表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
149/203

24話。政変の裏で③ 内憂と外患について

王允一派を物理的に首にすることは既に決定している。

王允の誘いに乗った羌・胡の連中の末路も決まっている。


これにより内憂も外患も消えたのだから「これで綺麗さっぱり片付いた!」と言えるほど、この時代は甘くない。


元々内憂と考えていた楊彪一派は生き延びているし、外患である袁紹らはまだピンピンしているからだ。


その袁紹は現在、冀州の中心である魏郡や常山などを抑えているものの、南皮を中心とした北半分を劉虞が抑えているし、その後ろの幽州は公孫瓚がしっかりと固めているので、袁紹とともに冀州に入った郭図や荀諶たち潁川閥の士大夫や、元々冀州の士大夫であり刺史である韓馥に従っている田豊や沮授がどう動くかを観察する必要はあるだろうが、今のところ大きな動きがとれるような状況ではない。


「むしろ注意すべきは豫州と揚州を抑えつつある袁術の存在だろうな」


史実でも演義でも散々な扱いをうけた袁術だが、袁家が培ってきた人脈は決して侮れるものではない。


さらに俺が十分以上に遷都に干渉したこの時間軸に於いて孫堅は反董卓連合に参加しておらず、必然的に洛陽で玉璽を見つけていないため、当然その子である孫策も玉璽をもっていない。


つまり歴史に名高き偽帝襲名イベントが発生しないということになる。


こうなると士大夫が袁術から離れる理由がなくなるため、彼の勢力は維持されたままだ。


同時に孫策による揚州略奪も発生しないが、別に孫策がいなくとも揚州程度であれば袁術の手勢だけで落とすとしてもそれほど苦労はしないだろうと思われる。


なにせ袁術は逆賊ではないが、劉繇は名指しで逆賊扱いをされているのだ。

劉繇を皇帝に推すような士大夫は存在しないだろうから、時間と共に人が離れていく一方となるはずだ。


「さらに劉繇の旗下で最も有名な武官である太史慈がなぜか幽州にいるからな」


尤も、太史慈は元々幽州の隣である青州の人間なのだから、徐州や長江を越えて揚州にいるよりも幽州にいるのはそれほどおかしくないことなのだが……これも劉虞と公孫瓚が敵対していないからこそ生じた齟齬と思えば納得もできる。


純軍事的に考えれば余裕のある公孫瓚ほど怖い存在はないが、彼は政治的な野心を抱くタイプの人間ではないので、必要以上に恐れる必要はない。むしろ今までと同様の支援をするだけで味方となるはずだ。


公孫瓚についてはいいとして、袁術についてだ。


袁術には豫州を纏めた後、孫堅とともに揚州を落とすよう指示を出している。

しかし孫堅はまだ劉表の子である劉琦が治める荊州の江夏郡の平定を終えていない。

そのため袁術は豫州で足場を固めることもできるし、東の徐州や北の兗州に手を出す余地もある。


ちなみに史実に於いて袁術は、長安政権が任命した兗州刺史である金尚を伴って兗州へ兵を進めたが、曹操らによって返り討ちに遭っている。


「これが曹操の武声を上げることになると同時に、声望を落とすことになるんだが……」


このとき曹操が長安政権、つまり皇帝が認めた刺史を認めず追い返したことが、後に兗州の士大夫が曹操を見限る要因の一つとなっている。


「そりゃな。まともな士大夫からすれば、宦官の孫であり逆賊である曹操よりも、楊彪と繋がりがあり、刺史を任される、つまり逆賊の認定も解かれていたと思われる袁術の方が近しい存在なんだよな」


その後の偽帝騒動のせいでアレになったが、袁術は間違いなく名家閥のまとめ役として機能していたのである。その袁術が曹操と戦わない。つまり袁家の力が蓄えられる。これはよろしくない。


「かといっていきなり金尚なんてなんの繋がりもない奴を刺史として送り込むわけにもいかんわな。馬日磾は蔡邕と一緒に漢記の編纂中だから動かせん。まぁ憤死されるのは勿体ないから彼はこのままでいんだが」


優秀な人材が無駄死にしないのは良いことだが、そのせいで諸侯を動かす駒が足りなくなるのは問題だ。


「……まぁ袁術が動かなければ曹操にはプラスもマイナスも生まれないから、それで良いと考えるか。元々あの天才の動きは読み切れないからこっちの態勢が整うまでは東郡太守のままでいてもらおう」


曹操の地力が増すことになるが、所詮は一郡の太守。なし崩し的に『兗州の諸侯を纏めて戦った』などという既成事実を作らせるよりはマシ。そう考えることにする。


残る外患は益州の劉焉だ。


皇帝劉弁を始めとした面々によって敵視されている劉焉だが、この討伐が実に面倒くさい。


「いや、皇帝が親征すれば一瞬で終わる話なんだが、万が一があるからなぁ」


三国志に於いて益州は難攻不落の地とされるが、実際はそんなことはない。


後世益州が難攻不落の地とされるのは、その自然環境から交通の便が悪いことと、劉備と共に入蜀した人材の大半が中原に於いて既得権益を奪われたが故に反曹の思考を持った連中だったからだ。


加えて一州で六〇万人程度しかいないので、大軍で以て攻め落とすだけの魅力がある土地だと思われていなかった(要するに略奪に向かない土地だと思われていた)のだ。


地の利がなく、そこにいる人間が内応しない。

さらに攻める方に意欲がないとなれば攻め辛いのは当然だろう。


事実、劉備が死んでそれぞれの派閥を纏める人間がいなくなった後の蜀はグダグダを絵に描いたような状況になっている。


だが、攻めるのが皇帝その人であれば話はガラリと変わる。


攻め手が曹操であり、守り手が劉協によって皇族として認められた劉備だったからこそ『帝を私物化している逆賊に負けるものか!』と奮起することもできたが、攻め手が皇帝その人で、守り手が『逆賊』と認定された劉焉の場合は、攻め手に反抗しようとする行為そのものが罪となってしまうからだ。


こうなると一致団結した反抗など不可能だ。

誘いをかければいくらでも内応に応じてくれることだろう。

なんなら『劉焉の首をもってきたら恩赦の対象にしてやる』と言えば益州の士大夫たちは喜んで劉焉の首を刎ねようとするだろう。


なんなら李儒や荀攸、もしくは皇甫嵩や淳于瓊などが官軍の兵を率いれば、断固たる決意もなければ大した戦闘経験もない益州勢など鎧袖一触で蹴散らすことも可能だろう。


「通常であればそれでいい」


皇帝の仕事とは自分が戦場に立って武功を挙げることではなく、部下を戦場に送り込んでその功績を讃えることだからだ。


しかし、攻めるのが劉弁の場合は少し事情が異なる。


元々母親の血筋の問題があるせいで軽視されがちな上、先代の皇帝である父劉宏も十常侍による専横を招いた皇帝として士大夫層からの評価は高いとは言えない。


なんならその前の桓帝劉志も、宦官の権勢を強化したことや、党錮の禁などによって士大夫を迫害したせいで士大夫層からの受けがよろしくない。


このように劉弁は先々代や先代の分も合わせて知識層に嫌われている。


そのため部下に何かを任せた場合――この場合は劉焉の討伐――それを実行した部下を褒め称えたとしても周囲は劉弁の決断ではなく、実行した将兵を評価するだろう。反対に、もし失敗したり甚大な被害を出した場合は劉弁の決断を責めるはずだ。


良いことは自分の手柄。悪いことは皇帝のせい。


この時代の士大夫にとっては極々常識的な思考なのだが、この思考のせいで李儒らが益州を攻略しても劉弁のことが評価されることはないのである。


李儒個人の考えとしては、別に士大夫層の評価など必要ない。黙って仕事をしてくれればそれでいいと考えているからだ。


しかしこの時代の士大夫層とは、隙あらば中抜きとサボタージュを行おうとする連中である。それをさせないためには上司が厳しく監視する必要があるのだが、今はその上司を逆恨みして殺害するような連中が当たり前に蔓延っている時代だ。


そういった蛮行をさせないためには、監視をする役人を正常に働かせなくてはならない。


監視役がしっかりと働くためには監視役の上司、つまり皇帝がその威光によって監視役を見張り、護る必要がある。


ここまでやらなければまともに働かないのだ。世の民から役人が嫌われるのもむべなるかな。

そんな役人の性根はいずれ叩きなおすとして。


「面倒なことだが役人として働くことができる士大夫層なくして政は成り立たん。そして連中をまともに働かせるためには、連中に劉弁自身を認めさせる必要がある」


結局連中に『劉弁は傀儡ではない。己の足で立つ皇帝である』と見せつけないことには話が進まないのである。


「唯一の救いは、現在劉弁を操っていると噂されているのが董卓だってことだな」


董卓にしてみたら風評被害もいいところなのだが、先年反董卓連合が結成された理由がそれだし、彼らと戦ったのも董卓率いる軍勢なので、否定できる要因が存在しない。


勿論事実を認識している面々からすれば、劉弁の後ろに居るのは李儒だ。

太傅にして録尚書事にして光禄勲にして弘農丞である李儒以上に劉弁に近い者など存在しない。


弘農にいれば否でもそれを感じるものだが、すこし離れてしまうと李儒の影は恐ろしく薄くなる。


たとえば反董卓連合の盟主であった袁紹に李儒について尋ねたとしよう。

その場合袁紹は『李儒? 肉屋の小倅の腰巾着であろう?』と答えるはずだ。

流石に楊彪と繋がりがある袁術は少し違うが、反董卓連合の重鎮とされていた劉岱や劉繇に聞いた場合は袁紹と似たような答えを返すだろう。


これは李儒が実際に兵を持たぬが故に敵として見られていないこともあるが、それ以上に袁紹らにとっては何進の影が大きいこと、そして己をその何進と同格かそれ以上の存在だと勘違いしているために、何進の部下でしかない李儒など己の敵としては小さすぎると認識してしまい、最終的に『そんな小さい人間が劉弁を操っている黒幕なはずがない』という結論に至ってしまうのである。


「だから親征に董卓が絡まなければ、いくら現実を曲解しようとする連中であっても劉弁の手柄を認めざるを得まい」


ここまではいい。だから残る問題は先ほど李儒が呟いたように『万が一』があった場合となる。


「羌族は敗れ、長安にいた劉焉の子供は王允らと一緒に全員打ち首となった。当然劉焉もそのことは知っているはずだ。故に事ここに及んで劉焉に残された選択肢は、無条件降伏か徹底抗戦しかない」


ただし、徹底抗戦を選んだとしても部下がついて来るかどうかは別の話となる。これがあと一〇年も経っていれば東州兵と呼ばれる連中が股肱の臣となっていた可能性があるが、いかんせん彼らは結成からそれほど時間が経っていないので、無条件で命を預ける程の忠誠を得られているかどうかは微妙なところだろう。

まして劉焉は劉表と同じく土豪たちを殺しまくったり、方針に異を唱えたかつての同志を排除している過去があるので、信頼できる人間は極めて少ない。


もし劉焉に「こんな状況でまともな戦争ができるのか?」と自問するだけの冷静さがあれば、徹底抗戦を選ぶことはないだろう。だからと言って降伏したところで逆賊として殺されることは目に見えているのだから、黙って降伏するとも思えない。己に売国奴たる自覚があれば尚更だろう。


「となると劉焉が取る手段は、降伏してから恩赦を得るために接待をする……とみせかけて油断したところを暗殺してこちらを混乱させる、か?」


具体的には宛城にて張繡が曹操に対してやったアレに近い。


策そのものはありきたりなものだが、ありきたりなものだからこそ回避が難しいものでもある。


「まさか無条件で降伏してきた劉焉からの謝罪や接待を受けないわけにもいかんからなぁ」


赦すにしろ赦さないにしろ、最低限の礼儀というものは存在するのだ。


それがただの犯罪者ならまだしも、相手は宗室に連なる人間だ。むしろ社会的な評価でいえば、桓帝に養子として迎え入れられるまでは皇族の切れ端でしかなかった先帝劉宏と肉屋の倅こと何進の妹の間に生まれた子である劉弁よりも高いとさえ言える。


そんな相手からの謝罪を突っぱねて殺した場合、劉弁の評価は間違いなく地に落ちることとなるだろう。


「董卓なら問題なく殺せるんだけどなぁ」


悪評の塊である董卓であれば『劉焉からの話を聞かずに殺した』という噂が広がっても「またか」で済むが、劉弁はそうもいかない。


これから漢を再興するにあたって――ただでさえマイナススタートだというのに――これ以上評判を落とすわけにはいかないのである。


「董卓が使えない以上、親征は淳于瓊を始めとした西園軍を主力にする必要があるな。名目上の総大将は劉弁。実質的には淳于瓊。張遼と李厳もつける。司馬懿と徐庶は……暗殺防止のためにつけるか。油断に繋がらないよう釘も刺しておこう」


想定される最悪の事態を防ぐための準備を怠る者はもはや策士ではない。


想定した内容が『謀殺』という、劉焉の良心や反省と言った部分を全く考慮していない内容なのは些か以上に性根が曲がっていると言えなくもないかもしれないが、少なくとも謀殺に備えるのは間違ったことではない。


現在、劉弁の死を望む者も、それによって長安が混乱すれば得をする者も数多くいるのだから。

閲覧ありがとうございました。


そろそろ劉焉も詰む……かも。


―――


10/14に拙作の4巻が発売となります。


荒れ果てた文章を読みやすくしていることに加え、書下ろしとして


劉弁と李儒。

そのまま二人のお話。大体4000文字くらい


寧我負人、毋人負我

曹操の大冒険。大体10000字くらい。


の二点が掲載されております。また購入者特典は


蜘蛛の糸

李儒と司馬懿の心温まる会話。大体3500文字くらい。

購入者全員が対象。


曹操の目論見

陳留に入った陳宮と曹操の会話。大体2000文字くらい。

こちらはbookwalker様での購入者様が対象になるようです


以上の二点となっております。


見なくても大筋に変わりはありませんが、どれも本編を補完する内容となっておりますのでお手に取って確認して頂ければ幸いです。


すでにアマゾン様からの予約も開始されておりますので、何卒宜しくお願い致します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ