10話。涼州の乱①
黄巾の乱の後は反董卓連合だと思ったか?甘い。辺章・韓遂の乱でしょーがッ!
基本的に作者は投稿してから一時間くらいの間、誤字脱字の修正や文章の添削などをしていますので、投稿してから即見て、さらにそれが終わった辺りにもう一回見れば二度楽しめるかも知れません。
中平3年(186年)5月。長安
「お待たせ致しました。董閣下」
「なんの。黄巾の乱の戦後処理を全て終わらせて、さらに今回の皇甫嵩殿の失脚の後始末までしていたのでしょう?半年足らずでその準備が終わるなど、通常ではありえませんぞ」
頭を下げる李儒に対して朗らかに答える董卓。彼は予定通り皇甫嵩に策を問われた際、子供でもわかるような正論だけを述べることで、皇甫嵩と距離を置いたようだ。
その結果、皇甫嵩とは疎遠であるとされ、彼が張譲の手で罷免されても董卓は中郎将のまま羌との戦いにおける指揮官として兵を率いていた。
まぁそうなってもらわなくては困るのだが。
「そう言っていただけると助かります。とは言え更に一つ面倒事が追加されまして。いや、対処は簡単なのですがね」
「……伺いましょう」
俺が開口一番に面倒事と言う内容だ。董卓にとっても決して無関係ではないだろう。しかし面倒事に対する対処法も出来上がっていると言うことなので、不満そうな雰囲気はない。
実際、ただひたすらに面倒なだけの話だしな。
矛盾しているようだが、洛陽の澱みを少しでも知ればこの面倒と言うのがどれだけ厄介なのかが良くわかる。
例えば軍使。一言で軍使だなんだと言われても、洛陽から来るのはまともなモノではなく、基本的には対抗派閥から自分達を追い落とす為に派遣されるものだ。
それに対して、賄賂で済むならまだ良いのだ。適当に派閥に忠誠を示せば良いと言うだけなら最良だ。
しかしそうで無い場合は、返事の一つにでもおかしなところがあれば、その軍使によって帝に讒言されることとなるのが後漢クォリティである。(対象の格が低ければ、言葉におかしな言葉が無くても勝手に言葉を造られてから讒言される)
しかも使者を返した後に「待ってました」と言わんばかりに相手が準備万端用意している捕縛の為の兵士が飛んでくるのだから、回避も防御も難しいときている。
つまり彼らにとって軍使とは、罷免&捕縛からの投獄と言う即死コンボを内包する爆弾に等しい存在だ。
そんなわけで董卓のような前線の将帥は、目の前の敵を排除しつつ後ろの連中によって次々と足元に設置される見え見えの罠を、一々全部処理しなくてはならないと言う作業を強いられることになる。
今までは李儒や何進がソレを行ってきたのだが、李儒とて他人が他人に仕掛けた罠の解除ほど面倒な作業も無いだろう。
董卓の様なバリバリの現場主義にして前線指揮官にとっては後方支援と言う仕事はまさしく地獄。各種書類仕事の過酷さを知れば知るほど「洛陽には関わりたくねぇ」と思うのは仕方のないことと言える。
それはそれとして。
「私が派遣されたことで宦官や名家の連中が何進大将軍閣下に手柄を総取りされると勘違いしたようでしてね。数か月後には司空の張温殿が派遣される手はずとなっております。名目は「董閣下の討伐が思わしくないようだから」と言ったモノですな」
「……いや、思わしく無いと言われましても」
そもそも韓遂らが本格的に三輔(京兆尹・左馮翊・右扶風)に入ったのは去年の3月だ。一昨年は黄巾の乱があり、その後始末やなにやらがあったし、今年に入って皇甫嵩を邪魔したのは洛陽の張譲だ。董卓は皇甫嵩を捕らえに来た者から「勝手に動くな」と言われ、交代の人員を待っていただけに過ぎない。
それを討伐が遅れていると言うのは流石に無理があるだろう。だが「洛陽の常識非常識」と言う言葉が有るように、連中の頭の中には蟲が湧いていると言うことを董卓は正しく理解出来ていなかった。
「閣下、連中は「官軍が前に出れば反乱軍は黙って頭を垂れて降伏する」と本気で信じている連中です」
「はぁ」
「そんな連中にしてみれば、辺境の軍閥の討伐に数ヶ月かけるなど有り得ないのでしょう」
「はぁ」
董卓は思わず「アホか」と言いたくなるのをなんとか堪えた。と言うかそれで降伏するようなら初めから乱など起こさない。
それに羌と言う部族は漢だろうが秦だろうが周だろうが殷だろうが、尽く逆らってきた連中ではないか。
それがなんで普通の民衆にすら背かれた洛陽のクズに対して「降伏するのが当然」と考えられるのかが、心から理解できない。
「そんなわけで補強と言いますかなんと言いますか、それで援軍が送られてきます」
「なるほど。それは理解しました。しかし李儒殿には言う必要があるとは思いませんが……」
洛陽には洛陽の面倒くささが有るのだろうが、涼州には涼州の面倒くささが有る。
目の前の男は情報を軽視するような人間ではないので知識としては知っているのだろうが、実際に現場に出た場合どのような行動を取るかわからないので、釘を刺すことにした。
実際に皇甫嵩はそのことを理解していなかったので、もしかしたら知らないのかも知れないと思ったと言うのも有る。
「あぁ、存じ上げておりますとも。彼らから牙を奪うつもりはございません」
「ご承知でしたか。えぇ、それで正解です」
李儒が自分の言いたいことを正しく理解していたことがわかり、董卓は胸を撫で下ろす。
そもそも涼州軍閥とは羌を抑えるための存在だ。これは幽州の軍閥も似たようなモノだが、もしも彼らが洛陽の豚に従うような家畜になり下がれば、連中は「漢帝国恐るに足らず!」と言わんばかりに四方八方から攻め込んで来るはずた。
そうなれば漢という国は異民族によって蹂躙されてしまうだろう。
よって彼らの使い方としては牙を残しつつ鎖で繋ぐこと。まさしく番犬扱いが正しいのである。
漢に所属し、異民族とは違うのだと言う誇りを持ちつつ、中央の豚に従わぬと言う気風を両立しているからこそ、彼らは異民族にすら恐れられる存在となっていることを忘れてはいけない。
特に李儒は三國志と言う時代がどのように終わったかを知っている。その為異民族に対してはキッチリとした統制を敷くか、完全に野放しにするかの二択しかないと言うこともわかっている。
そして今の漢には彼らを纏め上げるだけの力は存在しない。ならば涼州の軍閥もまた潰さずに活用する方向で動かないと駄目だと言うことになる。
張温はそのことを漠然とだが理解しているようだが、孫堅は完全に理解できていないだろう。賊?殺せばいいだろう。って感じだ。
しかし物理的と言うか何と言うか、普通に考えて異民族を殺しきるのは不可能なので、結果として戦えば戦っただけ中途半端に恨みだけが残ってしまう。
それに今回の乱だって、言ってしまえば中央の混乱の度合いを確かめる為のようなモノだ。(辺章と並ぶ首領とされる韓遂は「宦官死すべし」を標榜しているが)
それに対して、簡単に中央から援軍が来ないと知っている涼州軍閥は、羌に味方をする振りをして連中の動きをコントロールしているに過ぎない。(実際洛陽に対する不満はあるだろうが、漢を滅ぼそうとは思っていない)
そんな涼州軍閥(番犬)を「自分達に噛みついたから」と言う理由で滅ぼせばどうなるか?待っているのは防壁を無くした漢と言う国と、柔らかな横腹を狙う羌族による蹂躙しかない。
一応『外敵を用意してそれに一丸となって当たる』と言うのは効果的な統制方法の一つではあるのだが、今の洛陽の連中が一丸になったところで糞の塊が出来るだけだし。
そんな軍勢では羌相手に戦をすることはできないと言うのは、何進も納得済み。
だからこそ今回は彼らを生かしつつ乱を収める必要があるのだ。
これは董卓から見ても非常に難易度が高い難題だろう。いや、董卓だけなら問題はないが、俺や官軍が居ると簡単には行かなくなると思っているんだろうさ。
しかし今回は常識に従って動く必要はない。
「今回の乱は董閣下が涼州軍閥と連絡を取ってくれればそれで解決します。「我々が攻め寄せたら逃げてくれ。帰ったら戻ってくれて構わない」これだけで十分です」
「……本当にそれでよろしいのですか?」
董卓としては願ったり叶ったりだろうが、そのような八百長をしては張温たちにも見破られる可能性も有る。
そうなった場合、洛陽の連中に「羌と癒着していた」等と報告をされては困ることになるんで、例えしつこいと思われても確認を怠る気は無いようだ。
なにせ献策している俺は何進の子飼いの為、いくらでも逃げることが可能なのだからな。
「先程も言いましたが、洛陽の連中はそれで納得します。張温殿については……まぁアレです。此方からも説得する材料が有りましてね。ついでに言うなら、羌の方々にも「戦わずに逃げる」と言う行為に反対する者も居るでしょう?」
「説得材料ですか。それが何かは今は聞きませんが、とりあえず我々はそいつらを迎撃すれば良いと言うわけですな」
「そう言うことです」
確かに彼らは実際に自分たちに襲いかかってくる賊なので、それを追い払う行為に対しては八百長も何もない。
また、そのような跳ねっ返りを討つことで今後の羌に対して「漢は侮れない」と教える楔にもなる。
互いに多少の犠牲は出るだろうが、それは必要経費の一端だ。乱を収めるには相手を従えるだけの力があることを見せる必要があるからな。
「董閣下はあえて聞かないようにしてくださいましたが、情報の共有と言うことでお教えします。今回の編成で張温殿は大きな失態を犯しましてな」
「ほう、失態ですか?」
いや、現時点でこれを失態と言うのは酷な話なんだが、結果としては完全なミスだわな。
「えぇ。今回の討伐に先立って車騎将軍となった張温殿は司空でありながら将軍府を設立しました。その際、元中山太守の張純なるものから参陣希望が有りましたが、これを拒否しております」
「ふむ。張純と言えば、確か先年の戦で黄巾に破れた者でしたか?」
そう。万全の軍を率いて負けたことで名を落としたんだよな。
そもそもの話、ろくな実戦経験も無いのに二龍だの麒麟児だの神童だの伏竜だの鳳雛だのと、大げさ過ぎる評価はどうにかならんのか?と言いたい。
まぁ今はそれは良い。
「えぇ。その張純です。彼は先の黄巾の乱において宦官に推挙され、我々に先んじて戦に乗り出しましたが見事に敗戦しておりましてな。そこで汚名返上とばかりにこの戦に参加しようとしたのですが、張温殿に参陣を拒否されました。そこで汚名返上の機会と面目を失った張純が、烏桓の丘力居と連絡を取り合っているようでしてね」
「烏桓ですと?!」
そう。ここで烏桓が動くんだ。羌が漢の衰退の度合いを量るように、烏桓もまた漢を推し量ろうとしたのか、それとも単純に隙と見たのかは知らんがな。
異民族による侵略の計画を知らされた董卓は思わず顔を顰めるが、李儒はそんな董卓に構わず己が掴んだ情報を明かしていく。
「えぇ、張温殿や官軍が涼州の乱を収めようとしている間に挙兵するでしょう。更に漢に不満を持つ黄巾の残党のような連中もその乱に加わると見ております」
「むう……」
これは河北全体に広がる乱。俗に言う張純の乱である。
李儒は最初からソレを知っているので張温や張純の動きを探っていたら、しっかりと確執を作っていたのを確認している。そして張純が丘力居と連絡を取っていることも確認した。
このまま張純が乱を起こせば、張温はその元凶として洛陽に呼び戻されることになる。と言うか、そうなるように細工をして来た。
大前提として、洛陽の連中にしてみれば涼州の乱よりも河北の乱の方が怖いし、此方の軍勢を率いる張温も無関係ではないから放置はできない。そうなると彼は何としても洛陽に戻ろうとするだろう。
問題:ならば涼州の扱いはどうなるだろうか?
答え:どうにもならない。
連中を討ち滅ぼすのは物理的に不可能だし、そもそも深入りはできないので乱を鎮圧することすら難しいのが現状である。
しかし洛陽から呼び出しを受けた張温は向こうでこちらでの成果を問われた際に、まさか「何も出来ませんでした」と報告を上げることも出来ない。
結局適度な戦をした際に上げた首を以て勝利を喧伝し、さらには「戦に勝利した後、自分たちが止めを刺す為に追撃に向かったら、涼州の叛乱軍は官軍の威光に怖れをなして戦わずに逃げた。さらに逃げた先で仲間割れをして軍勢が崩壊した」と報告を上げるしかない。
この報告により洛陽内部では辺章・韓遂の乱は収束したことになる。まぁアレだ、今も黄巾の残党が各地で騒いでいるのに、勝手に収束宣言を出すのと同じ原理だ。
そして張温は自らの失点を挽回するために河北へ赴くことになる。
何せそうしないと各方面から叩かれるからな。皇甫嵩に代わり張温を派遣することにした宦官閥だって一枚岩では無いし、名家閥も宦官の失点を突くために騒ぐに決まっている。
結果として涼州の乱は、官軍を怖れた連中が勝手に分散したこととなり、洛陽の連中の記憶から消えることになる。
その分散したことになった涼州軍閥や羌の者達は、官軍と言う共通の敵を無くしたことに加えて、董卓により煽られた結果、互いの利害や目的の相違から仲間割れを起こすことになる。
結果的にではあるが、反乱軍は張温の報告通り自滅と言う形で終わってしまうことになるのだ。
いや、正確にはそうなるように調整をしている最中と言ったところか。
張温に呼び出されてわざわざ涼州まで来ることになる孫堅や陶謙にすれば茶番以外の何者でもないだろうが、彼らとて手伝い戦で西涼の奥地に攻め入るのは御免だろうし、そもそも現在の官軍では本気の羌や涼州勢を相手取るには分が悪すぎると言うことも理解できるはず。
……理解出来るよな?いや、出来ないなら理解させるだけか。
でもって、元々洛陽の連中は羌の総数を知らないのだから、数千の跳ねっ返りを打ち破ったと言う実績があればそれ以上は必要ないと言える。
普通は騎兵数千の討伐というだけでも十分大きな手柄だしな。
宦官が殺したがっている韓遂については、どうせポーズなのだから「涼州の奥地で野垂れ死んだ」とか言って適当に誤魔化せば良いだろうさ。
「なるほど。では洛陽の連中は涼州どころではないと言う状態になると言うことですな」
「そうなると見ております」
うむ。要点はそこだ。
「しかし大将軍閣下はどうなさるおつもりで?」
張温が失態を犯したのは分かった。だがソレを知りながら何進は黙認すると言うのか?って疑問か。わからんではない。
「まずは車騎将軍殿のお手並み拝見と言うところでしょう。そもそも張温殿は宦官閥に属するお方です。その為、大将軍閣下のお力は借りようとせず、自分でカタをつけようとすると見ております」
「……宦官ですか」
有事の際に派閥など下らない!と思う気持ちはもちろん有るが、董卓も他の武官と同じように宦官を嫌っている。
その為、元から張温の為に動くと言う気は無かったが、この瞬間にさらにその気が無くなった。
「えぇ。そうしてどうしようも無くなったら何進閣下が動きます。ですので董閣下は涼州に専念してくださって構いませんよ」
「なるほど」
とりあえず董卓は、何進が自分に望むのは涼州軍閥の連中が必要以上に傷つかない様に、程良く羌と官軍の動きを調整することであると理解した。
そして彼の立場ではそれが分かっただけでも十分である。少なくとも李儒が居れば洛陽から来た連中に嵌められる心配もなければ、命令違反だなんだで殺されることはないのだ。
ならばこの乱でせいぜい西涼の軍閥に貸しを作るとしよう。
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結局のところ董卓には何進や李儒の狙いが良くわからなかったのだが、どう転んでも自分に損はないと判断して彼らの指示通りに涼州軍閥と繋ぎを付けるように動いていくこととなる。
どれだけ洛陽から離れようが、宦官や名家の連中の手は伸びてくる。その手を正面から食い破れるだけの力を得たとき、彼らはどう動くのか。
激動の時代は幕を開けたばかり。英雄たちの戦いはコレから始まるのだ。
そんなわけで第2ヒロインがメインになりそうな涼州編。洛陽が沼ステージなら、涼州はむせる荒野ステージです。
いや~漢帝国は広い(小並感)









