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20話。弘農会議

久々の弘農回。

人物が多いので会話文多し。

文章訂正の可能性有り。

初平三年(西暦192年)1月下旬。弘農郡弘農・宮城。


「へぇ。ふ~ん。それで、叔父様は私たちにどうしろって?」


最初は董卓からの使者が来たと言うことで機嫌が良かった董白であったが、牛輔が持って来た話を聞いて思わずそう呟いていた。


「いや、どうしろって言われてもな。とりあえずお嬢には陛下に取り次いで欲しいんだが」


「いや、それは無理よ」


その牛輔としても元々董白に何かをして欲しくてきたわけではないので、とりあえず彼女にして欲しいことを直接的に頼んで見たのだが……その答えは否であった。


その理由は宮廷の力関係だとか、彼女の立場云々以前の問題である。


「叔父様だって喪に服してる最中の陛下に、慶事をお伝えするのが無理だってのは分かってるでしょ?」


「そりゃそーだわな」


姪である董白が言うように、後漢の常識的に考えて面会は不可能なのだ。故に牛輔としても本当に劉弁に会えるとは思ってはいない。


しかし劉弁が喪中だからと言って、ここで董卓からの使者である牛輔を門前払いなどしたら色々問題になるのは明らかである。なので、向こうから妥協してもらった形で董卓陣営にとっての本題である皇帝の代理人(腹黒外道)との会合に話を持って行きたいと言うのが彼の狙いであった。


「そんじゃ太傅様には会えるか?」


「太傅様に?……あぁ、そういうことか。それならとりあえず無表情に言えば良いと思うけど」


「無表情?」


「そうよ!あの無表情っ!私の顔を見るたびに無職無職ってうるさいのよっ!」


何かを思い出したのか、愚痴と共に地団駄を踏み出す董白を見た牛輔は、とりあえず彼女の口からこぼれた『無表情』については聞かなかったことにして、話を前に進めようとする。


「あ~お嬢?」


「なによっ!」


「とりあえず取次頼まぁ。向こうだってさっさと俺からの用件は確認しなきゃ拙いだろ?」


董白の中ではどうでも良いことでも、牛輔は大将軍である董卓から正式に派遣されてきた使者である。喪中の陛下への取次が出来ないと言うなら、その代理人に面会を求めるのは当然のことである。そのため向こうも自分との面会の為に時間を取っているはずなので、あまり待たせるのも良くないんじゃないか?


そういった意味を込めて念を押せば、彼女も太傅様(腹黒外道)を待たせるのは良くないと判断したのだろう。


「……そうね。話を通してくるからちょっとまってて」


先程まで「うがー!」と言う叫び声が聞こえそうなほどに荒れていた董白であったが、牛輔の口から出た『太傅様』という一言を耳にした途端、急に大人しくなったかと思ったら、すぐに部屋から出ていったではないか。


「お嬢があそこまで大人しくなるのか。……凄ぇな」


そんな董白を見て、昔から彼女のじゃじゃ馬っぷりを良く知る牛輔は、名前だけで彼女を黙らせる太傅殿(腹黒外道)に対して畏敬の念を新たにしたとかしなかったとか。



――――



それから少しして。会議室に通された牛輔を待って居たのは、巷で色々と噂になっている太傅と数人の子供たちであった。


その面子を細かく言えば、太傅の弟子で皇帝の側近である司馬懿と徐庶。それから話を取り次いだ董白とその侍女である王異。次に皇帝の正妻である唐后とその教育係である蔡琰。最後に太傅と【謎】と書かれた仮面をつけた少年である。


さすがに牛輔も仮面の少年の素性に見当が付くものの、そこにツッコミを入れるような真似はしなかった。


そんな謎の仮面の正体はともかくとして。とりあえずの話題は牛輔が持ってきた呂布の嫁取りについてだ。


「……と言う状況です」


牛輔としても、場にお子様が多いのが気にならないと言えば嘘になる。しかし、本来話を聞かせるべき相手と太傅(腹黒外道)が目の前にいるので、彼はその他の観客については特に気にしないようにして報告を行った。


「なるほど」


そんな牛輔から話を聞いた李儒は、内心で(名前は違うが貂蝉だな。この状況で美女連環計とは、何を考えている?)と思いつつも無関心を装い、とりあえず弟子たちを育てる教材にしようとしていた。


「弟子よ、これをどう思う?」


「ふむ。面倒といえば面倒。しかし簡単といえば簡単に済む話ですな」


「そうだな。よく見た」


「はっ」


状況的には司馬懿が言ったように、受け取る側の意識によって、問題は大きくもなるし小さくもなる。これはそういうケースであった。


「えっと、それじゃ俺たちはどうすれば?」


しかしここで師弟が一言二言話しただけで話が終わってしまった為に、完全に置き去りにされた形になった牛輔が思わず声を上げる。


「ん?あぁそうか。あ~では他の者にも聞いてみよう。誰か意見はあるか?」


弘農が取るべき方針は決まったが「これでは他の者の教育にならん」と考えた李儒は、まずは意見を聞いてみることにした。


「はいはいはーい!」


「では董白」


そして李儒の問いに対して真っ先に手を挙げたのは、前もって牛輔から話を聞いていた為に他の者たちよりも考える時間があった董白であった。


「はい!所詮は何処の馬の骨ともわからない奴なんだから、呂布の叔父様が勝手にすれば良いと思います!」


「「えぇぇぇ」」


あまりと言えばあまりな言いように、謎の仮面少年と徐庶が思わず声を上げる。しかしそう思ったのは彼らだけであった。


「流石はお嬢様です!」

「出自が全てとは申しませんが、今回は董白様の仰る通りかと」

「うーん。唐もそう思うかな?」


「「えぇぇぇぇぇ?」」


まさかの女性陣全員が董白の意見に賛同するという事態に、二人は『女って怖い』と思ったのだが、それは彼らの勘違いだ。


「へい……謎の少年殿。徐庶。多少投げやりな感じはありますが、董白殿の意見も間違ってはおりません」


「「えぇぇぇぇ???!」」


徐庶にとっては仕えるべき主であり、謎の少年にとっては尤も信頼する腹心の司馬懿が董白の意見に賛同したことに、二人はこれまで以上の大きさで驚きの声を上げる。


「いや、徐庶が知らないのはともかく、謎の少年殿には無関係な話ではありませんよ?」


「え、そうなの?」


「はい。ある意味では名家の常識ですからね」


「「名家の常識?」」


王允の養女を馬の骨扱いするのが名家の常識なのか?と二人は揃って首を傾げるも、問題はまさしくそこである。


「えぇ。ここで問題になるのは養子と養女の違い。でしょうか」


「養子と養女の違い……あ!」


そう言われて、謎の少年も司馬懿の言いたいことがわかったようで、ポンと手を叩く。


「えっと、司馬懿様?申し訳ございません、僕は……」


「あぁ、徐庶はわかりませんか。ならば説明しましょう」


「はい!お願いします」


元々知らないことは知らないと正直に言うのが彼らの流儀であり、知らないことを馬鹿にしないのもまた、彼らの流儀である。


そのため司馬懿は、名家的な常識を徐庶に教えることに抵抗はなかったし、周囲の人間もそのことにとやかく言うことは無い。なんだかんだで教育環境は整っているのだ。


「まずは、養子の立場について教えましょう」


「はい」


「養子とは、大雑把に言えば血の繋がりが無くとも、その家の家長に子として認められた者のことを指します」


ここで重要なのは認めるのは【家長】であるということだろう。もしも家長以外の人間が「この子はこれから私の養子とする!」と宣言しても、基本的に家単位で物事を考えるのが後漢的常識なので、家長に認められなければ養子と認められることは無いのだ。


「故に養子は実子と同じように様々な権利を得ます。一般的には家長の娘を娶って家に入る婿養子がわかりやすいかもしれませんね」


「あぁなるほど」


徐庶としても婿養子はわかりやすい例であった。たとえるなら董卓の認可を受けて董白の婿となり、董家に入るようなものだ。


「つまり養子とは家督を継ぐことも可能な子のことを指します。無論これには姻戚関係の有無も必要ありません。近い例だと先帝陛下がそうですね」


「あぁうん。確かにちち……先帝陛下もそうだったね」


劉弁の父である霊帝こと劉宏は、桓帝に子が出来なかった為に養子として宗家に迎えられ、帝位を継いでいた。これを見れば、この時代の養子という存在の扱いがどれだけ重いのかわかると言うものだろう。


「翻って養女です。これは家長が認めた女性であれば誰でもなれますが、家督やら何やらには関われません」


「そうなんですか?」


「そうなのよ。だから王允の養女って言っても、養女なんてのは好きなだけ作れるの。だからそんなのに価値なんか無いってことね!」

「その通り!流石はお嬢様です!」

「ふふーん」


「な、なるほど」


董白を全肯定する王異の賛辞はともかくとして、ここまで言われれば徐庶も董白が最初に言った言葉が理解できた。


「そうですね。ですので最初に董白殿が言ったように、どこの馬の骨とも知れない人間でもなれるのが養女なのです。故に、たとえ向こうが司徒である王允殿の養女とはいえ、大将軍殿の正式な養子である呂布将軍とは格が違うのですよ」


「だから董白さんは「好きにすれば良い」って言ったんですねぇ」


「そうなのよ!」


そう。別に董白らが言っているのは女の意地悪でも何でもない。純粋に名家の常識として格が違うからこそ、呂布が好きに扱っても構わないと言っているのだ。


これをあえて司徒と大将軍の話にしようと画策したのは董卓であったが、王允もまた董卓や呂布を取り込むために大将軍府に養女を送り込んだのは事実であるので、どちらが悪いと言うわけでもないだろう。


まさしく「話を大きくしようとすれば大きくできる」というわけだ。


「そして師の情報では、どうやらその養女とやらは過去に王允殿が奴隷市で購入した人物らしいです。まさしく馬の骨ですね」


「「はぁ?!」」


司馬懿が告げた言葉を聞いて、今まで黙って話を聞いていた牛輔と、王異に持ち上げられて気分が良くなっていた董白が揃って声を挙げた。


「王允のやつ!そんなのを侍女としてお爺様に送りつけて来たって言うの?!」

「許せませんねお嬢様!」

「……あの野郎、俺らが涼州の田舎者だからって舐めくさりやがって!」


董白、王異、牛輔の涼州組は王允の行動を完全に宣戦布告と受け取り、


「王允とはそう言うところがあるゲスな奴ですよ」

「うーん。それはちょっと唐もどうかと思うなぁ」


さらに王允に恨みを持つ蔡琰が、ここぞとばかりに王允の評価を下げる為に苦々しい顔をして吐き捨てれば、その教え子である唐后もまた王允のやり方に眉を顰めた。


人を呪わば穴二つ。策が露見すれば策士の評価は落ちるものだ。それが女を使った策ならなおさらである。


「つまるところ王允とすれば、その養女を使って董閣下と呂布将軍の仲を裂ければ最良。呂布将軍の側室にさせて縁戚になれれば良。たとえ妾のように扱われても呂布将軍と繋ぎを取れるだけでも良。どう転んでも損はないと言ったところだな」


李儒がそう纏めると、司馬懿と徐庶。それに謎の少年も黙って頷く。


「なので牛輔将軍」


「はっ!」


「私としては、呂布将軍がその娘の身分に関わらず嫁としたいと言うのなら、董閣下は下手に関わるべきでは無いと考えている。……女が絡むと人は変わるからな」


李儒は太傅という立場にあっても、演義における呂布や董卓そして自身の死亡フラグである貂蝉を侮ってはいない。


故に、自分たちが彼女を中心とした美女連環計に嵌る危険性を下げるために、まずは董卓が王允へ遠慮して貂蝉を抱く必要など無いと印象付けることにしたのだ。


そしてその狙いはほぼ成功したと言っても良いだろう。牛輔にしてみたら、元々彼女を呂布に下賜するべきだと思っていたところに、実はその女が奴隷であったことを知ったのだ。


この事実を知った上で、董卓に「王允に配慮する必要が有る」などと抜かす涼州人は居ない。むしろ無礼者!と言って、王允共々彼女を殺そうとする可能性すらあるだろう。


さすがに呂布の手前そのような真似はしないし、させないが……少なくとも『董卓が貂蝉に対して何かをするという可能性は限りなく低くなった』と言っても良いことは確かである。



それから牛輔は李儒といくつかの打ち合わせをした後、急ぎ足で長安に帰還した。


彼が董卓宛に授けた指示は『呂布の好きにさせろ』『王允はまだ殺すな』『董卓は長安から距離を取れ』というものであったと言う。



養子と養女については作者の憶測がかなり含まれております。


王允の養女ということですから、出自や細かい事情を知らなければ董卓も貂蝉に対してはそれなりに気を使う必要もありますし、呂布も無理強いは出来ませんからねぇ。色々こじらせるのもわからないではないですけどね。ってお話。



一応ですが、正史において呂布と関係を持った董卓の侍女が、王允の養女であると言う記述はありません。この一連の流れに関しては演義を参照にしておりますので、ご了承願います。



――――



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