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3話。動乱の気配①

前話のあらすじ


王「勅に従わないとは言っていない……ただ、今はその時ではないというだけの話だ……」


呂「ざわ……ざわ……」




文章修正の可能性あり

待機や待命、もしくは現状維持という言葉がある。


後漢末期の洛陽に蔓延っていた名家や宦官たちにとって、その言葉は『何もしなくて良い』と同義であった。それはサボりを認めたのではなく、下手に行動を起こしてしまえば相手に付け入るスキを与えることになるということを警戒していたが故の解釈である。


しかし、当然のことながら軍部に於いての待機や現状維持は何もしなくても良いというわけではない。


待機や待命とは指示が有ったらすぐに動けるように(命令)を待つことであり、現状維持といえば常日頃と変わらず任務にあたることを意味する言葉だからだ。


故に、通常任務として西域の騎馬民族を警戒していた董卓の配下がそれに気付くのは当然のことであり、無事に職務を果たした者が、自身が得た情報を上司である董卓に届けるのもまた当然のことであった。



興平元年(西暦一九二年)六月下旬 司隷・京兆尹、郿



「あぁ~? 羌や胡の連中が動いているだぁ?」


「みてぇです」


「俺には何の連絡もねぇけどな?」


「こっちもですよ。どうも俺らには知られないように動いているみたいでさぁ」


「ほぉ。連中も少しは考えるようになったか?」


「どうでしょうかねぇ。ちなみに旗は上げてませんが、連中のまとめ役は韓遂と馬騰ですぜ」


「はっ。連中の入れ知恵かよ。見直して損したぜ」


娘婿である牛輔からの報告を受け、獰猛な顔に殺気を交えながら「舐められたもんだ」と嘯くのは、悪逆非道の暴力の徒にして酒と女と権力に溺れて漢の政を壟断している大将軍こと董卓である。


この評判は、洛陽で名家や商人を殺したことや、長安遷都を強行したこと、また反董卓連合に参加した諸侯の軍勢を歯牙にも掛けずに蹴散らしたことに加え、長安で董卓の名を使って自分に従わない者の粛清を行っている老害によって意図的に流布されているが故に、拡散されることはあっても改善されることはない。


また、世間の噂によれば董卓は大将軍にあるにも拘わらず長安に入らず、郿に建造した要塞を己の拠点とし、政を省みることなく酒と女に溺れる日々を送っているらしい。


物理的に長安から離れているのにどうやって董卓が政を壟断しているのかは定かではないが、とにかくそうなっているのだ。


もしもこの評判を流されているのが王允だったならば、彼は草の根を分けてでもこの評判を流した者を探し出し、これに賛同した者たちも含めて極刑に処していることだろう。


しかし董卓という男は王允のようなタイプの人間とは根本から異なるタイプの人間であり、商人や名家の連中が拡散している自身の噂になど欠片も興味を抱いてはいない。


むしろ「史に悪名を残すことになる? むしろ連中に悪って言われんなら、願ったりかなったりじゃねえか。つーか連中と一緒にされたほうが悪名だろうよ」と吐き捨てているくらいには名家からの評判というものを気にしていなかったし、部下たちも同様に名家や商人の評価に価値を見出していなかった。


そんな彼でも許せないものがある。それは「舐められること」である。


己の武に自信が有るからこそ、文弱共の囀りに耳を傾けることはないが、そうであるが故に彼らは純然たる力による序列を重視するのだ。


その彼らが重視する力による序列に鑑みれば、涼州軍閥も、羌も、胡も、匈奴も、彼ら全てが董卓の下になる。


「連中の狙いなんてのはどうでもいい。どーせ連中の頭には略奪しかねぇんだからな。問題なのは連中が俺に何の断りもなく動いているってことだ。まぁ馬騰っつーより韓遂の差し金だろうけどよ」


「ですね」


基本的に羌に代表される北方騎馬民族は秋口から冬にかけて漢に侵犯し、略奪を行っているのは事実である。しかし、それはあくまで漢を本気にさせないような規模であり、本気で討伐されないような場所を狙って行うものであった。もっと詳しく言えば、彼らは襲撃前に州牧や刺史に行動を匂わせるくらいのことはしていたのだ。


実際に数年前に引き起こされた辺章・韓遂の乱ではそれをせずに三輔(京兆尹・右扶風・左馮翊)に攻め込んだ結果、漢が本気になって討伐軍を派遣し、羌族は多大な被害を出すことになっている。


ただ、この乱に関して言えば、当時は黄巾の乱のせいで漢の統治が乱れていたことや、その混乱に拍車をかけんとしたどこぞの宗室による扇動があったが故に彼らも引き時を誤ったという事情があるので、一概に羌を責めるのはお門違いと言えるかもしれない。


しかし今回は別だ。


董卓が万全の状態で在るにも拘わらず、向こうからは一切の事前連絡がないのである。


呂布が疑問を呈したように、董卓の怖さを知るはずの連中がそのような真似をすることなど、通常ではありえないことである。


これから導き出される答えはただ一つ。


「連中には、俺に逆らっても生きていけるって確信があるってことか。それを保証してるのが馬騰であり韓遂の存在だって?」


「そうなりやすね。暗殺か奇襲か、はたまた正面からの戦で勝てると踏んだのかはわかりやせんが、何かしらの勝算があるんでしょう」


舐められるどころの話ではない。


完全に下に見られていることを自覚した董卓であったが、そんな彼が娘婿に示した感情は怒りではなかった。


「……はぁ~」


頭痛を抑えるかのような仕草で溜息を吐く董卓。今の彼から感じるのは、多大な疲労とわずかな憐憫であろうか。


以前までの董卓の気性を知る者ならば、今の彼を見たら驚きの目を向けるか、彼が衰えた。と勘違いをすることだろうが、当然、今の段階で全ての事情を知る牛輔がそのような勘違いをすることはない。


むしろ牛輔は董卓の心情を正しく理解し、馬騰や韓遂、そして彼らに乗せられたであろう羌や胡の連中に憐れみさえ覚えていた。


「連中の動きも、連中に賛同する連中の数も、連中が動く時期や場所さえも予想通りでさぁ。ここまでくると『憐れ』としか言えませんわな」


「まったくだ」


ここまで筒抜けならいくらでも対処が可能だ。これでは『彼を知る』どころの話ではない。


敵に回ったとは言え、相手は顔見知りであり自分たちも強者と認めている連中だった。それが、戦う前から完璧に封殺されているのだから、董卓としても何とも言えない気分となるのも仕方のないことだろう。


「ちなみに、馬騰が動いた理由は何だと思う?」


前回の乱で散々に蹴散らされた韓遂が、私怨を晴らさんとして動くのはまだわかる。だが自分が知る限り皇帝への忠誠心をそれなりに持っていたはずの馬騰が、自分を相手にするために羌と共に動くのが理解できない。そう頭を捻る董卓に、問われた牛輔はあっさりと答えを返した。


「大将の評判じゃないですかい?」


「あぁ?」


「いや、馬騰ってかたっ苦しいところがあるじゃないですか」


「まぁな」


「でもって今現在、世の中に流れている大将の評判と、中途半端に洛陽の人間と繋がりがある韓遂。さらに長安の王允たちや連中に味方している例の人からの言葉があったら……」


「あぁ。なるほどな」


前述したように、董卓や董卓に従う連中は世間の評判なんぞ一切気にしていない。だが、噂や評判を気にする者はとことん気にするものだ。そして董卓が知る馬騰という男はどちらかと言えば後者であった。


そういった土壌に、遷都や名家の殺害という種を植え、様々な噂という豊富な栄養を与えたなら、芽が出るのは当然と言えよう。


「こんなん俺でさえわかる流れでさぁ。勿論噂だの評判を飯のタネにしている連中からすれば、馬騰を動かすことなんざ地面に矢を当てるより簡単だったでしょうよ」


「口から先に生まれたような連中の口車に乗せられたか」


「あいつは頑固なのに妙に素直なところがありますからねぇ」


質実剛健と言えば聞こえは良いが、実際の扱いはこの程度。


「情けねぇ。とは言えんな」


「へい。俺らも一歩間違えばこうなってやしたからね」


(今の俺らも似たようなもんだが……いや、違うな)


そう自嘲しかけた董卓であったが、馬騰と自分には大きな違いがあるということを思い返すと、その表情を改め、彼らを敵として滅ぼすために動き出す。


「とりあえず賈詡を呼べ。あとは長安が妙な動きをしねぇように、李粛に連絡も入れろ」


「へい。それと呂布はどうしやしょうか?」


「アレか。……特に指示はいらねぇ。いや、動くなって言っとくか?」


「あぁ、うん。アイツは今や王允の紐付きっすからね。とりあえず王允が死ぬまでは距離を置くって感じですかい?」


「そういうこった。後はまぁ、()()()()()だな」


()()()()()っすね。了解しやした」


(少なくとも俺を操っているヤツは、俺を駒として使う代わりにしっかりと見返りを用意してやがる。だが馬騰。おめぇはどうだ? 連中お得意の空約束以外に何かあるのか?)


董卓と馬騰の違い。それは操る者の器量の差であり、それが齎す結果である。


「阿呆が。最初っから負けることが決まっている馬に乗せられやがって」


即ち、勝ち馬を用意できるかどうか。この戦場に立つ将からみて最も重要な一点を満たせない時点で、彼らの黒幕は脅威足り得ないのである。


『戦は始まる前に終わっている』兵法書にもそう書いてあるのだが、この言葉の真意を知る者は驚くほど少ないのが今の漢という国である。


馬騰らを動かし、戦略的な優位を確信している黒幕もまた、その例に漏れることはなかった。


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