14話。諸悪の根源に関する考察と周知③
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蔡邕の聞き取りと諸悪の根源の存在が周知された会議が終わった後のこと。
「劉焉? それってたしか、父上に州牧制度を復旧させるよう上奏した人でしょ? そして自分が益州の牧になった後は、宗室の立場を利用して益州で好き勝手してる人だよね?」
「はっ。加えるなら、洛陽や長安との繋がりを絶つために巴蜀と長安の間にある漢中へ五斗米道なる宗教団体の教祖を置き、その者に洛陽から派遣されていた官吏を殺させたり、長安との間にある道や橋を破壊させたりしつつ、先年発生した黄巾の乱で生まれた流民や、涼州での戦(辺章・韓遂の乱)で損害を受けた羌族たちを懐柔し、益州内で官軍とは異なる独自の戦力を作りつつある。などといった『噂』がある、あの劉焉様でございます」
会議の内容を報告するため自身の下を訪れた司馬懿に対し、劉弁がやや皮肉を加えつつ己が知る劉焉の為人を語れば、それを受けた司馬懿は司馬懿で、無表情のまま様々なところに不自然なアクセントを加えつつ、淡々とここ数年間で劉焉が行ってきた行動を挙げていく。
「うわぁ」
劉焉が耳にすれば『自分を貶める讒言だ!』と糾弾するであろう諸々の報告を耳にした劉弁は、その内容に思わず顔を顰めることとなった。
しかしそれは『司馬懿が自身に讒言をしている』と思ったから、ではない。
司馬懿が事実を述べているということを知ったからこそ、劉弁は顔を顰めたのだ。
「……もう色々駄目だよね。その上で最近は王允に何かを吹き込んで色々と悪巧みをしてるんでしょ? まぁ王允と劉焉の繋がりを知ったのはさっきのことらしいからそれに関しては仕方ないにしても、中央から送られた官吏を殺したり道を破壊したのは事実なんだよね? なんでこれまで劉焉を放置してたの? これまで忙しくて手を出せなかったのかな? それとも何かの策に使うつもり?」
劉弁の心境としては(属尽とか言って色んな場所に迷惑をかける連中といい、宗室とか言って普段は朕の親戚面して偉そうにしてきながら、いざと言う時には助けにこようともしない連中といい、周りに碌なのがいないんだけど。父上や今までのお歴々。それに宗正は一体何をしてきたのかな?)と、父親をはじめとした歴代の皇帝や、皇族や宗室を取りまとめる役職に就いていた役人たちに対する不満で一杯であった。
「その問いに対しては、未だ未熟な某に師の内心を推し量ることはできませぬ。故に某の予想となりますがよろしいでしょうか?」
「うん。予想でいいよ」
「では某の予想を申し上げます。まず師が多忙であることも無関係ではありませぬが、それ以上に『劉焉様が宗室に連なる御方である』ということが挙げられます」
「んー?」
「いくら師と言えど、陛下のご一族である劉焉様を独断で処するわけには参りませぬ。故に今までは黙認という形をとっていたのではないかと愚考致します」
徐庶が見たら一瞬で土下座しそうなほどの不満を一切隠そうとしない劉弁からの下問に対し、司馬懿は表情を変えぬまま言葉を紡ぐ。
事実、現在李儒が就いている太傅という役職には様々な権限があるのだが、その中に宗室や皇族を断罪する権限は存在しない。
彼らの行動を監視したり、掣肘する権限を持つのは九卿の一つ宗正という官職であるが、その宗正にしても自身が持つ権限を行使するためには皇帝の許可が必要なのだ。
なにせ劉弁にとってはただの遠い親戚でしかなくとも、他の者からすれば絶対権力者の親戚である以上、誰であれその扱いは非常に繊細にならざるを得ない。
よって宗室を裁く権限を持たない李儒が、宗室に連なる人間である劉焉の行動を黙認するのも当然のことと言える。
「いや、それって表向きの理由だよね? 朕は本音を聞きたいんだけど?」
だが、王允あたりなら騙せたであろう儒者の理屈も、李儒の下で順当に成長を重ねている劉弁を誤魔化すには至らなかった。
「おや。お気付きですか」
聴きようによっては、絶対君主である劉弁が『自分に嘘を吐くな』と司馬懿を糾弾した形となるのだが、糾弾された側であるはずの司馬懿には嘘を吐いたことに対する後ろめたさや、命乞いの色は一切ない。
それどころか「よくぞ見抜いた」と、劉弁の成長を寿ぐ始末。
「そりゃ少し考えればわかるでしょ。……李儒もそうなんだけどさぁ、こういうときにわざと答えを暈して朕を試そうとするのはどうかと思うんだよね」
完全に毒気を抜かれる形となった劉弁にジト目で訴えかけられても、司馬懿の無表情は崩れない。
「陛下を鍛えるのが師の務めであり、兄弟子である某の役目ですから。それに昨今はその『少し考える』が出来ない者が多いのですよ。長安の司徒殿もそうですし、袁紹もその典型ですな」
「あいつらと一緒にされてもねぇ」
劉弁からすれば比較対象が悪すぎると言いたいところであるが、残念ながらそう思っているのは本人だけである。
「そうは言いますが、あの者どもとて若き日はそれなりの評判を得ていた者達ですぞ?」
事実、袁家という下駄を履いた袁紹はともかくとして、王允は登龍門の語源となった李膺に認められた郭泰と言う人物から『王佐の才』の持ち主として評された程の人物だ。
世に認められた人間からの評価こそが全てであったこの時代。過去のこととは言えそういった評判を持つ王允は、間違いなく有能な人物として(長安の人間はすでに王允の器を見限っているが)周囲に認識されているのである。
翻って劉弁はどうか? 幼い弟に劣る愚昧な兄。これが世間一般に於ける劉弁の評価だ。これに関して言えば劉弁が毒に侵されていたことを知っている面々からすればなんの意味もない評価である。しかしそれを知らない面々たちからすれば、その評判こそが全て。
実際長安には、愚昧な劉弁を皇帝と仰ぐよりも、幼いながらも三年間丞相としての努めを果たした劉協を皇帝にするべきではないか? という声もある。
(喪に服さないと駄目だとか言うくせに、実績がないとか、ほんと勝手だよね)
しかし、劉弁が喪に服しているのは解毒のためだけではない。こうして三年間喪に服すことで、儒家からの誹謗を防ぐ意味合いもあった。しかしその三年間を『無駄』という士大夫もいるのだから、劉弁としては堪ったものではない。
「まぁそうなんだけどさぁ。でも評判だけ良くても意味ないでしょ? せめて何かしらの実績がないと重要な役職に就けるのは駄目だよね」
だから劉弁は、儒に染まった士大夫を信用しない。そもそも自身の恩人であり師でもある李儒が『政に儒は不要』と断言しているのだから、尚更である。
ただ、実力主義にするにしても様々な問題があるのは事実だ。
「その実績を積ませる為の人選の基準が評判なのです。無名の者を見出すのも士大夫の職務のうちですが、なにより『自身が推挙した者の言動に対して自身も一定の責任を負う』という儒の教えがあればこそ、彼らもそれなりの人間を推挙するのですぞ」
推挙した者が問題を起こした場合、推挙した人間も連座して罰を受ける。その不文律が組織に自浄作用を齎すのも確かである。だがそれはあくまで理想論でしかないことをすでに劉弁は知っている。
「で、父上に阿って毒を盛りながら漢を台無しにした十常侍は誰が罰したの? 名家を率いる袁隗はどうなった? 生まれがどうこう言って伯父上たちに偉そうにしておきながら散々足を引っ張って漢を混乱させた連中は誰が罰したの?」
「師ですな」
「つまり、連中は自分で責任を取らなかったってことじゃない?」
「そのとおり」
「駄目じゃん」
「えぇ。それがわかっていればよろしゅうございます」
「……あぁ、そういうこと」
自身に儒の教えを説きながら、同僚とも言える儒家に対して一切の弁明をしない様子を見て、劉弁はようやく司馬懿の意図に気付いた。
「つまり、今後理屈も何もなく儒の教えだけを説いて来る奴の言葉は聞く必要がないってことだね?」
「さて、某からはなんとも」
「はいはい」
自分たちが望むのは傀儡ではない。己の足で立つ皇帝である。
故に自分で見て、聞いて、考えて、それから判断せよ。それが李儒と司馬懿が劉弁に求めている所作であった。
その気になればいくらでも劉弁を騙し、栄達を極めることができる師弟であるが、彼らはそういった真似は一切しない。ただ劉弁の手を引き、その背を押すだけだ。
「……話を戻そうか」
「劉焉様について、ですかな?」
「うん」
友であり兄弟子である司馬懿の態度になんとも言えない気恥ずかしさを覚えた劉弁は、話を評判云々から元の劉焉に戻すことにした。
「大体、宗室だから手を出せないっていう割には劉岱とか劉繇は普通に賊扱いしているし、劉表の子供の、えっと劉琦だっけ? そいつも賊扱いしてるよね?」
「えぇ」
「じゃあ劉焉だって賊扱いできるんじゃないの?」
「そこが面倒なところでして」
「面倒?」
その気になればなんでも出来る司馬懿が『面倒』というほどのことなのだろうか? 首を捻る劉弁に、司馬懿は無表情のまま話を続ける。
「大前提として、流石の師も司徒殿や宗室の方を相手に讒言だけで動くわけにはいきません。加えて劉焉様は、袁紹と共に洛陽に兵を向けた他の方々とは違い、直接陛下に矛を向けているわけでもございません」
「いや、こっちから送った官吏を殺したり道や橋を壊しているんでしょ?」
直接兵を向けたわけではなくとも、この時点で立派な犯罪ではないか。心底不思議そうな表情を浮かべながらそう告げる劉弁に、司馬懿はゆっくりと首を振る。
「やっているのは劉焉様ではなく漢中の張魯なる者でございます。また彼らの行いに対しても一応の名目がございます故、師も手を出し辛いのでしょう」
「名目?」
洛陽や弘農に篭りっきりだった劉弁には、どう考えても『中央に翻意有り』と弾劾されてもおかしくない行動を取っている劉焉を正当化させる名目に見当がつかなかった。
「えぇ。なんでも橋や道を壊したのは『黄巾の賊を益州に入れぬためであり、益州の賊を司隷や荊州に向かわせぬため』であり、官吏を殺したのは『送られて来た者が十常侍の手先で黄巾とも繋がりがあった』からだとか」
「黄巾? 本当なの?」
「さて。賊を入れぬ為に道を塞ぐ行為につきましては、あの混乱の最中では非常の手段の一つとして考えれば有用とも言えます。また十常侍の実質的な長であった張譲が黄巾と繋がっていたことが事実である以上、地方に送られた官吏に十常侍の手が入っている可能性も、皆無とは言えませぬ」
司馬懿個人としては劉焉の言葉など一切信用していない。
だが同時に十常侍も信用してはいなかった。
まして生前の張譲は、王允によって黄巾との繋がりを追求された際に、その罪を認め先帝劉宏に謝罪をしている。
一応それは許されはしたのだが『謝罪をして許された』という流れがある以上、張譲が黄巾と繋がっていたのは確かなこと。そして黄巾と繋がっていた人間が送り込んできた官吏がまともな官吏だったのか? と言われれば、司馬懿にも確たることは言えなくなる。
このような状況では、いくら李儒が太傅として皇帝である劉弁に対して献策やら提案ができる身であったとしても、皇帝の一族である宗室の人間を裁くことは不可能なのだ。
「ん~。確かにそれだけだと劉焉は裁けないのか。……でも李儒ならいつでも朕に上奏は出来るよね? その上で調査すれば証拠とかいくらでも出そうだけど?」
「逆に言えば、証拠が出なければ讒言となりますな」
「讒言って。あぁ、でも今のところはそうなるのかな?」
「はい。状況証拠としては十分ですが、余人には劉焉様の行動が陛下に対する害意とは見ることはできません。で、あるならば、師が劉焉様の不義を上奏したところでそれは讒言となります。さらに劉焉様とて陛下への不義を理由に死を賜るくらいならば、長安に申し開きに来る前に手元に有る証拠を隠滅するでしょう。そうなれば、あとに残るのは太傅である師と宗室である劉焉様の権力争いとなります」
「権力争い? いや、まぁそうなのかな? じゃあ結局李儒が劉焉を裁かないのは、証拠がないからってこと?」
劉弁としては、自分が困ったときに何もしてくれなかった親戚よりも、解毒を施してくれたり教えを授けてくれた李儒を重用したい気持ちがあった。
故に、もしも李儒が明確な根拠を持っている上で劉焉を糾弾するのであれば、証拠など後から捏造してくれてもかまわないとまで思っている。そのため劉弁は、両者が争ったとしても権力争いに発展することはないと考えているのだが、それは絶対権力者である彼だからこそ言える意見だし、そもそも隠れ潜んでいた劉焉の存在を掴んだ今、李儒には急いで劉焉を消す必要がない。
「御意。あとは陛下にお身内を処罰させることで周囲(主に宗室や属尽)の綱紀粛正を図ると同時に、私や徐庶に対する教材として残しているのかと思われます」
「……宗室云々の話はどこにいったのかなぁ?」
「さて。陛下のお役に立てて死ねるのですから、彼らも本望なのでは?」
「ま、それもそうか」
司馬懿の態度は確かに皇帝の親戚に対する敬意も何もあったものではないのだが、親戚よりも皇帝その人を重視するのは当然のことと割り切っているならば、皇帝に害意を抱く親戚を軽く見るのは当たり前の考えとも言える。
こうして喪明けを前にした皇帝劉弁の脳裏にまた一人、逆臣の名が刻まれることになったのであった。
頭の切り替えがアレで文章がうまく纏まらない……(元から)
これで周知回は終了です。
次回はエピローグかな?ってお話。
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