表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/203

12話。涼州の乱③

張温が地味?コレでもかなり偉い人なんですが……


本日2話目

中平3年(西暦186年)10月中旬。司隷・長安


残暑も終わり、乾いた空気の中に肌寒さを感じる季節となり始めた頃のこと。


この日、5万の官軍と数万の現地諸侯軍の連合軍が城門の前に集められていた。彼らの様子を見れば、これから何があるのか?と周囲を確認する者や、上司から話を聞いていたのか特にリアクションを起こさずに待機している者など様々で有ったが、全員に共通していることが有る。


それは彼らの表情にある種の覚悟が籠っている事だ。


そんな彼らの前、長安の城壁の上に車騎将軍たる張温が現れ、その後ろに董卓・李儒・孫堅と言った将帥が並んでいた。ここまでくれば誰にでも分かる。コレから始まるのは訓練では無い。出陣前の訓示である。


「諸君。待ちに待った時が来た」


今まで無言で待機していた者は更に背筋を伸ばし、ざわついていた者はぴたりと動きを止めて、それぞれが城壁の上に立つ張温を見上げる。


その様子に満足したのか、張温は一つ頷いて訓示を続ける。


「諸君らの中には、ここ長安まで遠征に来ておきながら、我々が積極的に動かなかったことに疑問を覚えた者も居るだろう」


その言葉を受けて頷く者。左右を見渡す者。微動だにしない者など様々な者が居るが、基本的に全員が無言で張温が発する声を聞き取ろうとしていた。


「連中は我らが臆病風に吹かれたと喧伝しているが、何のことは無い。我々は敢えて動かないことで、連中を追い詰めていたのだ」


追い詰める。ではなく追い詰めて()()と断言する張温の言葉に、居並ぶ者たちは衝撃を受ける。


「そして既に準備は整った!連中は自らが終わっていることにすら気付いてはいないッ!分かるか諸君。既に我々の勝利は確定しているのだッ!」


張温が「勝利が確定した」と自信満々に言い切ると、眼下の軍勢の表情には「これから戦に出る」と言う不安から生じる恐怖は無くなり、逆に「勝てるのだ!」と言う思いから来る高揚が生まれ、ソレが徐々に伝播していくのが城壁の上からでも手に取るように分かる。


「諸君。漢の精鋭たる諸君!連中に思い知らせてやろう!漢の偉大さを!官軍の精強さを!我々に逆らうことの愚かさをッ!」


「「「お、おぉぉぉぉぉ!!!」」」


古今東西。勝馬に乗ったと確信した兵と言うのは明るく、猛々しくなるものだ。徐々に語調が強くなる張温のテンションに呼応するかのように、兵も雄叫びを上げていく。


「連中を葬る戦場は右扶風()(よう)ッ!そこには既に連中の屍を埋める墓穴も用意している!」


「「「おぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」」」


「漢の敵に死を!我らの敵に死を!」


「「「漢の敵に死を!我らの敵に死を!」」」


「よろしい。ならば戦争、否、粛清だッ!全軍出撃せよッ!!」


「「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」」」


官軍出陣。この報は長安周辺だけでなく涼州に伝わることになる。同時に張温の訓示もまた、一言一句違えずに涼州軍閥の下に届けられることになる。


それが策の仕上げで有ると知っている者は、この場にどれだけ居るだろうか?


少なくとも兵の激情を目の当たりにしながらも、城壁の上で無表情を貫く若者が知らないと言うことは無いだろう。



―――――




涼州・(かん)(よう)郡漢陽


「……向こうは長安から出陣したようだな」


「そのようだな」


「何を落ち着き払っている韓遂!「そのようだな」等と言っている場合では無いだろう!」


韓遂と共に乱の首謀者とされる辺章が、冷静な顔をして地図を見ている韓遂を怒鳴りつける。辺章にしてみれば今回の乱は羌に便乗した涼州の宋揚や北宮伯玉によって引き起こされたモノであり、自分たちは巻き込まれただけだと言う思いが強い。


それなのに何故自分がココまで追いつめられなければならないのか?その不条理に憤っていた。そしてこの気持ちを唯一理解出来るハズの韓遂が、こうして涼しい顔をしているのが全く持って理解が出来ないのも憤りの要因の一つとなっている。


「と言われてもな。いずれ出てくることは分かっていただろう?」


「それはそうだが!」


しかし韓遂には韓遂の言い分が有る。洛陽の連中が尻を叩いたかどうかは分からないが、張温とて数万の軍勢を預かっておきながら前に出ないと言うわけには行かない。


何せ兵糧とてタダでは無いのだ。戦が長引けば長引くほど漢の財が減るし、洛陽の連中の取り分にだって関わって来るだろう。連中の事を少しでも知っていれば、そんな状態を甘んじて受け入れることなど有り得ないと言う結論に至る。


まぁ何進は多少の見所が有るようだが、彼一人が居たところで洛陽の阿呆共を止めることは不可能だ。それは何進に近い立ち位置に居たはずの皇甫嵩があっさりと更迭されて、宦官閥の張温が後任に据えられていることからも分かる。


こういった裏の事情を考えれば、張温が長安から動かない方が不気味だ。故にこうして動いてくれた方が対処しやすいとも思っていたのだ。それに彼が落ち着いているのにはもう一つ理由が有る。


「そもそも董卓からも連絡が来ていただろう?自分たちが動いたら退いてくれ、帰ったら前に出ろ。ソレだけの話では無いか?」


いざとなれば西涼へ逃げれば、官軍がどれだけ追ってこようとも逃げ切れるのだ。深追いして来たなら補給線を叩けば良い。つまりどう転んでも自分たちに負けは無い。この状況で何に焦れと言うのか。


「それもだ!」


「それも?」


「何故董卓は我らにそのようなことを言って来たのかと言うことだ!」


「いや、董卓が涼州軍閥の在り方を理解しているからだろう?」


涼州軍閥を滅ぼすことは出来ない。ならば鎖で繋ぐしかないと言うだけの、実に簡単な話ではないか。しかしそんな韓遂の「何を言っているんだコイツは?」と言わんばかりの態度が、辺章を馬鹿にしているようにしか見えず、増々彼の頭に血を昇らせて行く原因となっていた。


「そう言うことでは無い!それに、報告を見ろ!張温は我らを倒す算段を付けたと広言しているのだぞ?!」


「正確には「勝利は確定している」だがな」


「そんなことはどうでも良いッ!」


勝ち目が有ると言うのと、既に終わっているでは大きな違いが有るのだが……韓遂はそう思うも、流石にこれ以上の揚げ足取りは辺章を怒らせるだけだと言うことがわかっているので、敢えて言うことは無かった。


代わりにもっと直接的なことを指摘する。


「ではどうする?董卓の言うことに逆らい、退かずに官軍とぶつかるか?確実に何か仕組んでいるぞ?」


「向こうが何を仕組んでいようと関係あるまい!むしろここまで言われて退けば、我らが殺されるぞ!」


「まぁ。それもそうなんだがな」


自分たちは担がれているだけだと考えれば、担いでいる連中が「自分たちに価値無し」と見做せば容赦なく殺しに来るだろうと言うことは分かる。


更に羌も涼州軍閥も「戦わずに退く」と言うことが出来るような思考はしていない。


韓遂にすれば「逃げればそれで済むと言うのに、何故無駄死にしようとするのか?」と言ったところだが、面子と言う意味では分からないでもないと言うのが痛いところである。


「では辺章はコチラも美陽に出るべきだと言うのか?」


確実に罠が仕込まれている地に、自分から飛び込むと言うのか?


「そうだ!官軍が仕掛けた罠など食い破れば良いだろう!それに……」


「それに?」


「もし連中が罠に嵌って負けたなら、その時は官軍に降れば良い。「反乱軍を罠に誘導した」と言うのは実績になるだろう?」


「……なるほどな」


自分は巻き込まれただけと考えている辺章ならではの意見である。元々の原因だけでも酌量の余地が有るかも知れないと思っているのに加えて、手柄を上げれば猶更!と言ったところだろうか?


甘い。


洛陽のクズ共はそんな生温い性格をしていない。巻き込まれようがなんだろうが一度羌に降ったのは事実だし、自分たちは賞金まで懸けられているのだ。


連中の威信にかかわるので取り下げること等有り得ないし、そもそも洛陽に着く前に賞金や武功目当ての連中に殺されて終わりだと言うことが理解できていない。


とは言えここで尻尾を巻いて逃げるなどと言えば、羌や涼州軍閥の連中に殺されるのは確実だ。さらに張温が用意した策と言うのがハッタリを使った離間計で有る可能性も考えれば、やはり退くことは出来ない。


結局のところ、逃げるにしても戦うにしても一度前に出る必要があると言うことになる。


「どちらにせよこのまま退けないのは事実ではあるし、黙っていては殺される……動くか」


「そうだ、このままではどうにもならん!まずは動くぞ!連中がどうなろうと知ったことか!」


かなり投げやりになっているが、元々辺章には自分とは違い『漢』と言う国に逆らうだけの気概など無かったのだ。それを考えれば彼の気持ちもまぁ分かる。


「……今は見逃すが、あまり大声で言って良いことでは無いぞ?気を付けろ」


しかしまぁ、気持ちが分かるからと言って流石にココまで明け透けにされて、羌や涼州勢に聞かれて一緒に殺されても困るので、多少の釘は刺すのだが。


「あ、あぁ。そうだな」


一応反省はしたようだが、所詮は己の命が惜しいだけ。


もはや辺章の心底にある「自分は被害者だ」と言う意識は消えることは無いだろう。そう言ったモノは本人の自覚無しに外に出るし、蔑まれる側の人間はそう言う感情に敏感であることを考えれば、辺章は危ういと言わざるを得ない。


「では我らも美陽に出陣しよう。あぁその前に、この張温の訓示をしっかり聞かせた方が良いだろう」


「うむ。罠だと知って挑むのと、何も知らずに挑むのは違うからな!」


どうせなら勝ってから降りたいとでも言うつもりか?どこまでも甘い。


これははねっ返り共を罠に誘導して使い潰す為の下準備。罠が有ることを知りながら突っ込んだなら連中の自業自得よ。感情的になった者達に殺されることも有るまい。


そして被害が少ないうちに退くことで、叛乱の火種を残すとしよう。


……漢と言う国には敵が必要なのだ。それも、その敵を倒す為に全てが一丸となる必要が有るくらいの強敵が。宦官だの名家が足を引っ張っては勝てないくらいの強敵がっ!


漢と言う国の為に、漢に生きる民の為に!この韓文約、叛乱の徒の悪名も甘んじて受け入れようでは無いか!



――――





張温・韓遂・辺章。それぞれの思惑が交差する中で、双方合わせて20万を超えたと言われる辺章・韓遂の乱はここに佳境を迎えようとしていた。




何故かコー〇ーの三國志には出てこない張温。当然呉の人とは別人ですよ?何儀とか管亥よりもよっぽど大物なんですけどねぇ。


そんなわけで出陣。黄巾の乱が4話で終わっているのに、涼州にそれ以上かけるの?と思った読者諸君。君たちは間違っていない。


しかしこっちは主人公である李儒君が出陣しているのでシカタナイと思って下さい。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ