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15話。西涼動乱③

「いや、んなこと言われてもよぉ」


呂布に呼び出され諸事情の説明を受けた李粛の第一声は、このようなものだった。


「お前の言いたいことは分かる。俺とて他の誰かに同じような相談をされたら同じようなことを言うだろうからな」


親友と見込んでいた男に断腸の思いで相談を持ちかけた結果、遠慮も配慮もない呆れを含んだ眼差しと台詞を頂戴した呂布は、頭に血を昇らせる……こともなく、李粛の言い分を「尤もだ」と受け入れた。


ここまで冷静に物事を考えることができているのは、偏に紅昌を娶るために許可を貰いに行った際、彼女の存在意義を董卓らから聞かされていたからだ。


(賈詡曰く、美女連環計。と言ったか。あのときはまさか司徒ともあろうものがこのような下賎な策を用いるとは思っていなかったのだが……あの時の楽観がよもやこのような形で返ってくるとはな)


故に、現在自分の置かれている状況は、董卓陣営からみれば最初から想定して然るべき事案である。李粛の立場からすれば「今更真剣に相談されたところでなぁ」となるのは当然のことだろう。

呂布もそれは理解している。理解しているからこそ怒らないし、怒れないのだ。


しかし、逆に言えば董卓らは()()()()()()()()()()()()()()()ということでもある。


「董卓殿は王允の策を見破っていた。ならば、この状況も想定しているだろう? ならば解決策も用意しているのではないか?」


董卓も簡単に他人に騙されるような人間ではないが、そもそも董卓の背後には策を巡らせることについては他の追従を許さない例の男がいるのだ。


(あの、命知らずな荒くれ者が集まる涼州勢ですら恐れを抱く男が、すでに露呈している策に対してなんの対処もしていないなどといったことがありえるか? ……否、ありえん)


個人的な付き合いは殆ど無いが、彼の者の悪辣さは十分以上に理解しているつもりだ。それに鑑みれば、彼の者は間違っても王允如きの策に乗せられるような人物ではない。と断言できる。


対策がある。それはつまり『現状を打開できる』ということだ。


(気持ちはわかるけどよ。だが、大将や例の旦那がそこまで甘い筈もねぇってことくらいわからんかね?)


考えているうちに希望を見出したのだろうか。期待に満ちた目を向けてくる呂布に対し、李粛は李粛で元々用意されていた計画を思い出す。


呂布が考えているように董卓陣営では最初から『紅昌なる娘が呂布に接触したのは王允による策である』と認識していた。


よって王允が呂布を抱き込んで何かしらの策を実行に移そうとした際に取るべき対応も協議されている。


その内容は大きく分けて二つ。


一つ目の方策は王允の策を受けた呂布を説得し、王允に従うと見せかけて彼を裏切らせることだ。

この方策の利点は第一に『呂布は董卓に着くことを選んだ』と満天下に示すことが可能になるということであろうか。これにより董卓の養子である呂布の立場はより強固なものになる。


第二の利点としては、王允との決別を契機として、王允や彼に賛同していた者。そして王允の後ろで黒幕気取りをしている人物の関係者を根こそぎ捕えてしまうこと、予定されていた長安の掃除が完了することになる。その功績を呂布と、彼の養父である董卓で独占できるというのが大きな利点と言えるだろう。


良いことずくめに見えるが、当然この方策にも欠点はある。それは、この方策が紅昌を殺すことを前提としていることだ。


なぜか? 彼女の養父である王允は紅昌が嫁ぐ前から皇帝劉弁の中で逆賊認定を受けてしまっており、処刑されることも確定しているからだ。劉弁の立場からすれば、逆賊の養女であり、董卓と呂布の間に打ち込まれた楔である紅昌を生かす理由はない。いや、それどころか彼女を処罰しなければ、周囲に示しがつかないのである。


当然董卓としても自分を嵌める為に差し向けられた刺客を庇う理由はない。


よって、呂布が個人的な感情から紅昌を切り捨てることに反対した場合、劉弁や董卓と呂布の間に大きな溝ができてしまうという欠点があるのだ。


それを踏まえて考えられた二つ目の方策は、単純にして明快。


紅昌だけでなく、呂布やその妻子を含む関係者全員を処刑することである。


この方策の利点は、一つ目の方策で上げた『呂布との関係悪化』という欠点を排除したうえで、利点を享受できるという点だろう。

加えて、元々深く考える事を良しとしない涼州勢や并州勢の面々に「養子だろうがなんだろうが裏切ったら処刑する」という厳格さを見せつけることで、綱紀粛正に繋がるというのもある。


薄情と言うなかれ。正直な話、董卓陣営としてはこれが一番話が早いのだ。大前提として、王允を逆賊とするならば、養女である紅昌も、その養女を娶った呂布も王允の親族と見なされてしまうことを忘れてはいけない。


そして呂布が逆賊の関係者である以上、その処罰が九族滅殺が一般常識となっているこの時代に於いて、呂布を生かすことは非常に面倒な事案を齎すことになる。


具体的に言えば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。ということだ。


董卓としては、丁原との約束があったとはいえ自分が決めたことなのだから、呂布が何かをしたせいで問題が発生した場合、その火消を行う為の労力を惜しむつもりはない。だがその呂布が側室として娶った女の存在が原因で自分が逆賊扱いされてしまうのは困る。


この場合董卓が心配するのは、自分のことではない。弘農にいる最愛の存在。そう、孫娘である董白の立場だ。


簡単に殺されるとは思わない。人質は生かしてこそ意味があるというのはある意味では常識だからだ。実際董卓も、見せしめや何かで董白が殺されたりしたならば、怒り狂って弘農へと兵を向けるだろう。しかし、生きているなら話は別。どうしてもその矛先は鈍ってしまう。


加えて、弘農に居る外道の下で『生きている』ということがどれだけの意味を持つというのか。この場合なまじ『生きている』からこそ不幸ということも十分考えられる。


あくまで可能性だが、その可能性があるというだけで董卓は動けない。


まして、生まれた頃から知っている孫娘と最近養子になった呂布を秤にかけた場合、秤の針は比べるまでもなく孫娘に傾くのは当然の話。


なればこそ、董卓は自身が逆賊とならぬよう、即座に呂布を離縁して紅昌もろとも殺すことを選択肢として考慮しているのだ。


欠点としては、呂布に逃げられた場合不倶戴天の敵を生み出すことになるということだろうか。ただしそのことに対しては、あまり不安視されてはいない。


さしもの呂布とて睡眠も食事もしないまま数千の兵に追撃されて生きていける道理はないし、何より地形的な事情もある。


もし呂布が逃げ出したとしても、呂布が土地勘を持つ并州へと辿りつくためには外道が要塞化している弘農郡や河東郡を突破しなくてはならないのだから。


ただでさえ地の利がないというのに、追撃を行うのは董卓陣営が誇る騎兵だけではない。彼を知る大半の諸侯から恐れられている謀才の持ち主まで加わるのだ。到底呂布に助かる道など有るとは思えない。


よって『確実に呂布を殺せるのであれば、この呂布を含む関係者全員を処刑という方策に欠点はない』ということになる。


なればこそ、それを採用しないはずがないではないか。


結論として、董卓陣営の考える対処法の中に呂布やその家族が全員救われるという選択肢は存在していない。当然董卓の代理人として長安に入って居た李粛にもその旨は伝えられている。


(事実を伝えた結果「どうせ殺されるなら!」と暴発されても困るわな。だからと言って今の状況じゃこいつを確殺できねぇ。それになんだかんだ言っても古い付き合いだし、死なれるのも寝覚めが悪りぃ。……そんなら俺がすべきことは、こいつを王允の下から離れさせつつ大将にも逆らわねぇ状況を作ること、か? めんどくせぇなぁ)


呂布の親友にして現時点で董卓陣営で一番仕事をしている男にして、演義に於いて丁原と呂布との離間策を成功させただけでなく、その智謀で以て孫堅すら撃退したとされる男、李粛。


その智謀が導き出した答えとは……。


「とりあえず」


「とりあえず?」


「お前さんは逃げろ」


「……は?」


高い知性と義理と人情と打算が混ぜ合わさったことによって導き出された答え。


それは三十六計が一。『逃げる』であったという。


――弘農で策を練る腹黒でさえ思いつかなかった打開策を提示した李粛と、それを提示された呂布。今この時、二人は間違いなく腹黒の掌中から一歩踏み出すことに成功していた。





李粛、大活躍中。

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