点で、なんの救いにもならんがな」


ごもっとも。


「つまるところ彼は、数多くいる劉氏の中でも特に長安政権に忠義を抱いていない人間の一人となります。もし袁術が彼や彼の子供を抱え込めていた場合、新たに皇帝を名乗らせていたかもしれませんね」


皇位を狙うという意味では、劉焉の競争相手でもあったわけだしな。


尤も、向こうはあと一歩で手が届いていたのに対し、こっちは数百歩進む必要があったわけだが。


「しかし、連中は敵対した。一時的に手を組むこともせずに、だ。それは何故だ?」


敵の敵は味方理論か。

残念なことにこの時代は敵の敵は新しい敵なんだよな。


「劉寵の逆賊認定が解かれていなかったこと。劉寵が誰かの傀儡になり下がるような人物ではないこと。袁術が傀儡とはいえ誰かを上に置くような性格ではないこと。そもそも袁術の狙いが劉氏を抱え込むことではなく、目障りな劉氏を潰すと同時に陳国がため込んでいた物資を奪うことであったから。大まかに言えばこんなところでしょうか」


他にもあるかもしれないが、その辺の調査は後でやればいい。


「そう考えれば連中が歩み寄る可能性はない、か」


「御意。劉氏を潰したい袁術と、袁術を快く思っていない劉寵。両者がぶつかるのは時間の問題でした」


ただし、ぶつかると言っても戦力差から見て攻撃を仕掛けることができたのは袁術側からのみ。

劉寵側は如何にして逆賊認定を解くか、それから如何にして周辺から援軍を呼び込むかが鍵だった。


史実では長安政権がグダグダで逆賊云々が曖昧になっていた上、隣接する兗州を治めていた曹操を警戒していたこともあってか、さしもの袁術もなかなか陳国に手を出さなかったようだが、今世ではその辺を曖昧にしていない。


よって対外的に袁術は漢の朝臣で、劉寵は逆賊のまま。

兗州の曹操も南陽の朱儁も、逆賊の討伐に勤しむ袁術の行動を助けることはあっても諫める理由はない。


となれば、動くのが当たり前だろう。

そして、どれだけ豊かでも、否、豊かだからこそ餓狼の群れからは逃れられん。


「陳国はかなりの広範囲にわたって荒らされたようですな。劉寵と彼に従っていた部下たちは一人残らず討ち取られ、后や娘もどこぞへ連れ去られました」


袁術が味わったあと部下に下賜するか殺すかだろうが……下手に血統を繋げられても困るだろうから、おそらく殺すだろうな。


「ふむ。まぁ逆賊の身内がどうなろうと知ったことではない。むしろ惨たらしく死んでくれた方がいいな」


「御意」


こっちとしても生き残りを探す手間が省けるし、なにより袁術の非道を訴えることができるからな。

劉寵の一族がどれだけ惨く扱われたかを広く喧伝することで、各地に散っている劉氏が袁家と敵対し、それを袁術や袁紹が潰して回ることとなり、潰された方がますます恨みを募らせて袁家と敵対することになるわけだ。

ふむ。まさに劉氏が滅ぶまで続く疑似永久機関。このまま争ってもらってもいいのだが。


「で、わざわざ私にこのことを聞かせたということは……そろそろなんだな?」


「御意」


今まで劉琦を生かしてきたのは、この報告を待っていたからだ。


いくら逆賊に認定しているとはいえ、相手は明帝の曾孫。

名声もあれば実績もある相手を狙うのはリスクがあった。

しかし、逆に言えば名声も実績もある相手だからこそ必ず討ち取らなければならなかった。

そこで少し煽れば簡単に動いてくれる袁術に白羽の矢を立て、彼らを片付けさせようとしたわけだ。


結果は見ての通り。

とはいっても、俺がやったのはせいぜい、劉繇が劉琦を救援するための物資を廬江に集めていることと、集積されている物資の量を多めに、かつ、護衛の兵を少なめに報告させたくらいだけどな。


狙いとしては

一・袁術に物資を略奪させることで、袁術と劉繇らの繋がりを完全に断たせる。

二・劉繇からの援軍を断つことで、劉琦らの心を折る。

三・袁術軍に劉繇軍を再度襲わせることで、袁術や配下の連中が抱えているであろう『劉氏を襲う心理的なハードル』をさらに下げる。

四・略奪の楽しさを味わわせることで、袁術軍を軽挙妄動を繰り返す猿の集まりにする。

簡単に言えばこんなところだろうか。


猿になった袁術軍がすぐさま陳国を狙うかどうかは微妙だったが、少なくとも一年以内には動くと思っていたぞ。


だって、そうしないと軍の維持ができないだろうから。


確かに略奪によって経済は潤う。しかしそれはあくまで一時的なものに過ぎない。

まして、袁術軍は略奪によって荒れ果てた地を放棄せずに占拠してしまった。


占拠してしまった以上、維持しなくてはならない。

ただ維持するだけでは金が出ていくだけなので、復興もしなくてはならない。

だが、荒れ果てた地を復興するためには、荒らしたときの数倍以上、時間と労力と物資が必要となる。


さて、今の袁術軍にそれだけの物資があるだろうか?

あるわけがない。そもそも物資が足りないからこそ略奪に走ったのだから。


袁術軍は、略奪を繰り返したが故に、略奪を止めればその自重で潰れてしまう愚かな獣になり下がったのだ。


故に、目の前に豊かな土地があれば迷わず狙う。狙わなくてはならない。


ただし、連中が狙うのは自分よりも弱い相手に限るので、兗州に手を出すことはない。


よって袁術が狙えるのは劉繇が治める揚州か、俺たちがいる荊州か、陶謙が治める徐州の三つ。


このうち揚州は、長江を渡る労力と戦果の釣り合いが取れないため除外。

荊州は、官軍である我ら討伐軍が活発に動いている――いくら袁術でも官軍をあからさまに狙うわけにはいかない――ため、これまた除外。

残ったのは、反董卓連合に参加しなかったことで逆賊認定はされていないものの、積極的に味方をしたわけでもないため特に厚遇されているわけでもなく、なんなら闕宣なる賊と共に略奪を繰り返したとして叱責を受けた陶謙が治める徐州となる。


「袁術が徐州を荒らしている最中に劉琦を討伐し荊州での戦を終わらせます。その後、殿下には襄陽に戻り、正式に荊州牧となっていただきます」


「太傅はどうする?」


「袁術を討ちます」


「……口実は? さすがに私の一存ではできんぞ」


劉協としても、自分たちを殺そうとした袁紹や、荒らした後のことなど知ったことかと言わんばかりに暴れ回り、今も漢の国土を荒らし回る袁術のことは滅ぼしたいと思っているだろう。


だが、そもそもの話、袁術が好き勝手できているのは、彼が恩赦を受けて朝臣になっているからだ。

そして――内心ではどう思っていようとも――袁術が戦っているのは逆賊、つまり長安政権の敵。

積極的に敵と戦っている袁術を討つには、それにふさわしい口実が必要となるわけで。


忸怩たる思いはある。しかし、今後の統治を考えれば、どれだけ憎い相手であっても、大義名分もなく討ち果たすことはできないし、するべきではない。


そんな感じだろうか。


己の感情よりも法を優先しようとする姿勢は正しい。

是非このまま成長して欲しいところである。


ただまぁ、今回の件に関しては空回りもいいところだが。


「ご安心ください。すでに袁術を討伐する口実は確保しております」


「なに?」


驚かれてもなぁ。考えなくともわかるだろうに。


「袁術が劉琦に援助していたという証拠です。書状、物品、そしてそれに関わった人。探せばいくらでも出てきましたよ」


「あ!」


あまりにもあっさりと見捨てたことで忘れがちだが、袁術には孫堅と敵対していた劉琦を陰から援助していた時期がある。


いつ見捨てられるか分からない側が、相手の弱みとなるものを確保するのは当然のこと。

袁家側で証拠を残しているかどうかは不明だが、劉琦側は用心の一環としてその証拠を抹消していなかったのである。


残っていた援軍に関する書状や、物資の受領があったという旨が書かれた資料をもとにして、豫州方面から物資の移動があったか否かを調査すれば、袁術側から援助があった証拠をつかむことなど容易いこと。


関わった人間だってたくさんいるからな。

半強制的に同行してもらった連中をお話専用の部屋に連れていき、一人ひとり、じっくり丁寧に話してくれるようお願いしたら、聞いていないことまでペラペラと話してくれたとも。


そうやって纏められた分厚い資料は、袁家が逆賊を援助していた証拠になる。


逆賊を支援したらそいつも逆賊だよなぁ?


くくく袁術よ。

いままで好き勝手使ってきた錦の御旗でドタマをカチ割られる屈辱を味わうがいいさ。



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