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9話。諸悪の根源①

文章修正の可能性あり

弘農に家族を招き入れることに成功した劉弁は今後残る喪の期間である半月ほどの間、弟の劉協や母親の何太后、ついでに正妃である唐后と共に、喪に服すこととなった。


しかし彼ら皇族が喪に服している間、弘農の面々も遊んでいるわけではない。


王允が腹黒の暗殺をはじめとした謀を巡らしているように、彼らもまた、長安にのさばる連中との政争や戦に備え、着々と準備を整えていたのである。



――司隷弘農郡・弘農。


この日、宮城にあるとある一室では、俗に言う弘農派閥に属する者たちの幹部が一同に会し、今後の方針を決めるための会合を行っていた。


「では、蔡邕殿。会合に先立ち、貴殿が見てきた長安の様子と、司徒殿らの行ってきた施政についての見解をお聞かせ願いたい」


「はっ、ははぁぁ!」


この場に居る者たちの中に、情報を軽んずるものは居ない。さらに言えば、蔡邕が持つ情報は仮想敵王允が本拠地としている長安の最新情報だ。


それを聞かないなんてとんでもない。


さらに李儒が重要視したのが、この報告が『歴史家としての視点から長安の政を観察してきた蔡邕の意見である』と言うことであった。

 

なにせこの蔡邕という男は、史実に於いてですら権力の絶頂にあったとされる董卓に対し正面から説教を行い、その行動を改めさせた実績を持つ気骨の士である。


それほどの人物が王允ごときに忖度などするはずがない。また自身を歴史家として定義付けているが故にだろうか? 彼の視点には主観性が薄いと言う特徴もある。


言うなれば、事実を事実として認識し、物事をただの現象として捉えている節があるのだ。故に『蔡邕が語る言葉には周囲を納得させる信憑性がある』そう李儒は判断していた。


実を言えば、こうした李儒の思惑を理解しているからこそ、司馬懿は長安から蔡邕を連れ出してきたと言う事情がある。また、こうした司馬懿の配慮を理解したからこそ、李儒は長安から逃れてきた一行の中に蔡邕が居ると知った際に、彼を引き連れてきた司馬懿の判断を褒めたのだ。


蔡琰? 娘? 父? 李儒や司馬懿が人情で動くとでも? 


基本的に、策士と言う人種は人情と言うものを理解しつつ、それを『人を動かすための材料』と割り切ることが出来る人種のことを指す。


また、そうであるが故に、生粋の策士である司馬懿からすれば、蔡邕が弘農に避難させていた娘の存在は、頑固者の蔡邕を長安から連れ出すための口実でしかない。間違っても董白が「無表情にも良いところがあるのね」と勘違いしたように、蔡父娘の為を思って労を執ったわけではないのだ。


その事実を明かして誰が得するわけでもなし。


また、本人たちも態々それを口にすることはないので、この件を以て蔡父娘が李儒と司馬懿を恩人と認識することになるのは仕方のないことと言えよう。


閑話休題。


とにもかくにも、その気質から王允に睨まれ、あのまま長安で飼い殺しとされる運命を受け入れていた蔡邕には、恩人であり、後ろ盾でもあり、そして現在の漢王朝において最高位の官位職責を持つ人物である李儒からの下問に答えないと言う選択肢はない。


さらに彼には、王允に対して恨みはあっても恩はなく、楊彪に対しても王允の行動を黙認していたと言うことから仲間意識もない。よって庇うような言葉が出るはずもなく、ただ己が感じたことをそのまま伝えることとなる。


「某が見たところ、長安の内部は并州勢の武力を以て他の派閥の存在を潰す王允と、それに(おもね)る自称清流派の名家が幅を利かせております。また、楊彪とその一派は、王允一派の暴走を黙認しつつ、時に手を差し伸べることで己の勢力の拡大を図っているように感じました」


「司徒殿と司空殿、な。確かに私は忌憚のない意見を欲しているが、恐れ多くも陛下が任じた役職に対しての敬意は別だ。貴殿はそうは思わないか?」


この場にいるのが李儒や司馬懿、徐庶と言った、いわゆる身内だけだったならば李儒とてこのようなことは言わない。しかし、この場には弘農派の幹部、つまり荀攸や華歆、鍾繇に加え董昭や何顒、ついでに鄭泰と言った清流派を代表する面々も居る。


こういった面々からすれば、成り上がりの王允に対する無礼はともかくとして、長年朝廷に仕えてきた実績を持つ楊彪に対しての露骨な嘲りは不快の元となりかねない。


さらに言えば、現時点で楊彪の狙いを読み切っている李儒とすれば、王允はともかくとして楊彪に対する悪意はなるべく表に出したくないと言う気持ちもあり、李儒は蔡邕を窘めることにした。


まぁ窘めると言っても、当の本人が苦笑いをしながら『気持ちはわかるが落ち着け』程度のものだ。


「……失礼を致しました」


その本心や態度はともかくとして、漢の最高位にある太傅から『王允や楊彪に敬意を払う必要はないが、漢の役職には敬意を払え』と言われては、漢に対する失望もあれど、忠誠もまた皆無というわけではない蔡邕も、素直に頭を下げるしかない。


建前は大事。 そういうことだ。


「理解してもらえたならそれで良い。つまり現在の長安は、借り物の武力をひけらかす司徒殿と、その司徒殿を窘めるのではなく、并州勢によって被害を被った後や、狙いを付けられた後に助けることで恩を着せる司空殿に握られている。そういうことだな?」


蔡邕が納得したことを見た李儒が、楊彪が長安で行っている名家的なあざとさを強調しつつ王允をこき下ろせば、李儒の意図を理解した蔡邕も、楊彪ではなく王允の行いを強調して報告を行うことを決意する。


別に嘘を吐く必要はない。ただ積極的に動いていない楊彪のことを語らなければ良いだけの話。


「その通りです。よって現在の長安には本当に帝に忠義を誓う者や、司徒以上の知見を持ち、その知見を活かすために丞相殿下に献策した者が、それを厭った司徒によって投獄されるなどの事案が発生しており、方々から怨嗟の念が滲んできている状態であります」


自分自身がその動かぬ証拠である。頭を下げながらも、そう主張する蔡邕。


長安では色々諦めてはいたものの、彼は彼で成り上がりの王允に苦しめられたことに色々と思うところがあったらしい。


そんな王允と蔡邕の確執はともかくとして。


「ふむ。概ね報告とは一致する、か。ここまでで尚書(荀攸)殿は如何お考えだろう?」


「そうですな。他の報告と比べても大きな相違はございません故、蔡邕殿の報告も疑う余地はないかと。やはり現在の司徒殿は君側の奸となりつつあるようですな」


「「「然り」」」


この場に居る者たちは、あえて楊彪に対する評価を除いたことを理解しつつ荀攸の意見に賛意を示す。


「そうですか……」


「おや、太傅様は何か懸念があるご様子。今の報告の中に何か不審な点でもございましたか?」


落ち着き払っているように見える荀攸だが、内心では(ここで自分に同意させることで周囲を納得させる狙いがあったと見ていたのだが、どうやら読み違えたらしい)とかなり焦りを覚えていた。


「いえ『不審』というよりは『不足』ですな」


「不足? 不十分だと?」


読み間違えに失望しているわけでもなければ怒っているわけではないことを知り、一息吐く荀攸であったが、ことはそう簡単に済ませて良いことではないことに気が付く。


『不足』を感じる。とは、すなわち『隠蔽』していることがあると言うことである。


この場で長安の情報を隠蔽する蔡邕の狙いとは奈辺にあるか? 決まっている、内応だ。


「ち、ちがっ!」


荀攸と同じ考えに行き着いたのか、周囲の者たちも蔡邕に対して疑いの目を向ける。しかし、その視線を受けた蔡邕には、隠し事などした覚えなどなければ、内応などするつもりもない。かと言ってそれを証明しろと言われても不可能である。


(このままでは逆賊として父娘共々処罰されてしまう! それも冤罪で!)


己の言動や思想を貫いた上で殺されるのならまだしも、冤罪、それも『王允を庇った』などと言うふざけた罪を押し付けられて死ぬなど、御免だ! そう言った思いから焦りを覚えた蔡邕を救ったのは、問題を提起した本人であった。


「そう『不足』ですね。あぁ、私は蔡邕殿が隠し事をしているとは思っておりません。ただ認識していないだけでしょう」


「認識していない? まぁ内応を企てていないと言うのなら私の勘違いですか。……蔡邕殿に不躾な視線を向けたこと、謝罪させて頂きます」


「ありがとうございますッ!」


一連の会話の流れから、周囲の者からの疑いの目が消えたことを察した蔡邕は、李儒のフォローに大声を挙げてしまう。


自分で落として自分で救う。ある意味でマッチポンプの典型だが、李儒にそんなことをするつもりはない。


そもそもの話として、元々自身の身柄と娘の身柄を確保されている蔡邕には、王允の為に嘘や隠し事をする理由がないことなど、李儒とて理解しているのだ。


その上で、普段から上がってくる情報や、今回実際に長安に赴いた司馬懿。そして長安の治安維持を担当していた司馬防からの報告と比較し、それぞれの報告に感情や主観による事実の誤認などが無いことも、当然理解している。


(理解しているのだが……足りない)


その『足りないもの』を把握しなければ負ける。そう考えた李儒は、自分でも不思議なほどの焦燥感を覚えながら、元々自身が疑問に思っていたことを蔡邕に問いかける。


「では、改めて問おう。貴様が知る中で、王允の傍に居る人間のうち、一番権力を握っていると思わしき者は誰だ? あぁ、武力を担当する并州勢や、養女を娶った呂布は別にして、だぞ?」


「太傅様? ……ひぃ?!」


これまで王允を司徒殿と呼び、建前上は自分にも一定の敬意を払っていたはずの李儒が、唐突にその建前を捨てたこと。そして、そもそも質問の意図が奈辺にあるか理解が及ばなかった蔡邕は、思わず頭を上げ、李儒の顔を伺う。伺ってしまった。






――顔を上げた蔡邕の眼前に在ったのは『黒』であった。

否、ただひたすらの『黒』に塗りつぶされた『ナニカ』であった。






蔡邕の態度から、遅れて周囲の者たちも李儒の変容に気付くも、長年の付き合いがある荀攸も、ある意味では荀攸よりも深い付き合いをしている司馬懿でさえもが、目の前で李儒が放つ漆黒の威を目の当たりにして、声を上げることを忘れてしまう。


これまでの人生の中で、洛陽や長安で数多の政治の化物を見てきた蔡邕でさえ、なんと形容して良いかわからない漆黒のナニカ。そんなナニカが、じっと蔡邕を見据えていた。


後半に続きます。


ネタバレになりそうな感想やコメントはご遠慮願います。







―――



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