11話。諸悪の根源に対する考察
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劉焉について語る前に、今更ながら、非常に今更ながら、李儒と言う人物について簡単に語ろう。
彼は史料の不足からか生没年は不明だが、間違いなく実在する人物で、ゲームなどでは序盤に於いてのみ登場する、董卓の軍師として名高い人物である。
その実力は、辺境の一将軍に過ぎなかった董卓を天下人に押し上げたことや、反董卓連合に於いて曹操や孫堅を手玉に取ったり、連合軍との戦の最中に遷都を行い、六十万とも言われた洛陽の人口全てを長安へと移動させ、それを連合軍に気付かせないままに完遂させた実績を以て証明されていると言っても良いだろう。
さらに李儒の名を高めたのが、幼いとは言え皇帝であった少帝弁を毒殺した実行犯であると言うことだ。
過去に外戚としての悪名を欲しいままとした梁冀でさえ、沖帝劉炳や質帝劉纘を『殺した可能性が高い』とされる(史書では質帝劉纘は殺されたとされるが、当時はあくまで極めて確度の高い噂に留まるし、直接手を下したかどうかも定かではない)のに対し、李儒は当時の人間からも完全に皇帝殺害の実行犯として周知されていた事実がある。
『皇帝の殺害』
儒教社会における、否、封建社会に於ける最大のタブーを犯しても、なお董卓の片腕として、当たり前のように政権中枢にその席を保持していると言う異常。
このことから、李儒は能力だけでなく、そのような汚れ仕事を行うことが出来た精神性と、董卓から汚れ仕事を任されるだけの信頼を得ていたことがわかる。
また、反董卓連合に所属していた諸侯を争わせたり、時に停戦を仲介することで戦いを長引かせることで、関東に点在する諸侯の力を削ぎ、長安で足場を固めつつ、十分な準備を整えてからそれぞれの勢力を各個撃破するよう董卓に提言したのも李儒だと言う。
ついでに言えば、これは演義の話になるが、李儒は王允が仕掛けた美女連環計を即座に見抜き、貂蝉の殺害や呂布への下げ渡しを提案して、王允の策を破ろうとしたとされる。
つまり、政略、戦略、謀略。その全てに実績を示した異才の軍師が、李儒と言う男であり、そんな李儒が凋落した原因として挙げられるのが、言わずと知れた『王允による董卓の暗殺』なのである。
董卓を失い、統制が取れなくなった涼州勢と并州勢は、互いを喰らいあい、地方の群雄以上に損耗してしまう。その争いの中で、李儒はその姿を消している。
もし、もしもの話だが、李儒の戦略を踏襲していた董卓があと五年生きていたら、公孫瓚と戦っていた袁紹も、司隷の隣の兗州で勢力を拡大しようとしていた曹操も、劉表との戦いで父孫堅を失った孫策も、孫策から玉璽を得て帝を名乗った袁術も、破落戸の頭に過ぎない劉備も、名を上げる前に潰されていたはずだし、董卓も次世代に後を託す準備が出来ていたはずだ。
つまり、乱世は劉協を奉じる董卓の下に収束していた可能性が極めて高く、また、この時点で戦乱が収まっていたならば、後に五〇〇〇万の人口が一五〇〇万まで減ったとされる長期の大乱にはなっていなかったとも言える。
これが李儒が劉焉を『諸悪の根源』と認識している理由だ。
董卓による暴政の可能性? それは誰の目から見た暴政だ? 董卓は暗殺された時で五四歳。それから五年ならもう六十。いい加減隠居することを考える歳だし、まして彼は政治に興味がない。むしろ政治を面倒臭がって長安から離れた地に拠点を造って、そこに入り浸っていた彼が、その歳で何をすると言うのか? せいぜいが孫娘を皇族に嫁がせるくらいだろう。
つまるところ、董卓が行ったとされる暴政とは、儒教の世にあって政敵である宦官を殺し尽くした後、幼い皇帝を担ぎ上げて我が世の春を謳歌しようとしていた名家にとっての暴政でしかなかったとも言える。
事実、これによって名家の持つ権力が帝と帝を奉戴する派閥に集中することになるので、董卓に奉戴されている劉協から見れば、董卓の行いは暴政などではなく己を担いで利権を得ようとしていた名家を誅する忠義の行動と言える。
だが、世は乱世。幼少の皇帝の意思などあってないようなもの。
董卓の台頭によって自身の権力を奪われることを恐れた名家や、皇統に董卓の血を入れたくない劉氏の一派が董卓に対して反旗を翻すことになる。
このときの彼らの感情は、日本人の場合は豊臣秀吉と公家を例に挙げればわかりやすいかもしれない。
公家たちは、秀吉の持つ武力と財力を恐れたがゆえに、秀吉が『天下を統べる大義名分として』欲した関白の座を、一時的に明け渡した。
しかし、関白とは五摂家と呼ばれる公家の頂点に位置する者たちのみが就任することが出来る役職である。間違っても金があったり、戦に強いだけの農民が名乗って良いものではない。
しかも最初は一代限りと言ってきたからなんとか我慢していたのに、後に秀次だとか秀秋だとか秀頼だとか言う農民の親族に継承させようとする始末。
公家たちがどれほど彼を憎んだかは想像に難くない。
その憎しみと同様のものが、董卓と王允に降りかかったのだ。
当然名家や皇族の恨みなど董卓には関係ない。蛙の顔になんとやら、だ。
しかし、それまで自身を清廉潔白な忠義の士と認識していた王允にとっては違った。と言っても、負け犬、もとい、名家どもの遠吠えなどは董卓同様に痛くも痒くもなかったのだが、皇族からの声は別だったのである。
彼ら皇族は、王允の持つ力で潰すことが出来ない存在だ。そんな彼らに嫌われてしまえば、死後に編纂される史の中で、自身がどのような扱いになるだろう?
董卓と同じように五〇を超え、これまで抱えていた濁流派や清流派を自称する名家に対して鬱憤を晴らした王允は、最後の最後で名誉欲と言う欲に固執していた。
そんな欲望を持つ老人に対し、それを与える側である劉焉が『帝に忠義を誓う烈士よ。私とともに人を省みぬ暴政を行っている董卓を討ち、帝と共に漢を再興させる気は有るか?』と囁けば、どうなるだろう?
益州の州牧であり、紛う事なき宗室の出である劉焉が董卓亡き後も王允の後ろ盾となる。
それは王允の行動を全肯定する保証に他ならない。
これまで行ってきた名家の虐殺も皇帝の為。
董卓の殺害も皇帝の為。
漢の為に心を鬼にして悪逆の徒に従いながら、それを誅殺する時が来るまで身を粉にして働いた王允とその一党は、漢の忠臣として末永く讃えられることだろう。
逆に劉焉からの要請を断ればどうなる?
自身が死んだあとの扱いに対する保証がなくなってしまう。
董卓が生きているうちはいいだろう。しかし董卓が死んだ後は? それにこの提案は自分だけにしているのか? 他にも声をかけているんじゃないのか? 他に声をかけていなくとも、自分が断ったら他の人間に話を持っていくのではないのか?
それで、もし他の者が董卓を殺害した時、自分の扱いはどうなる? 悪逆の徒の一味のままか? こうして疑心暗鬼に陥った王允は、劉焉と言う確かな保証に縋り付くしかなかった。
皇帝である劉協の意見? 兄である少帝弁を殺されたことに多少の不満はあったかもしれないが、十一歳の子供が、自分を奉じる董卓から『実権を奪いたい』などと願うはずがない。
王允は幼い皇帝の思惑を放置しながらも、劉協の名を使って董卓を宮城に呼び出し、そこで董卓を討ち取ることに成功する。
この結果を受けてほくそ笑んだのが、王允を操っていた劉焉だ。このまま王允が董卓の残党に殺されてくれれば、残るは名家の後ろ盾も宦官の後ろ盾もない皇帝一人。
益州には五銖銭を製造するために必要な銅がある。長安には五銖銭を製造する技術と設備、そして五銖銭の価値を保証するための黄金がある。
潤沢な資金に加え、韓遂の乱の時から密かに手懐けていた馬騰や、羌族を中心とした関中の兵。更には連合軍を蹴散らした董卓の残党を吸収できれば、連合軍の発足から争いを続けて弱体化した群雄など何するものぞ。
長安から覇業を為した高祖劉邦に倣い天下を平定すれば、自分が、否、子か孫が皇帝となることも夢ではない。
目の前に映るのは、後世に残る自身の名声と、皇帝として君臨する子孫の姿。
この時の劉焉は得意の絶頂にあったことだろう。
まぁ実際は初手で馬騰が董卓の残党に敗れ、後を託そうとした息子も殺されてしまい、残された劉焉は失意の内に死ぬことになるのだが……己で動かず、企みがバレた策士の末路など得てしてこのようなものなので、同情には値しない。
とにもかくにも、劉焉は李儒が知る史実に於いて、王允を唆し董卓を殺させた張本人と見て良いだろう。
この企みが為された後に発生した大戦争を知る李儒からすれば、彼の罪は名家意識を暴走させ乱世を加速させた袁紹と同等、否、それ以上に重い。
(では、そこまで理解した上で俺が取るべき行動は何だ?)
もちろん、自分の記憶の中にある劉焉の行いを理由に彼を糾弾することなど不可能だ。それに今の状況で王允が狙うのは、董卓ではなく自分である。
劉焉の狙いが董卓と自分の共倒れにあると考えれば、その方法は……やはり王允に董卓の養子である呂布を巻き込ませること、だろうか?
董卓が切り捨てるつもりでも、養子である以上、無関係とは言い張れないのが世の中というものだ。さらに王允が李儒の暗殺に成功しているのなら、罪に問われることを嫌った董卓が、弘農と敵対する可能性も皆無とは言い切れない。
(かと言って今の段階で王允を殺しても、劉焉は無関係を装って逃げるだけ。周囲も俺と王允の政争としか認識しないだろうから、中々に面倒……でもないか?)
一瞬『王允による自白があれば楽』と考えたが、この場合『政争相手が自白した』と言っても周囲は納得しないことは想像に難くない。
(まぁ連中が納得しようがすまいが本質的にはどうでも良いんだが、一応は配慮が必要だろうな)
……実際のところ、隠居を目指している李儒としては、必ずしも周囲を納得させる必要はない。しかし、自身が横着したせいで世に混乱が生まれた場合、それを鎮める為に呼び出される可能性もあるわけで。
(それに、今の状況なら劉焉を嵌めるのも殺すのも簡単だ)
劉弁の親政を控えた今、自身が知る史実の李儒を嵌めた相手、即ち王允を操っていた者の存在や、その狙いがわからないことが彼にとっての不安の種であり、焦燥感の原因であった。
しかし、その狙いはともかくとして劉焉と言う黒幕の存在に気付いた以上、もはや焦りや不安は皆無。
(劉氏のこだわりなんざ俺には関係ないからな。連中が自身のこだわりを正義、大義と嘯くならそれに殉じさせてやる。……さて、どうやって殺してくれようか。史実のように息子を先に殺すか? 確か綿竹に雷が落ちたとか言う話もあったな。投石に火薬でも仕込んで叩き込んでみるか? あぁ、その前に宗室からの追放と逆賊認定が先か。 いやぁ、劉焉にとって、何が最も屈辱的、かつ効果的な報復となるのか。考えるだけでも楽しいな、おい)
(わ、哂った?! ひぃぃぃぃぃ!)
(((……ご愁傷様)))
無言のまま徐々に黒さを増していく李儒。
彼が醸し出す黒い雰囲気に飲まれた一同は、彼の視線の先でひたすらに震える蔡邕にただただ同情の念を抱くのであった。
ある意味で李儒を嵌めた男、劉焉。隠れていたらかなり厄介な存在ですが、影に隠れる策士は表に出たら弱いものでもあります。
李儒? 彼は自身が表に出つつ、悪巧みをしていることを隠そうともしていないから厄介なのです。
大体ですね、この時代、戦争でも何でもないのに皇帝を、それも僭称ではなく正真正銘の皇帝を殺害して生きている奴なんて中々いませんよ?
まぁそれもあって史実の王允などは殺意マシマシだったと思いますけど。
劉焉をどのように料理するかは今後の展開次第ってお話
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注意:ネタバレになりそうな感想・考察は消去させていただいております。
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ヴォァァァァァ~ やべぇ、肩が痛い……。
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