18話。董卓の懊悩
この話必要か?と思いながらも投稿。
文章修正の可能性大!
長安・大将軍府
この日、董卓は特命を与えられた賈詡や、南陽から帰還していた牛輔を交えて自分たちが今後どう動くべきかを協議していた。
「結局のところ問題になるのは弘農の動きなんだが、賈詡よ。お前には向こうの狙いが読めるか?」
今後のこととは言っても、現在のところ董卓を含めた各地の諸侯にとって最大の関心事は弘農にて喪に服している劉弁の動きだ。今は喪に服しているために沈黙している劉弁であるが、国家の最高権力者である皇帝であることに違いはない。故に喪が明けた際に彼がどのように動くかによって天下の動きも変わるのだから、関心を抱くなという方が無理だろう。
「流石に情報が足りなすぎて予想すらできません。むしろ下手に予想するよりも本人に直接聞いたほうが良いかと思いますが?」
「……そりゃそうなんだけどよ。牛輔、お前『今後の予定教えてください』って聞きに行けるか?」
「いや、大将。それは勘弁してくれ」
賈詡の言葉を受けて董卓がチラリと牛輔を見れば、彼は全力で顔と手を横に振っていた。
彼のように『予想出来ないことは予想出来ない』とあっさりと見切りを付けるのは、軍師としては正しいのだろう。しかし、だからといってこれから弘農へ行き彼らの今後の予定を聞いて来ると言うのは厳しいものがある。それを理解している董卓は、思わず顔を顰めてしまう。
本来であれば漢帝国の軍事の全権を握る大将軍である董卓が、弘農との連絡を密にして、皇帝陛下の喪が明けた際に皇帝陛下の意に従って動く為に万全の準備をするのは当然のことだ。
自分たちで勝手に向こうの動きを予想して、その予想を外した結果、皇帝陛下に弓引くことになっては目も当てられないのだから。
だがここで問題がいくつかあった。その最たるものが、皇帝である劉弁が喪に服している最中であり、彼の代わりに弟の劉協がその全権代理人として丞相の任に就いていることだ。
儒教的な価値観の中には、喪中は公務を行ってはならないと言うものがある。そして皇帝に対し大将軍が使者を出してしまえば、それは立派な公務となってしまうだろう。
つまりこれは「ただでさえ天災やら何やらが発生した際に『皇帝に徳が無いからだ』などとほざく連中が居る中で、わざわざ連中に付け入る隙を与えることを良しとするか否か」という問題になる。
また、丞相である劉協の頭越しで物事を進めることで、彼を軽んずることになるのも頂けない。かと言って劉協を交えてしまえば、それはそれで問題がある。なにせ彼のそばには補佐役として王允や楊彪が居るのだ。
もしも彼らに何かしらの情報が渡れば、袁術を初めとした関係者に情報が漏洩されるのはほぼ確実である。そうなれば、ただでさえ『謀は密を持って成す』を体現したような存在であるどこぞの外道がどう動くだろうか?
戦になるなら良い。正面からぶつかれば負けることは無い……と思いたい。
しかし彼の本質は腹黒な策士。正面からの戦ではなく搦手を得意とする外道なのだ。そんな彼が自分を殺すためにどのような手段を使うかなど、純粋な将帥である董卓には想像すら出来ないし、純粋な軍師である賈詡にだって読み切ることは不可能であった。
そして想像できないということは防げないということと同義でもある。
普通に考えれば彼が取る手段は、董卓個人の暗殺や、部下の家族を人質に取って部下を寝返らせたり、羌族や匈奴の連中を脅迫して尖兵として使うことなどになるだろう。まさか孫の董白を利用するような下衆では無いと思いたいが、それだって希望的観測でしかない。
それでも戦になるなら良いのだ。自分もそれなりに覚悟を決めることが出来る。
だが、たとえば向こうに寝返った部下たちに寝ているところをいきなり拉致され、どこぞの部屋に監禁されて強制的に隠居させられた後に書類仕事をさせられる……などと言った場合はどうなるだろうか?自分に従う部下たちは自分を助けてくれるだろうか?
董卓はその際に部下たちがどのように動くかを考えたが、その答えは瞬時に出た。
こいつらは絶対に助けに来ない。むしろ「どうぞどうぞ」と言わんばかりに差し出される。そんな未来しか思い浮かばなかった。
それは誰かがやらなければいけない仕事なのだと言うことがわかっているので、本気で反発するのは躊躇われてしまうと言う部分もある。
董卓とて書類仕事の重要性は理解している。しかし、だ。いくら必要なこととは言っても、誰だって毎日毎日朝から晩まで書類仕事などしたくはないのだ。(軍略家である賈詡も、経理に関する書類などやりたいとは思っていない)
それに加え董卓には自身の部下の中に、彼を前にして『助ける?董閣下を?ならば閣下の代わりにこの仕事をやると言うのか?』と言われて『あぁ!俺がやる!』と名乗り出てくれるような部下の存在に心当たりが無い。
結果として董卓は無限に発生する書簡と、それに書かれている文字や数字によって生み出される頭痛・腹痛・腰痛・肩こり・目の疲れ等々と、一人で戦う羽目になるだろう。
これを薄情とは言えないだろう。なにせ董卓とて、誰かを差し出せば許してもらえると言うなら、迷わず生贄を選別するのだから。
……そんな心温まる主従関係はともかくとして。彼らの会話は続く。
「ではお嬢様や李傕らに調査させ「あぁん?」……駄目ですか」
「当たり前だ」
献策の途中で董卓から発せられる本気の殺意を受けた賈詡は『弘農に居る人間に聞けばいいじゃないか』という、至極当たり前な提案を取り下げた。
なにせ董卓からすれば、可愛い孫娘に腹黒の腹の中を探るような真似をさせるなどありえないことだ。元々政治の澱みに関わって欲しく無いというのに、よりにもよってその澱みの中心点に向かわせるなど正気の沙汰ではない。
この時、董卓が思ったことを言語化するならば「てめぇ俺だけじゃなく孫娘まで地獄に落とす気か?」と言ったところだろうか。
そして彼女の護衛であり、弘農の腹黒に対して『好きに使ってくれ』という意味で送り込んだ李傕と郭汜は、典型的な涼州の武人であり、政治や謀略に関して期待できるような人材ではない。
そんな裏がない連中だからこそ喪中の皇帝陛下の傍に居られると言うのに、下手に下心を持ったら排除されるのが目に見えているではないか。
そしてその際に責任を負わせられるのは、彼らの雇い主である董卓であり、向こうで彼らをこき使っている董白である。そういった意味合いを考えれば、董白のお付きとして派遣した王異も動かすわけには行かないだろう。
「やっぱり牛輔か徐栄を送るしか……」
「いや、だから俺らも駄目でしょう?」
「そうですな。流石に喪中の陛下の下に牛輔将軍や徐栄将軍を送るわけには行きませんぞ」
それくらいなら、南陽を任せている牛輔なりその配下である徐栄なりを派遣して、南陽と弘農の防衛に関する話にかこつけて正面から話を聞きに行かせたほうがまだマシだ。そう考える董卓だが、先述した理由から弘農に対して正式に使者を送ることは出来ないと反論されてしまう。
そもそも弘農の防衛=皇帝の守護である。よってこれに関する事柄は光禄勲の職務となる以上、大将軍である董卓でさえも南陽の防衛と弘農の防衛を結びつけることは出来ないのだ。いや、無理をすればできなくは無いのだが、無理をした結果が藪をつついて外道を出すことにしかならないのは目に見えているので、流石に賈詡も危険を感じそれを止めに入った。
「まずは話を整理しましょう」
「……あぁ」
このまま考えても埒があかないと考えた賈詡は、一度空気を入れ替えるために問題を箇条書きにして行く。
「まず我々がすべきことは『王允や楊彪に情報が漏れないようにした上で弘農の思惑を探ること』です」
「そうだな」
董卓が頷く。
「また『その際には丞相殿下の顔を潰してはならない』という条件が付きますな」
「それもそうだ」
劉弁と劉協が帝位を争っていると言うならまだしも、現在二人は協力しあっているので、劉協を軽んずるような真似をすれば劉弁はいい顔をしないことは確かであった。
「そして我々は、弘農の太傅殿に直接使者を出すことはできません。なぜならそれは陛下を軽んずることになるからです」
「そうなんだよなぁ」
太傅であり、録尚書事でもある彼は、公的な態度としてはあくまで自身を皇帝陛下の教育係であり取次役であると定義し、徹底してその姿勢を貫いていた。よって諸侯が彼個人に用があると言って使者を送っても、彼は『陛下が喪中であり、公務を行える立場に無い以上自分にできることはない』と言って、将作(宮殿の設営)に関する事項や、弘農丞としての仕事以外での面会は全て断っているのだ。
このように、現在最も最高権力者に近い存在であるはずの彼が、自分からこのように他者との接触を断つような態度を取っていることが、王允や楊彪らが大きな顔をすることにつながるのだが……それは今はさておくとしよう。
どこまで行っても問題は、この態度を以て清流派を自称する連中に『清廉潔白な人間である』と評されているどこぞの外道の思惑であるのだが、しかしそれは予想できないと最初に言った通り。
「また、我々には彼がどう動くか予想することも難しい」
「それは俺らに限った話じゃねぇけどな」
「まったくです」
牛輔もしみじみと頷くが、当たり前に自分たちとは違う道を歩む腹黒の狙いを予測するなど、普通の人間には不可能なことである。
「結論としては、現状では動きようがありません」
「「……」」
それが結論かよ!と言いたいところであるが、これが現実だ。
だが、動きようがないから諦めるというわけにも行かない。なにせ皇帝陛下の教育係である以前に、腹黒で外道である彼が、この混乱した局面に於いて何も手を打たないなどありえないからだ。
その行動に出遅れるならまだ良いが、意図せずに敵対することになっては目も当てられない。この共通認識があるからこそ、何をさておいても弘農で彼が何をしているかを調べる必要があると言うのに、現状ではその手段が思い浮かばず、頭を抱えることになってるのだ。
(ここで手詰まりか)
「しかし……」
「しかし?なんだ」
状況の打開策がないことに焦燥感を抱きつつあった董卓だが、賈詡にはなにやら腹案がある様子だったので、一縷の望みをかけて先を促す。
「あくまで『現状では』打てる手がないだけです。おそらくですが、時が来れば向こうから指示が来るでしょう。必要なことを必要なだけさせるのが太傅殿と言う人物ですからな」
「……確かにそうだがよ」
賈詡としては「後手に回ることになるが、別に弘農に逆らう気が無いならそれでも良いじゃないか」と言いたいのだろう。確かにそれはそうだ。備えておくに越したことは無いが、あの腹黒は腹黒であるが故に段取りを重視する人間であることは董卓も知っている。
故に「必要な時に必要な指示が来るだろう」と言う、賈詡の意見もわかる。わかるのだが……
「それまで下手に動けねぇってのがなぁ」
董卓としては、明確な指示があればそれが一番良いのだが、それ以上に弘農にとって何が良いことで何が悪いことなのか?と言うことを明確にできるような指標が欲しいのだ。
(なんとかして穏便に弘農と繋ぎを付ける方法が無いものか?)
日頃の行いが良かったのだろうか?悩んでいた董卓の元に、一つの契機が訪れる。
「大将今いいか?」
「あん?あぁ李粛か。どうした?」
大事な事案を協議中ではあるが、元々李粛は董卓に変わって長安の書類仕事を行っているほどの重鎮であるので、見張りの兵も特に止めることはなかったのだろう。それに董卓は董卓で、関われば面倒事が確定している内容を協議していると知っておきながら、わざわざその中に入ってきた李粛が何をしにきたのか?ということに興味を抱いていた。
「なんか呂布が大将と話がしたいんだとよ」
「呂布が?新年の挨拶は受けたが、そのときは何も言ってなかったよな?」
「だな。んで、とりあえず今は協議中だって話したんだけど『終わるまで待つ!』って言われてよぉ」
「ほぉ?」
長安で面倒事をさせているという自覚が有る董卓は、呂布に対してきちんと金や宝物を渡した後で「何か欲しいものがあったら遠慮なく言え」と伝えており、その時呂布は「今のところはありません」と答えていた。
「なんの用かは聞いてねぇんだな?」
「直接大将に話したいっていわれたからな」
ある意味では取次の存在を無視した無礼な形となるのだが、元々呂布は正式な董卓の養子である。そのため李粛としても彼を特別扱いすることに異論はなかったし、なにより幼少のころから呂布のことを知る李粛は、こういう時の彼を下手に扱うと面倒になることを知っていたので、面倒事を未然に防ぐ意味も込めてこうして自分が董卓に確認をしに来たのだ。
「ふむ。わかった。取りあえず話を聴こうか。ここに連れてこい」
「お?良いのか?」
「構わん。ただし、牛輔と賈詡にも話を聞かせるってことを伝えろ」
「あいよ。そんじゃさっそく連れて来るぜ」
そう言って走り去る李粛を見送る三人。董卓はともかく牛輔や賈詡は巻き込まれた形になるが、両者としても呂布の急用も気になるし、なにより一度考えを切り替える為にも呂布の来訪は悪くはないと考えていた。
この時の彼らは、呂布が持ってきた話が自分たちが散々悩んでいた事案の解決策に繋がることになるなどとは露とも思っていなかったと言う。
董卓=サン。なまじ距離が近いので妙なプレッシャーを感じているもよう。
そして李粛=サン。彼は涼州閥と并州閥の橋渡し役として活躍中です。政治60は伊達じゃない!
清廉潔白な帝の忠臣、それが奴さ!ってお話。ヒュー。
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投稿が遅れて申し訳ござらぬ。燃料切れとかカク○ムのせいとかでは無くてですね、普通に文章の纏めができなかっただけなんです。作者の実力不足なんです。だから石とか投げないで!投げるなら燃料にしてください!(図々しい)
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