13話。涼州の乱④
ここから数話ほどご都合主義が炸裂します。まぁ創作だから多少はね?
耐えれる方のみ閲覧お願いします。
11月 司隷・右扶風美陽
「車騎将軍(張温)は何をしているのだ!」
少し前に長安で孫堅が怒鳴り立てていたセリフが、ここ美陽にて時と場所と使い手を変えて叫ばれていた。歴史は繰り返すと言ったところだろうか?
そんな指摘された人間の誰もが不幸になる諧謔はさておき。
美陽に先着した董卓は、張温率いる官軍の主力が未だに到着しないことに腹を立てていた。
さらにこの遅れが官軍の準備不足が原因なので「普段から偉そうにしている癖にこれか!」と言う気持ちがあり、さらに苛立ちを増している。
長安での演説の後、意気を上げた官軍は即座に進軍を開始した。と言うことになっているが、実際はかなりグダグダであった。
まず地元で地の利が有り多数の騎兵を率いる董卓が、地元の諸侯と元々率いていた軍勢と合わせて2万5千の兵を率いて美陽に先着した。これは後から来る連中の為に陣を設営していくと言う橋頭堡的な意味を持つので、彼としても問題ない。
次いで兵の数が少なく、前々から準備万端整えていた李儒が大将軍府で用意した自前の兵およそ5000を率いて着陣。董卓が設営した陣に手を加えていく。これもまぁ問題ない。と言うか、そもそも董卓にとって李儒は命綱であって決して足手纏いでは無い。
その為、李儒が早期に着陣したことは董卓にとっては良い意味で計算外であった。
しかし問題はこの後だ。本来ならば兵5万を引き連れた張温が到着する予定である。しかし現状彼らは長安から動いていなかった。いや、動けて居なかったと言うべきだろうか。
理由としては、あの演説自体が一般の兵に内密で計画されていたことで有り、ほとんどの部隊は籠城戦の準備はしていたが進軍の準備を整えていなかったのだ。
兵が出陣すると言うことは、それだけ物資が必要になる。李儒や董卓は早いうちから美陽が戦場になるように動いていたので問題無いのだが、他の連中はそうではない。
確かにあの訓示と言うか演説は抜き打ちで行ったからこそ兵の士気を上げる事に成功したし、これまで一切情報が洩れなかったことで羌や涼州軍閥の連中に対して意表を突けたのは事実だ。
しかし5万の軍勢が動くと言うのは簡単な事ではない。
これも出陣してしまえば後は現場の空気で何とでもなる場合が多いのだが、出陣する前の段階では色々なしきたりやら格式やらが有って、面倒極まりないのが実情だったりする。
具体的には出陣する日付や時間であったり、軍勢が出る城門の方角・それに合わせた部隊の順序等だ。これらを天文官やら占い師やらが集まって決めると言うことが、極々普通にまかり通っているのが後漢クォリティなのだ。
現場主義者が集まる現地戦力の董卓や、そう言うのを気にしない李儒は初めからそんな連中を連れて来て居ないのだが、官軍の将帥である張温はそう言う訳にも行かない。
彼らの顔を潰しても良いコトなど無いし、実際に吉兆を占うことに意味を見出している将兵は多いので、それらに対してどうしても気を遣う必要がある。
さらに兵の数が多いが決して練度が高いとは言えない官軍なので、陣容の変更だとか順序だとか言われてしまえば、全軍の動きが滞る。結果として予想以上の時間を取られてしまっていた。
まぁ彼らにしてみればそれは必要な事だし、張温の演説のせいで浮かれてしまい危機感も無くなってしまったので末端の兵程「急ぐ」と言う発想に至らないと言う、ある意味中だるみのような状況が出来上がってしまったのだ。
その結果、進軍(出発)に時間がかかってしまうのは仕方のないことではあるし、官軍の中でも孫堅以外はコレを問題視していない。
しかし今の董卓は仕方のないことだと言ってソレを許す気持ちにはならなかった。何故なら張温の訓示を受けた官軍に影響を受けたのか、羌や涼州軍閥の軍勢が予定とは違う行動を取って来たからだ。
「ふむ。わざわざ「前に出たら退け」と教えてやったにも関わらずこうして前に出て来るとは。韓遂や辺章では彼らを抑えられませんでしたか」
「……お膳立てを依頼されたにも関わらずこの体たらく。誠に申し訳ない」
まさか「黙って退け」と言っていた連中がこうして前に出てくると思っていなかった。これは客観的に見て完全に董卓の失点となる。
「あぁいえ。董閣下に含むところは有りませんよ。彼らは「退け」と言われて大人しく退くような連中では無かったと言うこと。つまり彼らの獰猛さを見誤った私が未熟だったと言うだけの話です」
自分の策の失敗を何でも無いことのように述べる李儒だが、流石に董卓はここで「そうですね」とは言えない。そもそも自分は彼らの獰猛さ(と言うか血の気の多さ)を知っていながら、李儒からの依頼を引き受けたのだ。
それなのに今更になって「李儒の見込みが甘かった」等と言って非難するのは己の首を絞めるのと同じことになる。その為この場で董卓が取れる最適解は無言で頭を下げることだった。
しかし李儒とて連中の性格は知っている。退けと言われて大人しく退く等とは思っておらず、むしろこの状況こそが彼が望んだ状況と言えた。
「とりあえずは長安に使者を出しましょう。態々死地に飛び込んできた連中を葬るのはそれからですな」
「……はっ」
李儒が言いたいのは「自分たちで全部片付けても構わないが、それだと確実に文句が出る」と判断し、長安に「敵が来たから急ぐように」と言う使者は出すと言うことだろう。
董卓としても、元々罠は有るんだし本隊が居なくとも、ここ美陽での戦において勝利することに疑う余地はないのでそれには異論はない。勝てる戦なのだから焦る必要も無いだろう。
しかし李儒の「敵を敵として見ていない」と言うその目が何よりも怖かった。
この戦の後、董卓は配下にそう語ったと言う。
―――――
「これは……やられたな」
ここに来るまでは「官軍何するものぞ!」だとか「大丈夫だ!そう、大丈夫だ!」と自分に何かを言い聞かせ情緒不安定になっていた辺章だが、流石に戦場での嗅覚は鋭い。
しっかりと意識を切り替えた結果、自らの負けを確信してしまった。
「……あぁ」
そして韓遂もまた、今回の戦における負けを確信していた。
これは二人だけではない。動くなら最速で動くべきと判断し、騎兵の有利を活かして官軍に先んじて美陽に着陣した羌・涼州連合軍の将帥全員に言えることである。
それは何故か?美陽に構えられた敵陣が、罠を隠しておらず、一目見て自分たちが敵の用意した罠の中に落ちたと言うことを自覚するには十分な状況であったからだ。
「……地面に穴は良い。騎兵対策としては当然だ」
「そうだな」
辺章は呻きながら敵陣の前に無数にある大小の穴を見る。本隊が到着せずとも董卓と李儒の軍勢だけで三万もの兵が居るのだ。彼らが一人で3つ穴を掘れば9万の穴が出来る。4つなら12万だ。騎兵対策としては当たり前の対策なので、これについては態々語るまでもないだろう。
「さらに数段の土壁に空堀。これもまだわかる」
「あぁ」
美陽の城壁を背にして敷かれた敵陣の前には、土壁が盛られていた。おそらく穴を掘り、掘ったときに出た土を盛っているのだろう。
その高さは腰に掛かるかどうか程度で、決して高い訳ではない。しかし堀と壁の間の距離や、壁の位置を考えれば馬が縦横無尽に動けるようなモノでもないだろう。とは言えこの備えも決して珍しい物ではない。時間や費用が掛かるが、官軍と言う人手が有るならそれほどの手間はかからないだろう。
「余りにも当たり前すぎて、斥候からこのことを伝えられても「それがどうした」で終わらせてしまったのが悔やまれるな」
「まったくだ」
そう。元々彼らの備えに関しては情報を得ていた。と言うか向こうは「こう言う備えをしているんだから、攻めても被害が出るだけだぞ」と言う脅しの意味を込めて、わざとわかりやすくしていたとも言える。
その結果がこの油断に繋がってしまった。
「連中、油の臭いを隠しもしていない!穴か掘の中かは知らんが、確実に焼かれるとわかって挑む者などおらんぞ!」
「……そうだな」
問題なのはコレだ。これは斥候云々ではなく、自分たちが美陽に着陣したことを受けて、元々持ってきていた油を使ったのだろう。
つまり官軍は普通ならば隠すところを、逆に見せつけることで「焼く」と言う単純にして原初の恐怖をこちらに連想させているのだ。
この場合、特に問題なのは馬である。人間なら火を避ければ良いだけだが、馬はそうはいかない。どうしても目の前の火と熱にやられてしまう。結果として、ここで戦をすると言うことは馬を大量に失う可能性が高いと言うことだ。
生まれた時から馬と育ってきた遊牧民族にとって、馬は友で有り財産である。それを捨てることを前提とした策など受け入れられない。
この状況ではこちらから攻める事は出来ない。いや、一つ方策が有る事は有るのだ。
「もし先にこちらが火をつけたらどうなると思う?」
辺章がそんな提案をしてくる。燃やされる前に燃やす。単純ではあるが、火計を封じるには定石手の一つであることも確かだ。しかしおそらくは無意味だろう。
「それで穴が無くなるわけでもないし、煙で前も見えん中ではまともな戦にはならんだろう。さらに風向きによっては……」
「こちらに煙が流れてきて馬が死ぬか」
「そうだな」
煙による一酸化炭素中毒は知らなくとも、馬が敏感な生き物であると言うことは痛いほどわかっているし、自分たちも咳き込んで動けなくなる可能性も考えれば、徒に火を使うわけにも行かないと言うわけだ。
ちなみに中原の人間にとって一番怖いのは草花に火が燃え移って火災が広がることだが、ここ右扶風美陽はすでに涼州に近く、11月と言うことで草も生えていない荒野が続く土地となっている為、その心配の必要はない。
と言うか、官軍はそう言う心配がいらないところを戦場に選んだと見るべきだろう。
「この罠を知りつつ前に進むことはできん。かと言って美陽を避けるなら最初に言われたように逃げるのと同じ。黙っていれば敵に援軍が来るし、何よりこちらの兵糧が持たん。やってくれたな董卓ッ!」
董卓が聞けば「だから退けと言っただろう」と哀れみ混じりの返答が来るだろうが、今の辺章にとってはそれどころではない。
戦をする上で兵糧は欠かせない要素である。当然乱を起こした彼らも後方に補給拠点は有る。しかし問題は美陽と言う戦場においての兵糧不足である。とくに拙いのが馬。
馬はとにかく金が掛かる。特に騎馬隊として運用する場合は人間の数倍の気を使う必要がある。まず大量の水や塩を必要とするし、食事の量も多い。そしてこの季節は餌となる草だって用意するのは簡単ではないのだ。
もしも「補給に戻る」と言う氏族が出たら「逃げるのか!」と言って仲間割れが発生するだろうし、ではアレに挑むのか?と言えば、穴や火は気合でどうにかなるものではないのは誰もが知る常識である。誰だって壁にぶつかって死ぬような真似はしたくはないので、ここで罠に飛び込むような真似も出来ない。
故に彼らは現状では前にも進めず、後ろにも退けない。さらに時間は敵の味方と言う八方塞がりな状況に愕然とするしかなかった。
精強なる羌・涼州連合軍は、戦う前から追い詰められていた。
戦の前の儀式やら何やらを調べて『勝利賽子』や『戦吉兆占針盤』でええやんと思った作者は悪くない。
当時は出撃するのにも色々儀式や作法が有ったのです。曹操はそれを無視したから赤壁で……とか言う奴もおったそうな。
騎馬隊は編成するのが大変だし運用も大変な上、維持には莫大な金が掛かるんです。遊牧民族の場合は水場や草場を求めて移動するので何とかなってるだけ。官軍のほとんどは徒歩です。
武田の騎馬隊?無い。あっても数百ですよってお話。
対騎兵用に地面に穴を開けたりするのは界橋において麴義がやっていますね。まぁここもそんな感じだと思ってください。違いは隠してないってところでしょうか。