1話。プロローグ的なナニカ
作者のデビュー作のようなモノからある成分を抜いたものですね。不定期で少しだけ更新予定です。
光和4年 (西暦180年)・春:洛陽
「ほう。貴様が噂の神童か。なるほど……小賢しそうな顔をしているな」
「お褒め頂き恐悦至極にございます」
「……褒めとらん」
「……」
はい、もちろん知ってます。とは言えないので、黙って目礼をする神童こと俺。
いつの世も雇用主と従業員の間には海より深い溝に、山より高い壁があるのだ。立場の違いと言うモノには慈悲などないということだな。
いきなりで何が何だか分からない?そうか。簡単に言えば俺は今、就職の面接に来ているんだ。
なんと言えばいいのか分からんが、とりあえず先日元服して出仕することになったのだが……その際、親や周囲の人間の意見を無視して自分の意思で勤め先を選んだ結果、その勤め先 (暫定)の責任者である侍従にして皇后陛下の兄にして将作大匠・河南尹であり、その権力を遺憾無く行使している「肉屋の倅」こと何進によって現在進行形でジロジロと見られているのだ。
何故か?まぁアレだ。いわゆる特殊な圧迫面接と言う奴だ。これが普通の圧迫面接と違うのは圧迫が圧迫 (物理)であり、面接官が気に食わなければそのまま殺されるか、何かしらの罪を被せられて投獄される可能性が高いことくらいか?
あん?サツバツ?当たり前だ。この時代の就職は命懸けなんだよ!
それはともかくとして、目の前の面接官兼雇い主様の視線は歓迎すると言うモノでは無く、明らかに訝し気であるし、その気持ちは言葉からも有り有りと分かる。
こうして品定めされるのはこちらとしても余り気分の良いモノでは無いが、彼の気持ちも分からないでは無いので、ココはじっと我慢一択だ。
何せ彼は自分が世間から妹の立場を利用して成り上がった卑劣漢と言う風評を受けていることを自覚しているし、その為に十常侍を始めとした宦官閥や、名家連中に嫌われていることも理解している。
侍従とはいえ宮中では孤立していると言っても過言ではない自分の元に、そこそことは言え名家の生まれであり、神童とまで言われた子供が出仕してくるとは想像して居なかったのだ。
その為、何かの間違いか、はたまたいたずらか嫌がらせかと思っていたところに「出仕しに来ました」などと曰う目の前の子供こと俺を「名家閥からの間者じゃねぇか?」と疑うのは当然の事である。
そしておそらくだが、俺がここを出仕先に指名した際、彼は徹底的に俺の裏を探ったはずだ。だが俺が間者であると言う証拠は出てこなかったのだろう。だからこそ自分の眼で確かめようとした。
まぁ証拠が出ないのは当然の話で、俺は間者などでは無い。むしろ両親や知り合いからは「絶対に行くな」とまで言われて出仕を止められたのだから。
その事も当然理解しているだろう。そこまでしてここに居る俺に対しては疑惑だけじゃ無く興味もあるはずだ。そうじゃ無ければ態々面会などせずに、書類だけ渡して適当な仕事をさせている。
つまり「こうして面会出来た」と言う時点で俺の策は成ったと言える。
……苦節10年。ようやくここまでこれた。今までの人生を振り返ると思わず涙が出そうになるぜ。
「おい、その、何と言うか、妙に澄み切った目を止めろ」
「はっ。失礼しました」
妙に居心地が悪そうにして「澄み切った目を止めろ」と言うなんとも無茶なことを言って来る何進だが、上司の命令は絶対だ。瞼を閉じて目線を下にし、軽く頭を下げることで無茶とも言える要求を叶える。
そうして瞼を閉じながらも思い出すのはこの10年間のことである。
―――――
異変が起きたのは2018年の夏のある日、俺が35歳の誕生日を迎えた瞬間だった。
その日の前日はいつものように朝4:00に会社に入り、色々な作業を行いながら仕事をしていたんだ。
最近ベテランが辞めたり、補充で入って来た新人が逃げたり、同僚が労基とやらに駆け込む!と言って行方不明になったりして俺の居る部署は人員不足となっていた。
そんな中でも優秀な営業さんは仕事を貰って来るモノだからさぁ大変。終わらせる度に新しい仕事が増えて行き、期日までに仕上げないと会社の信用や営業さんの信用に関わると言うので休みも取れず。でも不景気だから給料は据え置きと言う環境の中で(人が減ったから「じゃぁその分昇給ね」とはならない。残業代?ハハッ)なんとかやりくりをしていた日々。
23:50を超えたあたりで今の仕事に終わりが見えて来たので、一息つくかと思って会社の備え付けの冷蔵庫からビールを取り出し、誕生日おめでとうと自分に言ってビールを一口飲んだと思ったら、後頭部に痛みが走り……気が付いたら5歳児だった。
意味が分からねぇ?俺もだ。だが夢でも無ければ幻でもなかった。
最初は訳がわからず、いつの間にか床で寝てて寝惚けたか?と思ったが、なんか見た目は普通の寝台みたいだし、板の上に布団って言うかまぁソレに近いモノをかけて寝てたんだ。妙に後頭部が痛かったのを覚えている。
そこで色々確認したら……自分が5歳児であり、自分が古代中国と言われる時代に居ると言うことに気付いたのだ。
自画自賛するようでアレだが、それからの俺の行動は非常に速かった。この時代の学歴(学閥)の重要性を理解していた俺は、親の権力を使って洛陽の学問所に入り、徹底して学んだ。清流派?濁流派?関係ねぇ!と言わんばかりに、一心不乱に学んだ。(上記の派閥と学閥は似ているようで違うのだ)
また、朧気ながらだが自分の中に有った知識や経験を活かして、それなりに効果的な筋トレを行ったり、槍や弓を学んだり、また荘園を栄えさせたりと、色々やったおかげで付いた渾名(というか称号)が「神童」である。
まぁこの時代は「神童」だの「三君八俊」だのと物事を大げさに語る連中がほとんどなので、俺の「神童」もそれほど特異なモノでは無い。
ただ利用できるモノは何でも利用すると言う精神の元で散々アピールした結果、俺はこうして何進の前に立つことが出来たと言うわけだ。
とりあえずそんな感じで回想終わり。細かいことはいずれ語ることも有るかもしれないが、今はココまでだ。
――――
「……ふん。度胸は有るようだな。それに武術の腕も」
「……」
流石に目上の人間に天丼は厳禁であるので、黙って頭を下げる。
「学問所の成績も申し分無いどころか完璧。まさしく文武両道の俊英だ。そんな貴様がなぜ俺に仕えようとする?」
漸く面接の本題である志望動機の確認になったか。この時代は基本的に「郷挙里選」と呼ばれる同郷の人間からの推挙だとか、学問所の同門からの推挙「孝廉」だとかで、縁故採用が基本となっている。その為、こうして縁も所縁も無いところに仕官する人間には必ず裏が有ると言うのが一般常識である。
まぁ当然裏は有る。ソレが間者だとか何だと言う訳では無く、純粋な立身出世の為だと言うだけの話であるが。
「はっ。それでは閣下のご質問にお答えいたします。言い回しなどに不快な点があろうかと思いますが、なにとぞご容赦を」
「構わん。むしろ無駄を省け。持って回ったような言葉を使って煙に巻かれるよりはマシだからな」
うん。気持ちは良く分かる。名家とかって奴は何にでも格式だの格調を求めるから、話の内容を聞いてても、どれが本題なのかわからねぇんだよ。この様子だと何進も宮廷の独自ルールには相当辟易しているようだ。
だがこれで少なくとも「言葉遣いが悪い」と言われて断罪される可能性は大幅に減った。ならば俺に負けは無い!
「寛大なお言葉ありがとうございます。それではご質問にお答えさせて頂きます」
さぁ何進よ俺の弁舌を受けるがいい!
―――――――
これは突如として三國志の世界に転生した男が様々なことを行い、後世に於いて「天下人の軍師」と謳われることになるまでの一代記である。
まともな三國志が書ければ良いのですが……
主人公は当然○○ってお話です!